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本編
16.気になることを解消したいだけだから
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「殿下ッ、ちょ、すみません、殿下ぁ!!」
「めちゃくちゃ呼ばれてるわよ」
階下から悲壮な声が聞こえ、一瞬顔を見合わせた。
なかなか際どいバランスで引っかかっているソファから落ちないよう下の様子を窺うと、ざわつく貴族たちの中で顔を真っ青にした男性が一人。
“あの焦げ茶色の髪に眼鏡って”
はじめて彼の執務室へ行ったときに見た顔だと確信した。
「メルヴィの側近よね?」
「あー、ダニエルか。可哀想に、あんなに青ざめて」
「メルヴィが屋根の上にいるからじゃない?」
「ここに連れてきたのはリリだろ」
それはそう、とあっさり納得した私は階下にそれ以上興味を引かれることなどないと判断しごろりとソファにもたれかかった。
きっとお行儀が悪い行動だろう。
けれど下からは見えないし、上には星空が広がっているだけ。
隣にはメルヴィがいるけれど。
「ふふ、一緒にどう?」
「悪い誘惑だなぁ」
ははっと笑ったメルヴィもソファに深くもたれかかった。
ただ二人でぼんやりと星空を見上げる。
いつもより空が近いのか、星のひとつひとつがより輝いて見える。
「凄く綺麗だわ」
ぽつりと溢すように呟いたその言葉は、特に深い意味があって言った訳ではなくただただそう思ったから口にした、だけだったのだが。
「……魔女が星に興味を持ったらどこに行ってしまうんだ?」
突然ぎゅっと手を握られてドキリと心臓が跳ねる。
“メルヴィ?”
驚き視線を向けた先にいた彼は、どこか表情を固くしていて。
「俺は空が飛べない。だからもし……!」
「ちょ、ちょっと。魔女だって星を掴めるほど飛べないと思うわよ?」
「だけどっ」
その切羽詰まった様子に呆気にとられた私は、けれどすぐに彼が何を心配しているのかを察した。
“私が星に興味を持ったと思ったのね”
屋根へ登っただけでこんなに近いと感じたのだ。
もし魔女が星に興味を持ったのなら、きっとすぐに出ていくだろう。
行き先はどこよりも高い山かもしれないし、最も星が綺麗に見える場所を探すのかもしれない。
行動は魔女によって変わるとは思うが、きっとその場所は城ではないから。
少し不安げに握られた手をそっと握り返した私は、ソファのバランスを崩さないように注意しながらそっとメルヴィの方へにじり寄った。
そして、まるで内緒話をするようにそっと彼の耳元へ顔を近付けて。
「私はどこにも行かないわ、だって綺麗だとは思うけど星に興味は沸かなかったもの。だから、ここにいる」
まぁ帰る家もないからね。なんて誤魔化すように言葉の締めで少しおどけて言ったのは、少なからず彼の側にいたいと思っていることが気恥ずかしく感じたからだった。
「……リリ」
私の言葉を確かめるようにそっとメルヴィが私の顔を覗き込む。
その瞳はやはりまだ少し不安そうに揺れていて。
“行かないっていってるのに”
でも、彼はずっと誰かを待っていたのだ。
その相手が本当に私なのかはわからないけれど、それでも誰かを待っていた。
“待つということは、置いていかれたということよ”
それが故意かどうかはわからない。
必然かもしれないし、偶然かもしれない。
唐突に私を置いていった母を思い出す。
師匠へ預けてくれただけまだ愛されていたと、そう思い込むことしか出来なかった幼いあの頃。
あの頃の記憶があやふやなのは、きっと理解していても悲しかったからだから。
“師匠にも置いていかれたあの日、好きになって欲しいと魔法をかけたのは何でだったのかしら”
顔が好みだったから?
それとも、誰かに側にいて欲しかったから――?
「……メルヴィ」
不安そうに瞳を揺らす彼が昔の私と重なって。
そんな彼を包んであげたいと思うのは何故だろう。
その答えを求めるように、もっと彼と近付けるように。
「私――」
そっとメルヴィの方に顔を上げて目を瞑ると、壊れ物に触れるようにそっと私の頬を彼の右手が添えられて。
「殿下ぁ!!!」
ガチャン、と大きな音が響き二人してビクリと肩を跳ねさせる。
慌てて音の方へ視線を向けると、ダニエルと呼ばれたメルヴィの側近眼鏡がソファを引っ掻けている屋根の反対側から顔を出した。
“あっちに天窓があったのね”
まさかこんな場所まで追いかけてくる人がいるなんて思わなかった私は唖然とし、そしてすぐにこのソファがバランスを崩し落下すれば二人揃って墜落死の可能性があるということに気が付いて。
「もしかしてあの人、私がメルヴィを人質に取ってると思ってないわよね?」
側近ならば、きっと私が詳しい内容も聞かされずこの夜会に出たことを知っているはず。
ならば状況的にここから逃げようと王太子を人質に取ったように見えているのでは……と考えた私は真っ青になって窓から屋根に登ろうとしている側近を見て青ざめた。
「ふはっ、それはいいな。いっそ拐ってくれますか、お姫様?」
「王子を拐う勇気はないので帰ってくれますか」
「残念ながら返品不可です」
「返品先はあるようですけど!」
バッと勢いよくダニエルを指差すと、とうとうメルヴィの腹筋が崩壊したのかケラケラと笑い出す。
“下から見えてなくても笑い声は響いてるわよ!”
