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本編

12.重なるのは

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 もったいぶった話し方で重ねられたその言葉に愕然として声が漏れる。
 どうやら私のその声には気付かなかったらしく、彼女たちは更に口を開いて。

「社内の女を孕ませて中絶させたってなかなかスキャンダルでしょぉ?」
「あはは、確かに! 水澄さんが送って行ったあの日、そのまま産婦人科に行ったってことね」
「あの女はあの女で、水澄さんと副社長の二股だったからどっちの子かわかんなくてぇ~」
「だから水澄さんがおろさせた、って考えたら自然よね」

“なによそれ”

「これで共倒れコース完成~」

“なんなのよ、それ”


 ――水澄さんがどれだけ頑張っていたかも知らないくせに。
 そんな彼の努力を見ようともせず、その雑な悪意で貶めるなんて……!


「いいっ加減にしなさいよバカ女ァッ!!!」
「ひゃっ!?」

 タァンと音が響くようにヒールで給湯室の入り口に立つ。
 

“もう本当に本当に我慢の限界なのよっ”


「さっきから聞いてれば適当な事しか言えないの!?」
「なっ、べ、別に適当なことじゃ」
「時系列的な辻褄はあってるし」
「どこがよ!? いい、私が貴女たちみたいなおバカさんに保健体育をしてあげるわ!」

 イライラと腕を組み、見下ろすように彼女たちに視線を向ける。
 苛立ちのせいで声が荒立っていると気付いたが、正直今はどうでもよかった。


「あのねぇ! 子供ってのは、ゲームセンターでは出来ないのよッ!!」
 

 まるでアニメの決め台詞のようにビシッとそう断言すると、言われた意味が一瞬理解できなかったのかぽかんとした顔を向けられた。

「は、はぁ? そんなの当たり前じゃな……」
「でぇ? 誰がどうやってどこで子供作ったってぇ? 彼とのデートはゲームセンターでしたけどぉ?」
「そ、そんなの知らないわよ!」
「そうよねぇ、貴女は何も知らないわよねぇ。知らないのに何の根拠があってあんな頭の悪い話を作り上げたのかしら? 貴女の頭と同じで出来が悪すぎるんじゃないのぉ!?」

 煽るように言いながら一歩、一歩と二人に近付く。


“完璧美人って何かしら”

 冷酷や冷めてるというイメージをクールと言い換えられるように常に気を張って。
 ミスをしないように、何度も確認し隙を作らないように努力した。
 先方のお名前の読み方を間違わないように家でも繰り返し勉強して。
 情報収集だって怠らないようにした。
 
 その重ねた努力で今の私が出来ていて、そうやって私は私を作ったけれど。

“いつも冷静で、間違っても声を荒げたりせず対処ができることかしら”


 自分の大事な人を守るための声も上げられないのなら、そんな“私”はいらないから。


「謝りなさい」
「え、な……」
「謝りなさいって言ってんのよっ!」

 私たちが他の社員よりも早く出社しているとはいえ、早めに出社している他の社員もいたのだろう。
 思ったより私の声が大きかったのか、何人かの社員たちがなんだなんだと集まり視線を感じる。

 事情のしらない人からすれば私が一方的に怒鳴っているように見えているかもしれない。

“それでも別にいいわ。根拠のない噂より事実を流される方が納得できるもの”

 
「私のことは何を言っても……よくない、心底腹立ってるけど!」

 それ以上に腹立っているのは、許せないのは。

「水澄さんの頑張りまで貶すことは許さないから! だから謝りなさいよ、今すぐに!!」

 
 見世物になっているだろうことは気付いたが、それでも今の私にとって大事なのは自分のイメージではなく水澄さんなのだ。
 彼まで巻き込み落とすような彼女たちを絶対許す気なんかないと、更に一歩足を進めた私を後ろから抱きしめるように温かい腕が私を包む。

 ふわりと鼻腔をくすぐるのは、近付いて、でも決して触れることのなかった彼の香り。


「本当に格好いいなぁ」

 想像よりずっと甘く優しい声が耳をくすぐり、一気に顔を熱くさせる。
 
 怒りで冷えた指先に熱が戻った私は、ずっと眉間にしわを寄せて睨んでいた彼女たちから視線を外し、そっと振り返るように見上げる。

 
 そこにいたのは、ふわりと花が綻ぶように笑っていた水澄さんだった。


「なんで」
「まぁ、これだけ騒いで注目浴びてたら気付きますって」
「う」

 水澄さんに言われ慌てて回りを見渡すと、想像よりも多い人が集まってきていて一気に羞恥心に襲われた。

“視線は感じてたけど、こんなにいたとは思ってなかったわ……!”


 彼女たちの暴言を聞いていた時は誰もいなかったはずだ。
 だから今集まっている人たちは私の怒鳴り声で来たのだろう。

“彼らからは私がどのように見えてるのかしら”

 一方的に責めて謝罪を強要しているように見えるかもしれない。
 ここで彼女たちがもし私に一方的に言いがかりをつけられたのだと言い張ったら――


「あの、もしかしたら今はまずいかもしれないわ」
「何がですか?」
「え? だからその、もし彼女たちがね」

 しどろもどろになっている私をどうとらえたのか、首を捻った水澄さんはすぐにニヤリと口角を上げて。


「案外心配性なところも好きですよ」
「ふぇっ!?」

 ちゅ、と私の額に口付けをした。

 ざわっと一気にその場が色めき立ち、それまでぐるぐる考えていたことが全て頭から吹っ飛んで。


「すみません、俺の彼女まーた熱があるみたいなんで休憩室行きますね」

 そのまま私の手を握り、集まっていた社員たちの隙間を縫うようにしてその場を離れたのだった。




「……ふ、はは、はははっ」
「ちょ、ちょっと!?」
 
 水澄さんに手を引かれながら歩いていた私は、突然足を止めて笑い出した彼にぎょっとする。

「えー、何してるんですか、作り上げた自分とやらはどうしたんです?」
「う、うるさいわねっ!? というか、今頃自分たちに都合いいように言いふらされてるかもしれないじゃない! どうするのよっ」
「俺と付き合ってください」
「だから私はどうするのかって……へ?」

“今、付き合ってって言われた?”

 
 突然の申し出に呆然とするが、私の方をまっすぐに見た彼の表情がすごく真剣で。

「事実じゃない噂なんてどうでもいいです。でも、俺たちが付き合ってるって噂は本当にしたいなって」
「それって」
「好きですって言ってるつもりなんですけど、どうですか」
「どうって、その」

 痛いくらい響く鼓動が、苦しくて、でもその苦しさが心地いい。


 彼に握られていた手を離し、彼の首に両腕を回す。
 背伸びしながら彼を引き寄せると、彼もそっと顔を近付けて。


「喜んで」


 初めて重なった唇が、思ったよりも熱く感じたのだった。
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