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寝取られ編
侵入できません4
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「直人さん、助けに来ましたっ! 貴方のナイトです!」
どうやって入ったのか、そこには望が立っていた。
……ついでに、勃っていた。
ここまで恰好のつかないナイトだと、いっそ清々しいな。
「お前は……っ! 遠野じゃないか」
「あれっ、渡瀬くん!?」
しかも面識ありかよ! どこから突っ込んだらいいのか、突っ込みが追いつかない。
「待て、望……どうやってここへきた」
「それは、愛の力です!」
こいつが言うと本当に聞こえるから怖い。
なら、こんな早く駆けつけられたのも、部屋がわかったのも愛で、鍵が開いたのも愛だっていうのか? 俺は部屋へ入ってきた時、しっかり鍵を掛けたはずだ……。
「今夜は決めるつもりでしたから、潜んではいましたが万一通報された時の脱出経路確保に、鍵が開くよう扉に細工してました……。まさかそれが自分の首を絞めることになろうとは」
望だけでなく、普通に誰か入ってきたら首が絞まるだろうが。なんという恐ろしいことを。
「几帳面な自分の性格が恨めしい……」
他の几帳面な方々が聞いたら怒り出しそうだ。
「渡瀬くん、直人さんから離れてよっ! 直人さんは僕のモノなんだからね!」
「神城さん、こんな男と付きあってるなんて……どうかしてるんじゃないですか? こんな、変態と。貴方の品位が落ちます」
「それは充分理解している」
「なっ、直人さん!? そんな……直人さんが、付きあってるって他の人に対して認めてくれた……! ハァハァ、しかもその、僕を蔑むのを忘れないところもやっぱり……イイ……」
俺だって何度……本当にこいつでいいのかと、自分に対して尋ねてきたかわからない。今もだ。
「二人は知り合いなのか?」
「えっ……」
「発展場で、ちょっと、まあ……」
二人が俺の視線を避けるように、さっと目を逸らした。
わかりやすい。
望は後ろも前も俺が初めてだったはずだから、関係も容易に想像できた。
「神城さん、本当にこんな変態でいいんですか? 変態にも限度ってものがあるでしょう? 勘違いされて、ストーカーされているだけですよね!?」
お前も人のことはあまり言えないと思うが。まあ、比較対象が望なら、まともと言えなくもないか……。
「確かにこいつは救いようのない変態だ……。だが、付きあっているのは事実だ」
「そんな……!」
変態どもの明暗がハッキリと分かれた。
望を好きになってしまったことは俺の人生最大の汚点だ。
だが……だからこそ、裏を返せば運命だなどという陳腐な言葉で表せるかもしれない。
「絶対後悔しますよ。こんな、変態と……」
「安心しろ、毎日後悔ばかりだ」
「そんな……オレの神城さんがこんな変態に身体をいいようにされてるなんて、信じられない」
「……基本的には、俺が好きなようにしている」
最終的に突っ込まれるハメになることを除けば、だが。
「えっ、じゃあ、遠野……神城さんのためにネコを……!?」
「当たり前でしょ。愛があれば受け入れることくらい、造作もないことさ!」
滅多にさせやがらないくせに、望はそう言って偉そうに踏ん反り返った。
愛があるならもっと突っ込ませろ、クズが。
「くっ……オレにはできない。この綺麗な顔を見たら、腕を捻り上げ、泣かせ、突っ込みたくなる……」
「ダメだよ、そんなこと! 直人さんに何かをするくらいなら、僕を満足させてからにするんだね! SMだけでね! さあ!」
望はベルトを引き抜いて渡瀬の前に落とした。
……目が、期待に輝いてないか? 相変わらずギンギンになっている股間を、その前にどうにかしろと言いたい。
渡瀬も望の性癖は知っているのだろう。瞳に挑戦的な光が宿る。
ドMである望を心から満足させるのは難しい。基本何をしても喜ぶから止めどころがわからない。
「ふ……。情事を邪魔されて苛立ってるしな。思う存分ヤッてやる。覚悟しろ、遠野!」
渡瀬がベルトを鞭のように空でしならせ、望を睨んだ。
「待て……!」
思わず、喉から声が出た。無意識だった。
焦ったような響きを含む俺の声に、渡瀬は愕然とした表情を見せ、望は俺に抱き着いた。
「嬉しい、直人さん! 僕を他の人にシバかせたくないんですね! 僕は貴方だけの奴隷ですもんね! 僕をプレイで殴ったり蹴ったりできるのは、自分だけがいいんですよね!」
……お前の台詞で、いっそ好きなだけ殴ってくれと渡瀬に言ってやりたくなった……が。
残念ながら、俺は望を他の奴に殴らせたくないと思っているらしい。
恋人なのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、俺は酷く衝撃を受けていた。
「神城さんがそんなヌルイ人になっていたなんて……残念ですよ。恋人に操立てするような貴方は、貴方らしくない……」
そしてこいつは俺の何を知っているんだ。
「渡瀬くん、恋人である僕がきた以上、直人さんに手は出させない。あと、直人さんが嫌がるから僕の身体も……ダ・メ」
「シナをつくるな。気持ち悪い」
「だってえ、嬉しくて……」
本当に気持ち悪い。
「仕方ないですね。なんとしてでも手に入れようと思ってましたが、こうなっては……オレに手出しをするのは無理そうです」
渡瀬はそう言って肩を竦め、手に持ったベルトを床へ落とした。
「やたらアッサリ引くんだな」
思った以上に潔い引き際に、違和感を覚えた。
「…………遠野は、できれば……敵に回したくない存在だと……恋人である貴方なら、わかると思いますが?」
「ああ……」
多分過去に何かがあっただろうことは想像できた。
望につきまとわれることは、社会的地位が脅かされるということ。
こいつは自分の身を振り返らないからな。他人の目を一切気にしないというか。
いや、気にはするか……プレイの一環としてならば。
たとえて言うなら、俺が電話をかけてテレフォンセックスをしかけたら、それが町中であっても一人でおっぱじめ、警察に捕まるレベルだ。
というか、これだけの速度でここへきたとなると、この解釈はあながち間違ってもいない……。恐ろしいから訊かないでおこう。
「ふっ……。今夜はどうぞ、ごゆっくり。馬に蹴られるような真似はしません。でも、仕事はきちんと最後までしてもらいますから」
「もちろんだ。テクニックを叩き込んでやるから覚悟しておけ」
「夜のテクニックもお手並み拝見したかったですけどね……。それでは」
せっかく引き際はよかったのに、今の台詞で台無しだな。
渡瀬はおとなしく、部屋を出て行った。部屋には俺と望、二人だけが取り残された形になる。
「ず、狡い……僕も直人さんにテクニック伝授してほしい……ハァハァ。叩き込んで欲しい……」
「仕事の、だぞ……?」
「厳しいんだろうなあと思うと、もう、ゾクゾクします」
「……」
まあ、いい。久し振りに会えたんだ。久し振りに会えた恋人同士がすることといったら、一つしかない。
どうせ望に異論はないだろう。
「あ、でも今日は僕がテクニックを披露する日ですよね! いつもはお仕置きされる側だけど、今日はお仕置きしなくっちゃ! だって直人さん、浮気しようとしてましたもん!」
「何を言っている。お仕置きされるほうが……好きだろう、お前は」
俺を押し倒そうとする望の腹を、足の裏で軽く蹴る。そのまま下半身へ足裏を移動させると、気持ちよさそうに目を細めた。
「あ、ああん……。ダメ、もう……イッちゃいます」
……早過ぎるにもほどがあるだろ。いくら久し振りとはいえ。
「ハァハァ……すいません、さっきのテレフォンセックス、途中まででしたし、直人さんが煽情的な姿で渡瀬くんに押し倒されてるんですもん。もう限界近くて」
「ほう。貴様は恋人が押し倒されているのを見て興奮していたのか?」
「あっ……だって、だってっ……。本当に、直人さんが他の人になんて絶対嫌なんですけど、ショックだと思うほど身体が反応しちゃって」
……本当に嫌かどうか怪しいものだな。
まあ、望はどんな苦痛をも快楽に変えられる男だが。
しかし……さっきのテレフォンセックスが途中までだったのは俺だけで、こいつは一度イッていたはずなんだが。
望の中では勝手に二回戦目が始まっていたのか……。
「お仕置きか……。そうだな、好きにしてみたらいいだろう。テクを見せてみろ」
俺は望の身体から足を引き、無抵抗を示すように両手を耳の両側へ揃えて置いた。
「えっ……」
プレイへと移行しそうだったのを中断したため、望が物足りなそうな声を漏らす。
「くくっ……。そんな表情を。お仕置きをすると言ったのは、お前のほうだぞ」
「そんな、でも……こんな、生殺しすぎて、僕がお仕置きされてるのと変わりません……っ」
はあ、と今にも俺に襲いかかりそうになりながらも、俺の両手に手を重ね、ぎゅっと握りしめることでこらえている。
すぐに爆発してもおかしくないくらい、せっぱ詰まっていても俺の言葉を待っているようだ。
お仕置きをすると言い放ったくせに、律儀な男だ。
いったんプレイが始まると、望にはきちんと、待て、が効く。早漏だけは身体の問題なので、どうしようもないところがあるようだが。
だからこそ俺も、毎回はヤられずに済んでいるというわけだ。
たまに与えておかないと、プレイに入る前にヤられる可能性があるので、仕方なく抱かせてやっているのだが。
しばらく会えていなかったし、刺激の強いシーンを見せてしまった。今の望は、おそらく限界が近い。
「言葉を待つな。好きにしろと言ったはずだ」
「あの……それは、最後までしてもいいという意味も、含まれていますか?」
「好きにとって構わない。お仕置き……なのだろう?」
「直人さんっ……!」
はだけたシャツの胸元に、望の唇が降りてくる。
乾く場所がないくらい舐めあげられて、それこそ中途半端になっていた身体はあっさりと火をともした。
「生意気だな。じらすつもりか?」
「そのつもりでしたけど、もう僕が……無理です。早く貴方の、飲みたい。飲んで、潤したいです。一滴も残らず、吸わせて……」
ズボンを下着ごとおろされ、届かない水を吸い上げるかのようにきつく吸いつかれる。
気持ちいいというよりは……いっそ、痛いくらいだ。
それでも、望が飢えているように俺の身体も飢えていた。
快感を感じるより先に、身体が引きずられる。
「っ……く」
ご褒美だ、と望の肩にスーツの上から爪を立ててやった。
俺はタチで、本来ならば誰にも抱かれるつもりはない。
……だが、そうだな……。ここはせっかくお前しか知らないのだから、どうせならこの先も、お前だけでいい。
「望」
だから早くこいと、視線で訴えた。
普段はまったく空気の読めない望だが、今日ばかりはきっちり伝わったようだ。
「直人さん……」
熱く掠れた声で俺の名前を呼んで、俺の一番深いところに触れる。心の奥の、奥底まで。
明日に響くな、と頭の片隅で考えたが、それもすぐに消え失せた。
望は早い。こらえがきかない。だが、セックスそのものは上手いと思う。
元々奉仕するのが好きな男だ。相手を気持ち良くさせることに長けているのだろう。
俺はベッドから身を起こし、備え付けの冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し口をつけた。
自分で思っていたよりも喉が乾いていたらしい。染み渡っていくような感覚が心地好い。
身体も……想像よりずっと渇いていた。望とやって、それが初めてわかった。
適当な男を引っ掛けて抱くつもりだった。浮気してやるつもりだった。けど、俺の身体は望を選んでいるのだと思い知らされた。
「ざまあないな、この俺が……」
いつの間にか、あんな変態に溺れているなど。
目が離せないのは、あいつがああいう奴だからだと思っていたが、本当は既に……捕えられていただけだったのかもしれない。
俺は望が寝ているベッドに座り、気持ちよさそうに眠るその額にくちづけた。
ペットボトルをもう一度あおり、望の唇から流し込む。
「っ……げほげほ、急に何するんですか!」
「いつまでも寝ているから腹が立ってきてな。疲れさせられたのはこちらなのに」
「そうは言いますけど、僕なんて直人さんにどうしても会いたくてここまで来ちゃったんですから、疲れてるんですよ」
「……そういえば、お前本当に、どうしてここがわかったんだ?」
「えへ……。実は今朝から尾行してたんですよね。会社は知ってますから」
朝から張ってたのか……。
電話、本当にどこからかけていたんだ……。いや、やはり訊かないでおこう。
「外から携帯にかけたら、いきなり直人さんがあんな……。危うく捕まりそうになっちゃいました。でも人の蔑むような視線がもう……」
「訊いてないのに答えるな! この歩く猥褻物が!」
「えっ、なんの話ですか!?」
やはり、こいつに溺れているなど気の迷いだ!
「放っておくと、本当に何をしでかすかわからないな」
「そうですよ。だから僕のこと、放っておかないで、ずうっとずうっと一緒にいてくださいね!」
「……仕方ないから、見張っててやる」
望はとんでもない奴だしウザいしキモいしでどうしようもない。
だが……お前のいない日々は退屈だ。
「あっ、飛行機の時間過ぎてる……帰るの明日の朝だ……仕事遅刻っぽい」
「…………」
いつクビを切られるかわからないコイツのためにも、俺は仕事を頑張らないとな……。
どうやって入ったのか、そこには望が立っていた。
……ついでに、勃っていた。
ここまで恰好のつかないナイトだと、いっそ清々しいな。
「お前は……っ! 遠野じゃないか」
「あれっ、渡瀬くん!?」
しかも面識ありかよ! どこから突っ込んだらいいのか、突っ込みが追いつかない。
「待て、望……どうやってここへきた」
「それは、愛の力です!」
こいつが言うと本当に聞こえるから怖い。
なら、こんな早く駆けつけられたのも、部屋がわかったのも愛で、鍵が開いたのも愛だっていうのか? 俺は部屋へ入ってきた時、しっかり鍵を掛けたはずだ……。
「今夜は決めるつもりでしたから、潜んではいましたが万一通報された時の脱出経路確保に、鍵が開くよう扉に細工してました……。まさかそれが自分の首を絞めることになろうとは」
望だけでなく、普通に誰か入ってきたら首が絞まるだろうが。なんという恐ろしいことを。
「几帳面な自分の性格が恨めしい……」
他の几帳面な方々が聞いたら怒り出しそうだ。
「渡瀬くん、直人さんから離れてよっ! 直人さんは僕のモノなんだからね!」
「神城さん、こんな男と付きあってるなんて……どうかしてるんじゃないですか? こんな、変態と。貴方の品位が落ちます」
「それは充分理解している」
「なっ、直人さん!? そんな……直人さんが、付きあってるって他の人に対して認めてくれた……! ハァハァ、しかもその、僕を蔑むのを忘れないところもやっぱり……イイ……」
俺だって何度……本当にこいつでいいのかと、自分に対して尋ねてきたかわからない。今もだ。
「二人は知り合いなのか?」
「えっ……」
「発展場で、ちょっと、まあ……」
二人が俺の視線を避けるように、さっと目を逸らした。
わかりやすい。
望は後ろも前も俺が初めてだったはずだから、関係も容易に想像できた。
「神城さん、本当にこんな変態でいいんですか? 変態にも限度ってものがあるでしょう? 勘違いされて、ストーカーされているだけですよね!?」
お前も人のことはあまり言えないと思うが。まあ、比較対象が望なら、まともと言えなくもないか……。
「確かにこいつは救いようのない変態だ……。だが、付きあっているのは事実だ」
「そんな……!」
変態どもの明暗がハッキリと分かれた。
望を好きになってしまったことは俺の人生最大の汚点だ。
だが……だからこそ、裏を返せば運命だなどという陳腐な言葉で表せるかもしれない。
「絶対後悔しますよ。こんな、変態と……」
「安心しろ、毎日後悔ばかりだ」
「そんな……オレの神城さんがこんな変態に身体をいいようにされてるなんて、信じられない」
「……基本的には、俺が好きなようにしている」
最終的に突っ込まれるハメになることを除けば、だが。
「えっ、じゃあ、遠野……神城さんのためにネコを……!?」
「当たり前でしょ。愛があれば受け入れることくらい、造作もないことさ!」
滅多にさせやがらないくせに、望はそう言って偉そうに踏ん反り返った。
愛があるならもっと突っ込ませろ、クズが。
「くっ……オレにはできない。この綺麗な顔を見たら、腕を捻り上げ、泣かせ、突っ込みたくなる……」
「ダメだよ、そんなこと! 直人さんに何かをするくらいなら、僕を満足させてからにするんだね! SMだけでね! さあ!」
望はベルトを引き抜いて渡瀬の前に落とした。
……目が、期待に輝いてないか? 相変わらずギンギンになっている股間を、その前にどうにかしろと言いたい。
渡瀬も望の性癖は知っているのだろう。瞳に挑戦的な光が宿る。
ドMである望を心から満足させるのは難しい。基本何をしても喜ぶから止めどころがわからない。
「ふ……。情事を邪魔されて苛立ってるしな。思う存分ヤッてやる。覚悟しろ、遠野!」
渡瀬がベルトを鞭のように空でしならせ、望を睨んだ。
「待て……!」
思わず、喉から声が出た。無意識だった。
焦ったような響きを含む俺の声に、渡瀬は愕然とした表情を見せ、望は俺に抱き着いた。
「嬉しい、直人さん! 僕を他の人にシバかせたくないんですね! 僕は貴方だけの奴隷ですもんね! 僕をプレイで殴ったり蹴ったりできるのは、自分だけがいいんですよね!」
……お前の台詞で、いっそ好きなだけ殴ってくれと渡瀬に言ってやりたくなった……が。
残念ながら、俺は望を他の奴に殴らせたくないと思っているらしい。
恋人なのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、俺は酷く衝撃を受けていた。
「神城さんがそんなヌルイ人になっていたなんて……残念ですよ。恋人に操立てするような貴方は、貴方らしくない……」
そしてこいつは俺の何を知っているんだ。
「渡瀬くん、恋人である僕がきた以上、直人さんに手は出させない。あと、直人さんが嫌がるから僕の身体も……ダ・メ」
「シナをつくるな。気持ち悪い」
「だってえ、嬉しくて……」
本当に気持ち悪い。
「仕方ないですね。なんとしてでも手に入れようと思ってましたが、こうなっては……オレに手出しをするのは無理そうです」
渡瀬はそう言って肩を竦め、手に持ったベルトを床へ落とした。
「やたらアッサリ引くんだな」
思った以上に潔い引き際に、違和感を覚えた。
「…………遠野は、できれば……敵に回したくない存在だと……恋人である貴方なら、わかると思いますが?」
「ああ……」
多分過去に何かがあっただろうことは想像できた。
望につきまとわれることは、社会的地位が脅かされるということ。
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というか、これだけの速度でここへきたとなると、この解釈はあながち間違ってもいない……。恐ろしいから訊かないでおこう。
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「もちろんだ。テクニックを叩き込んでやるから覚悟しておけ」
「夜のテクニックもお手並み拝見したかったですけどね……。それでは」
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渡瀬はおとなしく、部屋を出て行った。部屋には俺と望、二人だけが取り残された形になる。
「ず、狡い……僕も直人さんにテクニック伝授してほしい……ハァハァ。叩き込んで欲しい……」
「仕事の、だぞ……?」
「厳しいんだろうなあと思うと、もう、ゾクゾクします」
「……」
まあ、いい。久し振りに会えたんだ。久し振りに会えた恋人同士がすることといったら、一つしかない。
どうせ望に異論はないだろう。
「あ、でも今日は僕がテクニックを披露する日ですよね! いつもはお仕置きされる側だけど、今日はお仕置きしなくっちゃ! だって直人さん、浮気しようとしてましたもん!」
「何を言っている。お仕置きされるほうが……好きだろう、お前は」
俺を押し倒そうとする望の腹を、足の裏で軽く蹴る。そのまま下半身へ足裏を移動させると、気持ちよさそうに目を細めた。
「あ、ああん……。ダメ、もう……イッちゃいます」
……早過ぎるにもほどがあるだろ。いくら久し振りとはいえ。
「ハァハァ……すいません、さっきのテレフォンセックス、途中まででしたし、直人さんが煽情的な姿で渡瀬くんに押し倒されてるんですもん。もう限界近くて」
「ほう。貴様は恋人が押し倒されているのを見て興奮していたのか?」
「あっ……だって、だってっ……。本当に、直人さんが他の人になんて絶対嫌なんですけど、ショックだと思うほど身体が反応しちゃって」
……本当に嫌かどうか怪しいものだな。
まあ、望はどんな苦痛をも快楽に変えられる男だが。
しかし……さっきのテレフォンセックスが途中までだったのは俺だけで、こいつは一度イッていたはずなんだが。
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「お仕置きか……。そうだな、好きにしてみたらいいだろう。テクを見せてみろ」
俺は望の身体から足を引き、無抵抗を示すように両手を耳の両側へ揃えて置いた。
「えっ……」
プレイへと移行しそうだったのを中断したため、望が物足りなそうな声を漏らす。
「くくっ……。そんな表情を。お仕置きをすると言ったのは、お前のほうだぞ」
「そんな、でも……こんな、生殺しすぎて、僕がお仕置きされてるのと変わりません……っ」
はあ、と今にも俺に襲いかかりそうになりながらも、俺の両手に手を重ね、ぎゅっと握りしめることでこらえている。
