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第3章 身勝手な理由で「やり直そう」という元婚約者。
【1.やり直そう】
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リリエッタ・マクファー伯爵令嬢は、急に屋敷まで訪ねてきた元婚約者のアーゼル・ワートン公爵令息を追い返すべく、怖い顔でエントランスまで駆け付けた。
すると、リリエッタの顔を見るなり、アーゼルが、
「リリエッタ、やり直さないか?」
と声を上げた。
「は?」
リリエッタが睨むと、アーゼルは美しい容姿の陰に少し疲れた表情を見せながら言った。
「エミリーとはあの通り別れたから。俺が間違っていた。なぜあんな女がいいと思ったのか。あいつは体だけだった。本当に俺に必要なのはリリエッタの方だったのに」
リリエッタは呆れ返った。
エミリーとは悪名高いスピンク男爵家の奔放令嬢。「エミリーこそ運命の人だった」とか言って婚約破棄したくせに、エミリーとの結婚を親に禁止されたからってのうのうと戻ってこようとするなんて。どれだけ面の皮が厚いのかしら。
「私、今、恋人がいますので」
リリエッタはツンと突っぱねた。
アーゼルが目を上げる。
「誰だ?」
「ベズリー伯爵家のヘルベルトですわ」
とリリエッタが答えると、
「ベズリー伯爵家? 俺より格下じゃないか。俺の方がいい。それに、おまえは俺のことが好きだっただろ」
とアーゼルは偉そうに言った。
リリエッタは一瞬赤くなったが、
「昔はね! まだ婚約して初めの頃はあなたのことが好きでした。でも、あなたとエミリーの関係が分かって目が覚めました。もう違うわ」
と即座に否定した。
しかしアーゼルは聞く耳を持たない。
「気持ちが簡単に離れるものか。当時のおまえからのラブレターを持ってきた。ここで読み上げてやろうか」
「ちょっ! やめてください、恥ずかしい!」
「ほらみろ。俺のことが好きなんだ」
「バカなこと言わないで! あなたを好きだったなんて、その方が恥ずかしいわ!」
「照れるな照れるな。あの頃の気持ちを思い出させてやろう。"愛しのアーゼル様へ……”」
そうやってアーゼルがかつてのリリエッタからの手紙を読み上げようとしたとき。
リリエッタの背後から、
「愛しのエミリーへ……」
と声がした。
邪魔されたアーゼルが苛立ちながら、
「誰だ!」
と目を上げると、そこには逞しい体躯の男性がいた。
「ヘルベルト!」
リリエッタが叫ぶと、
「おまえ」
とアーゼルが苦々しい顔をする。
ヘルベルトは日常的にこまめにリリエッタに会っているので、今日もこの邸を訪ねてきていたのだ。
「”愛しのエミリーへ。昨日のおまえのキスが忘れられない、おまえは俺にまたがって俺に顔を近づけた。おまえの小さくて厚ぼったい唇は俺の鼻の頭にキスをし……それから舌をペロッと出して俺の上唇を舐めた……”」
「うわっ! 読み上げるな!」
アーゼルが焦って大声を出す横で、リリエッタは、
「キモ……変態、何書いてんの」
とドン引きしている。
アーゼルはまっ赤になって喚いた。
「俺の手紙を返せっ! だいぶ昔の手紙じゃないか、どこで手に入れた! 盗んだのか!? 訴えてやる!」
「いえ、アーゼル様ご自身で、間違って送ったようですよ、ご自身のお母上ワートン公爵夫人に。けっこう前のことですね。ワートン公爵夫人は内容に呆れて燃やそうとなさっていましたが、『もしかして、このくだらない内容も、何かの暗号かもしれません、解析しましょう』と言ってお預かりしましたー」
とヘルベルトは澄まし顔で答える。
