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11話し合い
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「アヤ……こんなことしたって、私の気持ちは変わらないよ」
「六年ぶりに会ったんだ。ゆっくりと話し合えば、気持ちなんてすぐに変わるよ……少なくとも、このまま、さよならなんてできない」
「話し合って……納得したら、出て行ってくれるの?」
「……納得したらね」
助けを呼べない以上、波奈にできることはない。
彩人から……ここから逃げようとしたって、ここは波奈の部屋だ。
波奈には一晩でも泊めてくれそうな友人もいないし、ホテルに泊まるにしてもお金がなかった。
彩人を納得させ、自主的に出て行ってもらうしかない。
「わかった。ちゃんと、話し合う」
波奈が挑むように彩人を睨みつけると、彼は目を細めた。
「……波奈の六年間を教えて。僕も、僕の六年間を教えるから」
波奈の苦労した六年間など、話して聞かせるようなことでもない。
けれど――離れていた間の、彩人がどのように暮らし、今はどんな立場にいるのか、気になるのも事実だった。
***
「ハナ、料理上手だね。驚いた」
波奈は折りたたみ式のローテブルに彩人と向かい合わせに座り、食事をとっていた。
なぜこんなまったりとした雰囲気になっているかというと――真面目に話し合うつもりだったのだが、波奈のお腹が空腹のあまり鳴ってしまったからだ。
『ご飯を食べながら話そう。僕もお腹すいたし』
買い物袋をのぞき込み、そう言われ、夕飯を食べることにした。
見切りで安くなっていた惣菜だけでは物足りない気がしたので、作り置きしていた筑前煮を冷蔵庫から出す。
冷凍していたご飯とそれを、レンジで温め、皿に盛り付けた。
節約のために自炊を始めたが、どうせなら美味しく食べたい、とそれなりに研究を重ねた。
食器もどうせなら……と、気に入った柄の食器を選んだ。
お嬢様暮らしをしていた頃に比べたら、信じられないくらいの安物だったが、今の波奈にとっては高価なものだ。
二人分の食器がないため、彩人にお茶碗を使わせ、自分は保存容器のまま食べる。
「……彼氏にご飯作ったりはしないんだ?」
「……彼氏?」
「僕以外の人、たくさん好きになったって。この部屋に呼んだりはしなかったの?」
言われてから、そんな嘘を吐いていたことを思い出す。
「してたけど、別れたから、食器は捨てたの」
「へえ」
疑いの眼差しを向けられるが、波奈は知らないフリをした。
「アヤは大学には行ったんでしょ。今は何してるの?」
彩人はつまらなげに、『タキガワ』の本社に勤めていると言った。
「そういえば、今日、仕事は?」
「休暇中なんだ」
「休暇中って……」
「ひと月ほどね」
ひと月もの休暇なんて、普通もらえるのだろうか。
御曹司だから、優遇されているのか。
正社員として会社勤めをしたことのない波奈は、疑問に思う。
しかしそれ以上に――。
もしかして、納得しなかったら、ひと月居座るつもりなのだろうかと不安になった。
昨日は薄暗くてよく見えなかったけれど、彩人は六年前の彩人とは違っていた。
端正な面立ちは昔のままだけれど、顔つきは以前より怜悧さが増して見えた。
――自分はどうだろう。
波奈はこの六年間で、自身がどう変わったのか考える。
無邪気だったあの頃とは違い、日々の仕事で疲れた顔をしていると思う。
彩人はラフな格好をしているが、セーターは着心地が良さそうだし、脇に置いているコートは見るからに高そうだった。
波奈の毛羽だったコートとはまるで違う。
彩人がどれだけ波奈とやり直したいと言ってくれても。
六年の月日を、話すことにより埋めることができたとしても――あの頃の二人の立ち位置に、戻れるわけではない。
今時『身分差』なんて、くだらない話だけれど、やはり自分は彩人には相応しくないと波奈は感じた。
「アヤ。私ね、おばさまから、お金もらったの」
「そう」
「アヤよりもお金を選んだの。そういう、ずるい女なの」
「なら僕もハナにお金をあげる。お金あげるから、一緒にいて欲しい」
「……アヤにはもっとアヤに相応しい女の子がいるよ」
「そうかもしれないけど、僕はハナがいい。……ねえ、ご飯のおかわりある?」
彩人の茶碗は空になっていた。
「……あるけど。……ねえ、アヤ、あれから六年も経ったんだよ。私はあの頃と違う」
「そうだね、昔より、可愛くなったよ」
にっこり微笑み言われ、波奈は果たして納得して帰ってもらえるのか、不安になってきた。
***
ホテルを借りているならホテルに帰るよう勧めたが、彩人はここに泊まるという。
そのつもりで不法侵入したので、着替えや入り用のものは、ボストンバッグに詰めてあると言われた。
しかし――布団は一式しかない。
そう言うと、一緒に寝ればいいと返される。
波奈は、まあいいかな、と思った。
一度寝ているわけでし、もう一回したところで、何かが変わるわけでもないだろう。
波奈のそういうつもりで、一緒の布団に入ったのだが――。
