お隣の王子様

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本編

アパート、崩壊

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 僕は節電のため、普段暖房をあまり入れない。
 王子様は僕の部屋では気を遣ってくれるけど、自分の部屋では気にせず使う。そして彼のボディーガードたちによって特別な補強がほどこされているのか、おんぼろアパートなのに隙間風もない。


 寒さが厳しい冬。そんな状態なので、気づけば当然のように東吾さんの部屋で同棲してるみたいな形になっていた。泊まることもしばしばだ。
 大学や、仕事へ行く僕。いってらっしゃいと見送ってくれる東吾さん。嫁でも貰った気分になる。最近では僕が帰るまでに簡単なサラダや目玉焼きなど、一品作っておいてくれたりもするようになったし。

 出会った時こそ王子様がこんなアパートで大丈夫かと思ったけど、随分馴染んできたものだ。……性的なほうも。
 壁が薄いから、滅多に最後まではさせてもらえないんだけどさ。

「ただいまー」
「お帰り、せーた! 今日は卵焼きを作ってみたんだ」
「これは……見事な」

 スクランブルエッグ。
 まあ卵焼きは難しいからな。

「今、夕飯作りますね」
「お米、水につけてあるよ」
「ありがとうございます」

 もう夕飯作るのも、東吾さんちだもんなあ。ガス代かからなくてありがたい……。とか、考えてしまうあたりセコイ。
 でも、僕が早く顔を見せれば喜んでくれるし、話をしながらご飯を作るのは寂しくなくていい。

「そういえば今夜から明日にかけて雪が積もるそうですよ」
「なるほど。どうりで冷え込むと思った」

 さすがにはしゃいだりはしない……か。
 雪景色の中で佇む東吾さんはとても絵になりそうなんだけど、このアパートじゃあなあ。背景が残念すぎる。コンビニの前とかならまだマシかな。

「東吾さんの家の庭とかなら、綺麗なんだろうな」
「確かに、結構綺麗な雪景色だったよ。いつか、せーたにも見せたいな」

 僕がそれを見に行くのは、決戦の日かな。あらゆる意味で。

「僕も見てみたいです。いつか」
「ふふ……。でも、レトロなアパートに積もる雪というのも、風情があって良さそうだ」

 レ、レトロときたか……。言われてみれば確かにそんなような気がしなくも……?

「じゃあ、このアパートで一緒に雪を楽しみましょうね」
「ああ。……あっ、降ってきた!」
「え、本当ですか?」

 この歳になると雪なんて迷惑でしかない。そのはずなのに、東吾さんと一緒だと心が踊る。一緒に感動を共有したいと思える人がいるというのは、とても幸せなことだ。

「たくさん積もるといいな」
「ですね」

 だから素直にそう答えた。
 東吾さんも僕と同じ気持ちでいてくれたらいいな。
 雪は僕たちの期待に応えるようにしんしんと降り続けた。


 そして僕たちのレトロなおんぼろアパートは、雪の重さに耐えかねて崩壊した。




「まさかこんなことになるとは思いませんでしたよね」
「寝てる時に押し潰されなくて良かったね……」

 幸い怪我人はおらず、僕たちアパートの住人は近所の喫茶店に避難していた。熱いコーヒーはそれだけで気分が落ち着く。

 この辺りでは珍しく20センチを越える積雪となり、おんぼろアパートではその重さに堪えきれなかったらしい。

 雪が降った翌日、見知った顔ぶれが一様に雪かきや雪遊びにせいをだし、僕と東吾さんも沈みこむ雪原に足跡をつけて楽しんでいた。住人がすべて外へ出ていて、ワイワイしている時にそれは起こった。
 少しずつとける雪と一緒に屋根が崩れ落ち、それから雪崩れるように壁が。崩れだしたら後はもう一瞬だった。僕らはそれを、ぽかんと口を開けて見ているしかなかった。

「天災だし、保証は基本的にないんですよね、確か……。とりあえず、暫くどうしよう」

 カプセルホテルや漫画喫茶は費用がかさむし。
 ……男としてどうかと思うけど、王子様を頼りたい気持ちはある。望めばホテル代くらいポンと出してくれるだろう。それどころか新しいマンションを買ってくれたりするかもしれない。

