2 / 20
第1章 婚約破棄の慰謝料が石ころだった件。
【2.変わった友人 前編】
しおりを挟む
アーゼルの邸から帰ってきてぐったり疲れたリリエッタは、部屋の長椅子に身を投げ出して「あー、もう!」と声を出した。
あいつ、最後までエミリーを膝に乗っけたまま話してやがった!
案の定こちらの話に聞く耳を持たないし嘘松扱いするし、礼のない態度を取り続けるし、不快極まりない。
できればもう関わり合いになりたくないというのに、まともに慰謝料も送って来ないのだから。
これ以上関わらないには慰謝料をあきらめるという選択肢もあるが、婚約中からあのエミリーと浮気しくさって、その上慰謝料まで払わないで逃げ切りとか、マジで人として許せない。
「あー、もう!」
リリエッタはまた唸るような声を上げた。
すると、部屋をひょいっと覗いた者がいた。
「リリエッタ、アーゼル殿の家から帰ってきたんだね」
リリエッタの昔からの友人のヘルベルト・ベズリー伯爵令息だ。
リリエッタが婚約破棄されてから、心配してちょくちょく遊びに来てくれるのだった。今日も訪問してくれたのはいいが、リリエッタがアーゼルの邸に行っていたことを執事にでも聞いて心配してくれているのだろう。
荒れている様子のリリエッタをちらりっと見て、ヘルベルトは急に、
「うーん。橋でも見に行こうか」
と提案した。
「なんで橋?」
リリエッタがヘルベルトの唐突な提案に疑問を投げかけると、ヘルベルトの方はいつもの明るい調子で、
「俺めっちゃ見たい橋があるんだよね」
と理由も述べずにあっけらかんと言う。
こうやってヘルベルトが適当に誘ってくれるのはいつものこと。リリエッタに嫌なことがあるとこうやって軽く連れ出そうとしてくれるというのが何となく分かっているので、リリエッタもとりあえず「うん」と頷いた。
ヘルベルトの馬車で訪れた先は、海岸線の見える小高い丘だった。帆船が数隻、沖を走っているのが見える。
海岸線は岩場だったが、海岸線から少し離れた海の中に大きな奇岩があって、その奇岩に一本だけ松が生えている。そして、その奇岩に向けて、海岸線から小さな木製の橋が架かっているのだった。
丸太の柱が海中に規則正しく埋められて、大きさの揃った木で組み合わされた橋桁が、さりげなく反り返った美しいカーブを描いていた。
「キレイな景色ね。ここ何?」
リリエッタは、なぜヘルベルトがこの光景を見たくなったのか聞いてみた。
「うーん、可愛い橋が架かってるって聞いたから見てみたくてね。でも、思ってたより、普通の橋だったねえ」
ヘルベルトは「ははは」と笑いながら照れたように言った。
確かに橋は年季の入った木製で、柱と橋桁で素朴に作られており、取り立てて壮麗に着飾ったところはなかった。
「可愛いって小さいっていう意味なんじゃないかな」
「あーそういうことかあ」
ヘルベルトは納得の声を上げた。
リリエッタはそっと言う。
「……ヘルベルトは何も聞かないんだね。今日アーゼル様と何を話したかとか。婚約破棄されて今更とか変だなとか思ってる……?」
「別にー」
ヘルベルトがわざと興味なさそうにすっとぼけるので、リリエッタは感謝の目を向けた。
「ヘルベルトはいつも何も聞かずに連れ出してくれる……」
「忘れ、あ、間違えた。気分転換になればいいと思ってるだけ。あんまそんな風に言わないでよ」
ヘルベルトはにっこりする。
「……」
「いい景色じゃないかー」
とヘルベルトが少し芝居がかった様子で深呼吸をしてみせた。
リリエッタはヘルベルトの素っ気ない優しさを感じた。そして同時に、今日アーゼルの態度にモヤモヤしていたのが湧き上がってくる。
「うん、心配してくれた通り。アーゼル様は最悪だった。昔はアーゼル様のこと好きだったんだよ、でも今はもうそんな気持ちは全くないから、心配させてごめんね……」
そう。
リリエッタは、アーゼルのことを最初は好きだったのだ。
アーゼルは金髪で背も高くてイケメンで雰囲気があった。
だから、リリエッタはアーゼルと話すときとても緊張した。こんな彼と婚約できたことがとても嬉しかったし、彼に釣り合うような令嬢でなくちゃいけないような気がした。
彼に気に入られたい。彼に好きになってもらいたい。彼に幸せを与えられる人間になれるかしら。
しかしすぐに、そう半年ぐらいで、気づいた。
ああこの人、私に対して婚約者として歩み寄る気は全くないんだってこと。私と信頼ある夫婦関係を築く気は全くないんだってこと……。
