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第六話
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騒然とする法廷の中、アクセルは静かに告げた。その声は低く、しかし明瞭に法廷全体に響き渡った。
「グレゴワール伯。真実は明らかになった」
アクセルは裁判長に向き直った。外套の裾が、わずかに揺れる。
「この裁判の被告人は、エリーズ・ド・モンフォールではない」
そして、冷たい灰色の瞳が、ゆっくりとオデットを捉えた。まるで氷の刃のような視線。
「オデット・ド・モンフォール。お前が、真の犯人だ」
その宣告は、死刑判決のように重く、冷徹だった。オデットは膝から崩れ落ちた。
椅子にしがみついていた手が力を失い、体が床に向かって沈んでいく。ドサリ、と鈍い音がした。
完璧だった計画が、音を立てて崩壊していく。
積み上げられた嘘の塔が、一枚のカードが抜かれたように、全てが崩れていく。
アクセルは一歩も動くことなく、ただ冷徹な視線でそれを見下ろしていた。
まるで当然の結末を見届けているかのように。
静寂が法廷を包んだ。
騒然としていたざわめきが嘘のように消え、重苦しい沈黙だけが残った。
オデットは床に膝をつき、震える手で顔を覆っている。金髪が乱れ、肩が小刻みに揺れている。嗚咽を殺そうとしているのか、息が詰まったような音が漏れていた。
ジャンは騎士に両脇を抱えられたまま、脂汗を流していた。青白い顔に汗が滲み、首筋を伝って襟元に染み込んでいく。膝が笑い、騎士の支えがなければその場に倒れ込んでいただろう。
「オデット・ド・モンフォール」
裁判長の声が、重く響いた。
今までの事務的な口調ではない。怒りと失望が混ざった、厳格な声だった。
「お前は妹であるエリーズ・ド・モンフォールを陥れるため、証拠を偽造し、無実の者を陥れようとした」
木槌が一度、テーブルを打った。ゴン、と重い音。
「さらに、王太子妃候補フィリシア・ド・ラトゥール嬢への呪詛も、お前の仕業である可能性が高い」
「ち、違います......」
オデットは顔を上げた。掌に隠れていた顔が露わになる。
その目は虚ろで、焦点が定まっていない。頬には涙の跡が筋となって残り、化粧が崩れて黒く滲んでいた。いつもの優雅な美貌は、もうどこにもなかった。
「私は......私は何も......」
声は震え、途切れ途切れだった。
「往生際が悪いな」
アクセルが冷ややかに言った。
その声には、一片の同情もなかった。
「ならば、もう一つ証拠を提示しよう」
彼が軽く顎で合図すると、従騎士が頷いた。
従騎士が法廷の入口に向かって歩き、別の従騎士から何かを受け取った。黒い布に包まれた、人の頭ほどの大きさの物体。
慎重に運んできて、裁判長の前のテーブルに置く。静かに、しかし確かな重みを持って、テーブルに置かれた。コツン、と音がした。
従騎士が黒い布を掴む。ゆっくりと、布が取り払われた。
そこには、呪詛人形があった。
ただし、私の机から発見されたものとは明らかに別の人形だ。
傍聴席から、息を呑む音が聞こえた。
こちらの人形は、さらに精巧だった。
フィリシア様の容貌を、恐ろしいほど完璧に再現している。金髪、碧眼、優雅な顔立ち。まるで生きているかのような精緻さで作られていた。
しかし、何よりも目を引くのは、胸に刺さっている針だった。
黒い針ではない。金色の針。
それも、ただの針ではない。魔力を帯びた、呪詛専用の魔導針だ。鈍く光を反射し、禍々しい気配を放っている。
「これは、オデット・ド・モンフォールの私室から発見した」
アクセルの声が、法廷に響いた。
「本物の呪詛人形だ」
その言葉に、法廷が再びどよめいた。
「な、なんと......!」
「本物が別にあったのか!」
「検察側が提出した人形は囮だと」
アクセルは淡々と続けた。
「粗雑な作りで、実際の呪詛効果は皆無だ。魔力の痕跡も残っていない。オデットはそれをエリーズの机に仕込み、罪を着せようとした」
彼は金色の針が刺さった人形を指差した。
「しかし、本物の呪詛人形は別に存在した。オデット自身が作り、自室に隠していたものだ」