仮面はいいのか王太子、と文句を言おうと私が口を開いたその時だった。
――ズズ、と突然ソファが傾き唖然とする。
「ッ!?」
「リリ!」
あ、と思った時にはぎゅっと私を庇うようにメルヴィの腕の中へ閉じ込められていて。
「で、殿下!」
「……ッ、大丈夫だ、だが何がきっかけでまたソファが動くかわからない。危ないからダニエルは屋根に上がってくるな」
「ですが」
「こっちは問題ない」
バランスを崩しずり落ちかけたソファに座ったままという状況なのに、どこか冷静にそう指示を出したメルヴィは、そのままゆっくりと私を抱き締める腕を緩めた。
「一瞬ひやっとしたが……、大丈夫そうだな」
ふぅ、と息を吐きながらそう呟くように告げるメルヴィにしがみついていた私は、彼が私を解放しても離す気にならなかった。
「? そんなに怖かったのか?」
心配そうなメルヴィの声がすぐ近くから聞こえ、ドキリとする。
自分でも何故彼にしがみついたままでいるのか、明確な答えを見つけられず首を振るだけでとどめた私は、彼の鼓動が少し早い事に気が付き胸の奥が締め付けられるように苦しく感じた。
“この感情は何だろう”
私を心配して彼の心臓は早鐘を打っているのだろうか。
それとも自身にも危険があったから?
「私が触れているからだったら」
――だったら嬉しい、なんて。
「……メルヴィ」
自分から、なんてはしたないと思ったけれど。
彼から触れるならいいかな、とも思ったけれど。
「この間の続き、教えて欲しい」
「それって」
「小部屋での続き。あの行為には、まだ先があるでしょう」
“だって、私は魔女だから”
これは、気になることを解消したいだけだから。
「だから、お願い」
そっとしがみつき寄せていた彼の胸元から顔を上げてメルヴィをじっと見つめると、彼の喉がこくりと上下した事に気が付いた。
――たったそれだけの事が、何故だろう。
嬉しく感じるなんて。
この感情もきっと全部、私が魔女だから?
“わからないけど、それでもいい”
今気になるのは、メルヴィのことだけだから。
そう結論付けた私は再び彼の胸元へ顔を寄せる。
さっき感じ鼓動より一層早くなったその音が伝わり、それだけで満たされるように感じたのだった。
「めちゃくちゃ呼ばれてるわよ」
階下から悲壮な声が聞こえ、一瞬顔を見合わせた。
なかなか際どいバランスで引っかかっているソファから落ちないよう下の様子を窺うと、ざわつく貴族たちの中で顔を真っ青にした男性が一人。
“あの焦げ茶色の髪に眼鏡って”
はじめて彼の執務室へ行ったときに見た顔だと確信した。
「メルヴィの側近よね?」
「あー、ダニエルか。可哀想に、あんなに青ざめて」
「メルヴィが屋根の上にいるからじゃない?」
「ここに連れてきたのはリリだろ」
それはそう、とあっさり納得した私は階下にそれ以上興味を引かれることなどないと判断しごろりとソファにもたれかかった。
きっとお行儀が悪い行動だろう。
けれど下からは見えないし、上には星空が広がっているだけ。
隣にはメルヴィがいるけれど。
「ふふ、一緒にどう?」
「悪い誘惑だなぁ」
ははっと笑ったメルヴィもソファに深くもたれかかった。
ただ二人でぼんやりと星空を見上げる。
いつもより空が近いのか、星のひとつひとつがより輝いて見える。
「凄く綺麗だわ」
ぽつりと溢すように呟いたその言葉は、特に深い意味があって言った訳ではなくただただそう思ったから口にした、だけだったのだが。
「……魔女が星に興味を持ったらどこに行ってしまうんだ?」
突然ぎゅっと手を握られてドキリと心臓が跳ねる。
“メルヴィ?”
驚き視線を向けた先にいた彼は、どこか表情を固くしていて。
「俺は空が飛べない。だからもし……!」
「ちょ、ちょっと。魔女だって星を掴めるほど飛べないと思うわよ?」
「だけどっ」
その切羽詰まった様子に呆気にとられた私は、けれどすぐに彼が何を心配しているのかを察した。
“私が星に興味を持ったと思ったのね”
屋根へ登っただけでこんなに近いと感じたのだ。
もし魔女が星に興味を持ったのなら、きっとすぐに出ていくだろう。
行き先はどこよりも高い山かもしれないし、最も星が綺麗に見える場所を探すのかもしれない。
行動は魔女によって変わるとは思うが、きっとその場所は城ではないから。
少し不安げに握られた手をそっと握り返した私は、ソファのバランスを崩さないように注意しながらそっとメルヴィの方へにじり寄った。
そして、まるで内緒話をするようにそっと彼の耳元へ顔を近付けて。
「私はどこにも行かないわ、だって綺麗だとは思うけど星に興味は沸かなかったもの。だから、ここにいる」
まぁ帰る家もないからね。なんて誤魔化すように言葉の締めで少しおどけて言ったのは、少なからず彼の側にいたいと思っていることが気恥ずかしく感じたからだった。
「……リリ」
私の言葉を確かめるようにそっとメルヴィが私の顔を覗き込む。
その瞳はやはりまだ少し不安そうに揺れていて。
“行かないっていってるのに”
でも、彼はずっと誰かを待っていたのだ。
その相手が本当に私なのかはわからないけれど、それでも誰かを待っていた。
“待つということは、置いていかれたということよ”
それが故意かどうかはわからない。
必然かもしれないし、偶然かもしれない。
唐突に私を置いていった母を思い出す。
師匠へ預けてくれただけまだ愛されていたと、そう思い込むことしか出来なかった幼いあの頃。
あの頃の記憶があやふやなのは、きっと理解していても悲しかったからだから。
“師匠にも置いていかれたあの日、好きになって欲しいと魔法をかけたのは何でだったのかしら”
顔が好みだったから?
それとも、誰かに側にいて欲しかったから――?
「……メルヴィ」
不安そうに瞳を揺らす彼が昔の私と重なって。
そんな彼を包んであげたいと思うのは何故だろう。
その答えを求めるように、もっと彼と近付けるように。
「私――」
そっとメルヴィの方に顔を上げて目を瞑ると、壊れ物に触れるようにそっと私の頬を彼の右手が添えられて。
「殿下ぁ!!!」
ガチャン、と大きな音が響き二人してビクリと肩を跳ねさせる。
慌てて音の方へ視線を向けると、ダニエルと呼ばれたメルヴィの側近眼鏡がソファを引っ掻けている屋根の反対側から顔を出した。
“あっちに天窓があったのね”
まさかこんな場所まで追いかけてくる人がいるなんて思わなかった私は唖然とし、そしてすぐにこのソファがバランスを崩し落下すれば二人揃って墜落死の可能性があるということに気が付いて。
「もしかしてあの人、私がメルヴィを人質に取ってると思ってないわよね?」
側近ならば、きっと私が詳しい内容も聞かされずこの夜会に出たことを知っているはず。
ならば状況的にここから逃げようと王太子を人質に取ったように見えているのでは……と考えた私は真っ青になって窓から屋根に登ろうとしている側近を見て青ざめた。
「ふはっ、それはいいな。いっそ拐ってくれますか、お姫様?」
「王子を拐う勇気はないので帰ってくれますか」
「残念ながら返品不可です」
「返品先はあるようですけど!」
バッと勢いよくダニエルを指差すと、とうとうメルヴィの腹筋が崩壊したのかケラケラと笑い出す。
“下から見えてなくても笑い声は響いてるわよ!”
仮面はいいのか王太子、と文句を言おうと私が口を開いたその時だった。
――ズズ、と突然ソファが傾き唖然とする。
「ッ!?」
「リリ!」
あ、と思った時にはぎゅっと私を庇うようにメルヴィの腕の中へ閉じ込められていて。
「で、殿下!」
「……ッ、大丈夫だ、だが何がきっかけでまたソファが動くかわからない。危ないからダニエルは屋根に上がってくるな」
「ですが」
「こっちは問題ない」
バランスを崩しずり落ちかけたソファに座ったままという状況なのに、どこか冷静にそう指示を出したメルヴィは、そのままゆっくりと私を抱き締める腕を緩めた。
「一瞬ひやっとしたが……、大丈夫そうだな」
ふぅ、と息を吐きながらそう呟くように告げるメルヴィにしがみついていた私は、彼が私を解放しても離す気にならなかった。
「? そんなに怖かったのか?」
心配そうなメルヴィの声がすぐ近くから聞こえ、ドキリとする。
自分でも何故彼にしがみついたままでいるのか、明確な答えを見つけられず首を振るだけでとどめた私は、彼の鼓動が少し早い事に気が付き胸の奥が締め付けられるように苦しく感じた。
“この感情は何だろう”
私を心配して彼の心臓は早鐘を打っているのだろうか。
それとも自身にも危険があったから?
「私が触れているからだったら」
――だったら嬉しい、なんて。
「……メルヴィ」
自分から、なんてはしたないと思ったけれど。
彼から触れるならいいかな、とも思ったけれど。
「この間の続き、教えて欲しい」
「それって」
「小部屋での続き。あの行為には、まだ先があるでしょう」
“だって、私は魔女だから”
これは、気になることを解消したいだけだから。
「だから、お願い」
そっとしがみつき寄せていた彼の胸元から顔を上げてメルヴィをじっと見つめると、彼の喉がこくりと上下した事に気が付いた。
――たったそれだけの事が、何故だろう。
嬉しく感じるなんて。
この感情もきっと全部、私が魔女だから?
“わからないけど、それでもいい”
今気になるのは、メルヴィのことだけだから。
そう結論付けた私は再び彼の胸元へ顔を寄せる。
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