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第6話 そんなつもりじゃないんだ――柳
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電車で2駅先の予備校まで通っているのにはちゃんとわけがある。指定校推薦の選に漏れることもあるからだ。
ツバキはそんな変に用心深いオレを鼻で笑うかもしれない。でも、男の人生、ここが肝心なんだよ。
そんな言い訳をしたところでツバキにはバレてしまう。オレたちは知ってる。ストレートで入るのが難しいヤツに回ってくるのが指定校推薦だということを。つまり、オレはその程度だということだ。
同じ志望校でもツバキには回ってこない。……模試の合否判定、良かったんだろうな。
ツバキ、ブチ切れてたなー。
思い出すと腹立たしくなるくらい罵られた。思わず平手打ちにしようかと思ったくらいに。それはそうか、二人で進路の調整してたのに手のひらを返したのはオレの方だし。ツバキのキレイな顔を殴れるはずがなかった。
お互い好きなんだから同じ学校に行く、というのはたぶん相当愚かな考え方だ。せいぜい、近くの学校に行くというのがまともだろう。大学で人生が決まる。その選択を恋愛ごときでするなんて……。
毎日顔を合わせるツバキが、軽蔑した目つきでオレを見る。それを受けるのが厳しい。
オレはどうしたらいいんだろう? 推薦枠なんか蹴飛ばして、ツバキと国立を受ければいいのか。でもそれでは心中にもならない。落ちるのはたぶん、オレだけだ。
講師が入ってきて、授業が始まる。斜め左前にツバキが見える。ツバキの黒くてしっとりした髪は、今日はきっちり1本の三つ編みにまとめられている。あの涼しげな三つ編みを弄んで、結んである髪の先に触れられたらなぁと思う。
喧嘩別れしたまま、口もきけない。
そんなのはおかしくないだろうか? オレたちはせめて友だちとしてやり直すべきじゃないだろうか? 今まで育んできたものは、異性としての愛情だけではないんじゃないだろうか……?
女々しい。
オレと同じくらい、ツバキは想っていてくれるんだろうか? 今もまだ。
やる気のない、食いつく気もないオレを置いて、授業は進んで行く。そんなヤツは勝手に奈落に落ちろと言わんばかりに着々と進行する。
けど、予備校なんてものは保険のようなものだ。本当にできるヤツはそんなとこに行かなくても自立して家で勉強できる。往復の時間がもったいない。
ツバキだって、親に言われて嫌々通うと言って苦笑いしてたんだ。それを笑って聞きながら、同じ講座にこっそり申し込んで……。
女々しい。
もう、推薦で行くって決めてたのにこうして休まずに、しかもここで何も身につけずにただツバキを追ってここに座るオレを、どう思ってる?
「話しかけないでよ」
思った通り、ピシャリと跳ねつけられる。予想の範囲内だ。良いことも悪いこともハッキリしている。それがツバキだ。
久しぶりに間近で彼女を見る。きめ細かい素肌。何回それに触れたのか、思い出せないくらいだ。彼女の薄い表皮の下にある唇は、何も塗らなくても紅い。グロスがなくてもいつも艶めいている。
ぼんやり、眺める。
「どいて。邪魔だし。知り合いだと思われちゃう」
「ちょっとそれはないんじゃないの? 知り合いは知り合いだろ?」
「……あんたなんか、知り合いでもなんでもない。知らない人に戻ったわよ」
ツバキはきつく唇を噛んだ。そんな顔をする時は、悔しい時だ。つまり、負けが濃厚な時だ。もう一押しする。
「オレはツバキをよく知ってる。誰よりもよく知ってる。その立場を他のヤツにみすみす譲る気はない」
「……正気? ここ、どこかわかってんの? 第一、卒業したらここを離れて一人暮らしするあんたと、卒業してもここに根付いてるわたしとではどっちみち続きっこないわ」
「じゃあ、どうしてほしい? もう気がついてるんだろ? オレの成績じゃ、同じとこに行けないこと……。思い切って飛び込んで、浪人したらいいのか?」
ツバキは本当に思案顔になった。
悩んでるわけじゃなく、本当に考えている時の顔だ。何かを計算している。それが何かはわからないけれど。
「わたし、やってもみないうちからダメだって決めつける人、嫌いかも。別れた原因はそれじゃないの? 別の大学に行きたければ行けばいい。でもね、こっちがダメだから安牌を取ろうってとこが嫌なのよ」
……やっぱりオレが女々しかったのか。
キッ、と最後にオレを睨みつけるとツバキはオレの肩をどんと押して去っていった。サンダルの踵がカツカツカツ……と音を立てて階段を下りていく。相当怒っている。
「待てよ、ツバキ」
「勘違いしないで! あんたなんか好きじゃないから!」
「嫌いでもいいよ。でももうちょっと冷静に話し合ってみてもよくないか? 大学が分かれちゃうヤツらなんていっぱいいるよ」
「放してよ……。わたしは無理なんだってば。あんたの顔、毎日見ないといろいろ……」