「おやすみ、ハナ」
彩人の指が、波奈の肌を暴くことはなかった。
「六年ぶりに会ったんだ。ゆっくりと話し合えば、気持ちなんてすぐに変わるよ……少なくとも、このまま、さよならなんてできない」
「話し合って……納得したら、出て行ってくれるの?」
「……納得したらね」
助けを呼べない以上、波奈にできることはない。
彩人から……ここから逃げようとしたって、ここは波奈の部屋だ。
波奈には一晩でも泊めてくれそうな友人もいないし、ホテルに泊まるにしてもお金がなかった。
彩人を納得させ、自主的に出て行ってもらうしかない。
「わかった。ちゃんと、話し合う」
波奈が挑むように彩人を睨みつけると、彼は目を細めた。
「……波奈の六年間を教えて。僕も、僕の六年間を教えるから」
波奈の苦労した六年間など、話して聞かせるようなことでもない。
けれど――離れていた間の、彩人がどのように暮らし、今はどんな立場にいるのか、気になるのも事実だった。
***
「ハナ、料理上手だね。驚いた」
波奈は折りたたみ式のローテブルに彩人と向かい合わせに座り、食事をとっていた。
なぜこんなまったりとした雰囲気になっているかというと――真面目に話し合うつもりだったのだが、波奈のお腹が空腹のあまり鳴ってしまったからだ。
『ご飯を食べながら話そう。僕もお腹すいたし』
買い物袋をのぞき込み、そう言われ、夕飯を食べることにした。
見切りで安くなっていた惣菜だけでは物足りない気がしたので、作り置きしていた筑前煮を冷蔵庫から出す。
冷凍していたご飯とそれを、レンジで温め、皿に盛り付けた。
節約のために自炊を始めたが、どうせなら美味しく食べたい、とそれなりに研究を重ねた。
食器もどうせなら……と、気に入った柄の食器を選んだ。
お嬢様暮らしをしていた頃に比べたら、信じられないくらいの安物だったが、今の波奈にとっては高価なものだ。
二人分の食器がないため、彩人にお茶碗を使わせ、自分は保存容器のまま食べる。
「……彼氏にご飯作ったりはしないんだ?」
「……彼氏?」
「僕以外の人、たくさん好きになったって。この部屋に呼んだりはしなかったの?」
言われてから、そんな嘘を吐いていたことを思い出す。
「してたけど、別れたから、食器は捨てたの」
「へえ」
疑いの眼差しを向けられるが、波奈は知らないフリをした。
「アヤは大学には行ったんでしょ。今は何してるの?」
彩人はつまらなげに、『タキガワ』の本社に勤めていると言った。
「そういえば、今日、仕事は?」
「休暇中なんだ」
「休暇中って……」
「ひと月ほどね」
ひと月もの休暇なんて、普通もらえるのだろうか。
御曹司だから、優遇されているのか。
正社員として会社勤めをしたことのない波奈は、疑問に思う。
しかしそれ以上に――。
もしかして、納得しなかったら、ひと月居座るつもりなのだろうかと不安になった。
昨日は薄暗くてよく見えなかったけれど、彩人は六年前の彩人とは違っていた。
端正な面立ちは昔のままだけれど、顔つきは以前より怜悧さが増して見えた。
――自分はどうだろう。
波奈はこの六年間で、自身がどう変わったのか考える。
無邪気だったあの頃とは違い、日々の仕事で疲れた顔をしていると思う。
彩人はラフな格好をしているが、セーターは着心地が良さそうだし、脇に置いているコートは見るからに高そうだった。
波奈の毛羽だったコートとはまるで違う。
彩人がどれだけ波奈とやり直したいと言ってくれても。
六年の月日を、話すことにより埋めることができたとしても――あの頃の二人の立ち位置に、戻れるわけではない。
今時『身分差』なんて、くだらない話だけれど、やはり自分は彩人には相応しくないと波奈は感じた。
「アヤ。私ね、おばさまから、お金もらったの」
「そう」
「アヤよりもお金を選んだの。そういう、ずるい女なの」
「なら僕もハナにお金をあげる。お金あげるから、一緒にいて欲しい」
「……アヤにはもっとアヤに相応しい女の子がいるよ」
「そうかもしれないけど、僕はハナがいい。……ねえ、ご飯のおかわりある?」
彩人の茶碗は空になっていた。
「……あるけど。……ねえ、アヤ、あれから六年も経ったんだよ。私はあの頃と違う」
「そうだね、昔より、可愛くなったよ」
にっこり微笑み言われ、波奈は果たして納得して帰ってもらえるのか、不安になってきた。
***
ホテルを借りているならホテルに帰るよう勧めたが、彩人はここに泊まるという。
そのつもりで不法侵入したので、着替えや入り用のものは、ボストンバッグに詰めてあると言われた。
しかし――布団は一式しかない。
そう言うと、一緒に寝ればいいと返される。
波奈は、まあいいかな、と思った。
一度寝ているわけでし、もう一回したところで、何かが変わるわけでもないだろう。
波奈のそういうつもりで、一緒の布団に入ったのだが――。
「おやすみ、ハナ」
彩人の指が、波奈の肌を暴くことはなかった。
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