300年狩られ続けた《禁忌》持ちの令嬢は、三日で処刑を覆す。

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第四話

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「検察側、証人尋問を終了します」
検察官の声が、高い天井に反響した。
私は被告席で背筋を伸ばしたまま、身動き一つできずにいた。手首に嵌められた鉄の手錠が、わずかな動きでも冷たく肌に食い込む。
法廷は静まり返っていた。

高い天井から吊り下げられたシャンデリアが、無数の蝋燭の炎を揺らしている。その光が、磨き上げられた大理石の床に反射し、法廷全体を厳かに照らしていた。
壁には王国の紋章が掲げられ、傍聴席には多くの貴族や官僚たちが座っている。彼らの視線が、全て私に注がれていた。

好奇。嫌悪。憐憫。

様々な感情が混ざった視線。まるで見世物を眺めるように、私を品定めしている。
息が苦しい。
「では、弁護側の証人は......」
裁判長グレゴワール伯が、重々しい口調で言いかけた時だった。
法廷の扉が、突然大きく開いた。
重厚な樫の扉が軋む音。
静寂を破るその音に、法廷中の視線が一斉に入口に向けられた。

「失礼いたします」
扉の向こうから、聞き慣れた声が響いた。

オリバー・ハミルトンだった。
白髪を綺麗に撫でつけた老侍従が、背筋を伸ばして法廷に入ってくる。普段の穏やかな表情とは違い、今の彼の顔には強い決意が浮かんでいた。

「今は裁判中だぞ。何の用だ」
裁判長が眉をひそめた。分厚い眉が険しく寄せられ、不快感を露わにしている。

「重大な証拠を発見いたしました」
オリバーは法廷の中央まで進むと、裁判長に向かって深々と頭を下げた。
「北方辺境伯、アクセル・フォン・リンドグレン閣下が直々に持参なされました」

その瞬間、法廷がざわめいた。
傍聴席から驚きの声が漏れる。貴族たちが互いに顔を見合わせ、何事かと囁き合っている。ざわざわとした音が、波のように広がっていく。
辺境伯は五大貴族の一つ。王に次ぐ権力を持つ存在だ。国境を守る軍事力を有し、その発言力は宮廷内でも絶大である。
そんな人物が、なぜ下級貴族の娘の裁判に関わるのか。

「辺境伯殿が、なぜこの裁判に......」
検察官が狼狽した声を上げた。それまでの自信に満ちた態度は消え、額に汗が滲んでいる。赤ら顔がさらに紅潮し、目が泳いでいた。

私は傍聴席に目をやった。
最前列に座るオデットの顔から、血の気が引いていた。
いつもの優雅な微笑みは消え、唇が小刻みに震えている。白い頬が、さらに白く、まるで石膏のように見えた。碧眼が見開かれ、明らかな動揺を隠しきれていない。

その隣に座るジャン・デュボワも、青ざめた顔で膝を震わせていた。
「閣下のご入廷をお許しください」

オリバーが、さらに深く頭を下げた。背を丸めて、最大限の敬意を示す。

裁判長は明らかに戸惑っていた。困惑の表情を浮かべ、顎鬚を撫でながら一瞬考え込む。だが、辺境伯の入廷を拒否することなど、できるはずもなかった。

「......辺境伯殿の入廷を許可する」
重い声で、裁判長が宣言した。
法廷の扉が、大きく開け放たれた。
入ってきたのは、辺境伯家の紋章を胸につけた四人の従騎士だった。

銀と青の制服。
北方の雪と氷を象徴する色合い。胸には狼の頭部を模した紋章が輝き、腰には実戦用の長剣が下げられている。
四人は整然と法廷に入ると、入口の両側に二人ずつ並んだ。背筋を伸ばし、片手を剣の柄に添えて、微動だにしない。まるで彫像のように。
その統制された動きだけで、辺境伯家の軍事力の高さが窺えた。

そして、その中央をアクセル・フォン・リンドグレンが歩いてきた。
深い青の外套。

裾まで届く長い外套は、最高級の絹織物で作られており、歩くたびに滑らかに揺れる。襟元と袖口には精緻な銀糸の刺繍が施され、北方の氷華を模した文様が輝いていた。

腰には宝剣が佩かれている。鞘には宝石が嵌め込まれ、柄には代々受け継がれてきた家紋が刻まれていた。
一歩。
踏み出すごとに、外套の裾が優雅に揺れる。

二歩。
磨かれた革の長靴が、大理石の床を打つ音が響く。

三歩。
その足音だけが、静まり返った法廷に規則正しく刻まれていく。

アクセルの顔には、一切の表情がなかった。
整った顔立ち。高い鼻梁。引き締まった唇。
そして、灰色の瞳。

その瞳は冷たく、まるで冬の湖面のように凍りついて見えた。感情を一切見せず、ただ冷徹に法廷を見渡している。
圧倒的な存在感だった。

彼の登場で場の空気が変わった。
それまでざわめいていた法廷が、水を打ったように静まり返る。傍聴席の貴族たちが、思わず息を呑んだ。
誰もが、この若き辺境伯の迫力に圧倒されていた。

アクセルは法廷の中央まで、悠然と歩を進めた。
私の被告席の横を通り過ぎる時、一瞬だけ視線が交錯した。
その灰色の瞳が、わずかに柔らかくなった気がした。安心しろ、とでも言うように。

そして彼は、裁判長の前まで進むと、軽く一礼した。片手を胸に当て、優雅に頭を下げる。完璧な貴族の礼儀作法だった。
「グレゴワール伯。突然の乱入、無礼をお許し願いたい」

低く、よく通る声。
法廷の隅々まで響き渡る、威厳に満ちた声だった。
「い、いえ、辺境伯殿」
裁判長も、明らかに緊張した面持ちだ。普段は堂々としている彼も、今は背筋を伸ばし、姿勢を正している。
「まさかあなたがこの裁判に関心をお持ちとは......光栄の至りです」
「被告人エリーズ・ド・モンフォールは、俺の恩人の娘だ」

アクセルは感情を排した、淡々とした声で告げた。
「その裁判を見過ごすわけにはいかない」
恩人の娘。
その言葉に、法廷がまたざわめいた。
モンフォール家と辺境伯家に、そんな繋がりがあったのか。傍聴席から囁きが起こる。
私の胸が熱くなった。
アクセルは、公の場で私を庇ってくれている。辺境伯という立場を使って、私の無実を証明しようとしてくれている。

「それに」
アクセルは一歩前に踏み出した。
「この裁判には、重大な欺瞞がある」

欺瞞。

その言葉が法廷に投げ込まれると、空気が一瞬で凍りついた。
誰もが息を呑み、次の言葉を待っている。シャンデリアの蝋燭の炎だけが、静かに揺れていた。

「な、何を仰るのです、辺境伯殿!」
検察官が叫んだ。必死さが声に滲んでいる。
「証拠は揃っています! 被告人の机から呪詛人形が発見され、台帳には署名があり、フィリシア様への呪詛の意図も明白で......」
「その証拠が」
アクセルの声が、検察官の言葉を遮った。
「全て偽造されたものだとしたら、どうする」

冷たい視線。
灰色の瞳が、検察官を射抜いた。
検察官は言葉に詰まった。口をぱくぱくと開閉させ、何か言おうとするが声が出ない。額の汗が、頬を伝って滴り落ちた。
「ば、馬鹿な......そんなこと......」
「事実を述べているだけだ」

アクセルは、従騎士の一人に目配せした。
わずかな視線の動き。だが従騎士は即座に反応した。
従騎士が前に進み出て、腰に提げていた革の鞄から、古い台帳を取り出した。

分厚い、革装丁の台帳。
表紙には金文字で『禁書管理台帳』と刻まれている。年月を経て色褪せた革の表面には、無数の傷が刻まれていた。
「これが、本物の禁書管理台帳だ」
アクセルは台帳を受け取ると、裁判長の前に置いた。

ドン、と重い音がした。
裁判長は驚いた顔で台帳を見下ろした。手を伸ばし、表紙を開く。ページをめくる音が、静寂の中に響いた。
「な......!」
その時、傍聴席から叫び声が上がった。

オデットが立ち上がっていた。
椅子が倒れる音。
優雅さのかけらもない、慌てた動作だった。顔は真っ青で、目は見開かれ、唇は震えている。

「そ、それを一体どこから......!」
「お前たちが隠していた場所から回収した」
アクセルの声は、氷のように冷徹だった。

「昨夜、禁書室の秘密の書庫に侵入した。魔法で封印された扉の向こうに、この台帳は隠されていた」
オデットの顔から、完全に血の気が失せた。
「......まさか......」
「魔法の封印など、北方の術式で解除するのは容易い」
アクセルは無表情のまま続けた。
「そして、そこにはもう一つ、興味深いものがあった」

従騎士が、もう一つの物を取り出した。
小さな布の包み。
アクセルはそれを受け取り、法廷の中央で包みを解いた。

中から現れたのは。
呪詛人形だった。
「これが、本物の呪詛人形だ」

アクセルが掲げると、法廷がどよめいた。
人形は、私の机から発見されたものとは明らかに違っていた。
より精巧で、より邪悪な気配を放っている。そして何より。

「この人形の顔を見ろ」
アクセルの声が響く。
「これは、フィリシア・ド・ラトゥール嬢ではない。別の誰かだ」
人形の顔。
それは、金髪の女性だった。
碧眼で、優雅な顔立ち。
オデットそっくりの顔だった。
「まさか......」
裁判長が息を呑んだ。
「そう。これは、オデット・ド・モンフォール自身を模した呪詛人形だ」
アクセルの宣言が、法廷に響き渡った。
「自作自演。お前は自分自身に呪いをかけたように見せかけ、その罪を妹に着せようとした」
完全なる暴露だった。
オデットは立ち尽くしたまま、言葉を失っていた。
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