使用人の我儘

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キスと除夜の鐘

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 早いもので、秋尋様との同居生活も一年を過ぎようとしている。
 まあ、年末というだけで、実際には一年にはまだ4ヶ月ほど足りないのだけれど。

 ホームシックになるかなとか、俺との生活が嫌になったりしないかなという不安は杞憂に終わり、いい関係を築けていたと思う。料理の腕も上がったし、いつでもお嫁に行ける。もちろん、嫁ぎ先は近衛家一択だ。無理だとしても夢だけは見ていたい。

 実は長い付き合いの割には、一緒に年を越すのはこれが初めてだったりする。
 そもそも俺と秋尋様は、日をまたいで起きていることがほとんどない。規則正しい生活。二人暮しになっても、それは変わらなかった。暮らし始めた数日こそ、テンションの高さもあって遅くまで起きていることもあったけど、今では夜10時には寝てしまう。
 もう誰に咎められることもないので、今日は2人で除夜の鐘を聞きながら年越しをしようという話になったのだった。

「今、何回目だ?」
「ちょうど30です」
「ん……。そうか……」

 ダイニングテーブルで俺のむいたみかんをもぐもぐする秋尋様。差し出すと、当たり前のように口を開けてくれる。幸せすぎて際限なく食べさせたくなるけど、そろそろ3個目だから控えておいたほうがいいかもしれない。

「数えているつもりなんだが、すぐにわからなくなるな」
「テレビを見ながらカウントしているからでしょう」

 そろそろ終わりが近づく紅白歌合戦。流れてくるのは歌なので、鐘の音は普通のバラエティよりも数えにくそうだ。

「お前も見ているのに」
「俺は……」

 歌よりも、おみかんを食べる秋尋様の唇と顔に意識を集中しているので。
 ……そして産まれた煩悩を消すために鐘の音を聴いている。

「あと、今気づいたんだが、僕にばかり食べてさせていて、お前は食べていない」

 そんなまさか。3個目にいくまで気づかなかったんですか?

「秋尋様に食べさせているだけで満足なので」
「普段とんでもない量を食べるくせに、そんなはずないだろう」
「実は……秋尋様が口移しで食べさせてくださるのを待ってました」
「は? お前、何を馬鹿なことを言って……。欠片も煩悩が消えてないな」

 願望ではあるけれど、冗談だ。
 手ずからみかんを食べてくれる秋尋様を前に、煩悩が消せるはずもなかった。

「でもまあ。そうだな。食べすぎだとも思うし」

 秋尋様は食べさせ待機していた俺の手首を掴むと、目をつぶりながらみかんを口に含んだ。伏せた睫毛の長さにドキドキする。またたきから続く上目遣いに、完璧にやられた。

 も、もしかして、本当に口移ししてくれるつもりだったり。
 いやいや、あの秋尋様だぞ。期待させて落とすに決まってる。

 ……ほら。ごっくんしたし。だから期待なんて。
 しすぎてて、気落ちが酷い。

 絶望した俺の表情か面白かったのか、秋尋様はフフッと笑ってキスをしてくれた。口移しでこそなかったけど、しっかりとみかんの味がする。

「これでいいか?」
「これだけじゃ足りません」
「そうか。なら僕はもういいから、残りは自分で食べろ」

 少し味わったからか、口の中が物足りない感じになっている。
 でもそれは、みかんよりも秋尋様の唇が。

「いただきます」

 一応そう言って、今度は俺から口づけた。
 キスのことじゃないと怒り出すかなと思ったけど、素直に受け入れてくれる。まだ仄かにみかんの味がして、それがなくなるまでたっぷりと口内を舐め回した。
 いつもよりも唾液が絡んで、いやらしい音が部屋に響く。
 紅白は見なくていいのかなと少し頭をよぎったけど、すぐに秋尋様とキスをすることしか考えられなくなった。

