【R18】「アナタを愛することはない」と言った私の大誤算

春瀬湖子

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第三章・それは契約に記すまま

23.今はただ

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「ライサ、そろそろ来ると思う」
「ん、そろそろね」

 私に耳打ちするルカに頷く。
 父という特例が終わった後は順当に高位貴族からだ。
 そして今の私たちは侯爵家。すぐに自分たちの番がやってくるからこそ、想像通りの相手もやってきた。

「ルカ」

 名を呼ばれ心底嫌そうな顔でルカが振り返った先に居たのは、着飾ったルカの両親だった。

(この間渡したお金で買ったのかしら)

 夫人の豪華絢爛なネックレスを見るに、この間のお金では足りなさそうなため、あのお金を元手にギャンブルで稼いだのか相変わらず借金をしたのかのどちらかだろう。
 そんなふたりがにこにこと貼り付けたような笑いを浮かべながらルカの前まで近付き、手を差し出す。

「献上品は持ってきているんだろう?」
「持ってきてないって言ったら?」
「そんなはずはない。だって我が家の悪評は愛するお前の妻の悪評にもなるからな。それに流石クロフスのご令嬢、大々的に新商団のアピールもしたそうじゃないか。それなのに今手ぶらだなんてことはしないだろう」
「チッ」

 ルカが思い切り舌打ちするが、そんなこと気にしないのか相変わらず手は差し出されたままだ。

「当主は私だ。さぁ、献上品を渡しなさい」
「当主が用意したものを渡すべきだと思うけど」
「ならお金をもっと渡しなさい。どちらかだ」
「そうよ、家の恥はライサさんの商団の足も引っ張るわよ」

 苦々しく顔を歪めたルカが私へと視線を向ける。
 わざと周りにも聞こえるように話す侯爵夫妻のお陰で今の私たちは注目の的だった。

(これ以上注目を浴びるのは避けたいわね)

 家門の代表が献上品を渡す、それは理解しているし献上品を取り上げに来るだろうことも想定していた。
 想定通りの展開に若干呆れつつ、仕方なく小さなため息を吐いて手を叩く。

「ライサ様」
「お渡しして」

 手のひらサイズの箱を持ったジーナが夫妻へと近付くと、少し怪訝な顔をした侯爵が引ったくるように箱を奪った。

「これは?」
「メリベルト領で取れた最高級のブラックオパールですわ」

 私たちの指輪に使用したものとは比べ物にならないほどの大粒サイズのブラックオパールである。
 未加工で、このブラックオパールをそのまま飾るもよし、装飾品へ加工するのもよしというものだ。

「オパール以外にはないのか?」
「メリベルトで採れるものなんてそれくらいだろ。気に入らないなら僕が渡すから返せよ」
「はっ。兄に全て押し付けて何も勉強せず領地にもいなかったお前が領主代理として渡すって?」
「そ、れは」

 中身がオパールだと知った侯爵が馬鹿にしたようにルカを見て鼻で笑う。
 領地にいないのは侯爵夫妻も同じだったはずだが、ルカの傷をわざわざ抉るような言い回しに苛立った。

(でも、ここで何を言ったらいいの)

 言い返しても更に話が長引き注目をより浴びるだけ。
 これ以上この愉しむような視線の中にルカを置いておきたくない。

 そう思った私が彼の腕を軽く引くと、苦々しい顔をしていたルカが私の方を見てふっと息を吐いた。

「もうここにいても仕方ないわ。もう行きま――」
「女に庇われるなんて流石じゃないか。顔良く生んでやったことを感謝するんだな」
「そうね。それにこの間の契約にもあったように親子の財産は共有。精一杯媚びていなさい、貴方にはそれくらいしか出来ないんだから」
「今時剣を握れてもなんの役にも立たないしな」

(私にも聞こえてるわよ!)

 私……というか財力に媚びていた侯爵夫妻がこの手のひらの返しよう。
 先日ルカが言っていた『契約』とやらが上手くいっている証拠だとは思うものの、腹立たしいことには変わりない。
 だがここは我慢する以外ないと諦め、ルカの腕を引いたまま去ろうとした時だった。

 あっはっは、と笑いながらルカにわざとらしく近付いた侯爵が、ルカの付けていたタイピンへ目を留める。

「ふむ。こうやって見るとオパールも悪くないな」
「なっ」

 そのまま距離を詰めた侯爵がルカの付けていたタイピンを乱暴に外し自身の胸元へ着けた。

(横暴だわ!)