アーゼルは公の場でいやいやエスコートしてくれることはあったが、決して自らリリエッタを誘うようなことはなかった。それどころか極力リリエッタを避けるような態度を取り続けた。
だから、アーゼルがリリエッタを婚約者として認めていないような気がずっとしていた。
そして、リリエッタはいつしか諦めた。
そのうちアーゼルが別の女性と仲良くしてるという噂を聞いた。
その女性はエミリー・スピンク男爵令嬢。リリエッタとは真反対の風貌を持つ令嬢だった。
リリエッタはまっすぐな黒髪に黒い瞳なのに対し、エミリーはアーゼルとお揃いの金髪碧眼で、ふわふわヘアなのだ。顔立ちも小さく整っていて、まるでお人形さんみたいだった。
リリエッタは遠目にエミリーを見たとき、「ああ、アーゼル様ったら、こーゆー人が好きなんじゃあ私に興味出るはずないかあ」と思った。
見た目が全くタイプじゃないなら私には勝ち目ないよね。はじめっから負け戦だったってわけ。
それで、アーゼルから「好きな人ができたので、申し訳ないが婚約を破棄させてもらえないか。慰謝料は言い値で払う」と一方的に婚約破棄を申し出られたとき、リリエッタは哀しく思ったが拒否する気力は残っていなかった。
さすがに家同士で結婚の約束をしておいて「別の女性が好きになったから」というのは筋が通らない気がしたので、慰謝料はたっぷりもうらうことにした。その慰謝料は行方不明だけど……。
あいつ、最後までエミリーを膝に乗っけたまま話してやがった!
案の定こちらの話に聞く耳を持たないし嘘松扱いするし、礼のない態度を取り続けるし、不快極まりない。
できればもう関わり合いになりたくないというのに、まともに慰謝料も送って来ないのだから。
これ以上関わらないには慰謝料をあきらめるという選択肢もあるが、婚約中からあのエミリーと浮気しくさって、その上慰謝料まで払わないで逃げ切りとか、マジで人として許せない。
「あー、もう!」
リリエッタはまた唸るような声を上げた。
すると、部屋をひょいっと覗いた者がいた。
「リリエッタ、アーゼル殿の家から帰ってきたんだね」
リリエッタの昔からの友人のヘルベルト・ベズリー伯爵令息だ。
リリエッタが婚約破棄されてから、心配してちょくちょく遊びに来てくれるのだった。今日も訪問してくれたのはいいが、リリエッタがアーゼルの邸に行っていたことを執事にでも聞いて心配してくれているのだろう。
荒れている様子のリリエッタをちらりっと見て、ヘルベルトは急に、
「うーん。橋でも見に行こうか」
と提案した。
「なんで橋?」
リリエッタがヘルベルトの唐突な提案に疑問を投げかけると、ヘルベルトの方はいつもの明るい調子で、
「俺めっちゃ見たい橋があるんだよね」
と理由も述べずにあっけらかんと言う。
こうやってヘルベルトが適当に誘ってくれるのはいつものこと。リリエッタに嫌なことがあるとこうやって軽く連れ出そうとしてくれるというのが何となく分かっているので、リリエッタもとりあえず「うん」と頷いた。
ヘルベルトの馬車で訪れた先は、海岸線の見える小高い丘だった。帆船が数隻、沖を走っているのが見える。
海岸線は岩場だったが、海岸線から少し離れた海の中に大きな奇岩があって、その奇岩に一本だけ松が生えている。そして、その奇岩に向けて、海岸線から小さな木製の橋が架かっているのだった。
丸太の柱が海中に規則正しく埋められて、大きさの揃った木で組み合わされた橋桁が、さりげなく反り返った美しいカーブを描いていた。
「キレイな景色ね。ここ何?」
リリエッタは、なぜヘルベルトがこの光景を見たくなったのか聞いてみた。
「うーん、可愛い橋が架かってるって聞いたから見てみたくてね。でも、思ってたより、普通の橋だったねえ」
ヘルベルトは「ははは」と笑いながら照れたように言った。
確かに橋は年季の入った木製で、柱と橋桁で素朴に作られており、取り立てて壮麗に着飾ったところはなかった。
「可愛いって小さいっていう意味なんじゃないかな」
「あーそういうことかあ」
ヘルベルトは納得の声を上げた。
リリエッタはそっと言う。
「……ヘルベルトは何も聞かないんだね。今日アーゼル様と何を話したかとか。婚約破棄されて今更とか変だなとか思ってる……?」
「別にー」
ヘルベルトがわざと興味なさそうにすっとぼけるので、リリエッタは感謝の目を向けた。
「ヘルベルトはいつも何も聞かずに連れ出してくれる……」
