上 下
16 / 33
本編

15.魔女だから、魔女らしく

しおりを挟む
「結構疲れたわね……」

 ずっと側にいる、とは言われたしメルヴィ自身もそのつもりだったとは思う。
 けれど、本人の意志がどうであれ周りが許してくれないことも時にはあるもので。


“早く戻ってこないかな……”

 陛下への挨拶、というより息子が犯罪まがいのことをしていないかどうかの口頭確認が済んだ後フロアに並んで足を踏み出した。

 までは、良かったのだが。


「メルヴィ王太子殿下、ご令嬢とはどちらで出会われたのですか?」
「お会いしたことがないように思うのですが、どちらの家のご令嬢なのでしょう?」
「紺色のドレスを着用されているということは、もう婚約も間近ということなのですか」
「未来の、という発表だったということは何か問題があったという――」


 陛下という最大のバリアから離れたせいか、あっという間に私たちは囲まれてしまったのだ。
 
 もちろん聞きたいのは私の情報だとはわかったが、突然色んな人から話しかけられた私は完全に萎縮しパクパクと口を動かすしか出来なくて。

「問題なんてものはありませんよ。ただ私がまだ彼女を口説いている途中というだけです」

 いつものふわりとした笑顔ではなく、どこか固い笑顔を貼り付けたメルヴィは、どんな時も頑なに握って離して貰えなかった手をするりとほどいた。
 

それは正に“背後まで人で埋まる前に、私を逃がしてくれる”ためで。
 

 そんな彼の行動の意味を察した私は、わざと一歩前に立ってくれたメルヴィの背後に隠れこっそりとその場から離れた。

 他の貴族に見つかる前に、と一人バルコニーへ出た私は扉の端で隠れるようにし柵へと寄りかかる。

「そもそもあんなに握り締めなくても逃げなかったんだけどな」


“それに、あの笑顔……”

 いつも私へと向けられる笑顔とは違う、貴族たちへ向けた『殿下』の笑顔。
 それは美しく、冷たく、固い偽物の笑顔。

 気になる。
 あの笑顔こそが本来彼が武器にしている笑顔なら、何故私にはその笑顔を向けたことがないのか。

“単純に私の魔法で恋をしているから?”

 それならば、本来私へと向けられるべき笑顔はどんな笑顔になるのだろう。

 冷たい笑顔?
 固い笑顔?

 それとも少しくらいは、無邪気でどこか少年のような笑顔を向けてくれるのか。


「そもそも笑顔を向けてくれる前提、というのが間違ってるのかも」
「どういう意味?」
「メルヴィ!?」

 いつの間にか思考の渦に潜り込んでいた私は、どうやらあの貴族たちを捌ききったらしいメルヴィの声にビクリと肩を跳ねさせた。

「ど、どうしてここに」
「どうしてって……そんなの、中にいなかったから探しただけだよ」
「私、中からは見えないよう扉の端にいたんだけど」

“なのにどうしてわかったの? それとも体感より長い時間考え事をしていたのかしら”

「どうやって見つけたか気になる?」
「き、気になる……!」
「簡単なことだよ、愛の力ってやつ……いだっ、いだだ! せめて踏むだけにして!? 踏んで体重かけて捻るのは反則じゃない!?」

 ギチギチという革靴からあまりしない音を聞きながらジロリと睨む。
 怒ってもおかしくないにも関わらず、それでもクックと喉を鳴らすようにメルヴィが笑っていて。

“それが、私に向ける笑顔?”

 その笑顔は、笑いを噛み殺すようでいて堪えきれていないような、どこか子供のように無邪気なものだった。


「簡単な推測だよ。会場内に特別大きな人だかりも特別大きな穴もなかったからそこにはいないと思ったんだ」
「大きな……穴?」

 特別大きな人だかり、は理解できる。
 一瞬であんなに囲まれたのだ。
 同じ状況になった可能性を想定してくれているのだろう、が、穴とはなんだ。

 それが何を意味しているのかわからず首を捻っていると、ニッと口角を上げたメルヴィが再び口を開く。

「まるでドーナツの中心のように人が集まらないパターンのこと……いだだッ、どうしてまた!?」
「つまり私が嫌がられて人から避けられてるってことでしょ!」
「ちがっ、俺の牽制が効いてるって話で……っ!」

 流石に同じ足への連続攻撃は痛かったのか、ひいっと彼の顔色が少し悪くなったのを確認して早々に足を解放してやると、しゃがみこんで自身の足を撫でていた。

“さ、流石にやりすぎたかしら”