 ギリッとルカが奥歯を噛み締める音が聞こえたが、そんなこと気にもしていないらしく今度は彼のカフスボタンへと目を付ける。

「ふぅん、お揃いのカフスもいいな。それも貰っておいてやろう」
「奪ったの間違いだろ」
「領地にはオパールしかないんだろう? ならば領主たる私たちがつけることが正しいと思うがな」

 今にも侯爵の胸ぐらを掴みそうになっているルカは、だが大きく深呼吸しなんとかとどまった。
 そして言われるがままカフスボタンを外し侯爵へ渡す。

 幸いにも侯爵夫人は既にアクセサリーを沢山身につけていたので、私が身につけているものを奪おうとはしなかったが、これ見よがしにルカのタイピンとカフスボタンを着けた侯爵が歩き去るのを見るのはなかなかに癇に触るものだった。

「……ルカ」
「ごめんね、ライサ。僕のせいで」

 さっきまで毛を逆立てて怒りを表していたルカが、私の横で苦笑を浮かべる。
 どこか気まずそうに頬をかきながら力なく笑うその様子は、私の胸を痛いくらいに締め付けた。

「ルカは何も悪くないじゃない」
「けど、僕と結婚しなかったら」
「だったらそもそもここにはいないでしょ?」

 重ねた私の言葉に俯くルカの肩にそっと頭を預ける。

(どうしてあんなことばかり言えるのかしら)

 ルカのお兄さんが出ていったのも、ルカが領地から離れて暮らしていたのも元を辿ればルカのせいではなく侯爵の責任だろう。
 だが、ルカが引け目に思っていることだけを強調して抉るように言うのは何なのか。

 はぁ、と大きくため息を吐いたルカが、パッと表情を明るくする。

「じゃあ、献上品もなくなっちゃったしもう帰ろっか? 僕も飾りひとつもなくなっちゃったし」

 わざとらしく明るく言われるその言葉にズキンと胸の奥が痛んだ。

「私がいるわ」
「え?」
「だから、私が貴方の装飾品になってあげるって言ってるのよ」

 ツンと顔を背けそう告げる。
 ルカの真似をしあえてわざとらしく言ったつもりだったので、すぐに文句か笑いが来ると思っていたのだが一向に反応がないことに焦れる。
 完全に外したかしら、とじわじわ沸きあがる羞恥に耐えられず、逆ギレの勢いで顔をあげた。

「ちょ、せめて笑うか何かしなさいよッ! 恥ずかしいじゃ……、ルカ?」
「っ、あ、ごめ」

 見上げた先のルカが片手で顔を隠す。
 その腕の隙間から見えるルカの顔が赤く染まっていて私は思わず目を見開いた。

「その、嬉しいなって」
「えっ、そ、そう? ならよかったわ」

 じわりと私の頬も熱くなる。

「ね、僕の美しい宝石を自慢したいんだけど、君と踊る栄光をいただけますか?」
 
(本当はこれ以上注目を浴びる前に帰るべきなんだけど)

 今日の目標は達成したし、さっきの一件のせいで一度は収まった陰口もまた復活している。
 それも、今度は私が金づる扱いだ。
 
 だが、にこりと笑って手を差し出すルカの表情がさっきよりも少し明るくなったことに安堵した私はそれらの考えを全て放棄し頷いた。

「仕方ないわね。ちゃんと輝かせてよね」
「ははっ、りょーかい」

 ルカに手を引かれるまま軽やかにホールへと出た私たち。
 一度礼を挟み再び手を重ね、流れる音楽に動きを乗せた。

(この間踊ったのはステップだってめちゃくちゃだったのに)

 しっかり男性リードのステップで足を動かすルカに内心驚いてしまう。
 祖父の領地で遊んでいた、という彼だがどうやらしっかり貴族の嗜みは学んでいたらしい。

「てっきり踊れないと思っていたのに上手いじゃない」
「酷いな!? 僕だって一応ダンスくらい出来るって。でもライサもすごく上手いね」
「あら。当たり前でしょ? ほらこの角度! この角度で裾をたなびかせるとドレスの刺繍がよく見えるのよ」
「あはは、流石ライサ。宣伝もばっちりなんだ」

 楽しそうに笑うルカが、私の腰を支えながらくるりと大きく回転する。
 一瞬宙に浮いた体が着地し、再び元のリードに戻って私は目を見開いた。

「ちょ、それするなら先に言いなさいよ!」
「楽しかったでしょ?」
「それは……まぁ、そうだけど」

 全く悪びれないルカに不満気な顔を作ってみるが、しっかり支えられていたこととルカのリードが完璧だったお陰で何も不安はなく、結局私は小さく吹き出す。
 そんな私に釣られたのかルカも吹き出し、私たちはダンス中だというのに優雅さをくすくすと口を開けて笑い合った。
 きっとまだ私たちへの陰口や噂話は続いているのだろうか、今だけはそんなことも忘れただただ楽しむ。

(これでいいのよ)

 周りの目なんて関係ない。
 今はただ、目の前の彼との時間を楽しめばいいのだから。
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