きみが優しいそれだけで。

穂篠 志歩

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夜を照らす

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 今にも泣き崩れそうな星原にしてやれることが、佐々にはなかった。たとえ一時の情に絆されて今彼を抱きしめたとして、それが何になるのか。それが余計に彼を苦しめやしないか。
 だが、星原の言う通りにこの先友人ですらなくなることを選ぶにしても、弱った彼をこのまま放っておくこともできなかった。
 星原は、不器用な自分の懐に飛び込んで来てくれた人物だ。佐々にとって、こんなにも近い距離感で心を許した相手は初めてだった。家族以外の誰かに、こんなふうに素直な自分をさらけ出すことができるなどとは思いもよらなかった。あるいは家族も知らないような自分を、星原には見せているかもしれない。
 佐々ははっとした。
 自分にとって星原は、誰とも代えられない大事な存在だ。そんな唯一無二の相手が望むものを、与えることができる立場に自分がいることは、むしろ幸福なことではないか、と。
 佐々の中で、同時に葛藤も生まれた。
 自分が、どこまで星原の求めに応じられるのか。
 もし、彼の求めにどこまでも応じることができてしまったら。
 将来の選択肢の一つ、一般的な家庭を持つ普通の暮らし、を永遠に失うかもしれない。
 その覚悟があるのか、と。
 佐々の中で、最早『星原の想いに応えること』  それ  は絶対にあり得ないことではなくなっていた。
 そのことに気づいた時、本能的に佐々は腕の中に星原を抱きしめていた。
「な、にするんだよ、理……これ以上、オレに、変な気持たせないで」
 星原はかすれそうな声で抗議するが、その手は佐々のシャツの背中を微かに握るだけだった。
 そう、だよな……これは残酷なことなのか……?でも。
「そんなに、重要なのか、豊」
 屈み込んでいた星原を斜め上から包みにいったので、彼は佐々の肩口に顔を埋めている格好だ。不器用にぎゅっと抱きしめることしか知らない手を、少しだけ緩めて星原を伺おうとする。
「俺が、こうしたいって今思ってしていることが、恋なのかそうじゃないのかってことが」
 星原は顔を上げないまま。佐々の背に回しかけていた手を、力なく下ろして身を離す。
「わかんないよ、そんなの……だけど、恋じゃないならなんなのさ」
「俺にも分からない、けど、今の俺にとって、豊は誰よりも大事な一番の存在で、失くしたくないと思う、その気持ちに、……恋って名前がつかなきゃ、ダメなのか」
 佐々が星原の顔を覗き込もうとすると、それを嫌がるかのように星原は佐々を振り解いた。
「なんでそんなこと、言うんだよ……」
 絞り出すような、苦味のある星原の声。佐々の庇護欲を誘う。
「豊……」
 思わずその髪に触れそうになる手を、星原の勢いよく上がった顔が邪魔をした。
「その気持ちの名前が大事なんかじゃない、そんなんじゃないよもちろん。でも、じゃあ、オレたちは、……オレは、何をよりどころにすればいいの?友達じゃない?もちろん恋人でもない、名前のないその関係に、……オレは安心して身を任せられないよ。もし豊に好きな子ができたら?彼女ができたらどうしようって、ずっと不安でしょうがないよ」
 星原の目は潤んでいた。夜の闇の中、時折走り行く車のライトに照らされて煌めく。ずっと秘めていた想いを吐露した彼は、一息ついて、少し声のトーンを落ち着かせた。
「でも、……そんな風に理を困らせる自分も、イヤなんだ」
 目を落として呟く星原に、佐々は幾分冷めた声を返す。
「おまえって、俺を、信用してないんだな」
 
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