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本編
5.お出かけだったら一緒に行こう
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突然現れた王太子に小さく悲鳴をあげるメイドさん。
そんな彼女に嫌悪感を出すこともなく、惨事となっている廊下をぐるりと見渡して。
「君には世話をかけたようで……」
「ひえぇっ!?」
「ちょっ! 王太子が軽々しく頭とか絶対下げちゃダメでしょ!」
サッと私の代わりに頭を下げた。
その様子に私も、そしてメイドさんも一瞬で青ざめる。
“私の魔法がまた失敗したせいで……!”
一度は成功したはずなのだ。
そうでなければこんな失敗をするようなポンコツ魔女の為に尊い方であるメルヴィが頭を下げるはずはないのだから。
“それなのになんで失敗してしまったんだろ”
成功した時と失敗した今の違いがわからず思わず唸った私は、すぐに唸っている場合ではないと気が付いて。
「っと、ごめんなさい! 片付け手伝います」
慌ててそう口にすると、メイドさんがにこりと微笑んだ。
「構いませんよ、お掃除は私の仕事です」
「で、でも私のせいで手間が増えて……」
「誤差の範囲です」
“絶対違いますけど!?”
私が内心で惨事、と表現するほど酷い有り様なのだ。
これが誤差だというならば、とんでもなく幅広い統計を取ったことになるだろう。
それでも誤差だと言い切った彼女の優しさに申し訳なさと、そして感謝が私の中を占めて。
「……うん。君、名前は?」
そんな彼女を私と一緒にじっと見つめていたメルヴィがそう聞いた。
「え、エッダと申します」
おずおずとそう答えるメイドさんに大きく頷いたメルヴィは、すぐにくるりと私の方へ向き直る。
「リリに専属侍女をつけようと思っていたんだが、彼女はどうだろう?」
「私に専属侍女、ですか?」
「あぁ。ずっと俺がリリの側にいて何でもしてあげたいんだけど、それは流石に叶わないからね」
“当たり前すぎる……!”
王太子という立場は、当然遊んでいて成立するほど甘くない。
あまり世間には詳しくない私ですらそんなことはわかっていて。
「君もどうかな? 彼女のサポートを頼みたいんだが」
「あ、わ、私でよろしければ……」
メルヴィからそう提案を受けたメイドさんことエッダも、少し戸惑いつつ頷いた。
まぁ、王太子から直々に言われて断れるメイドなどいないとは思うのだが……
“でも”
じわりと頬を赤くした彼女がチラチラと私を見る。
“あれは喜んでる……わよ、ね?”
何故私を見ながら嬉しそうな顔をするのかはわからない。
けれど、嬉しそうな彼女を見ると私もなんだか嬉しく感じた。
“好意的な方が当然いいし、それに一人は確かにすぐに飽きそうだから”
ぴょこ、とエッダの前に飛び出した私はぎゅっと彼女の手を両手で握る。
「よろしくお願いね、エッダ」
「はいっ、もちろんでございます」
それが、私に専属侍女が出来た瞬間だった。
仕事で通った時に見えただけなんだ、と少し寂しそうな顔をしたメルヴィを再び仕事へ送り出した私たち。
せめて惨事にしてしまった廊下の掃除を手伝いたい、と言ったものの頑なに断られてしまい結局彼女一人で片付けた。
「私が魔法を失敗しなかったら……」
「ふふ、お可愛らしいと思いましたよ」
メルヴィが話を通しておいてくれたのか、掃除が終わったタイミングでメイド長に声をかけられたエッダは、そのまま私の侍女として付いてくれることになったらしい。
“折角だから、友達みたいになりたいわ”
貴族でもないただの魔女に侍女なんて分不相応かもしれないけれど。
“それに気になる、何で迷惑をかけた私にこんなに親切なのか……!”
そんな考えが頭を過り、ごくりと唾を呑む。
気になる。
エッダはどうしてそんなことを言ってくれるの?
それは本心?
それとも何か打算がある?
“打算があるならそれは何かしら”
純血の人間は魔法が使えない。
それでも魔法なんていう不可思議なものに叶えて欲しいほどの願いがあるの?
気になって気になって仕方ない……!!!
「ねぇっ、エッダはどうしてそんなに優しいの!?」
「優しい、ですか?」
好きに使っていいと言われていた私室に二人で戻った私たち。
部屋の中の物の少なさにギョッとしたエッダは、それでも『少ないので逆に掃除がしやすいですよ』とサクッと終わらせ紅茶を淹れてくれて。
“少し渋りながらも、一緒に飲みたいって言ったらなんだかんだで対面に座って紅茶タイムもしてくれるし”
私の質問に答えようとしてくれているのか、ゆっくりと動く彼女の口に高揚感を覚える。
気になって仕方ない、その答えは――……!
「幼い弟と妹がいるんです」
「弟と妹?」
「仕送り出来るだけのお給料をいただけ、とても感謝しているのですがやっぱり少し寂しく感じる時もあって」
“王城メイドは住み込みが基本だものね……”
中心部にあるとはいえ、当然ながら警備も厳しく広大な土地。
毎日朝早くから仕事のある彼女たちに通いは現実的ではないのだろう。
「ですので、リリアナ様のお世話が出来ると思ったら嬉しくて」
「……ん?」
「あの子たちも悪戯盛りの可愛い時期だろうな、と思ったらつい重ねてしまうのです」
「…………んん?」
“悪戯盛りの可愛い時期……?”
「あ、あのエッダ? 弟妹っていくつなのかしら」
「五歳です」
「五歳!」
――改めて言おう。
私は二十歳である。
“ついでに悪戯じゃなくて魔法が失敗しただけなんですけどぉ!”
知りたかった真実を得たものの、受けたダメージの方が多かった私は思わずがくりと項垂れた。
「五歳児と……一緒……」
そりゃテオ師匠も留守番と宿題を言い付けるかもしれない。
“それが答えね”
けれど項垂れつつも気になっていた答えを得られた私は、これも魔女の性なのだろう、好奇心が満たされたのを感じた。
「ねっ、折角だから街に遊びに行きたいわ!」
「街に、ですか?」
「私もっとエッダと仲良くなりたいもの」
ちらっと『外に勝手に出ないように』というメルヴィの言い付けを思い出す。
が。
“勝手に、じゃなければいいんでしょ?”
「私、メルヴィに報告してくるわ!」
「ちょ、リリアナ様!?」
焦るエッダを無視し教えて貰っていた執務室へ向かった。
仕事に戻ると言っていた通り、執務室で机に向かっていたメルヴィ。
一応ノックはしたものの、返事も待たずに部屋へ入った私を彼の側近らしき人がギョッとして見てきたが、何も言われなかったことを良いことに無視をして。
「街に行ってきていいかしら!」
「ダメだよ」
「……へ?」
当然すぐに頷いてくれると思っていただけにポカンとしてしまう。
「一人じゃないわよ? エッダと行くの」
「どうして?」
「どうしてって……」
そんなことを聞かれても困ってしまう。
ここに来るまでに来た石鹸のお店も気になるし、他にも見かけたお店だって気になっていた。
折角私付きになってくれたのだから、もっと仲良くなりたいのも本心で。
“それに買い食いだってしてみたいけど”
露店に並んでいた美味しそうな品々。
誰かと買って食べたらとても美味しいだろうとそう思うものの、それらはメルヴィにはフランクすぎる。
“そりゃメルヴィと行けたら楽しいかもしれないけれど――”
そう思ったからこそ、エッダを誘ったつもりだったのだが。
「初めて行くならば、その初めての相手は俺がいいんだが」
「え」
「だからどうしても行きたいと言うのなら」
「メルヴィが一緒に行ってくれるの!?」
「ッ」
“外出自体に難色を示していた訳じゃなかったのね!”
