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「魔界に人間を誘惑する美しい物の怪、ですか?」
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ドロドロとした駆け引きとはうらはらに、昼下がりのカフェは陽気で賑やかだった。
あれからヨシキさんに、変わったところはない。
わたしも大竹さんと美咲さんのことはすぐに忘れ、ヨシキさんとの会話に没頭していった。
スウィーツを食べ終えたわたしたちは、テーブルを挟んで写真やコスプレの話に花を咲かせていた。
iPadを取り出して、ヨシキさんは自分がこれまで撮った写真を、いろいろと見せてくれた。
「あっ。この景色、わたし好きです!」
一枚の写真が、わたしの目を惹いた。
それは、深い群青色のグラデーションを織りなした、夕景の写真。
刷毛で掃いたような筋雲が放射状に伸び、果てしないビル群のシルエットの向こう側に、わずかにオレンジ色の夕焼けの残光が輝いていて、それがビルのイリュミネーションといっしょに水面に映え、不可思議な美しさを漂わせている。
「夕景。好き?」
「ええ、大好きです。学校の帰りとかに、こういう綺麗な夕焼けや雲が出ていたら、思わず写メしてしまいます。もちろんヨシキさんみたいにうまくは撮れませんけど」
「へぇ~。そうなんだ」
「陽が沈む瞬間って、なんだか神秘的で、素敵ですよね」
「わかるよ。あまりの美しさに魅入られてしまうよな。だからつい、シャッター切っちまう」
「ヨシキさんみたいに素敵な風景が撮れると、もっと楽しいでしょうね」
「美しい月と夜の桔梗… か」
「え?」
「美月ちゃんのコスネームって、夜のイメージだな。ミステリアスな美月ちゃんにぴったりだ」
「あ、ありがとうございます」
「やっぱり、いいよな~」
なにかを考えるように、頬杖をついてぼんやりと遠くを見ていたヨシキさんだったが、思い立ったようにチラリと腕時計を見て、ひと言言った。
「まだ、間に合うな」
「え? なににですか?」
「トワイライトタイムに」
「トワイライトタイム?」
「美月ちゃんを、この綺麗なトワイライトを背景にして撮りたい。今から行けば間に合うから」
「こんな景色をバックに撮るんですか?」
「今日一番のいい写真にするよ!」
「は、はい」
うなずいたわたしを見て、ヨシキさんは満足そうに微笑む。
カフェを出たわたしたちは急いで駐車場に戻り、クルマを走らせた。
日が傾いてきた首都高速を、『TOYOTA bB』は湾岸に向かう。
ハンドルを握りながら、ヨシキさんは訊いてきた。
「『逢魔が刻』って知ってる?」
「逢魔が刻?」
「昼と夜の入れ替わる時刻。
薄暗い夕暮れは、そろそろ妖怪や幽霊が跋扈しはじめる時間で、そういう魑魅魍魎に出くわしてしまいそうなことから、『逢魔が刻』って言われるようになったんだって」
「確かに… 黄昏時って、独特な雰囲気がありますよね。道ばたでばったり妖怪に出会っても、おかしくないような」
「『大禍時』が転じて、逢魔が時になったらしいし。どっちにしても著しく不吉な時間だと考えられていたんだな。
他にも、神域に繋がる境目とか、黄泉の国に誘う場所とか、言われてるし」
「なんだか、怖いですね」
「ははは。そういう魔が刻の景色をバックに、魔界に人間を誘惑するような、美しい物の怪ってイメージで、どう?」
「わたしが、ですか?」
「美月ちゃんならそんな小悪魔っぽい感じ、ぴったりだよ。その魅き込まれるような目力と漆黒の髪だけで、地獄の底まで男を引きずり込めるよ」
「それって、褒めていますか?」
「もちろん。最大級の賛辞のつもり」
「ん… じゃあ、頑張ってみます」
「よろしくな」
撮影のコンセプトを話している間に、クルマはレインボーブリッジを渡り、お台場海浜公園のあたりに着いた。
つづく
あれからヨシキさんに、変わったところはない。
わたしも大竹さんと美咲さんのことはすぐに忘れ、ヨシキさんとの会話に没頭していった。
スウィーツを食べ終えたわたしたちは、テーブルを挟んで写真やコスプレの話に花を咲かせていた。
iPadを取り出して、ヨシキさんは自分がこれまで撮った写真を、いろいろと見せてくれた。
「あっ。この景色、わたし好きです!」
一枚の写真が、わたしの目を惹いた。
それは、深い群青色のグラデーションを織りなした、夕景の写真。
刷毛で掃いたような筋雲が放射状に伸び、果てしないビル群のシルエットの向こう側に、わずかにオレンジ色の夕焼けの残光が輝いていて、それがビルのイリュミネーションといっしょに水面に映え、不可思議な美しさを漂わせている。
「夕景。好き?」
「ええ、大好きです。学校の帰りとかに、こういう綺麗な夕焼けや雲が出ていたら、思わず写メしてしまいます。もちろんヨシキさんみたいにうまくは撮れませんけど」
「へぇ~。そうなんだ」
「陽が沈む瞬間って、なんだか神秘的で、素敵ですよね」
「わかるよ。あまりの美しさに魅入られてしまうよな。だからつい、シャッター切っちまう」
「ヨシキさんみたいに素敵な風景が撮れると、もっと楽しいでしょうね」
「美しい月と夜の桔梗… か」
「え?」
「美月ちゃんのコスネームって、夜のイメージだな。ミステリアスな美月ちゃんにぴったりだ」
「あ、ありがとうございます」
「やっぱり、いいよな~」
なにかを考えるように、頬杖をついてぼんやりと遠くを見ていたヨシキさんだったが、思い立ったようにチラリと腕時計を見て、ひと言言った。
「まだ、間に合うな」
「え? なににですか?」
「トワイライトタイムに」
「トワイライトタイム?」
「美月ちゃんを、この綺麗なトワイライトを背景にして撮りたい。今から行けば間に合うから」
「こんな景色をバックに撮るんですか?」
「今日一番のいい写真にするよ!」
「は、はい」
うなずいたわたしを見て、ヨシキさんは満足そうに微笑む。
カフェを出たわたしたちは急いで駐車場に戻り、クルマを走らせた。
日が傾いてきた首都高速を、『TOYOTA bB』は湾岸に向かう。
ハンドルを握りながら、ヨシキさんは訊いてきた。
「『逢魔が刻』って知ってる?」
「逢魔が刻?」
「昼と夜の入れ替わる時刻。
薄暗い夕暮れは、そろそろ妖怪や幽霊が跋扈しはじめる時間で、そういう魑魅魍魎に出くわしてしまいそうなことから、『逢魔が刻』って言われるようになったんだって」
「確かに… 黄昏時って、独特な雰囲気がありますよね。道ばたでばったり妖怪に出会っても、おかしくないような」
「『大禍時』が転じて、逢魔が時になったらしいし。どっちにしても著しく不吉な時間だと考えられていたんだな。
他にも、神域に繋がる境目とか、黄泉の国に誘う場所とか、言われてるし」
「なんだか、怖いですね」
「ははは。そういう魔が刻の景色をバックに、魔界に人間を誘惑するような、美しい物の怪ってイメージで、どう?」
「わたしが、ですか?」
「美月ちゃんならそんな小悪魔っぽい感じ、ぴったりだよ。その魅き込まれるような目力と漆黒の髪だけで、地獄の底まで男を引きずり込めるよ」
「それって、褒めていますか?」
「もちろん。最大級の賛辞のつもり」
「ん… じゃあ、頑張ってみます」
「よろしくな」
撮影のコンセプトを話している間に、クルマはレインボーブリッジを渡り、お台場海浜公園のあたりに着いた。
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