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本編

6.甘えるのは苦手だけど

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 クールで完璧な大人の女。
 変に馴れ合ったりしないそのキャラは案外楽だし、そう見られることに不満はない。

“むしろそう見られたくて頑張ったんだもの”

 馴れ合わないというのは、一歩間違えば協調性がない、なんて評価になってしまう。
 だからこそ慎重に、そして確実に不要なものを排除した。

 甘いコーヒーを好むというギャップもいらないし、家庭的なお弁当……は、そもそも料理が苦手だからいいとして。

“そんな私が最初に排除したものは――……”


 
「わ、あれ最近よく見ますよね」

 何の気なしに呟いた水澄さんの指差す方へ視線を移す。
 そこにあったのはゲームセンターの前に設置されたグッズ入荷の告知看板で、カメレオンをモチーフにしたキャラクターが大きく描かれたものだった。

 その看板を見て、つい目を見開いてしまう。
 
“カクレオンだわ!”

「あれ、子供だけじゃなく結構大人の人も持ってるんですね」
“そりゃそうでしょ。カクレオンは少しとぼけたような可愛い見た目と、『隠れたいのに隠れられないカメレオン』というコンセプトが応援したくなると幼児だけでなく仕事に疲れた社会人にもぶっ刺さってるんだから”
 
「あんなに大きく告知されるってことは人気のキャラなんだなぁ」
“カクレオンと色んな企業がコラボしてるのよ、それだけ経済効果があるってことね”

「…………もしかして、お好きなんですか」
「あら、どうして?」

“なんでっ!? 私何も反応してないはずなのに!”
 
 そう、私が自分のイメージのために最初に排除したもの。
 それがまさに『これ』だった。
 

「だって何も言わないから」

 しれっとそう断言した水澄さんにドキリとする。
 
「『さぁ、興味ないけど。』くらい言いそうなのに無言ってことは、嘘がつけないくらい好きなのかなって思いました」
“何その無駄に高い考察力!!”

 内心クッと苦虫を嚙み潰したような顔になるが、それを実際の顔に出すわけにはいかないと頬に力を込めた私は、なんでもないようなフリをして話を続けた。

「別に、理想の自分を作ることを否定はしないけど、嘘つきって訳じゃないから」
「つまりお好きなんですね」
「別に好きってほどじゃないから!」
「確かに意外ですけど、でもいいんじゃないですか」
「だ、だから私は……っ」

 必死に言い繕おうとする私ににこりと笑った水澄さんは、足をゲームセンターの方へ向けた。

「折角ですから、チャレンジしましょう」
「なっ」
「ほら、ゲーセンって入れ替わり激しいですし。それに人気のキャラならすぐ取り尽くされちゃうんじゃないですか?」

“それは確かにそうかも”

 彼の言い分に思わず納得してしまう。
 もし欲しいのならば、今しかないとそう思わされてしまった私の視線も自然とその看板へ向かって。

“か、可愛い……”
 その看板に描かれたつぶらな瞳にきゅんとする。
 
「別に会社に持っていく訳じゃないんですし、部屋に置くなら隠さなくてもいいんじゃないですか」
「でも、もし誰かに見られたら」
「というかそもそも自分を作ってること、隠してないんですよね?」
「努力を誤魔化す必要はないと思っているだけよ。積極的に噂の火種を投下したい訳じゃないわ」
「んー……」

 それでも煮え切らない私に嫌な顔もせず、少し考えたそぶりをする水澄さんの表情がパッと明るくなった。

「なら俺が欲しかったことにすればいいですよ」
「水澄さんが?」
「俺ならイメージにぴったりじゃないですか」

 ははっと笑った彼が私の手をそっと握り、誘導するように軽く引く。

“確かにそれなら私のイメージが崩れたりしないけど”

「でも、それだと水澄さんが」
「イメージぴったりって言ったじゃないですか。俺も可愛いキャラの後押しになりますし、利害の一致ってやつですよ」

“嘘つき”

 私とは違い無自覚にそう振る舞っているのだから、可愛さをアピールする必要なんかないくせに。

 それでも彼のその気持ちが嬉しくて。


「……そういう、ことなら」
「ま、取れるとは限りませんけどね」

 どこか悪戯っぽくそう言った水澄さんの後を小走りで追い、ゲームセンターに入る。

“まるで学生の頃に戻ったみたい”

 久しぶりに踏み入れたそこは、案外私より年齢が上の人も結構いて、そして良くも悪くも周りには興味がない空間だった。


「ちょっと、これ壊れてるんじゃない!?」
「確率機ってやつですかね」
「なんなのよ、それ! 知らないわよ!?」

 硬貨を入れて、アームを動かす。
 ゲームセンターでは最も定番で王道のUFOキャッチャー。

“これ、こんなに難しいの!?”

