300年狩られ続けた《禁忌》持ちの令嬢は、三日で処刑を覆す。

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第五話

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「昨夜、禁書室の秘密の書架に隠されていたものだ」
アクセルは呪詛人形を掲げたまま、冷たい声で告げた。
「オデット・ド・モンフォール、お前が隠したのだろう」
その声は法廷全体に響き渡り、誰もが息を呑んだ。
オデットは傍聴席で立ち尽くしたまま、顔を強張らせていた。優雅さの欠片もない。口は半開きで、目は見開かれ、頬は蝋のように白い。
「ち、違います!」
ようやく絞り出した声は、かすれていた。
「私は何も......そんなこと知りません!」
必死に首を横に振る。金髪が乱れ、いつもの完璧な結い上げが崩れかけている。
「ならば、なぜお前は三日前の深夜、ジャン・デュボワと共に禁書室に侵入した」
アクセルの追及は容赦ない。
灰色の瞳が、オデットを冷徹に見据えている。逃げ場など与えない、とでも言うように。
「そ、それは......」
オデットの声が震えた。
「書庫の整理を......緊急の用事があって......」
「深夜にか」
アクセルの声が、一段と冷たくなった。
「書庫の整理が、なぜ深夜でなければならない。しかも二人きりで。魔法で扉を封印してまで」
「......」
オデットの唇が震えた。
言葉が出てこない。開いた口から、声が出ない。ただ震えるだけ。
見る見るうちに、彼女の顔から血の気が引いていく。まるで生気が失われていくかのように。
その時、別の従騎士が一歩前に進み出た。
腰に提げた革の袋から、手紙の束を取り出す。
リボンで結ばれた、古い羊皮紙の束。
「さらに、これを提出する」
従騎士が検察官に手紙を手渡した。
「それは......」
検察官は震える手で手紙を受け取り、リボンを解いた。手紙が広げられる音。羊皮紙の擦れる乾いた音が、静まり返った法廷に響いた。
検察官は最初の手紙を読み始めた。
目が文字を追う。
一行。二行。三行。
読み進めるごとに、その顔が青ざめていく。
額に浮かんでいた汗が、頬を伝って滴り落ちた。顎が小刻みに震え、喉が上下に動く。
「こ、これは......」
声が裏返った。
「オデット・ド・モンフォールとジャン・デュボワの往復書簡......!」
その言葉に、法廷がざわめいた。
「エリーズ・ド・モンフォールを陥れる計画が......」
検察官は次の手紙を開いた。さらに次の手紙を。一通ずつ確認するたびに、彼の顔はますます青ざめていく。
「詳細に記されている......! 呪詛人形の作成方法、台帳の偽造計画、フィリシア様の名を利用する手順......全て......!」
手紙の束が、検察官の手から滑り落ちそうになった。慌てて掴み直す。羊皮紙が揺れて、かさかさと音を立てた。
法廷が騒然となった。
「そんな......!」
「嘘だろう!」
「本当なのか!」
傍聴席から驚愕の声が次々と上がる。貴族たちが立ち上がり、互いに顔を見合わせ、何事かと叫び合っている。
法廷が混乱に包まれる。ざわめきが渦巻き、波のように広がっていく。その混乱の中心で、アクセルは動じることなく立っていた。
嵐の中の岩のように揺るがず、静かに。
「静粛に!」
裁判長が木槌を叩いた。ゴン、ゴン、ゴンと三度。
しかし、騒ぎはなかなか収まらない。
「静粛に!!」
さらに強く木槌を叩く音。ようやく、少しずつざわめきが収まっていく。
アクセルは騒ぎが静まるのを待ってから、再び口を開いた。
「本物の台帳を確認すれば分かる」
冷静な声。感情の波一つない、氷のような声。
「禁書『深淵ノ契約』を借り出したのは、エリーズ・ド・モンフォールではない」
一拍の間。
「オデット・ド・モンフォール、お前だ」
断言。
その言葉が、法廷に突き刺さった。
「ち、違う!」
オデットが叫んだ。もはや優雅さなど微塵もない。金髪を振り乱し、顔を歪め、必死に否定する。
「それは偽物です! 辺境伯が捏造したに決まって......!」
「ならば、筆跡鑑定をすればいい」
アクセルは冷ややかに言った。
まるで当然の帰結を述べるかのように。淡々と、しかし容赦なく。
「宮廷の筆跡鑑定士を呼べ。この台帳の真贋と、署名の筆跡を調べさせろ」
裁判長は狼狽しながらも頷くしかなかった。手が震えている。額の汗を拭う。
「そ、そうだな......鑑定士を! 至急、筆跡鑑定士を呼べ!」
廷吏が慌てて法廷を走り出た。
扉が開き、足音が遠ざかっていく。
その間、重苦しい沈黙が法廷を支配した。
誰も声を出さない。咳払い一つしない。
