婚約破棄の慰謝料が石ころだった件。あなたたぶん破滅するわよ。私は最愛の人がそばにいてくれて幸せだけど。

幌あきら

文字の大きさ
17 / 20
第3章 身勝手な理由で「やり直そう」という元婚約者。

【1.やり直そう】

しおりを挟む
 リリエッタ・マクファー伯爵令嬢は、急に屋敷まで訪ねてきた元婚約者のアーゼル・ワートン公爵令息を追い返すべく、怖い顔でエントランスまで駆け付けた。

 すると、リリエッタの顔を見るなり、アーゼルが、
「リリエッタ、やり直さないか?」
と声を上げた。

「は?」
 リリエッタが睨むと、アーゼルは美しい容姿の陰に少し疲れた表情を見せながら言った。
「エミリーとはあの通り別れたから。俺が間違っていた。なぜあんな女がいいと思ったのか。あいつは体だけだった。本当に俺に必要なのはリリエッタの方だったのに」

 リリエッタはあきれ返った。
 エミリーとは悪名高いスピンク男爵家の奔放ほんぽう令嬢。「エミリーこそ運命の人だった」とか言って婚約破棄したくせに、エミリーとの結婚を親に禁止されたからってのうのうと戻ってこようとするなんて。どれだけつらの皮が厚いのかしら。
「私、今、恋人がいますので」
 リリエッタはツンと突っぱねた。

 アーゼルが目を上げる。
「誰だ?」

「ベズリー伯爵家のヘルベルトですわ」
とリリエッタが答えると、
「ベズリー伯爵家? 俺より格下じゃないか。俺の方がいい。それに、おまえは俺のことが好きだっただろ」
とアーゼルは偉そうに言った。

 リリエッタは一瞬赤くなったが、
「昔はね! まだ婚約して初めの頃はあなたのことが好きでした。でも、あなたとエミリーの関係が分かって目が覚めました。もう違うわ」
と即座に否定した。

 しかしアーゼルは聞く耳を持たない。
「気持ちが簡単に離れるものか。当時のおまえからのラブレターを持ってきた。ここで読み上げてやろうか」

「ちょっ! やめてください、恥ずかしい!」

「ほらみろ。俺のことが好きなんだ」

「バカなこと言わないで! あなたを好きだったなんて、その方が恥ずかしいわ!」

「照れるな照れるな。あの頃の気持ちを思い出させてやろう。"愛しのアーゼル様へ……”」
 そうやってアーゼルがかつてのリリエッタからの手紙を読み上げようとしたとき。

 リリエッタの背後から、
「愛しのエミリーへ……」
と声がした。

 邪魔されたアーゼルが苛立いらだちながら、
「誰だ!」
と目を上げると、そこにはたくましい体躯たいくの男性がいた。

「ヘルベルト!」
 リリエッタが叫ぶと、
「おまえ」
とアーゼルが苦々しい顔をする。

 ヘルベルトは日常的にこまめにリリエッタに会っているので、今日もこのやしきを訪ねてきていたのだ。

「”愛しのエミリーへ。昨日のおまえのキスが忘れられない、おまえは俺にまたがって俺に顔を近づけた。おまえの小さくて厚ぼったい唇は俺の鼻の頭にキスをし……それから舌をペロッと出して俺の上唇を舐めた……”」

「うわっ! 読み上げるな!」
 アーゼルがあせって大声を出す横で、リリエッタは、
「キモ……変態、何書いてんの」
とドン引きしている。

 アーゼルはまっ赤になってわめいた。
「俺の手紙を返せっ! だいぶ昔の手紙じゃないか、どこで手に入れた! 盗んだのか!? 訴えてやる!」

「いえ、アーゼル様ご自身で、間違って送ったようですよ、ご自身のお母上ワートン公爵夫人に。けっこう前のことですね。ワートン公爵夫人は内容にあきれて燃やそうとなさっていましたが、『もしかして、このくだらない内容も、何かの暗号かもしれません、解析しましょう』と言ってお預かりしましたー」
とヘルベルトは澄まし顔で答える。
 頭お花畑のアーゼルに高度な暗号なんて使いこなせるわけがないことを知っているのに、何かあったときのためにと思ったのか、ただ面白がっていたのか、このキモイ手紙をワートン公爵夫人からもらって帰ってきたのだ。

