その身を賭けろ

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二度目の勝負

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 夕方、香奈嬢を無事に自宅へ送り届けて事務所へ戻ると、他の同僚もまばらに帰ってきている。
 黒服がワンフロアにひしめき合う様は、酷く暑苦しさを感じる。帰還の時間帯がかぶっているので、仕方ないといえば仕方ないのだが。
 しかし今日は、事務所に浅黄の姿は見えなかった。朝方請けていた依頼は、やはり特別な物なのだろう。
 いつもなら前の机に座る浅黄がいないので、旭はなんだか落ち着かない気分になる。そわそわしていると、後ろから肩を叩かれた。
 
「お疲れーっす。お前、またスッたんだって? ほどほどにしとけよ。いつか身を滅ぼすからな」
「いいんだよ。趣味の範囲なんだからな」

 趣味の範囲と言い張るには些かアレだが、食は脅かされていても家賃は滞っていない。
 旭の中ではそこがボーダーラインだ。

「というか、実は勝ってるのか? まさかな」
「まさかってなんだよ、まさかって。まあ……負けてるけど」
「いや、だってなんか今日、お前やたら機嫌がよさそうだから」
 
 旭は驚いて、自分の両頬を手で挟み込んだ。顔に出やすいとはよく言われるが、指摘されるまで上機嫌でいるつもりはなかったからだ。
 
「あ、じゃあ、彼女とデートだ」
「もう3年くらい、いないぞ。残念なことに」
 
 夜に予定があるといえば、ひとつだけで、心あたりもそれしかない。
 
「俺、そんなに嬉しそうな顔してたか?」
「そりゃもう」
「……」
 
 旭はギャンブルが大好きだ。そして、葉月と向かいあった時は嘘みたいな緊張感と高揚感があった。おそらく自分は、その空気をもう一度味わいたいのだろう。
 
「そんなにいいものじゃないぞ。ただの、賭だ」
「お前、本当にほどほどにしておけよ」
 
 同僚が呆れた顔で溜息をつく。もう、真剣な忠告は諦めているようだ。
 ほどほどに……できるなら、今こんな窮地に立たされてはいない。けれど、葉月に出会えることもなかった。
 人生は選択肢が続くギャンブルのようなものだ。今日の一勝負ができるのなら自分が選んできた道は悪くはないと考え、旭はそこで初めて自分が葉月との勝負を心底楽しみにしていることを自覚した。
 
「大丈夫。今日は勝てるから」
「どうせ負けるのに。懲りないよな」
 
 負ける気はさらさらないが、今日は負けたとしても抱き枕になるくらいで済む。旭にとっては、随分と条件のいい賭だ。
 それでこんなにドキドキした気分になれるのなら、損など何ひとつない。旭は同僚が突っ込むのも無理はないほど上機嫌な様子でコートを羽織った。
 ギャンブルにはリスクがつきものだ。美味い条件に乗った時ほど、あとで後悔するはめになる。旭がそれで失敗したことは一度や二度ではない。なのに簡単に甘言に乗せられる。
 その先に、どんな窮地が待っているとも知らずに。
 
 
 
 
 お金に余裕があれば毎日のように訪れているカジノ。今までは気にしたこともなかったが、確かに自分は注目を浴びているような気がする。
 慣れぬ人の視線に気まずいような気分になりながら、ドリンクを販売しているカウンターへ足を向けた。
 そこには既に葉月が座っていて、白髪の混じる老紳士風な隣の男にしつこく言い寄られているようだった。
 ゲイに好かれやすいと言っていた、葉月の言葉を思い出す。
 声をかけるべきか彼の対処を待つべきか迷い、約束していたのだからと、後ろから肩を叩く。
 
「葉月」
 
 名前を呼ばれた葉月が、弾かれたように顔を上げて旭を見る。あからさまに、助かった、というような顔をしていた。
 
「おれはこいつと先約があるんでね。お前との勝負はまた今度だな」
「私は勝負なんかより……」
 
 何かを言おうとした、男の口にグラスを押し当てて、葉月が席を立つ。支えにするように、旭の腕にしがみついた。
 
「ほら、行こうぜ?」
 
 旭は突然のスキンシップに多少戸惑いながら、静かに頷く。葉月はなんでもないような顔をしているが、知人としては近すぎる距離だ。
 
「……にしても、お前がおれの名前呼んだの、さっきが初めてだよな」
「そうだっけ……?」
「そうだよ。サンづけか、クンづけで呼ぶか気になってたが、まさかの呼び捨てだったな」
「まあ、確かにお前は、その、賭事に関しては俺より上かもしれないどさ……」
 
 どう見ても年下な男相手に敬語を使うような丁寧さを、旭は持ち合わせていなかった。相手が依頼人であるなら、話はまた別だが。
 
「まあ、おれは呼び捨てにしてもらったほうがいいけどな。親しい感じがして」
 
 そう嬉しそうに笑う様は、いつもと違ってどこか無邪気に見えた。
 しかしその顔も、すぐに触れれば切れるような鋭さに変わる。
 
「それじゃあ一勝負といきますかね。お前が勝ったら2万円。おれが勝ったら相応なコトをしてもらう。オーケイ?」
「言っとくけど、今日は負けないからな」
「ククッ……。本当に物怖じしない奴だな。おれ相手に」
 