「それなんだけれど。君さえよかったら……一度、うちの実家に泊まりに来ないかい? 頼めば部屋を用意してくれると思うんだ。緊急事態だし」
「えっ!? と、東吾さんのおうちに!?」

 流れとしてはありえた話。でも、僕としては何故か完全に予想外の台詞だった。
 僕と王子様の世界はあの狭苦しいアパートで完成していて、そこに他人が入り込む余地はなかったから。
 もちろん、いつかは挨拶にー……とは思ってたけど。それは遠い先のことだろうなって。だから余計に、その選択肢が頭から飛んでたのかも。
 まさかこんなに早く、王子様の素敵な庭の素敵な雪景色を見せてもらうことになるなんて。

「ご迷惑ではないですか?」
「大丈夫。き、君は私の……恋人なんだから」

 これは普通に、恋人として紹介されそうな予感。
 ……既にABCから報告がいってそうな気もするけど。

「ビジネスホテルに数日泊まって新しいアパートを探すこともできるけど……どうする?」
「なんか、お世話になってばかりですね、僕。カッコ悪いな」
「君はまだ学生なんだから、気にしなくていい。それに……今までお世話になっていたのは私のほうだし」
「それはまあ……」
「現在無職で、親に頼らなければならない私のほうが、カッコ悪いと思う」

 東吾さんは無職と言っても独り暮らしの金持ち無職だから落ちぶれた感はない。
 メルヘン過ぎて、そういうかっこよさ悪さとは無縁な気がしてくるんだよな。職業王子様みたいな。
 でも、やっぱり、本人にしてみれば思うところがあるんだろう。

「東吾さんは見た目がカッコイイですから!」

 慰めにもならないような台詞に、王子様は短くお礼を言って弱々しげに笑った。

「じゃあ、話を進めていいかな?」
「はい、お願いします」

 会ったばかりの頃、家族に捨てられたのなんだの言っていた割には連絡をするのに躊躇いの色は一切なく、ずいぶんとスムーズだった。
 元々、何かあったら頼れと言われてはいたのかもしれない。
 東吾さん自身、帰省のきっかけとなって嬉しい気持ちもあるのかな。

 ……僕と、いるより?
 でも年末年始も僕を優先してくれた。

 いかんいかん。これからお世話になるっていうのに、なんて女々しい考えだ。家族と恋人は別物なんだから。

 喫茶店は店主のご厚意から毛布が貸し出されたり、普段禁止されている店内での電話通話もフリーになっている。
 住みかを失った他の住人も離れて暮らす家族と連絡を取ったり、宿を探したりしている様子。
 基本的に年配の人が多いから、若い僕たちはとても目立つ。特に王子様が目立つ。
 ので、かなり声をかけられる。

「大変だったわねえ。ここを出ても王子様と一緒なの?」
「ええ、まあ……」

 社交的でない僕でも、雑談できる程度には住民と顔見知りだ。
 そしてなんとなく予想はついていたけど、東吾さんのほうが長年住んでいる僕より住民たちと親しげ。
 みんなのアイドルやってたんだなあと、しみじみ。
 ひとり、またひとりと喫茶店から人が消えていく。その度に王子様は電話を止めて恭しく挨拶をしていた。
 そんなだから通話は結構長引いていたけれど、東吾さんがようやくスマホをテーブルに置いた。

「話はついたよ。アパート前まで迎えにきてくれるって」

 東吾さんの言葉に、僕らも喫茶店を出る。もちろん、出るときも挨拶は忘れない。僕は空気になりつつ、簡単な挨拶と営業スマイルを向けた。




 喫茶店を出ると、晴れてはいるけれどまだまだ一面の銀世界。当然寒い。

「晴れてるのに空気がひんやりだ」
「そうですね」

 でもアパートの人たちが誰一人として東吾さんを利用しようとしなかったのには驚いたな。
 それが普通といえば普通だけど、誰か一人くらいは金目当てですりよってくるかもしれないと思ったから。
 というか、実際僕がしてることが、それに近いし……。

「そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫だよ」
「……顔に出てました?」
「少しね。私がいる限り、君を路頭に迷わせたりはしないから、もっと頼ってくれ。自分の力ではないのが、少し情けないけれど」
「はい。ありがとうございます」

