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夜を照らす

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 佐々は、寮から歩いて十五分ほどの駅裏の古びた陸橋の上で、うずくまっている星原を見つけた。すぐそばに行くまで、星原は動かなかった。足を止めて星原を見下ろすと、彼はようやく顔を上げた。遠く後ろの街灯で、わずかにだが表情が照らされていた。あんな暴言を吐いた相手にもかかわらず、星原は胸が痛くなるほどの温かな目で佐々を見ていた。
「豊……」
 佐々は言葉につまる。名前を呼ぶだけで、苦しかった。それは自分が彼に放ってしまった言葉への罪悪感なのか、それとも自分が認めたくない想いを自覚させらるためなのか、わからない。言葉を探しながら、佐々は星原の側に屈み込んだ。
「ごめんね、ササリ」
 星原がそんなふうに微笑むのを、佐々は慌てて遮った。
「いや、謝るのは俺のほうだ、豊。……悪かった」
 星原はゆっくりと頭を振る。
「ううん、違うんだ、……」
 視線を外して、星原は弱く苦笑した。
「オレ、本当にどうしようもなく……理が好きなんだ……だから、ごめん」
 言いながら、今度は真っ直ぐに、佐々を射止めて二の句を継ぐ。
「ただの友達でいるのは、難しい」
 真剣な眼差しに、佐々の心臓は一際大きく跳ねた。星原が言おうとしていることが、わからない。わからないのに、なぜだかそれ以上聞くのが怖くて手が震えた。
 星原は、なんでもないことのようにわざと軽い調子の声を出す。
「オレダメなんだよ。理が好きすぎて、友達として一緒にいるだけじゃあもう満足できない。それ以上を望む気持ちが止めらんないんだ」
 そう笑いかけてくる星原。佐々が答えられないでいると、星原は寂しそうに目を落とす。
「オレはササリの側にいない方がいい。だから、友達を、やめよう」
「……友達やめるって、……何言ってんだ、おまえ」
「学校に言って、寮の部屋も別にしてもらうよ。もちろん、ササリのことを悪く言ったりはしないから安心して」
「バカ、そんな心配してるわけじゃない、なんで急にそんなこと」
 言いかけて、自分の失言が原因かとはたと思い当たる佐々に、星原はゆっくりと首を横に振った。
「急じゃあないよ。……ずっと、考えてた。オレ、想いを伝えてからも理がオレに変わらず友達として接してくれて嬉しかったよ。むしろ、それまでよりも親密になれた気がして、オレ、幸せだと思った。でも、だからこそ……それだけじゃ、満足できなくなってきてたんだ。絶対ないんだと自分に言い聞かせても、理がオレと同じ意味でオレを好きになってくれないかなって、そう望む気持ちが大きくなってさ。時谷には、そんな気持ちを相談してたんだ。彼女も、オレと似た境遇だったから」
 佐々は、突然の展開についていけなかった。自分の気持ちの整理もできていないところへ、星原から思ってもいなかった告白を受け、驚愕するしかない。
 だって豊、おまえはそんなこと、微塵も感じさせなかったじゃないか。そんなに、思い詰めていたなんてこと……。
「だけど、……そうだとしても、友達をやめるってどういうことだよ……もう一切、関わらないとでも言うつもりなのか?」
 自分の声に非難の色が混らないように、佐々は気をつけながら言葉を発する。しかし、星原はそんなことはおかまいなしにあっさりと頷いた。
「うん、……そうだよ。……もうメールも電話も、しない。一緒にどこにも、行かない。宇宙の話も漫画の話も、しない」
「なんだよ、それ……そんなの勝手に……」
 自分の動揺に対して反応しない星原を見て、佐々は彼の本気をじわじわと認識し始める。
「ごめんよ、ササリ……白か黒かみたいなことしかできないオレで……ササリがくれたグレーは、オレを幸せにしてくれたよ、これはホントだよ。おかげでオレは、まだ十何年しか生きてないのに、もう死んでもいいと思うくらい満ち足りた人生だと思えたんだ」
 星原は佐々の名前を読んで、ありがとう、と言った。胸を抉るような、幸福そうな顔だった。
「俺が、そんなのは嫌だと言っても、……おまえの気持ちは変わらない、のか?」
 星原とは対照的に、佐々の表情は苦りきっていく。
「たとえ今、ササリの要求をのんだとしても、きっといつか、オレがまた耐えられなくなる……だったら、早い方が、いいと思うんだ。これ以上、ササリとの思い出を増やしたら、増やした分だけ、離れるのがもっと辛くなると思うから」
「俺は今でも十分辛い」
 遮るように佐々が声を上げると、星原はようやく顔色を変えた。
「それは、オレだって……そうだよ」
 その機に乗じるように、佐々は星原に詰め寄る。
「だったら、他に選択肢はないのか?おまえのいうように、白か黒しか、本当に」
「やめてよ」
 遮る声は、強かった。星原は俯いて顔を見せない。佐々には、彼の苦しみを理解することができなかった。苦悩を推し量ることはできても、それがどれほど彼を患わせているのか、想像できない。
 そのくせ自分が辛いだなんて……よく言ったもんだ……。
「……理はさ、じゃあオレの望みを叶えてくれるの?もっと一緒にいたいとか、何をするにも理と一緒がいいとか」
 下を向いたままの星原の声は震えていた。
「そんなの、俺だってそうだ」
 この期に及んでまだ星原に思い留まってもらえるかもしれない、などと思う気持ちから、佐々は間髪入れずに答える。すると勢い星原が顔を上げ、佐々にぐっと詰め寄った。
「じゃあ、もっと近くにいたい、もっと理に触れていたいって言ったら?」
 思わず、言葉に詰まる。星原は佐々の両肩を掴んで尚もまくし立てた。
「オレは理にもっと触りたいし触られたい、抱きしめて欲しいなんて思うしキスだってしたいよ。オレはね」
 そこまで言って、星原は佐々の肩を掴んでいた手から力を抜いた。
「理と、手、繋ぎたいとか、思うんだよ……」
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