婚約者は私より親友を選ぶようです。親友の身代わりに精霊王の生贄になった私は幸せになり、国は滅ぶようです。

亜綺羅もも

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 馬車に数日揺られて、精霊王の領土までやって来ていた。
 そこは森。
 噂によるとその森は、国一つ分ほどの広さがあるようだ。

 馬車から降りると、憂鬱な気分ではあるが新鮮な空気が肺を満たす。
 どんより暗い気持ちが少しだけ晴れる。

「お嬢様……」
「さようなら。行って頂戴」

 エクスレーン家に仕えてくれていた御者が、涙を浮かべながら馬車で去っていく。
 私はそれを見送った後、長い時間森を眺めていた。

 覚悟は決まったはずなんだどなぁ……

 いざとなると、足が中々進まない。

「どうかいたしましたか?」
「え?」

 私が棒立ちしていると、森の中から緑色の髪の青年が姿を現す。
 服装は上品な物を着ており、穏やかな表情を浮かべている。
 まさか、この人が精霊王?

「あの……精霊王様ですか……?」

 私は震える声で彼に尋ねる。
 彼は微笑を浮かべて答えた。

「いいえ、とんでもない。僕は精霊王に仕える精霊ですよ」
「精霊……?」
「ええ。驚きましたか? 精霊王の世話をするために人間の姿を与えてもらったんですよ」
「そ、そうなんですね……」

 彼は私をジーッと見て、そして笑顔を浮かべる。

「ルビア様……ですね」
「え? な、何故私の名前を?」
「別の精霊から話は伺っています」
「せ、精霊にですか?」
「はい。精霊はどこにでもいるので、遠くの情報も簡単に知ることができるので。こちらに来られる方の話はすでに聞いていました」
「なるほど……」

 生贄はすでに把握していると……
 私は息を呑み、彼の笑顔を見る。
 こちらが生贄と知り、これだけ笑顔を向けていられるなんて……餌を前にし舌なめずりする猛獣にしか見えない。

「では、こちらへ。精霊王のもとまで案内いたします」
「……はい」

 私は恐怖にガタガタ震えていた。
 怖い……けど、付いていくしかないのだ。
 これも国のため……私を裏切った国のため?
 なんだかそう考えるとバカらしくなってくる。
 だけど今更引き返すこともできない。

 今になって後悔が押し寄せてくる。
 だがここで私が逃げ出せば、他の誰かが犠牲にならなければいけない。
 行くんだ……私が行かなければいけないのだ。

「どうしたんだ、こんな所で? 私はずっと待っているというのに」
「ああ、精霊王。今からあなたのもとまでお連れしようと思っていたところです」
「…………」

 雪のように白い髪。
 温かさを感じる緑色の瞳。
 背が高く、端正な顔立ち。
 肌は白く、穏やかな表情を浮かべているその人を見て、不覚にも私は釘付けになっていた。

 この方が精霊王……
 もっと恐ろしい姿を想像していたのに……
 なんて美しい人なのだ。
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