「忘れ、あ、間違えた。気分転換になればいいと思ってるだけ。あんまそんな風に言わないでよ」
ヘルベルトはにっこりする。
「……」
「いい景色じゃないかー」
とヘルベルトが少し芝居がかった様子で深呼吸をしてみせた。
リリエッタはヘルベルトの素っ気ない優しさを感じた。そして同時に、今日アーゼルの態度にモヤモヤしていたのが湧き上がってくる。
「うん、心配してくれた通り。アーゼル様は最悪だった。昔はアーゼル様のこと好きだったんだよ、でも今はもうそんな気持ちは全くないから、心配させてごめんね……」
そう。
リリエッタは、アーゼルのことを最初は好きだったのだ。
アーゼルは金髪で背も高くてイケメンで雰囲気があった。
だから、リリエッタはアーゼルと話すときとても緊張した。こんな彼と婚約できたことがとても嬉しかったし、彼に釣り合うような令嬢でなくちゃいけないような気がした。
彼に気に入られたい。彼に好きになってもらいたい。彼に幸せを与えられる人間になれるかしら。
しかしすぐに、そう半年ぐらいで、気づいた。
ああこの人、私に対して婚約者として歩み寄る気は全くないんだってこと。私と信頼ある夫婦関係を築く気は全くないんだってこと……。
アーゼルは公の場でいやいやエスコートしてくれることはあったが、決して自らリリエッタを誘うようなことはなかった。それどころか極力リリエッタを避けるような態度を取り続けた。
だから、アーゼルがリリエッタを婚約者として認めていないような気がずっとしていた。
そして、リリエッタはいつしか諦めた。
そのうちアーゼルが別の女性と仲良くしてるという噂を聞いた。
その女性はエミリー・スピンク男爵令嬢。リリエッタとは真反対の風貌を持つ令嬢だった。
リリエッタはまっすぐな黒髪に黒い瞳なのに対し、エミリーはアーゼルとお揃いの金髪碧眼で、ふわふわヘアなのだ。顔立ちも小さく整っていて、まるでお人形さんみたいだった。
リリエッタは遠目にエミリーを見たとき、「ああ、アーゼル様ったら、こーゆー人が好きなんじゃあ私に興味出るはずないかあ」と思った。
見た目が全くタイプじゃないなら私には勝ち目ないよね。はじめっから負け戦だったってわけ。
それで、アーゼルから「好きな人ができたので、申し訳ないが婚約を破棄させてもらえないか。慰謝料は言い値で払う」と一方的に婚約破棄を申し出られたとき、リリエッタは哀しく思ったが拒否する気力は残っていなかった。
さすがに家同士で結婚の約束をしておいて「別の女性が好きになったから」というのは筋が通らない気がしたので、慰謝料はたっぷりもうらうことにした。その慰謝料は行方不明だけど……。
2
あなたにおすすめの小説
「『お前の取り柄は計算だけだ』と笑った公爵家が、私を追い出した翌月に財政破綻した件」
歩人
ファンタジー
公爵家に嫁いだ伯爵令嬢フリーダは、10年間「帳簿係」として蔑まれ続けた。
夫は愛人に夢中、義母は「地味な嫁」と見下す。しかし前世で公認会計士だった
フリーダは、密かに公爵家の財政を立て直し、資産を3倍にしていた。離縁を
突きつけられたフリーダは、一言も抗わず去る。——翌月、公爵家は財政破綻した。
「戻ってきてくれ」と跪く元夫に、王家財務顧問となったフリーダは微笑む。
「申し訳ございません。もう私は、公爵家の帳簿係ではありませんので」
冷遇された没落姫は、風に乗せて真実を詠う ─残り香の檻─
あとりえむ
恋愛
「お前の練る香など、埃と同じだ」
没落した名家の姫・瑠璃は、冷酷な夫・道隆に蔑まれ、極寒の離れに追いやられていた。夫の隣には、贅を尽くした香料を纏う愛人の明子。
しかし道隆は知らなかった。瑠璃が魂を削って練り上げた香は、焚く者の心根を映し出す「真実の鏡」であることを。
瑠璃が最後に残した香の種を、明子が盗み出し、手柄を偽って帝の前で焚き上げた瞬間。美しき夢は、獣の死臭が漂う地獄へと変貌する。
「この香りの主を探せ。これほど澄み切った魂が、この都に在るはずだ」
絶望の淵で放たれた一筋の香りに導かれ、孤独な東宮が泥の中に咲く白蓮を見つけ出す。
嘘と虚飾にまみれた貴族社会を、ひとりの調香師が浄化する、雅やかな逆転劇。
もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」
婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。
もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。
……え? いまさら何ですか? 殿下。
そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね?
もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。
だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。
これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。
※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。
他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。
悪役令嬢ですか?……フフフ♪わたくし、そんなモノではございませんわ(笑)
ラララキヲ
ファンタジー
学園の卒業パーティーで王太子は男爵令嬢と側近たちを引き連れて自分の婚約者を睨みつける。
「悪役令嬢 ルカリファス・ゴルデゥーサ。
私は貴様との婚約破棄をここに宣言する!」
「……フフフ」
王太子たちが愛するヒロインに対峙するのは悪役令嬢に決まっている!
しかし、相手は本当に『悪役』令嬢なんですか……?
ルカリファスは楽しそうに笑う。
◇テンプレ婚約破棄モノ。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げてます。
「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。
しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。
処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!
秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。
民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。
「おまえたちは許さない」
二度目の人生。
エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。
彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。
1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。
「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」
憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。
二人の偽りの婚約の行く末は……
砂の揺籠
哀川アルマ
ファンタジー
ハーブロート公爵家の愛人の子、レイラ・ハーブロート公爵令嬢は、典型的な我儘令嬢でどうしようもないと噂される。
義母も相当な放蕩な女で、苦労している姉のシローヌ・ハーブロート公爵令嬢に同情の声が寄せられ、ハーブロート公爵の名声は地に落ちつつあった。
王太子妃の開いたお茶会でも暴れるレイラだが…?
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
初の投稿です。
楽しんでいただければ幸いです。
婚約破棄からの復讐~私を捨てたことを後悔してください
satomi
恋愛
私、公爵令嬢のフィオナ=バークレイはアールディクス王国の第2王子、ルード様と婚約をしていましたが、かなりの大規模な夜会で婚約破棄を宣言されました。ルード様の母君(ご実家?)が切望しての婚約だったはずですが?その夜会で、私はキョウディッシュ王国の王太子殿下から婚約を打診されました。
私としては、婚約を破棄された時点でキズモノとなったわけで、隣国王太子殿下からの婚約話は魅力的です。さらに、王太子殿下は私がルード殿下に復讐する手助けをしてくれるようで…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる