琥珀は紅玉の夢を見る

真城詩

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琥珀は紅玉の夢を見る

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咄嗟に龍の姿に戻り、飛んだ。炎の勢いは?ここまでどのくらいの距離がある?風向きは?二人の墓を、そして何よりも朱火が愛したあの山を守るにはたくさんの情報が必要だった。火の勢いは強い、風もある、距離はあるが風向きが悪い。この山火事を止めねばならなかった。己が持つすべての力を解放し、全力でここらの山一帯に雨雲を集める。己が幼かったころ、山火事を止めて死んだ龍を思い出した。己もここで死ぬ運命ならば、何をかけてもあの山を守りたかった。木々を犯す炎を体を張って食い止める。山々を駆けて火の回りを確認する。今ここで神と呼ばれたこの力を使わないでどうする。集めた雨雲が足りない。もっと、もっと必要だ。残った寿命が力の使い過ぎによって削られていくのを感じる。それでも今この力を使わないであの山を失うわけにいかない。

龍神は駆ける。駆ける。火にあぶられ、木々に刺され、それでも駆ける。びゅうと強い風が吹いて火の進行方向が変わる。あの山へと、炎が向かう。琥珀は咆哮した。雨の勢いが強くなる。まだ足りない。この火事を止めるには足りない。さらに火の勢いが強くなる。負けじと雨を降らす。村人の声が聞こえる。山火事を止めてくれと。これでは命すらも危ないと。そして村人たちは聞く。怒る龍神の咆哮を。最後の咆哮を。

急に炎の勢いが弱まってくる。雨の水量が炎に打ち勝ったのだ。やけどと刺し傷でもう既にぼろぼろの琥珀はひとまず安心して住処へと飛ぶ。視界がぼんやりとしていた。息が切れていた。それでも龍神は気にせずに、二人の墓を確かめると宝物庫へと駆けた。どおっと倒れこみ、見えない目をこすって彼が残してくれたたくさんの絵を眺める。ああ、あんなこともあった。こんなこともあった。そう言えば、彼と最初に出会ったのもここだった。ここは琥珀と朱火の思い出が詰まった場所だ。たくさんの朱火が、琥珀に語り掛けてくる。なあ琥珀、なあ琥珀、なあ琥珀。その名を与えてくれたのも彼だ。ふ、と気を緩めれば人間体に戻っていた。やはりこの姿でいるのがしっくりくる。彼が最期に残した絵、若かりし頃の彼と自分が手をつないでいる絵に手を伸ばすと、絵の中の彼が自分の手を取ってくれるような気さえする。ああ、朱火ではないか。出会った頃の姿をしている。笑顔で手を差し伸べる彼に手を伸ばす。よく目を凝らしてみれば、みすずが一歩下がったところで微笑んでいる。ああ、なんだ、二人とも、ここにいたのか。そうして龍神は天へ駆け上ってゆく。火事は止んだ。彼が守りたかったものは無事でいる。

琥珀は紅玉の夢を見る。紅玉のような彼と、天へと還る。
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