婚約破棄の慰謝料が石ころだった件。あなたたぶん破滅するわよ。私は最愛の人がそばにいてくれて幸せだけど。

幌あきら

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第1章 婚約破棄の慰謝料が石ころだった件。

【5.嘘をついた使者】

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 その日の夕刻、ジャン・ワートンは仕事で出先から帰ってきたときを狙われ、リリエッタの手の者によってリリエッタのやしきに連れてこられていた。

「ジャン・ワートンさん。今日はどうして呼んだかおわかりでしょう」

「え、ええ、まあ……」
 ジャン・ワートンは青い顔に汗を浮かべて、項垂うなだれながら突っ立っている。

 ワートン公爵家の傍流ぼうりゅうということでそれなりの恰好かっこうはしていたが、ワートン公爵家に仕える身として人間的な自信のなさがうっすらとただよっていた。

「なぜあの木箱にお金が入っていたなどと嘘をついたの?」
とリリエッタが聞くと、ジャン・ワートンは蚊の鳴くような声で答えた。
「そう言えと言われたからです」

「やっぱりね。でも、それをこんな素直に私に言うというのは……」
「ええ。私は奴らの仲間じゃないのでね。でも奴らは私の妻をいつでもあやめられると言っているんです、これ以上は私も口を割るわけにはいきません……」

 ジャン・ワートンは情けない顔をしながらもそこだけはきっぱりと言った。

 リリエッタはぎょっとした。
「あなたの奥さんをあやめる? そんなことまで犯人は言っているの?」

「はい……。まあ顔見知り同士ですから不憫ふびんに思って実際は命までは取らないかもしれませんが、しかし何か大きな危害を加えられるのは確かだと思うので……彼の性格上……」

「ちょっとちょっとちょっと! 顔見知りって言った? あなたや奥さんの同僚ってこと?」
 リリエッタが思わず割って入ると、ジャン・ワートンは「しまった」といった顔をした。
「あ、何も答えられません! あなたも私の妻が不憫ふびんと思うなら深くは聞かないでください、お願いします! 妻は何も知らないんです! 何も関係ないんです!」

 リリエッタは呟くように言った。
「奥様は何も知らずにアーゼル様のお城で働いているのね。あなたがおどされているということも知らず……。奥様が人質ひとじちのようになっているというのなら、奥様に正直に言って一緒に逃げればよかったのに」

「言えませんし逃げられません! 妻は今の環境に満足しているのでね。私の話だって信じたとしても大事おおごとには思わないかもしれません。それどころか、逆に私が正義漢せいぎかんぶっているとなじるかもしれません。逃げても他所よその土地で暮らしのアテなどあるわけじゃありませんからね。正義を求めて貧しくおびえた逃亡生活を送るより、多少の罪悪感には目をつむっても、安定しそこそこ裕福な暮らしをする方を望むでしょう。そんな女です。それでも彼女は私にとっては妻なのでね……」

 小物こものな男にとっては安定した生活を守ることがまず重要で、正義をつらぬくことは選択肢にのぼったとしても二の次のようだった。

「あなたは仮にもワートン公爵家に連なる者じゃない! 再従兄弟はとこでしょ? 身内より犯人に味方するの!?」
とリリエッタはなじったが、ジャン・ワートンはのろのろと首を横に振った。
「あのアーゼル様には俺なんてただの使い捨ての従者の一人としか見えてませんよ。一族皆で力を合わせて家を守っていくという姿勢はあの人には皆無かいむだから。そんなアーゼル様のために危険をおかしてまで何かする気にはなれませんね」

 ああアーゼルはそういう人だな、とリリエッタは思った。
「じゃあ、あなたはお金を盗んだ犯人が誰かとか誰におどされているかとか、絶対に言わないの?」

「言えません、すみません。……あなたはたぶん私に拷問などしないでしょう? 妻をおびやかすとは言わないでしょう? 私のような吹いて飛ぶような立場の人間に理解を示してくださるでしょう?」
 ジャン・ワートンはいかにもというように身をちぢこませて、懇願こんがんするようにリリエッタをちらっと見た。

 リリエッタは少し黙ってから、やがて小さくため息をついた。
「……。あなたにそれだけのことを言わせるなんて、その犯人ってのはよっぽど凶暴で無法者むほうものなのね。ただの雇われ人ってわけじゃなさそうだわ。なんだか裏社会と繋がっていそう……」

「……」

「そうね、あなたの言う通り、ムカつく男の慰謝料くらいであなたを拷問する気にはならないわ。それに、別にワートン公爵家の財産なんて裏で盗まれてようが知ったこっちゃないし。でも、あなたを帰すわけにもいかないわね。消えた慰謝料の件じゃ重要参考人なんだし」

「!」
 ジャン・ワートンは嫌そうな顔でリリエッタを見た。

 しかしリリエッタは首を小さく横に振った。
「あなたの身柄は念のためうちで預かる。拷問とかをするつもりはないけど、証言になりそうなものは欲しいもの。話は根気よく聞かせてもらうわ」

「そんな! 私の姿が見えなきゃ奴らに裏切ったと思われる! そうしたら妻に危害が!」
 ジャン・ワートンは悲痛な声で叫んだ。

 そして、ジャン・ワートンはいきなり蝋燭ろうそくが10本くらいささった大きな燭台しょくだいを引っつかみ、リリエッタに振り下ろそうとした。火のついた蝋燭ろうそくが熱い飛沫しぶきをまき散らしながら勢いよく飛んできた。

「きゃっ!」
 リリエッタが叫ぶと、少し離れたところにいたリリエッタの侍従じじゅうが驚き、ジャン・ワートンを取り押さえようと大慌てで駆け寄ってきた。

 ジャン・ワートンの方は、椅子いすを蹴ったりテーブルを引き倒したり、侍従たちを邪魔してなんとか外へ逃げようとする。

 そこへ、なんというタイミングだろう! ヘルベルトが来た。

 ヘルベルトは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに冷静に戻り、たくましい体躯たいくで迷いなく真っすぐにジャン・ワートンに歩み寄る。投げつけられた物や振り下ろされたこぶしなんなく体で受け止めながら、ヘルベルトはジャン・ワートンを取り押さえるべく彼の手首をガシっとつかんだ。

「静かに。もう首謀者しゅぼうしゃは捕まるからおまえも心配はいらない」
 ヘルベルトは落ち着いた声でジャン・ワートンをさとした。

「ヘルベルト!」
 心配で声をあげたリリエッタに、ヘルベルトはにっこり笑顔を向けた。
「大丈夫だった? 遅くなってごめん」
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