「ああ、おまえは母上と懇意にしていたのだったな。ってゆか、母上に送っていたのか……恥ずかしい。そういえば、エミリーから手紙が届いてないわようってなじられたことがあったな……。あーもう、くそっ! ってうか、暗号だと!? んなわけないだろ! さっさと返せ、恥ずかしい! そもそも人の手紙を勝手に読むな!」
 アーゼルはごにょごにょ文句を言っている。

 すると、ヘルベルトは真顔で、かさっと二枚目の手紙を読み上げ始めた。
「”俺の婚約者のリリエッタは最悪。黒髪がお通夜つやみたい。世界の闇を背負ってる。犯罪者の色。イケメンの俺に相応ふさわしくない。俺は必ず婚約を破棄する――”」

「ちょっと待てっ!」
 アーゼルは今度は青ざめた。
 ちらっとリリエッタの方を気まずそうに見る。

 リリエッタは憤慨ふんがいしていた。
「アーゼル様、あなた、そんなこと言っといてよく私と『やり直そう』とか言えましたわね……」

「こ、これは大昔の手紙でっ! だから俺は間違っていたと! おとなしくおまえと結婚してりゃ、俺は母上に怒られたり廃嫡はいちゃくされたりしなくてすんだのだ……。それにもっと大変なことになって……」

「もっと大変なこと?」
 リリエッタが聞き返すと、アーゼルは、
「ああ! 俺を助けてくれ。賢いおまえならきっと俺を助けられる。だからっ」
と強引にリリエッタの手を取ろうとする。

 リリエッタはパッとその手を離した。
「自分勝手すぎです」

 すると、リリエッタとアーゼルの間に、ヘルベルトが手紙を片手にぬっと割って入ってきた。
「”リリエッタとの婚約を破棄しておまえと結婚しよう、エミリー――”」

「あー、もーっ! 手紙の朗読やめろ! 手紙を返せっ!」
とアーゼルがヘルベルトに食って掛かろうとすると、
「じゃあ私の手紙も返して!」
とリリエッタが応酬する。

 その途端、アーゼルが悪人の顔になった。
「お? そうだな? おまえの恋人のヘルベルトとやらに、おまえが俺を愛していた証拠とやらをたっぷり聞かせてやろう」
 そういってアーゼルが昔リリエッタからもらった手紙をこれ見よがしに広げたとき。

 ざばーっ!

 アーゼルの頭上に大量の水が降って来た。

「うわっ!」
 思わずアーゼルが見上げると、マクファー伯爵家の吹き抜けエントランスの2階部分の手すりから、空のバケツを手に、心配そうにのぞく顔がある。

「マリア!?」
 リリエッタが驚いて声を上げた。

「すいませ~ん! お掃除中に手元がすべって」
 女中頭じょちゅうがしらのマリアが申し訳なさそうに言うが、わざとらしさは一目瞭然いちもくりょうぜん。なにせ、空のバケツを丁寧に抱きかかえているのだから。
「わあ、お手紙もびしゃびしゃですわね。インクもにじんで読めなくなっちゃったかも、すみません~」

「きさま、わざとだなっ! 俺はワートン公爵家の人間だぞ。水をぶっかけてただで済むと思っているのか!?」
 アーゼルがマリアを睨みながら怒って声を荒げると、
「エミリー嬢への手紙をお返ししますよ。ワートン公爵夫人にも『暗号ではなかった』とお伝えしておきます」
飄々ひょうひょうとした声でヘルベルトが言った。

 アーゼルはキッと振り返ってヘルベルトを見た。

 ヘルベルトは遠慮がちに微笑ほほえんで、さっとエミリー宛の手紙を前に差し出す。

 アーゼルは無言でヘルベルトの顔を眺めたあと、手紙に目を落とし、少し迷ったあと、さっとひったくるようにして手紙を受け取った。

 女中頭マリアの無礼を強くとがめてやりたかったが、ここでつまらぬ騒ぎを起こして、ヘルベルトの口から母ワートン公爵夫人へ報告がいっても困る。ただでさえ今、問題を起こすのはアーゼルにとって致命的なのだ――。
 悔しいが、ここは事を荒立てない方がいい……。

