あいつに惚れるわけがない

茉莉 佳

文字の大きさ
42 / 259
level 5

「魔界に人間を誘惑する美しい物の怪、ですか?」

しおりを挟む
 ドロドロとした駆け引きとはうらはらに、昼下がりのカフェは陽気で賑やかだった。
あれからヨシキさんに、変わったところはない。
わたしも大竹さんと美咲さんのことはすぐに忘れ、ヨシキさんとの会話に没頭していった。

スウィーツを食べ終えたわたしたちは、テーブルを挟んで写真やコスプレの話に花を咲かせていた。
iPadを取り出して、ヨシキさんは自分がこれまで撮った写真を、いろいろと見せてくれた。

「あっ。この景色、わたし好きです!」

一枚の写真が、わたしの目を惹いた。
それは、深い群青色のグラデーションを織りなした、夕景の写真。
刷毛で掃いたような筋雲が放射状に伸び、果てしないビル群のシルエットの向こう側に、わずかにオレンジ色の夕焼けの残光が輝いていて、それがビルのイリュミネーションといっしょに水面みなもに映え、不可思議な美しさを漂わせている。

「夕景。好き?」
「ええ、大好きです。学校の帰りとかに、こういう綺麗な夕焼けや雲が出ていたら、思わず写メしてしまいます。もちろんヨシキさんみたいにうまくは撮れませんけど」
「へぇ~。そうなんだ」
「陽が沈む瞬間って、なんだか神秘的で、素敵ですよね」
「わかるよ。あまりの美しさに魅入られてしまうよな。だからつい、シャッター切っちまう」
「ヨシキさんみたいに素敵な風景が撮れると、もっと楽しいでしょうね」
「美しい月と夜の桔梗… か」
「え?」
「美月ちゃんのコスネームって、夜のイメージだな。ミステリアスな美月ちゃんにぴったりだ」
「あ、ありがとうございます」
「やっぱり、いいよな~」

なにかを考えるように、頬杖をついてぼんやりと遠くを見ていたヨシキさんだったが、思い立ったようにチラリと腕時計を見て、ひと言言った。

「まだ、間に合うな」
「え? なににですか?」
「トワイライトタイムに」
「トワイライトタイム?」
「美月ちゃんを、この綺麗なトワイライトを背景にして撮りたい。今から行けば間に合うから」
「こんな景色をバックに撮るんですか?」
「今日一番のいい写真にするよ!」
「は、はい」

うなずいたわたしを見て、ヨシキさんは満足そうに微笑む。
カフェを出たわたしたちは急いで駐車場に戻り、クルマを走らせた。
日が傾いてきた首都高速を、『TOYOTA bB』は湾岸に向かう。
ハンドルを握りながら、ヨシキさんは訊いてきた。

「『逢魔が刻』って知ってる?」
「逢魔が刻?」
「昼と夜の入れ替わる時刻。
薄暗い夕暮れは、そろそろ妖怪や幽霊が跋扈ばっこしはじめる時間で、そういう魑魅魍魎ちみもうりょうに出くわしてしまいそうなことから、『逢魔が刻』って言われるようになったんだって」
「確かに… 黄昏時って、独特な雰囲気がありますよね。道ばたでばったり妖怪に出会っても、おかしくないような」
「『大禍時おおまがどき』が転じて、逢魔が時になったらしいし。どっちにしても著しく不吉な時間だと考えられていたんだな。
他にも、神域に繋がる境目とか、黄泉よみの国に誘う場所とか、言われてるし」
「なんだか、怖いですね」
「ははは。そういう魔が刻の景色をバックに、魔界に人間を誘惑するような、美しい物の怪ってイメージで、どう?」
「わたしが、ですか?」
「美月ちゃんならそんな小悪魔っぽい感じ、ぴったりだよ。その魅き込まれるような目力と漆黒の髪だけで、地獄の底まで男を引きずり込めるよ」
「それって、褒めていますか?」
「もちろん。最大級の賛辞のつもり」
「ん… じゃあ、頑張ってみます」
「よろしくな」

撮影のコンセプトを話している間に、クルマはレインボーブリッジを渡り、お台場海浜公園のあたりに着いた。

つづく
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

処理中です...