メルヴィが一緒なら絶対楽しい。
根拠のない自信が私の中にあり、思わずうきうきと喜んでしまった。
「あ、でもエッダ……」
「それは次回にして」
「!」
しかも、どうやら次回の外出許可もくれたようで。
“つまりメルヴィも一緒に出掛けたかったってことなのね”
そんな彼の、まるで幼い少年のような嫉妬に私は笑ってしまったのだった。
そんな彼女に嫌悪感を出すこともなく、惨事となっている廊下をぐるりと見渡して。
「君には世話をかけたようで……」
「ひえぇっ!?」
「ちょっ! 王太子が軽々しく頭とか絶対下げちゃダメでしょ!」
サッと私の代わりに頭を下げた。
その様子に私も、そしてメイドさんも一瞬で青ざめる。
“私の魔法がまた失敗したせいで……!”
一度は成功したはずなのだ。
そうでなければこんな失敗をするようなポンコツ魔女の為に尊い方であるメルヴィが頭を下げるはずはないのだから。
“それなのになんで失敗してしまったんだろ”
成功した時と失敗した今の違いがわからず思わず唸った私は、すぐに唸っている場合ではないと気が付いて。
「っと、ごめんなさい! 片付け手伝います」
慌ててそう口にすると、メイドさんがにこりと微笑んだ。
「構いませんよ、お掃除は私の仕事です」
「で、でも私のせいで手間が増えて……」
「誤差の範囲です」
“絶対違いますけど!?”
私が内心で惨事、と表現するほど酷い有り様なのだ。
これが誤差だというならば、とんでもなく幅広い統計を取ったことになるだろう。
それでも誤差だと言い切った彼女の優しさに申し訳なさと、そして感謝が私の中を占めて。
「……うん。君、名前は?」
そんな彼女を私と一緒にじっと見つめていたメルヴィがそう聞いた。
「え、エッダと申します」
おずおずとそう答えるメイドさんに大きく頷いたメルヴィは、すぐにくるりと私の方へ向き直る。
「リリに専属侍女をつけようと思っていたんだが、彼女はどうだろう?」
「私に専属侍女、ですか?」
「あぁ。ずっと俺がリリの側にいて何でもしてあげたいんだけど、それは流石に叶わないからね」
“当たり前すぎる……!”
王太子という立場は、当然遊んでいて成立するほど甘くない。
あまり世間には詳しくない私ですらそんなことはわかっていて。
「君もどうかな? 彼女のサポートを頼みたいんだが」
「あ、わ、私でよろしければ……」
メルヴィからそう提案を受けたメイドさんことエッダも、少し戸惑いつつ頷いた。
まぁ、王太子から直々に言われて断れるメイドなどいないとは思うのだが……
“でも”
じわりと頬を赤くした彼女がチラチラと私を見る。
“あれは喜んでる……わよ、ね?”
何故私を見ながら嬉しそうな顔をするのかはわからない。
けれど、嬉しそうな彼女を見ると私もなんだか嬉しく感じた。
“好意的な方が当然いいし、それに一人は確かにすぐに飽きそうだから”
ぴょこ、とエッダの前に飛び出した私はぎゅっと彼女の手を両手で握る。
「よろしくお願いね、エッダ」
「はいっ、もちろんでございます」
それが、私に専属侍女が出来た瞬間だった。
仕事で通った時に見えただけなんだ、と少し寂しそうな顔をしたメルヴィを再び仕事へ送り出した私たち。
せめて惨事にしてしまった廊下の掃除を手伝いたい、と言ったものの頑なに断られてしまい結局彼女一人で片付けた。
「私が魔法を失敗しなかったら……」
「ふふ、お可愛らしいと思いましたよ」
メルヴィが話を通しておいてくれたのか、掃除が終わったタイミングでメイド長に声をかけられたエッダは、そのまま私の侍女として付いてくれることになったらしい。
“折角だから、友達みたいになりたいわ”
貴族でもないただの魔女に侍女なんて分不相応かもしれないけれど。
“それに気になる、何で迷惑をかけた私にこんなに親切なのか……!”
そんな考えが頭を過り、ごくりと唾を呑む。
気になる。
エッダはどうしてそんなことを言ってくれるの?
それは本心?
それとも何か打算がある?
“打算があるならそれは何かしら”
純血の人間は魔法が使えない。
それでも魔法なんていう不可思議なものに叶えて欲しいほどの願いがあるの?
気になって気になって仕方ない……!!!