 そういう不安じゃなかったんだけど、完全に的外れというわけでもない。
 実際、東吾さんがいなければ、今頃途方にくれていた。今夜の宿はとりあえずネカフェになっていただろう。

 喫茶店からアパートまでの距離はそう遠くない。少し話をしている間に、すぐついてしまった。

 僕が長年……一人で暮らしていたアパート。
 東吾さんに会うまでは毎日が色褪せた灰色の世界で別段楽しいと思えることがあったわけじゃないのに、寂しさというか懐かしさというか、とにかくなんかもやもやする。不思議な気分だ。
 やっぱり、悲しいのかな。東吾さんと出会った場所だからっていうのは大きい……って。

「ううっ……」

 東吾さん、横で泣いてた。

「どっ、どうしたんですか!」

 しかも目元に滲む程度じゃなくて割りとマジ泣き。もう号泣。ハンカチなんて持ってないから、服の袖でゴシゴシした。

「ありがとう」
「いえ……」
「このアパートには思い出がいっぱいなんだ。部屋で君の帰りを待っていた。台所に立つ君の後ろ姿が好きだった。あの光景はもう二度と見られないのだと思ったら……悲しくて」

 か、可哀想だけど可愛い。
 寂しかった僕の気分は周りの銀世界を無視して春色になってきた。

「そんな悲しさが薄れるくらい、これからはずっと一緒にいましょう。ずっと、ずっと。新しいうちでは初めから僕と二人暮らし、なんてどうですか?」
「せーた……」

 ほとんどプロポーズだ。
 東吾さんてば、泣きながら頷いちゃってさ。意味、わかってるのかな。

「あ、そうだ。せーたから貰った着る毛布を探せないかな……」
「見つかったとしても、この有り様じゃ衣服はどろどろのぐちゃぐちゃで着られたもんじゃないでしょう」
「キャンドルライトを」
「割れてそうですけど」
「……包丁とか」
「100均のですし」

 東吾さんの部屋には元から包丁がなかったので、僕が持ち込んだ100均の包丁。崩れたおんぼろアパートの中から探し出すのは割りに合わない。
 仕方ないことなんだけど、悲しそうにしてる東吾さんの言葉に否定を返し続けるのがつらくなってきた。
 キャンドルライトくらいなら探したほうがいいかな。でも割れてたら、また泣きそう。
 あれも1000円しない安物だけど、東吾さんにとってはきっと値段じゃないんだろうし。
 包丁、毛布、キャンドルライト……。

「着る毛布が見つかったら、雑巾としてリサイクルするというのはどうですかね?」
「ぞ、ぞうきん……」

 あ。失敗した。完璧に失敗した。光の王子様が能面みたいな表情してる。さすがに今のはデリカシーがなさすぎた。やらかした。

「スミマセン」
「いや。みっともないところを見せてごめん。よく考えれば、君のほうが長くここで暮らしているんだ。私よりもショックを受けているよね」

 貴方よりはドライかと。
 でも、僕と暮らしたこのボロアパートを、そんなにも大切に想っていてくれたのは嬉しいかな……。うん。

 何を大袈裟な、と思わないでもないけど、東吾さんにとっては初めて親の比護から抜け出した暮らしだったんだろうし、思い入れが深いのも当然かもしれない。僕より感受性が強そうだしな。

 まだ目元に滲む東吾さんの涙を指先で拭うと、無理したような笑みを懸命に浮かべてくれてきゅんとした。
 外だけど……。野次馬もちらほらいて、こっちを見たりしてるけど。
 どうしよう、今すぐキスしたい。

「あ、あの、東吾さん……」

 服の裾を引いて、じっと東吾さんを見る。今僕は相当にやらしい顔をしていると思う。
 東吾さんがこくりと小さく喉を鳴らすと同時、後ろから車が停まる音が聞こえた。
 振り返ると、普通サイズの車から黒服が降りてくるところだった。……Aだ。
 すんごい車できたらどうしようとか、ヘリや馬という可能性すら考えていただけに拍子抜け。いや、僕が車の種類をあまりわからないだけで、値段は相当なものなのかもしれない。
 しかし、いいタイミングだった。さすがに外でキスをかますのはマズイ。この辺りの人たちとはもう会うこともないかもしれないとはいえ、立つ鳥跡を濁すのはちょっと嫌だ。