 カモネギの旭と、凄腕のギャンブラー葉月。二人が揃っているだけで、嫌でも周りの視線を集めてしまう。
 葉月は見られることに慣れていたし、旭は見られていることにあまり気づいていないので、別段意識することもない。備え付けのバーにあるカウンターから少し離れた場所で、葉月は壁に背を預けた。
 目の前には客同士が使用できる古いポーカー台。
 
「ここに、カードが5枚ある。Aから5までだ」
「ポーカーじゃないのか?」
「イカサマなどを疑われてはかなわないからな。それに、既存のゲームだけがギャンブルじゃない」
 
 どちらかといえばゲームそのものを楽しんでいる旭にとって、すぐ終わりそうなものはいただけない。賭ける時も大抵が低レートで、多くの勝負をこなす。
 
「机の上に並べてハートのエースを早く開いたほうの勝ち。簡単だろう?」
 
 葉月がカードを口元に当ててニヤリと笑った。
 
「カードを切るのはお互いに。何枚目で当てたかを競うんだ。5枚だからな、最後に全部開こう。まずは旭から」
 
 そう言って、ポーカー台の上に綺麗な動作でカードを並べていく。
 
「もっとじっくりゲームをするのもイイが、今日は早めに帰りたいんだ。ゴメンな?」
 
 早めに帰りたい、という言葉が気になって旭は首を傾げた。
 この勝負に勝てば、葉月は2万円分の命令を旭にできることになっている。
 お持ち帰りするつもりなら、早く二人きりになりたいという意味になってしまう。
 はたまた、負けてくれるつもりであるのか……。
 
「いいよ。俺は勝って、そのお金でギャンブルを心ゆくまで楽しんでいくから」
「ああ、負けるつもりはないんだったな。ではドーゾ?」
 
 少しの乱れもなく、整然と並べられたカード。赤い裏地には細かい模様がついている。いくら目をこらしてみても、その印刷に差はないように見える。
 
「お前にだけ、わかる模様がついている、とか」
「なら、おれの時は旭が持っているトランプを使ってくれ。それなら問題ないだろう?」
 
 旭は頷いて、一枚目のカードをめくった。数字は、2だ。
 
「案の定ハズレだな」
「う、うるさい」
 
 葉月は無言のまま、視線だけで二枚目を促してくる。
 カードは残り、4枚。そこからAを引くだけ。確率は4分の1。当たりそうな気もするのに、次の一枚は違うカードを引いてしまう気がした。
 
「こ、これだ」
「ハイ、ザンネン! 5だな」
 
 葉月はやたらと嬉しそうだ。いつの間にか二人の周りには人だかりができている。
 単純明快な勝負。どちらが勝つか賭けようとするものもいたが、旭に賭ける者がいないので、賭けにならなかった。
 
「次は3分の1だ。外すなよ」
「うるさいな。言われなくても次は……」
 
 もう結果から言ってしまっても、誰もが予想を外さないだろう。
 旭がAを引いたのは最後の一枚だった。
 
「マジかよ。最後に引くほうがもう、いっそ難しいだろ?」
 
 周りからも、期待を裏切らねーなという笑いや、さすが勝ち知らずのギャンブラーだな、というからかいの言葉が聞こえてくる。
 
「これはもう、勝負がついたも同然だな」
「わ、わからないだろ。お前も最後に引くかもしれない」
「ふぅん?」
 
 おれが外すとでも思っているのか。と、目が言っていた。
 葉月は5枚のカードを手で端へよけて、テーブル台を差し出す。
 
「じゃあ、まあ。ドーゾ」
 
 旭も一応ポケットに、カジノ用の使い捨てトランプを持っていたのでそれを出して5枚抜き、よく切ってからポーカー台に並べた。
 
「ちゃんとAは入れただろうな?」
「あ、当たり前だ。イカサマなんてするか」
「できるウデもないしな」
「うるさい。いいから早く引け」
 
 二人が揃って最後にAを引くほうが可能性としては低く、旭の負けは既に決定しているようなものだ。3枚目に引いても4枚目に引いてたとしても、結局は負けになるのだから。
 ギャラリーが固唾をのんで見守る中、葉月がカードに手をかけた。
 
「じゃあ、一枚目……っと。お、ラッキー」
 
 そして、葉月は容赦なく一枚目でAを引いた。
 あまりにアッサリしすぎていて、旭は一瞬何が起こったのかわからなかった。
 
「ハイ、おれの勝ち」
「嘘だろ……」
 
 並べたカードをすべてめくってみたが、実は全部Aだったということもなく、普通に2から5までの数字が不規則に並んでいた。
 
「絶対、何かズルしただろ!」
「してねえよ。だいたい、それはお前のカードだ。切ったのも、並べたのもお前。他に何か、言いたいコトは?」
「う……な、ない、です」
 
 そして今夜も、旭の身体は葉月のモノ。
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