頭お花畑のアーゼルに高度な暗号なんて使いこなせるわけがないことを知っているのに、何かあったときのためにと思ったのか、ただ面白がっていたのか、このキモイ手紙をワートン公爵夫人からもらって帰ってきたのだ。
「ああ、おまえは母上と懇意にしていたのだったな。ってゆか、母上に送っていたのか……恥ずかしい。そういえば、エミリーから手紙が届いてないわようって詰られたことがあったな……。あーもう、くそっ! ってうか、暗号だと!? んなわけないだろ! さっさと返せ、恥ずかしい! そもそも人の手紙を勝手に読むな!」
アーゼルはごにょごにょ文句を言っている。
すると、ヘルベルトは真顔で、かさっと二枚目の手紙を読み上げ始めた。
「”俺の婚約者のリリエッタは最悪。黒髪がお通夜みたい。世界の闇を背負ってる。犯罪者の色。イケメンの俺に相応しくない。俺は必ず婚約を破棄する――”」
「ちょっと待てっ!」
アーゼルは今度は青ざめた。
ちらっとリリエッタの方を気まずそうに見る。
リリエッタは憤慨していた。
「アーゼル様、あなた、そんなこと言っといてよく私と『やり直そう』とか言えましたわね……」
「こ、これは大昔の手紙でっ! だから俺は間違っていたと! おとなしくおまえと結婚してりゃ、俺は母上に怒られたり廃嫡されたりしなくてすんだのだ……。それにもっと大変なことになって……」
「もっと大変なこと?」
リリエッタが聞き返すと、アーゼルは、
「ああ! 俺を助けてくれ。賢いおまえならきっと俺を助けられる。だからっ」
と強引にリリエッタの手を取ろうとする。
リリエッタはパッとその手を離した。
「自分勝手すぎです」
すると、リリエッタとアーゼルの間に、ヘルベルトが手紙を片手にぬっと割って入ってきた。
「”リリエッタとの婚約を破棄しておまえと結婚しよう、エミリー――”」
「あー、もーっ! 手紙の朗読やめろ! 手紙を返せっ!」
とアーゼルがヘルベルトに食って掛かろうとすると、
「じゃあ私の手紙も返して!」
とリリエッタが応酬する。
その途端、アーゼルが悪人の顔になった。
「お? そうだな? おまえの恋人のヘルベルトとやらに、おまえが俺を愛していた証拠とやらをたっぷり聞かせてやろう」
そういってアーゼルが昔リリエッタからもらった手紙をこれ見よがしに広げたとき。
ざばーっ!
アーゼルの頭上に大量の水が降って来た。
「うわっ!」
思わずアーゼルが見上げると、マクファー伯爵家の吹き抜けエントランスの2階部分の手すりから、空のバケツを手に、心配そうに覗く顔がある。
「マリア!?」
リリエッタが驚いて声を上げた。
「すいませ~ん! お掃除中に手元が滑って」
女中頭のマリアが申し訳なさそうに言うが、わざとらしさは一目瞭然。なにせ、空のバケツを丁寧に抱きかかえているのだから。
「わあ、お手紙もびしゃびしゃですわね。インクも滲んで読めなくなっちゃったかも、すみません~」
「きさま、わざとだなっ! 俺はワートン公爵家の人間だぞ。水をぶっかけてただで済むと思っているのか!?」
アーゼルがマリアを睨みながら怒って声を荒げると、
「エミリー嬢への手紙をお返ししますよ。ワートン公爵夫人にも『暗号ではなかった』とお伝えしておきます」
と飄々とした声でヘルベルトが言った。
アーゼルはキッと振り返ってヘルベルトを見た。
ヘルベルトは遠慮がちに微笑んで、さっとエミリー宛の手紙を前に差し出す。
アーゼルは無言でヘルベルトの顔を眺めたあと、手紙に目を落とし、少し迷ったあと、さっとひったくるようにして手紙を受け取った。
女中頭の無礼を強く咎めてやりたかったが、ここでつまらぬ騒ぎを起こして、ヘルベルトの口から母ワートン公爵夫人へ報告がいっても困る。ただでさえ今、問題を起こすのはアーゼルにとって致命的なのだ――。
悔しいが、ここは事を荒立てない方がいい……。
