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夜を照らす
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飛び出した星原が行く当てなど、佐々にはわからなかった。それでも、一人きりでこの狭い相部屋に篭っていることに耐えられなくなって、衝動的に外へ出た。正直なところ、星原を探すつもりなのか、みつけたらどうするつもりなのか、わからないままとにかく体を動かした。ただ確かなことは、自分が間違いなく彼を傷つけてしまったこと。そしておそらく、そのことを後悔しているということだ。あの状況で己が感じた星原への苛立ちは、八つ当たり以外の何ものでもない。そして問題なのは、何故自分が星原へ怒りに近い苛立ちを感じたのかということだ。
時谷と親しくしていたから?――俺は星原に嫉妬でもしていたのか……?まさか。むしろ、
星原に対する怒りの正体、それは、漠然と佐々の中で形を持っていた。ただし、それを認めてしまうことは、佐々にとって苦痛だった。屈辱といってもいい。一度完全に否定した道だ。
“……付き合うなんて絶対にあり得ないがそれでも、俺は友人としてのおまえは失いたくない”
毅然としていたはずの己のセリフが、ただの強がりに思えてきた。もう駄目だ。佐々は携帯を手にとってコールする。
難しいことを考えるのはやめにした。今大事なのは、とにかく星原を傷つけてしまったことだ。きちんと謝らなければならない。
******
泣きつかれて幾分落ち着いてきた星原のジャケットで、バイブレータが鳴動した。鼻をすすりながら緩慢な手つきで携帯を探る。着信元を確認して心臓が跳ね上がった。
佐々だ。
瞬間に星原の脳内がクラッシュした。自分の感情の整理が付けられないまま、しばらく硬直する。だが、なかなか鳴り止まない携帯に、星原は恐る恐る通話ボタンを押した。
『……豊』
落ち着いた佐々の声だ。瞬間に星原の胸が高鳴り、同時にずきりと痛んだ。
あぁごめん、オレはやっぱり、どうしようもなく理が好きだ……。
嗚咽が聞こえないように、思わず携帯を持つ手を下ろす。
『豊……大丈夫か』
なんとか感情を落ち着けて、星原は携帯を耳に宛がう。
「ご、めん……なんか、……理、声聞いたら」
言葉を口に出そうとしたら、涙まで目から溢れた。
『豊……俺が悪かった……今、どこだ?』
信じられないほど、佐々の声が優しかった。常なら何か裏があるのかと勘繰るほどだったが、今はただ、ひたすらにそこに甘えてしまいたい。
「ここ、どこだろ……なんか、適当に歩いてきたから、わかんないや……」
ハハ、となんとか、笑い声を出す。
『適当なこと言うな、どこにいる?』
そう諌める声でさえ、苛立ちを感じられない。もしかしたら、自分の感覚が麻痺しているのかもしれない。そんなことを考えながら、星原は電話口で微笑んだ。
「ごめん、……たぶん、駅の裏通りの小道だよ。旧道の、古い陸橋のかかってるところ」
答えながら、空を見上げる。今まで気づきもしなかったが、今日は満月だ。夜空が明るい。
『そうか、わかった。そこにいろ、いいな』
佐々はそう言うと返事も聞かずに携帯を切った。唐突だったが、星原はおかげでようやく自身の気持ちを整理する時間を得る。単純に、幸せだった。今なら死んでも後悔しない。そう思えるほど、満ち足りた気分だった。佐々が優しい、たったそれだけのことで。
時谷と親しくしていたから?――俺は星原に嫉妬でもしていたのか……?まさか。むしろ、
星原に対する怒りの正体、それは、漠然と佐々の中で形を持っていた。ただし、それを認めてしまうことは、佐々にとって苦痛だった。屈辱といってもいい。一度完全に否定した道だ。
“……付き合うなんて絶対にあり得ないがそれでも、俺は友人としてのおまえは失いたくない”
毅然としていたはずの己のセリフが、ただの強がりに思えてきた。もう駄目だ。佐々は携帯を手にとってコールする。
難しいことを考えるのはやめにした。今大事なのは、とにかく星原を傷つけてしまったことだ。きちんと謝らなければならない。
******
泣きつかれて幾分落ち着いてきた星原のジャケットで、バイブレータが鳴動した。鼻をすすりながら緩慢な手つきで携帯を探る。着信元を確認して心臓が跳ね上がった。
佐々だ。
瞬間に星原の脳内がクラッシュした。自分の感情の整理が付けられないまま、しばらく硬直する。だが、なかなか鳴り止まない携帯に、星原は恐る恐る通話ボタンを押した。
『……豊』
落ち着いた佐々の声だ。瞬間に星原の胸が高鳴り、同時にずきりと痛んだ。
あぁごめん、オレはやっぱり、どうしようもなく理が好きだ……。
嗚咽が聞こえないように、思わず携帯を持つ手を下ろす。
『豊……大丈夫か』
なんとか感情を落ち着けて、星原は携帯を耳に宛がう。
「ご、めん……なんか、……理、声聞いたら」
言葉を口に出そうとしたら、涙まで目から溢れた。
『豊……俺が悪かった……今、どこだ?』
信じられないほど、佐々の声が優しかった。常なら何か裏があるのかと勘繰るほどだったが、今はただ、ひたすらにそこに甘えてしまいたい。
「ここ、どこだろ……なんか、適当に歩いてきたから、わかんないや……」
ハハ、となんとか、笑い声を出す。
『適当なこと言うな、どこにいる?』
そう諌める声でさえ、苛立ちを感じられない。もしかしたら、自分の感覚が麻痺しているのかもしれない。そんなことを考えながら、星原は電話口で微笑んだ。
「ごめん、……たぶん、駅の裏通りの小道だよ。旧道の、古い陸橋のかかってるところ」
答えながら、空を見上げる。今まで気づきもしなかったが、今日は満月だ。夜空が明るい。
『そうか、わかった。そこにいろ、いいな』
佐々はそう言うと返事も聞かずに携帯を切った。唐突だったが、星原はおかげでようやく自身の気持ちを整理する時間を得る。単純に、幸せだった。今なら死んでも後悔しない。そう思えるほど、満ち足りた気分だった。佐々が優しい、たったそれだけのことで。
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