泣いちゃったかな? 泣かせたかもしれない。あの日に続いてまた。
そんなつもりじゃないんだ。逆なんだ。ツバキを取り戻したいだけなんだ。
ツバキはそんな変に用心深いオレを鼻で笑うかもしれない。でも、男の人生、ここが肝心なんだよ。
そんな言い訳をしたところでツバキにはバレてしまう。オレたちは知ってる。ストレートで入るのが難しいヤツに回ってくるのが指定校推薦だということを。つまり、オレはその程度だということだ。
同じ志望校でもツバキには回ってこない。……模試の合否判定、良かったんだろうな。
ツバキ、ブチ切れてたなー。
思い出すと腹立たしくなるくらい罵られた。思わず平手打ちにしようかと思ったくらいに。それはそうか、二人で進路の調整してたのに手のひらを返したのはオレの方だし。ツバキのキレイな顔を殴れるはずがなかった。
お互い好きなんだから同じ学校に行く、というのはたぶん相当愚かな考え方だ。せいぜい、近くの学校に行くというのがまともだろう。大学で人生が決まる。その選択を恋愛ごときでするなんて……。
毎日顔を合わせるツバキが、軽蔑した目つきでオレを見る。それを受けるのが厳しい。
オレはどうしたらいいんだろう? 推薦枠なんか蹴飛ばして、ツバキと国立を受ければいいのか。でもそれでは心中にもならない。落ちるのはたぶん、オレだけだ。
講師が入ってきて、授業が始まる。斜め左前にツバキが見える。ツバキの黒くてしっとりした髪は、今日はきっちり1本の三つ編みにまとめられている。あの涼しげな三つ編みを弄んで、結んである髪の先に触れられたらなぁと思う。
喧嘩別れしたまま、口もきけない。
そんなのはおかしくないだろうか? オレたちはせめて友だちとしてやり直すべきじゃないだろうか? 今まで育んできたものは、異性としての愛情だけではないんじゃないだろうか……?
女々しい。
オレと同じくらい、ツバキは想っていてくれるんだろうか? 今もまだ。
やる気のない、食いつく気もないオレを置いて、授業は進んで行く。そんなヤツは勝手に奈落に落ちろと言わんばかりに着々と進行する。
けど、予備校なんてものは保険のようなものだ。本当にできるヤツはそんなとこに行かなくても自立して家で勉強できる。往復の時間がもったいない。
ツバキだって、親に言われて嫌々通うと言って苦笑いしてたんだ。それを笑って聞きながら、同じ講座にこっそり申し込んで……。
女々しい。
もう、推薦で行くって決めてたのにこうして休まずに、しかもここで何も身につけずにただツバキを追ってここに座るオレを、どう思ってる?
「話しかけないでよ」
思った通り、ピシャリと跳ねつけられる。予想の範囲内だ。良いことも悪いこともハッキリしている。それがツバキだ。
久しぶりに間近で彼女を見る。きめ細かい素肌。何回それに触れたのか、思い出せないくらいだ。彼女の薄い表皮の下にある唇は、何も塗らなくても紅い。グロスがなくてもいつも艶めいている。
ぼんやり、眺める。
「どいて。邪魔だし。知り合いだと思われちゃう」
「ちょっとそれはないんじゃないの? 知り合いは知り合いだろ?」
「……あんたなんか、知り合いでもなんでもない。知らない人に戻ったわよ」
ツバキはきつく唇を噛んだ。そんな顔をする時は、悔しい時だ。つまり、負けが濃厚な時だ。もう一押しする。
「オレはツバキをよく知ってる。誰よりもよく知ってる。その立場を他のヤツにみすみす譲る気はない」
「……正気? ここ、どこかわかってんの? 第一、卒業したらここを離れて一人暮らしするあんたと、卒業してもここに根付いてるわたしとではどっちみち続きっこないわ」
「じゃあ、どうしてほしい? もう気がついてるんだろ? オレの成績じゃ、同じとこに行けないこと……。思い切って飛び込んで、浪人したらいいのか?」
ツバキは本当に思案顔になった。
悩んでるわけじゃなく、本当に考えている時の顔だ。何かを計算している。それが何かはわからないけれど。
「わたし、やってもみないうちからダメだって決めつける人、嫌いかも。別れた原因はそれじゃないの? 別の大学に行きたければ行けばいい。でもね、こっちがダメだから安牌を取ろうってとこが嫌なのよ」
……やっぱりオレが女々しかったのか。
キッ、と最後にオレを睨みつけるとツバキはオレの肩をどんと押して去っていった。サンダルの踵がカツカツカツ……と音を立てて階段を下りていく。相当怒っている。
「待てよ、ツバキ」
「勘違いしないで! あんたなんか好きじゃないから!」
「嫌いでもいいよ。でももうちょっと冷静に話し合ってみてもよくないか? 大学が分かれちゃうヤツらなんていっぱいいるよ」
「放してよ……。わたしは無理なんだってば。あんたの顔、毎日見ないといろいろ……」
泣いちゃったかな? 泣かせたかもしれない。あの日に続いてまた。
そんなつもりじゃないんだ。逆なんだ。ツバキを取り戻したいだけなんだ。
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