アーゼルがエミリーへの手紙を受け取ったのを見るや否や、マクファー伯爵家の執事がぱっと明るい声で、
「アーゼル様、こちらでお召し替えを。すぐに商店の者と仕立て屋を呼びますから」
と提案した。
アーゼルは苦虫を噛み潰したような顔で、執事に近くの客間へと案内されて行った。
すると、リリエッタの顔を見るなり、アーゼルが、
「リリエッタ、やり直さないか?」
と声を上げた。
「は?」
リリエッタが睨むと、アーゼルは美しい容姿の陰に少し疲れた表情を見せながら言った。
「エミリーとはあの通り別れたから。俺が間違っていた。なぜあんな女がいいと思ったのか。あいつは体だけだった。本当に俺に必要なのはリリエッタの方だったのに」
リリエッタは呆れ返った。
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「私、今、恋人がいますので」
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アーゼルが目を上げる。
「誰だ?」
「ベズリー伯爵家のヘルベルトですわ」
とリリエッタが答えると、
「ベズリー伯爵家? 俺より格下じゃないか。俺の方がいい。それに、おまえは俺のことが好きだっただろ」
とアーゼルは偉そうに言った。
リリエッタは一瞬赤くなったが、
「昔はね! まだ婚約して初めの頃はあなたのことが好きでした。でも、あなたとエミリーの関係が分かって目が覚めました。もう違うわ」
と即座に否定した。
しかしアーゼルは聞く耳を持たない。
「気持ちが簡単に離れるものか。当時のおまえからのラブレターを持ってきた。ここで読み上げてやろうか」
「ちょっ! やめてください、恥ずかしい!」
「ほらみろ。俺のことが好きなんだ」
「バカなこと言わないで! あなたを好きだったなんて、その方が恥ずかしいわ!」
「照れるな照れるな。あの頃の気持ちを思い出させてやろう。"愛しのアーゼル様へ……”」
そうやってアーゼルがかつてのリリエッタからの手紙を読み上げようとしたとき。
リリエッタの背後から、
「愛しのエミリーへ……」
と声がした。
邪魔されたアーゼルが苛立ちながら、
「誰だ!」
と目を上げると、そこには逞しい体躯の男性がいた。
「ヘルベルト!」
リリエッタが叫ぶと、
「おまえ」
とアーゼルが苦々しい顔をする。
ヘルベルトは日常的にこまめにリリエッタに会っているので、今日もこの邸を訪ねてきていたのだ。
「”愛しのエミリーへ。昨日のおまえのキスが忘れられない、おまえは俺にまたがって俺に顔を近づけた。おまえの小さくて厚ぼったい唇は俺の鼻の頭にキスをし……それから舌をペロッと出して俺の上唇を舐めた……”」
「うわっ! 読み上げるな!」
アーゼルが焦って大声を出す横で、リリエッタは、
「キモ……変態、何書いてんの」
とドン引きしている。
アーゼルはまっ赤になって喚いた。
「俺の手紙を返せっ! だいぶ昔の手紙じゃないか、どこで手に入れた! 盗んだのか!? 訴えてやる!」
「いえ、アーゼル様ご自身で、間違って送ったようですよ、ご自身のお母上ワートン公爵夫人に。けっこう前のことですね。ワートン公爵夫人は内容に呆れて燃やそうとなさっていましたが、『もしかして、このくだらない内容も、何かの暗号かもしれません、解析しましょう』と言ってお預かりしましたー」
とヘルベルトは澄まし顔で答える。
頭お花畑のアーゼルに高度な暗号なんて使いこなせるわけがないことを知っているのに、何かあったときのためにと思ったのか、ただ面白がっていたのか、このキモイ手紙をワートン公爵夫人からもらって帰ってきたのだ。