一拍の間。
「フィリシア様の容態が悪化したのは、この人形のせいだ」
傍聴席から悲鳴が上がった。
「なんと恐ろしい......!」
「実の妹を陥れるために、王太子妃候補まで呪うとは!」
「悪魔の所業だ!」
オデットの顔が、血の気が完全に失せ、まるで死人のような色になる。
唇が小刻みに震え、開いたり閉じたりしているが、声にならない。目は焦点を失い、虚空を見つめている。
「ち......違う......そんな......」
ようやく絞り出した声は、蚊の鳴くようだった。
「お前の私室からは、他にも証拠が出てきた」
アクセルは容赦なく続けた。
まるで積み上げた証拠を、一つずつ提示していくかのように。
「禁書『深淵ノ契約』の写本。呪詛の儀式に使用した魔法陣の痕跡。ベッドの下に隠されていた儀式道具」
従騎士が、次々と証拠品を取り出していく。
古い羊皮紙に書かれた禁書の写本。黒インクで描かれた複雑な魔法陣の図。そして、小さな革袋。
「そして――」
アクセルは革袋を手に取った。紐を解き、中身を掌に出す。
「フィリシア嬢の髪の毛だ」
金色の髪の束。
明らかに本人から採取されたもの。
「呪詛の触媒として使用されたものだろう」
法廷が凍りついた。
これは決定的な証拠だった。呪詛の儀式において、対象者の髪や爪は最も強力な触媒となる。それを所持しているということは、呪詛を実行した証明に他ならない。
「い、いつの間に......」
オデットの声が裏返った。
恐怖と驚愕が混ざった、悲鳴のような声だった。
「昨夜、お前たちが証拠隠滅に奔走している間に回収した」
アクセルの灰色の瞳が、獲物を見据える猛禽のようにオデットを捉えた。
冷たく、鋭く、逃がさない。
「お前は自分が完璧だと思っていたのだろう」
アクセルの声が、一段と冷たくなった。
「証拠は全て妹に押し付けた。禁書室の真の台帳は隠した。呪詛人形は偽物を用意した。全て計画通りだと」
彼は一歩、オデットに近づいた。
外套が揺れ、長靴が床を打つ音が響く。
「だが、悪人は必ず綻びを残す」
オデットの両手が、制御を失ったように震え始めた。
「グレゴワール伯。真実は明らかになった」
アクセルは裁判長に向き直った。外套の裾が、わずかに揺れる。
「この裁判の被告人は、エリーズ・ド・モンフォールではない」
そして、冷たい灰色の瞳が、ゆっくりとオデットを捉えた。まるで氷の刃のような視線。
「オデット・ド・モンフォール。お前が、真の犯人だ」
その宣告は、死刑判決のように重く、冷徹だった。オデットは膝から崩れ落ちた。
椅子にしがみついていた手が力を失い、体が床に向かって沈んでいく。ドサリ、と鈍い音がした。
完璧だった計画が、音を立てて崩壊していく。
積み上げられた嘘の塔が、一枚のカードが抜かれたように、全てが崩れていく。
アクセルは一歩も動くことなく、ただ冷徹な視線でそれを見下ろしていた。
まるで当然の結末を見届けているかのように。
静寂が法廷を包んだ。
騒然としていたざわめきが嘘のように消え、重苦しい沈黙だけが残った。
オデットは床に膝をつき、震える手で顔を覆っている。金髪が乱れ、肩が小刻みに揺れている。嗚咽を殺そうとしているのか、息が詰まったような音が漏れていた。
ジャンは騎士に両脇を抱えられたまま、脂汗を流していた。青白い顔に汗が滲み、首筋を伝って襟元に染み込んでいく。膝が笑い、騎士の支えがなければその場に倒れ込んでいただろう。
「オデット・ド・モンフォール」
裁判長の声が、重く響いた。
今までの事務的な口調ではない。怒りと失望が混ざった、厳格な声だった。
「お前は妹であるエリーズ・ド・モンフォールを陥れるため、証拠を偽造し、無実の者を陥れようとした」
木槌が一度、テーブルを打った。ゴン、と重い音。
「さらに、王太子妃候補フィリシア・ド・ラトゥール嬢への呪詛も、お前の仕業である可能性が高い」
「ち、違います......」
オデットは顔を上げた。掌に隠れていた顔が露わになる。
その目は虚ろで、焦点が定まっていない。頬には涙の跡が筋となって残り、化粧が崩れて黒く滲んでいた。いつもの優雅な美貌は、もうどこにもなかった。