 アーゼルがエミリーへの手紙を受け取ったのを見るや否や、マクファー伯爵家の執事がぱっと明るい声で、
「アーゼル様、こちらでお召し替えを。すぐに商店の者と仕立て屋を呼びますから」
と提案した。

 アーゼルは苦虫をみ潰したような顔で、執事に近くの客間へと案内されて行った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「『お前の取り柄は計算だけだ』と笑った公爵家が、私を追い出した翌月に財政破綻した件」

歩人
ファンタジー
公爵家に嫁いだ伯爵令嬢フリーダは、10年間「帳簿係」として蔑まれ続けた。 夫は愛人に夢中、義母は「地味な嫁」と見下す。しかし前世で公認会計士だった フリーダは、密かに公爵家の財政を立て直し、資産を3倍にしていた。離縁を 突きつけられたフリーダは、一言も抗わず去る。——翌月、公爵家は財政破綻した。 「戻ってきてくれ」と跪く元夫に、王家財務顧問となったフリーダは微笑む。 「申し訳ございません。もう私は、公爵家の帳簿係ではありませんので」

冷遇された没落姫は、風に乗せて真実を詠う ─残り香の檻─

あとりえむ
恋愛
「お前の練る香など、埃と同じだ」 没落した名家の姫・瑠璃は、冷酷な夫・道隆に蔑まれ、極寒の離れに追いやられていた。夫の隣には、贅を尽くした香料を纏う愛人の明子。 しかし道隆は知らなかった。瑠璃が魂を削って練り上げた香は、焚く者の心根を映し出す「真実の鏡」であることを。 瑠璃が最後に残した香の種を、明子が盗み出し、手柄を偽って帝の前で焚き上げた瞬間。美しき夢は、獣の死臭が漂う地獄へと変貌する。 「この香りの主を探せ。これほど澄み切った魂が、この都に在るはずだ」 絶望の淵で放たれた一筋の香りに導かれ、孤独な東宮が泥の中に咲く白蓮を見つけ出す。 嘘と虚飾にまみれた貴族社会を、ひとりの調香師が浄化する、雅やかな逆転劇。

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」 婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。 もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。 ……え? いまさら何ですか? 殿下。 そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね? もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。 だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。 これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。 ※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。    他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。

私は真実の愛を見つけたからと離婚されましたが、事業を起こしたので私の方が上手です

satomi
恋愛
私の名前はスロート=サーティ。これでも公爵令嬢です。結婚相手に「真実の愛を見つけた」と離婚宣告されたけど、私には興味ないもんね。旦那、元かな?にしがみつく平民女なんか。それより、慰謝料はともかくとして私が手掛けてる事業を一つも渡さないってどういうこと?!ケチにもほどがあるわよ。どうなっても知らないんだから!

砂の揺籠

哀川アルマ
ファンタジー
 ハーブロート公爵家の愛人の子、レイラ・ハーブロート公爵令嬢は、典型的な我儘令嬢でどうしようもないと噂される。  義母も相当な放蕩な女で、苦労している姉のシローヌ・ハーブロート公爵令嬢に同情の声が寄せられ、ハーブロート公爵の名声は地に落ちつつあった。  王太子妃の開いたお茶会でも暴れるレイラだが…? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※  初の投稿です。  楽しんでいただければ幸いです。

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

婚約破棄からの復讐~私を捨てたことを後悔してください

satomi
恋愛
私、公爵令嬢のフィオナ=バークレイはアールディクス王国の第2王子、ルード様と婚約をしていましたが、かなりの大規模な夜会で婚約破棄を宣言されました。ルード様の母君(ご実家?)が切望しての婚約だったはずですが?その夜会で、私はキョウディッシュ王国の王太子殿下から婚約を打診されました。 私としては、婚約を破棄された時点でキズモノとなったわけで、隣国王太子殿下からの婚約話は魅力的です。さらに、王太子殿下は私がルード殿下に復讐する手助けをしてくれるようで…

処理中です...