 しかし何回やってみても、狙いが悪いのかカクレオンマスコットは持ち上がりすらしなかった。

「俺がやりましょうか?」
「えっ、い、いいわよ、私がやるわ」

 何の気なしにそう聞いてくれる気持ちは嬉しいのだが、いくら小銭だからといってこれはお金を使って遊ぶゲームなのである。

“一応水澄さんは後輩だし”

 あくまでも欲しいのは私であって彼ではない。
 このくらいのことなら甘えてお願いすればいい、という気持ちも正直言ってあるけれど。


“今日は借りを返しにきたんだもの”

 私たちの関係性で一方的に甘えるのはやはり違和感が拭えなかった私は、彼からの提案を断るべく首を左右に振った。


「まーくん、これ欲しい~」
「はいはい、これな」

 なんて会話が近くの台から聞こえてくる。

“でもあの二人は多分カップルだし”

 私と水澄さんはそうじゃない。


“あんな風に素直に言えれば、良かったのかな”


 周りと距離を置くのは楽だが、私がこうやって素直に話せるようならば同僚からの嫌がらせなんてことにはならなかったかもしれないと、そんな考えが頭を過る。


 副社長がベタベタしてきて困ってるの、だとか。
 もしあの場で同僚に相談できていれば、共通の女の敵として認識し味方になってくれていたかも――


「久保さん?」
「え、あっ……と、ちょっと両替してくるわ」

 ついそんなことを考え込んだ私に、水澄さんが声をかける。

“バカなことを考えちゃったわ”

 そもそも副社長は人気があったのだ。
 だからこそ妬みが生まれたのだろう。
 それならば相談したところで意味なんてないのに。

 私はその場に水澄さんを残し、一人両替機に向かったのだった。



 結果から言えば取れなかった。

「悔しい~!」
「これならフリマサイトで買った方が安そうですね」
「でもそれは絶対したくないわ」
「久保さんは自分で取りたそうでしたもんね」
「というか、フリマサイトは転売目的で取ってる場合もあるから……」

 ははっと笑う水澄さんに歯切れ悪く返事をする。

“絶対自分の手で取りたいってより、付き合っている訳でもない水澄さんに取ってって言えなかっただけだけど……”

 そんな私の表情をどう解釈したのか、少し水澄さんが考える素振りを見せた。


「……それ、自分で絶対取りたい派じゃないってことですか?」
「え?」

 された質問の意図がわからず思わず首を傾げた私に差し出されたのは、何度チャレンジしても取れなかったあのカクレオンマスコットで。

「こ、これって」
「久保さんが両替に言ってる間に試したら取れちゃって。もし俺が取ったのでもよければ受け取ってください」

 そう言いながら私の右手にグイとマスコットを乗せる。

「で、でも私、貰う理由なんて……というか、水澄さんにメリットなんてないじゃない」
「んー、俺は取れて楽しかったですし、ゲームできて楽しかった、がメリットじゃダメですか?」

 きょとんとしながらこちらを見る彼は、やはり少しあどけなく可愛らしい。
 きっとこの表情も無自覚で、そして本心から言ってくれているのだとそう感じた。

「それに俺、職場では可愛い系なのかもしれませんが好むコーヒーはブラックだしこういうマスコットを飾ったりもしないので」

 ニッと口角を上げる彼は、きっと私が受け取りやすい理由をくれているから。

 
「……だったら、貰うわ」

 手渡されたマスコットをきゅっと抱きしめるように胸元へ持っていく。

「ありがとう、水澄さん」

 精一杯の素直な気持ちを口にすると、たれ目気味の彼の目尻がより一層下がったような気がしたのだった。
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