 しゃがんでいるメルヴィの体が軽く震えていることに気付き、爪先で捻るのはまずかっただろうかと不安になる。

 なかなか立ち上がらない彼に、もしや折れているのでは、と焦りはじめたその時だった。

「……ぷっ」
「…………」

 小刻みに震えていた彼が小さく吹き出したのだ。

「……え、もしかして笑ってる?」
「痛みで苦しんでる」
「いや、絶対笑ってる!」

 依然しゃがんだままの彼の腕を掴み、まるでバンザイさせるようにして無理矢理引っ張り上げるとさっき向けられていたのと同じ、無邪気な笑顔を滲ませていて。

「やっぱり!!」
「ふ、ははっ、だってリリが本気で心配してくれるから」
「それは自分の責任を果たそうと思って……ッ」

“怪我させたのなら手当くらいって”

 ――そう思っただけなのに。
 
 それだけのことなのに、無邪気に笑う彼の表情には喜びの色も混じっていることに気付いた私は少しそわそわと落ち着かない気持ちになった。


 ここが夜会の会場で、皆から隠れるようにこの場所へ来たということをすっかり失念していた私は、彼と過ごすいつもの時間のようにわちゃわちゃと騒ぎ……

 そしてカツカツといういくつもの足音がバルコニーへ向かっていることに気が付きハッとする。


「ちょっと! この場所バレたんじゃない?」

 どうやら失念していたのはメルヴィもだったようで、ゲッと顔を歪める。

「王子サマがそんな顔していいの?」
「今見てるのはリリだけだからね」
「なによ、私なんかどうでもいいってこと?」
「逆でしょ。リリだけ特別」

 さらっと言われドキリとする。

“これも魔法の影響だってわかってるのに”

 最近はこの胸の高鳴りを誤魔化せなくなってきた気がして少し胸の奥が重苦しく感じた。

 
「……ここから飛び降りて逃げる……は、無理か」

 そんな私には気付かないメルヴィは、そっとバルコニーから下を覗き大きなため息を吐く。

“飛び降りて……?”

「仕方ない、また王子の仮面を付けて対応してこようかな」
「……その必要はないわ」
「?」

 彼の呟きを噛み締めるように脳内で反芻した私は、私が見つからないうちに、と会場内へ戻ろうとしたメルヴィの腕をグイッと引っ張った。


「ここ、座って」
「え?」

 グイグイと引っ張りながら腰かけたのは、休憩が出来るようにと設置されている少し小さめのソファである。

 小さめ、とは言っても二人で並ぶには十分なサイズがあり、そこは流石王城、といったところなのだろう。

「だが、ここは中から丸見えだ。見つかったらリリまで囲まれて」

 さっき立っていた場所はバルコニーの扉から死角になっていた。
 けれどソファは、ガラス扉から丸見えの位置に配置されていて。


「見つかっても問題ないわ」

 戸惑いながら私を心配するメルヴィに、ニンマリとした笑顔を向ける。

“そう、問題なんてないの”

 くすっと笑った私は、すぐに魔法を発動するべく全力で願った。
 願いはもちろん、『二人で飛べますように』だ。

“あんな棒に跨がって飛べたんだもの。二人並んだこのソファだって浮かぶはずだわ”

 過去に一度飛んだからか、しっかり脳内でイメージが固まる。
 思考がクリアになり願いがシンプルだからだろうか。
 私が強く願うと、ソファがふわりと浮かんで。

 
「空なら、見つかっても誰も来れないわ!」
「う、うわぁ!?」
 
 そう断言すると、そのまま高度を上げたソファはゆらゆらと少し不安定な動きをしつつ、その会場の屋根に着地した。


「な……っ!」
「で、殿下ぁ!?」
「あ、あの子は魔女だったのか……!」

 バルコニーに辿り着いた貴族たちが浮かぶ私たちを見つけ口々に叫ぶ。

 けれど、一足先に手の届かないところへ到達していた私たちはそのまま顔を見合わせた。
 

 きっとこれは、王太子としても、そしてその王太子の未来の恋人(未定)としても相応しくない行為なのだろうけれど。

「「ぷはっ」」

 今だけはみんなに見守られつつ二人きりのその場所で、吹き出すように笑いあったのだった。
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

氷の薔薇人形は笑わない

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:145

-私のせいでヒーローが闇落ち!?-悪役令息を救え!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:175

断罪されて死に戻ったけど、私は絶対悪くない!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:134pt お気に入り:206

処理中です...