すぐに爆発してもおかしくないくらい、せっぱ詰まっていても俺の言葉を待っているようだ。
お仕置きをすると言い放ったくせに、律儀な男だ。
いったんプレイが始まると、望にはきちんと、待て、が効く。早漏だけは身体の問題なので、どうしようもないところがあるようだが。
だからこそ俺も、毎回はヤられずに済んでいるというわけだ。
たまに与えておかないと、プレイに入る前にヤられる可能性があるので、仕方なく抱かせてやっているのだが。
しばらく会えていなかったし、刺激の強いシーンを見せてしまった。今の望は、おそらく限界が近い。
「言葉を待つな。好きにしろと言ったはずだ」
「あの……それは、最後までしてもいいという意味も、含まれていますか?」
「好きにとって構わない。お仕置き……なのだろう?」
「直人さんっ……!」
はだけたシャツの胸元に、望の唇が降りてくる。
乾く場所がないくらい舐めあげられて、それこそ中途半端になっていた身体はあっさりと火をともした。
「生意気だな。じらすつもりか?」
「そのつもりでしたけど、もう僕が……無理です。早く貴方の、飲みたい。飲んで、潤したいです。一滴も残らず、吸わせて……」
ズボンを下着ごとおろされ、届かない水を吸い上げるかのようにきつく吸いつかれる。
気持ちいいというよりは……いっそ、痛いくらいだ。
それでも、望が飢えているように俺の身体も飢えていた。
快感を感じるより先に、身体が引きずられる。
「っ……く」
ご褒美だ、と望の肩にスーツの上から爪を立ててやった。
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「望」
だから早くこいと、視線で訴えた。
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熱く掠れた声で俺の名前を呼んで、俺の一番深いところに触れる。心の奥の、奥底まで。
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元々奉仕するのが好きな男だ。相手を気持ち良くさせることに長けているのだろう。
俺はベッドから身を起こし、備え付けの冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し口をつけた。
自分で思っていたよりも喉が乾いていたらしい。染み渡っていくような感覚が心地好い。
身体も……想像よりずっと渇いていた。望とやって、それが初めてわかった。
適当な男を引っ掛けて抱くつもりだった。浮気してやるつもりだった。けど、俺の身体は望を選んでいるのだと思い知らされた。
「ざまあないな、この俺が……」
いつの間にか、あんな変態に溺れているなど。
目が離せないのは、あいつがああいう奴だからだと思っていたが、本当は既に……捕えられていただけだったのかもしれない。
俺は望が寝ているベッドに座り、気持ちよさそうに眠るその額にくちづけた。
ペットボトルをもう一度あおり、望の唇から流し込む。
「っ……げほげほ、急に何するんですか!」
「いつまでも寝ているから腹が立ってきてな。疲れさせられたのはこちらなのに」
「そうは言いますけど、僕なんて直人さんにどうしても会いたくてここまで来ちゃったんですから、疲れてるんですよ」
「……そういえば、お前本当に、どうしてここがわかったんだ?」
「えへ……。実は今朝から尾行してたんですよね。会社は知ってますから」
朝から張ってたのか……。
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「外から携帯にかけたら、いきなり直人さんがあんな……。危うく捕まりそうになっちゃいました。でも人の蔑むような視線がもう……」
「訊いてないのに答えるな! この歩く猥褻物が!」
「えっ、なんの話ですか!?」
やはり、こいつに溺れているなど気の迷いだ!
「放っておくと、本当に何をしでかすかわからないな」
「そうですよ。だから僕のこと、放っておかないで、ずうっとずうっと一緒にいてくださいね!」
「……仕方ないから、見張っててやる」
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だが……お前のいない日々は退屈だ。
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