「私は......私は何も......」
声は震え、途切れ途切れだった。
「往生際が悪いな」
アクセルが冷ややかに言った。
その声には、一片の同情もなかった。
「ならば、もう一つ証拠を提示しよう」
彼が軽く顎で合図すると、従騎士が頷いた。
従騎士が法廷の入口に向かって歩き、別の従騎士から何かを受け取った。黒い布に包まれた、人の頭ほどの大きさの物体。
慎重に運んできて、裁判長の前のテーブルに置く。静かに、しかし確かな重みを持って、テーブルに置かれた。コツン、と音がした。
従騎士が黒い布を掴む。ゆっくりと、布が取り払われた。
そこには、呪詛人形があった。
ただし、私の机から発見されたものとは明らかに別の人形だ。
傍聴席から、息を呑む音が聞こえた。
こちらの人形は、さらに精巧だった。
フィリシア様の容貌を、恐ろしいほど完璧に再現している。金髪、碧眼、優雅な顔立ち。まるで生きているかのような精緻さで作られていた。
しかし、何よりも目を引くのは、胸に刺さっている針だった。
黒い針ではない。金色の針。
それも、ただの針ではない。魔力を帯びた、呪詛専用の魔導針だ。鈍く光を反射し、禍々しい気配を放っている。
「これは、オデット・ド・モンフォールの私室から発見した」
アクセルの声が、法廷に響いた。
「本物の呪詛人形だ」
その言葉に、法廷が再びどよめいた。
「な、なんと......!」
「本物が別にあったのか!」
「検察側が提出した人形は囮だと」
アクセルは淡々と続けた。
「粗雑な作りで、実際の呪詛効果は皆無だ。魔力の痕跡も残っていない。オデットはそれをエリーズの机に仕込み、罪を着せようとした」
彼は金色の針が刺さった人形を指差した。
「しかし、本物の呪詛人形は別に存在した。オデット自身が作り、自室に隠していたものだ」
一拍の間。
「フィリシア様の容態が悪化したのは、この人形のせいだ」
傍聴席から悲鳴が上がった。
「なんと恐ろしい......!」
「実の妹を陥れるために、王太子妃候補まで呪うとは!」
「悪魔の所業だ!」
オデットの顔が、血の気が完全に失せ、まるで死人のような色になる。
唇が小刻みに震え、開いたり閉じたりしているが、声にならない。目は焦点を失い、虚空を見つめている。
「ち......違う......そんな......」
ようやく絞り出した声は、蚊の鳴くようだった。
「お前の私室からは、他にも証拠が出てきた」
アクセルは容赦なく続けた。
まるで積み上げた証拠を、一つずつ提示していくかのように。
「禁書『深淵ノ契約』の写本。呪詛の儀式に使用した魔法陣の痕跡。ベッドの下に隠されていた儀式道具」
従騎士が、次々と証拠品を取り出していく。
古い羊皮紙に書かれた禁書の写本。黒インクで描かれた複雑な魔法陣の図。そして、小さな革袋。
「そして――」
アクセルは革袋を手に取った。紐を解き、中身を掌に出す。
「フィリシア嬢の髪の毛だ」
金色の髪の束。
明らかに本人から採取されたもの。
「呪詛の触媒として使用されたものだろう」
法廷が凍りついた。
これは決定的な証拠だった。呪詛の儀式において、対象者の髪や爪は最も強力な触媒となる。それを所持しているということは、呪詛を実行した証明に他ならない。
「い、いつの間に......」
オデットの声が裏返った。
恐怖と驚愕が混ざった、悲鳴のような声だった。
「昨夜、お前たちが証拠隠滅に奔走している間に回収した」
アクセルの灰色の瞳が、獲物を見据える猛禽のようにオデットを捉えた。
冷たく、鋭く、逃がさない。
「お前は自分が完璧だと思っていたのだろう」
アクセルの声が、一段と冷たくなった。
「証拠は全て妹に押し付けた。禁書室の真の台帳は隠した。呪詛人形は偽物を用意した。全て計画通りだと」
彼は一歩、オデットに近づいた。
外套が揺れ、長靴が床を打つ音が響く。
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オデットの両手が、制御を失ったように震え始めた。
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