「ねぇっ、エッダはどうしてそんなに優しいの!?」
「優しい、ですか?」
好きに使っていいと言われていた私室に二人で戻った私たち。
部屋の中の物の少なさにギョッとしたエッダは、それでも『少ないので逆に掃除がしやすいですよ』とサクッと終わらせ紅茶を淹れてくれて。
“少し渋りながらも、一緒に飲みたいって言ったらなんだかんだで対面に座って紅茶タイムもしてくれるし”
私の質問に答えようとしてくれているのか、ゆっくりと動く彼女の口に高揚感を覚える。
気になって仕方ない、その答えは――……!
「幼い弟と妹がいるんです」
「弟と妹?」
「仕送り出来るだけのお給料をいただけ、とても感謝しているのですがやっぱり少し寂しく感じる時もあって」
“王城メイドは住み込みが基本だものね……”
中心部にあるとはいえ、当然ながら警備も厳しく広大な土地。
毎日朝早くから仕事のある彼女たちに通いは現実的ではないのだろう。
「ですので、リリアナ様のお世話が出来ると思ったら嬉しくて」
「……ん?」
「あの子たちも悪戯盛りの可愛い時期だろうな、と思ったらつい重ねてしまうのです」
「…………んん?」
“悪戯盛りの可愛い時期……?”
「あ、あのエッダ? 弟妹っていくつなのかしら」
「五歳です」
「五歳!」
――改めて言おう。
私は二十歳である。
“ついでに悪戯じゃなくて魔法が失敗しただけなんですけどぉ!”
知りたかった真実を得たものの、受けたダメージの方が多かった私は思わずがくりと項垂れた。
「五歳児と……一緒……」
そりゃテオ師匠も留守番と宿題を言い付けるかもしれない。
“それが答えね”
けれど項垂れつつも気になっていた答えを得られた私は、これも魔女の性なのだろう、好奇心が満たされたのを感じた。
「ねっ、折角だから街に遊びに行きたいわ!」
「街に、ですか?」
「私もっとエッダと仲良くなりたいもの」
ちらっと『外に勝手に出ないように』というメルヴィの言い付けを思い出す。
が。
“勝手に、じゃなければいいんでしょ?”
「私、メルヴィに報告してくるわ!」
「ちょ、リリアナ様!?」
焦るエッダを無視し教えて貰っていた執務室へ向かった。
仕事に戻ると言っていた通り、執務室で机に向かっていたメルヴィ。
一応ノックはしたものの、返事も待たずに部屋へ入った私を彼の側近らしき人がギョッとして見てきたが、何も言われなかったことを良いことに無視をして。
「街に行ってきていいかしら!」
「ダメだよ」
「……へ?」
当然すぐに頷いてくれると思っていただけにポカンとしてしまう。
「一人じゃないわよ? エッダと行くの」
「どうして?」
「どうしてって……」
そんなことを聞かれても困ってしまう。
ここに来るまでに来た石鹸のお店も気になるし、他にも見かけたお店だって気になっていた。
折角私付きになってくれたのだから、もっと仲良くなりたいのも本心で。
“それに買い食いだってしてみたいけど”
露店に並んでいた美味しそうな品々。
誰かと買って食べたらとても美味しいだろうとそう思うものの、それらはメルヴィにはフランクすぎる。
“そりゃメルヴィと行けたら楽しいかもしれないけれど――”
そう思ったからこそ、エッダを誘ったつもりだったのだが。
「初めて行くならば、その初めての相手は俺がいいんだが」
「え」
「だからどうしても行きたいと言うのなら」
「メルヴィが一緒に行ってくれるの!?」
「ッ」
“外出自体に難色を示していた訳じゃなかったのね!”
メルヴィが一緒なら絶対楽しい。
根拠のない自信が私の中にあり、思わずうきうきと喜んでしまった。
「あ、でもエッダ……」
「それは次回にして」
「!」
しかも、どうやら次回の外出許可もくれたようで。
“つまりメルヴィも一緒に出掛けたかったってことなのね”
そんな彼の、まるで幼い少年のような嫉妬に私は笑ってしまったのだった。
応援ありがとうございます!
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