「ん……。今度こそ満足したか?」
「まだ……」
「お前としてると、唇がふやけそうになる」

 指先で可愛らしく唇を拒まれた。悲しいけど可愛らしい。視線も甘いし。

「それで。今、何回目だ?」
「えっ!? あっ……。わ、わからなくなっちゃいました!」
「90回目だ」
「わかってるのに訊いたんですかぁ……」
「お前のわからない、が聞きたかった」

 相変わらず意地が悪い。それに、俺とキスする時でも数える余裕があったのかと思うと悔しい。俺は秋尋様とのキスで頭がいっぱいだったのに。
 でも多分これ、お前がわからなくても僕はわかるんだぞーってやりたかったんだろうな。そういう大人げないとこも可愛い。

「でもいつの間にか紅白は終わってしまっている……」

 残念ながら、俺にも勝敗がわからない。
 
「どちらが勝ったか調べておきましょう」
「まあそんなに興味もないんだが」
「興味がないのに見てたんですか?」

 ならもっと俺に構ってくれていても良かったと思う。
 初の年越しなんだもの。ベッドの中で過ごすのもありだったはず。

「これは友人と話を合わせるために必要なことなんだ。お前にはわからないかもしれないけどな」

 確かに俺は口を開けば二言目には秋尋様で話を合わせることはしないけれど、理由としてはちゃんと分かりますけど。
 でもあまり否定もできないので、とりあえず秋尋様に倣って話を合わせて頷いておいた。

 テレビの電源を消す秋尋様の手に、手を重ねる。

「なんだ?」
「鐘の音と一緒に、キスしませんか? 108回目まで」

 テーブルにリモコンを置く音が鐘の音で消えた。

「まあ、それくらいなら……」

 許可が出た。音に合わせながら、何度もキスを繰り返す。
 頑張って深いキスをねだろうとしても、音と同時に離れてしまって、なんだか生殺しにされてる気分。おかしなことを言ってしまったかもしれない。
 縋るように舌を伸ばす俺が面白いのか、秋尋様は珍しく積極的だ。こういう時ばかり。もっとしたい。もどかしい。でも嬉しい。

「次で最後だな」
「終わったら、ベッドで続き、したいです」
「結局、またキスもする気だろう」
「嫌ですか?」
「だから、ふやけると言っ……」

 鐘の音がしたので、反射的にキスをして言葉の続きを塞ぐ。
 はあ。これが最後。名残惜しい。

「んむ……。な、鳴り終わったぞ。少しはその煩悩をどうにかしろ」
「貴方といる限り、消えることは絶対にないので」

 キスのかわりに頬をすりっと寄せた途端、もう一度鐘の音が響き渡った。

「あ……」
「109回目、ですかね……」
「白々しい。僕が間違えたとわかってて、嬉しそうな顔をしやがって。意地が悪いぞ」

 自分のことは棚にあげてこの言い草。
 でも嬉しそうな顔をした自覚はあるので、そう言われてもしかたない。

 だって秋尋様も、俺とのキスで頭がいっぱいだったから数え間違えたのかなって思ったら……。にやけるなってほうが無理しょ。愛おしいなー。もう。

「明けましておめでとうございます。これから、新しい年を迎えたばかりの秋尋様を抱けるんですよ? 嬉しい顔のひとつもするでしょう?」
「そもそもそれだって、僕はまだするとは……、こら、軽々と抱き上げるな!」

 喚くわりには、俺の服の胸元あたりをギュッと握っている。
 抵抗も弱いしこれは秋尋様もしたかった流れ。こんな時間まで起きてることは滅多にないし、特別なことをしてもいいかなって気分なんですよね、わかります。だから俺は、ありがたくそれにつけこむだけ。

 今年もいい一年になりそう。


 で。終われたらよかったんだけど。

「あ、秋尋様……」
「…………」

 ベッドに背をつけた途端、条件反射のようにオヤスミ3秒。
 わかります。ええ、わかりますとも。こんなに遅くまで起きてることはほとんどないし、当初の目的だった除夜の鐘を聞きながら年越し、達成してますもんね。

 俺は眠るには身体がその気になりすぎていて、すやすやと眠る秋尋様の匂いを嗅ぎながら、新年早々ひとりで処理をしたのだった。
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