「お迎えにあがりました、東吾様、伊尾様」
「ありがとう」
「ありがとうございます」

 後頭座席に二人で乗り込む時、東吾さんにコソリと『みんなの前ではあまりイチャイチャしないようにしよう』と釘をさされた。
 身内の前では恥ずかしいんだろうし、僕だって人前でいちゃついてみせる趣味は……。さっきの今じゃ、説得力がなさすぎか。

 ……あ、そうだ。ABCに会ったら、言っておかなきゃいけないことがあったんだ。

「あのー……。先に謝っておきますね。監視のこと、東吾さんに言っちゃいました」
「そうですか。我々の隠密行動は完璧でしたが、伊尾様は勘がよろしいですね」
「本当、せーたに言われるまでまったく気づかなかったよ。三人とも探偵になれるね」

 いや絶対無理。
 むしろ東吾さん以外は全員気づいて……。
 いや、東吾さんに気づかれないことが重要なんだから、それでいいのか? 実は実力者……。いやいや、東吾さんと二人で出掛けてる際の尾行も、お粗末なもんだったし。

「もったいないお言葉です」

 どこまで本気かわからないけど、Aは東吾さんの言葉に感動している様子。

「ところでアパートに埋もれたもので回収したいものがあれば、仰ってください。業者に頼んでできるだけ発掘いたしますので」
「それでは、着る毛布をお願いできるかな?」
「えっ。……衣類でしたら、新しいのをいくらでも揃えますが」

 東吾さん、諦めてなかったのか。
 発掘費用のがよほどかかりそうだし、どろどろのぐちゃぐちゃだろうからな。

「伊尾様は何かございませんか?」
「僕は……。貴重品は身につけてましたし、部屋にあるのは全部安物ですから」

 物が少なければ掃除も楽で済む。僕の部屋にあるのは、生活用品だけだった。
 持ち歩いていた財布だって安物で、少しのカード類が入っているだけ。
 通帳はさすがに……再発行になるだろうな。発掘してもらっても、きっと水浸しでどうにもならない。

「……指輪が、無事で良かったです」

 東吾さんを見上げて笑い、リングを見せる。

「せーた」

 王子様からの熱い視線。
 あ。これは、なんか。やばいかも……。
 イチャイチャしないって言ったのは貴方のほうですよ。近い近い。

「だめだ、我慢できない! 可愛すぎる、せーた!」
「わっ!」

 ギュッと抱き締められた。
 それ以上のことは、してこない。って、人前だからそりゃそうだろうけど、我慢できないとか言うから、もっとエロイことを想像してしまった。
 頭をよしよしって撫でてやると、愛しそうにしがみついてくる。すり寄せるような動きがたまらない。僕にとってはそんな貴方のほうが本当に可愛い。

 先に手を出してきたのは貴方ですよとか言ってあらぬところを触りたいし触らせたい。
 運転席にAがいるとはいえ、ある意味閉鎖された空間だしムラムラきてしまう。こんなの生殺し。東吾さんは平気なのかな。

「浅野。驚いたかもしれないが、実はせーたは友人ではなく私の恋人なんだ」

 今それ言っちゃう!?

 まあ、すでにバレているのがわかっているから、僕的には何も問題ないけど。

「存じております」
「えっ!? や、やはり見たのかい!?」
「お二人のことは外でしか見ておりませんが」
「あ、そ、そう」

 東吾さん、墓穴掘りすぎですから。
 ヤりましたって言ってるみたいで、さすがに僕も恥ずかしい。

「では、両親にすでに報告をしてあるのだろうか?」
「いいえ。さすがに、プライベート過ぎる部分だと思いましたので、我々の口からは何も」

 ホッとしたような、戦いがこれから始まるような妙な気分だ。
 それに友人だと思っているから僕を泊めてくれるわけで……。現実的に男の恋人なんて歓迎されないだろう。

「ありがとう。いらぬ気を遣わせたね」
「いえ……」

 Aの声はどこか震えていた。

 ……僕、東吾さんちで殺されたりしないよな。

 ばれていたことで開き直ったのか、東吾さんは家につくまでずっと僕にひっついていた。
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