シャンデリアの蝋燭の炎だけが、静かに揺れている。パチパチと、芯が爆ぜる小さな音が聞こえた。
オデットは傍聴席に座り込んでいた。
いや、座り込んだというより、崩れ落ちたという方が正しい。
蒼白な顔。震える唇。掌で顔を覆い、肩を震わせている。
その隣では、ジャンが騎士に両脇を抱えられて立っていた。すでに彼は取り押さえられている。青ざめた顔で、ただ震えている。膝が笑い、自力では立っていられないようだった。
そして、私。
私は被告席で、信じられない思いでアクセルを見つめていた。
この人は、本当に来てくれた。
約束通りに。
いや、約束以上に。
圧倒的な権威と存在感で、法廷を完全に掌握して、真実を白日の下に晒してくれた。
アクセルは、ふとこちらを向いた。
その灰色の瞳が、私を捉える。視線が交錯した。
その眼差しには、言葉はなかった。でも、確かに伝わってくるものがあった。
「大丈夫だ」
無言のメッセージ。
「もう終わる」
そう告げているかのような、静かな視線。私は小さく頷いた。
喉が詰まって、声は出なかったけれど。
ありがとう、と心の中で呟いた。
時間が、ひどく長く感じられた。実際には数分だったのだろう。でも、その数分が、何時間にも感じられた。
法廷の扉が開く音が響いた。
廷吏が戻ってきた。
その後ろから、白髪の老人が入ってくる。
宮廷筆跡鑑定士、エティエンヌ・ルシアンだ。
王国でも屈指の権威を持つ人物。七十を超えてなお、現役で鑑定を続けている。その判定は絶対とされ、これまで覆されたことが一度もない。
老鑑定士は、ゆっくりとした足取りで法廷の中央まで進んだ。年老いた体だが、背筋は真っ直ぐに伸びている。知性と品格が滲み出るような、威厳のある佇まいだった。
「台帳を拝見します」
低く、落ち着いた声。裁判長が台帳を手渡した。
老鑑定士は両手で丁寧に台帳を受け取ると、テーブルに置いた。
懐から虫眼鏡を取り出す。
銀の枠に嵌められた、古風な虫眼鏡。磨き上げられたレンズが、蝋燭の光を反射して輝いた。
鑑定士は腰を屈めて、虫眼鏡で署名を確認し始めた。
慎重に。丁寧に。一文字ずつ、じっくりと。
法廷は水を打ったように静まり返っている。
誰もが固唾を呑んで、老鑑定士の動きを見守っている。
シャンデリアの蝋燭が、パチパチと小さく爆ぜる音だけが聞こえた。
鑑定士はページをめくった。次のページも確認する。さらに次のページ。
虫眼鏡を通して、署名の一画一画を精査していく。
インクの濃淡。筆の運び。筆圧の変化。紙への染み込み方。
全てを、見逃さない。
時が止まったかのようだった。
やがて、老鑑定士が顔を上げた。虫眼鏡を懐にしまう。背筋を伸ばして、裁判長に向き直る。
「......鑑定結果を申し上げます」
その声が、静寂を破った。全員が息を呑む。
オデットは顔を覆った掌の隙間から、鑑定士を見つめている。ジャンは震えながら、必死に鑑定士の言葉を待っている。
私の心臓が、激しく打っていた。
「この台帳は本物です」
老鑑定士の宣言。明確で、揺るぎない声。
「王立魔導書庫で使用されている正式な台帳に間違いありません。紙質、インクの成分、装丁の方法、全てが本物の証です」
オデットの顔から、さらに血の気が引いた。
「そして、この署名は......」
鑑定士は一拍置いた。
その短い沈黙が、永遠のように長く感じられた。
老鑑定士の視線が、オデットに向けられた。
「オデット・ド・モンフォール嬢の筆跡です」
断言。その瞬間。
オデットの顔から、全ての血が失せた。
「そ、そんな......」
掠れた声。
もはや否定する力も残っていないかのような、弱々しい声だった。

「嘘......嘘よ......」
「さらに」
老鑑定士は続けた。淡々と、しかし容赦なく。
「検察側が提出した台帳を確認したところ」
鑑定士は、もう一つの台帳を手に取った。検察側が証拠として提出していた、偽の台帳。
「こちらは偽造品です。エリーズ・ド・モンフォール嬢の署名は、魔法で筆跡を模倣したものと思われます。インクに微量の魔力が残留しており、筆記変換の術式が検出されました」
その言葉が、最後の一撃となった。
法廷が爆発した。
「偽造だと!」
「やはりそうだったのか!」
「オデット・ド・モンフォールが犯人なのか!」
「なんということだ!」
「信じられない!」
傍聴席から叫び声が次々と上がる。
貴族たちが立ち上がり、手を振り上げ、互いに叫び合っている。
法廷全体が渦巻く混乱。
驚愕、怒り、困惑、様々な感情が入り乱れている。
木槌を叩く音が響く。
ゴン、ゴン、ゴン。
「静粛に! 静粛に!!」
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