「ああ、おまえは母上と懇意にしていたのだったな。ってゆか、母上に送っていたのか……恥ずかしい。そういえば、エミリーから手紙が届いてないわようって詰られたことがあったな……。あーもう、くそっ! ってうか、暗号だと!? んなわけないだろ! さっさと返せ、恥ずかしい! そもそも人の手紙を勝手に読むな!」
アーゼルはごにょごにょ文句を言っている。
すると、ヘルベルトは真顔で、かさっと二枚目の手紙を読み上げ始めた。
「”俺の婚約者のリリエッタは最悪。黒髪がお通夜みたい。世界の闇を背負ってる。犯罪者の色。イケメンの俺に相応しくない。俺は必ず婚約を破棄する――”」
「ちょっと待てっ!」
アーゼルは今度は青ざめた。
ちらっとリリエッタの方を気まずそうに見る。
リリエッタは憤慨していた。
「アーゼル様、あなた、そんなこと言っといてよく私と『やり直そう』とか言えましたわね……」
「こ、これは大昔の手紙でっ! だから俺は間違っていたと! おとなしくおまえと結婚してりゃ、俺は母上に怒られたり廃嫡されたりしなくてすんだのだ……。それにもっと大変なことになって……」
「もっと大変なこと?」
リリエッタが聞き返すと、アーゼルは、
「ああ! 俺を助けてくれ。賢いおまえならきっと俺を助けられる。だからっ」
と強引にリリエッタの手を取ろうとする。
リリエッタはパッとその手を離した。
「自分勝手すぎです」
すると、リリエッタとアーゼルの間に、ヘルベルトが手紙を片手にぬっと割って入ってきた。
「”リリエッタとの婚約を破棄しておまえと結婚しよう、エミリー――”」
「あー、もーっ! 手紙の朗読やめろ! 手紙を返せっ!」
とアーゼルがヘルベルトに食って掛かろうとすると、
「じゃあ私の手紙も返して!」
とリリエッタが応酬する。
その途端、アーゼルが悪人の顔になった。
「お? そうだな? おまえの恋人のヘルベルトとやらに、おまえが俺を愛していた証拠とやらをたっぷり聞かせてやろう」
そういってアーゼルが昔リリエッタからもらった手紙をこれ見よがしに広げたとき。
ざばーっ!
アーゼルの頭上に大量の水が降って来た。
「うわっ!」
思わずアーゼルが見上げると、マクファー伯爵家の吹き抜けエントランスの2階部分の手すりから、空のバケツを手に、心配そうに覗く顔がある。
「マリア!?」
リリエッタが驚いて声を上げた。
「すいませ~ん! お掃除中に手元が滑って」
女中頭のマリアが申し訳なさそうに言うが、わざとらしさは一目瞭然。なにせ、空のバケツを丁寧に抱きかかえているのだから。
「わあ、お手紙もびしゃびしゃですわね。インクも滲んで読めなくなっちゃったかも、すみません~」
「きさま、わざとだなっ! 俺はワートン公爵家の人間だぞ。水をぶっかけてただで済むと思っているのか!?」
アーゼルがマリアを睨みながら怒って声を荒げると、
「エミリー嬢への手紙をお返ししますよ。ワートン公爵夫人にも『暗号ではなかった』とお伝えしておきます」
と飄々とした声でヘルベルトが言った。
アーゼルはキッと振り返ってヘルベルトを見た。
ヘルベルトは遠慮がちに微笑んで、さっとエミリー宛の手紙を前に差し出す。
アーゼルは無言でヘルベルトの顔を眺めたあと、手紙に目を落とし、少し迷ったあと、さっとひったくるようにして手紙を受け取った。
女中頭の無礼を強く咎めてやりたかったが、ここでつまらぬ騒ぎを起こして、ヘルベルトの口から母ワートン公爵夫人へ報告がいっても困る。ただでさえ今、問題を起こすのはアーゼルにとって致命的なのだ――。
悔しいが、ここは事を荒立てない方がいい……。
アーゼルがエミリーへの手紙を受け取ったのを見るや否や、マクファー伯爵家の執事がぱっと明るい声で、
「アーゼル様、こちらでお召し替えを。すぐに商店の者と仕立て屋を呼びますから」
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