あいつに惚れるわけがない

茉莉 佳

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level 19

「そのひと言で頭が真っ白に飛んでしまいました」

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 撮影当日。
みっこさんに連れられて、朝早く撮影場所に向かう。

今回の撮影は、ヨシキさんの勤めているKYスタジオではなかった。
郊外のさらに大きなスタジオで、ホリゾントが広くて天井も高い。
わたしたちが着いたときにはもう、監督さんやカメラマンさんの指揮の元、大勢のアシスタントさんが撮影機材を組み上げたり、ライトやカメラをセットしたりと、忙しく動き回っていた。
打ち合わせの際にお会いした公安関係の担当者さんの顔も見えるし、みっこさんの話では、デザイン会社や広告代理店の営業さん方も見に来てるとのことだった。
日頃のヨシキさんとの趣味撮影とは較べものにならないくらい、たくさんのクライアントやスタッフのいる張りつめた雰囲気に、一気に緊張が増してくる。

「おはようございます、森田さん。今日はよろしくお願いしま~す!」
「おはようございます。今日のメイクを担当させていただきます。よろしくお願いします!」
「やあみっこ、おはよう! 今日はいよいよ君の秘蔵っ子のデビューだな」
「ずいぶん綺麗な子じゃない。楽しみにしてるわよ」
「みっこがマネージャだなんて、その方が緊張してしまうよな」

すれ違いざまにたくさんの方から声かけられながら、みっこさんはいつもの素敵な微笑みを振りまき、挨拶をしていく。
『この世界では挨拶は重要よ』とみっこさんに言われたとおり、わたしもできるだけ明るく礼儀正しく、挨拶を返していった。
それにしても、通り過ぎていく人みんなが、森田美湖に道を開け、深々とお辞儀をする。
もしかしてわたし、すごい人に拾われたのかもしれない。
みっこさんの力なくしては、こんなにも早く、わたしもCMに出たりできなかっただろう。
今更ながら、ありがたいえにしに感謝だ。


 慌ただしく撮影準備をしているスタジオを横切り、静かなメイキングルームに通されたわたしは、ヘアメイクさんに入念にお化粧と髪のセットをされ、衣装の着付けをしてもらった。

「準備いい~? そろそろいくわよ~」

着替えが終わった頃を見計らって、スタジオの方から声がかかる。

『いよいよだ!』

その声を聞いて、心臓が早鐘のように高鳴ってくる。

わたし、、、
緊張してる。
こんなに震えてる。

はじめて経験する広告撮影現場の異様な雰囲気に呑まれ、手のひらにはじっとりと汗が滲んでくるし、膝までガクガクと震えてきた。

「さぁ~行くわよ~。凛子ちゃん、薙刀構えてみてね~」

星川さんという、口ひげを生やした初老のカメラマンさん(川島社長の師匠らしい)が、オネエ言葉で指示を出すと、みんな一斉にわたしに注視した。
広いホリゾントの真ん中に立っていたわたしは、そのひと言で、頭が真っ白に飛んでしまった。
四方からまぶしく照らしてくるライトのせいだけじゃない。

完全にアガってる。
人前で薙刀を振るのなんて、試合で慣れてるはずなのに、、、
観客の多い全国大会にまで出て、決勝トーナメントにまで進んだのに、、、

『しっかりしろ、凛子! いつもの調子でやればいいだけだ!』

何度自分を鼓舞してみても、足が地に着かない感じ。
それでもわたしは、必死になって薙刀を振り回した。



「は~い。OK! 凛子ちゃん、お疲れさま~」

あっという間に時間だけが過ぎ、監督が撮影の終了を告げた。
星川カメラマンのスチール撮影が終わると、立て続けに動画も撮ったものの、結局わたしは最後まで集中できず、演武もうわの空だった。
ふわふわと浮ついた気分のまま、気がつけば撮影が終わってしまったって感じ。

つづく
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