300年狩られ続けた《禁忌》持ちの令嬢は、三日で処刑を覆す。

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第十一話

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ある日の午後。
私が古文書の修復作業をしていると、書庫の扉が開いた。
重厚な木の扉が軋む音が、静寂を破る。
「失礼する」
低く響く声。
その声には、有無を言わせぬ威圧感が込められていた。
振り返ると、そこには見知らぬ男が立っていた。
深紅のローブを纏い、金の刺繍が煌めいている。夕陽を思わせる禍々しい色合いだった。鋭い目つきに、薄い唇。整った顔立ちだが、どこか冷酷な印象を受ける。猛禽類を思わせる、鋭利な雰囲気。
四十代くらいだろうか。こめかみに白いものが混じっている。
「どなたでしょうか」
立ち上がり、できるだけ平静を装って尋ねる。だが心臓は、既に不安を告げるように早鐘を打ち始めていた。
「リュシアン・ド・ヴァロワだ」
男は傲慢な態度で名乗った。顎を上げ、私を見下ろすような仕草。
ヴァロワ。その名を聞いた瞬間、背筋に冷たいものが走った。それは王家の分家、宮廷でも五本の指に入る名門貴族の名だ。
「宮廷魔法顧問を務めている」
「それは......お初にお目にかかります」
私は慌てて一礼した。手が、わずかに震えている。
宮廷魔法顧問。それは王に直接助言できる、高位の役職だ。魔導に関する全ての権限を握る、絶大な権力者。
「エリーズ・ド・モンフォールだな」
「はい」
「噂は聞いている。オデットの妹で、最近管理官補佐に昇格した娘だと」
リュシアンの目が、値踏みするように私を見た。まるで市場で商品を品定めするかのような、冷たい視線。
不快だった。いや、不快というより——恐ろしかった。
「何か、ご用でしょうか」
できるだけ冷静に、務めて丁寧に尋ねる。
「ああ。お前に確認したいことがある」
リュシアンは一歩近づいてきた。深紅のローブが揺れ、香油の甘い香りが鼻をついた。その香りすら、どこか威圧的だった。
「お前には、特殊な能力があるそうだな」
私の心臓が、止まりかけた。
世界が、一瞬静止したような錯覚に陥る。
「と、特殊な能力......?」
声が震えてしまう。喉が渇き、言葉がうまく出てこない。
「惚けるな」
男は冷笑した。口角を歪め、嘲るような表情。その笑みには、何の温かさもなかった。
「『真実ノ眼』。物に触れることで、その過去や真実を視る力。お前が持っている力だ」
血の気が引いた。
手足から感覚が消えていくような感覚。立っているのがやっとだった。
なぜ、この男が知っているのだ。
母とアクセルしか知らないはずの、私の最大の秘密を。
「そんな力は......」
必死に否定しようとするが、声が上ずってしまう。
「嘘をつくな」
リュシアンの声が、鋭くなった。氷のように冷たく、刃物のように鋭い声。
「お前がその力でオデットの罪を暴いたという噂は、宮廷中に広まっている」

噂。
まさか、そんな。
背中に冷や汗が流れるのを感じた。手のひらも、じっとりと湿っている。
「し、知りません。私はただ、アクセル様が集めた証拠を......」
「辺境伯が、あれだけの証拠を一晩で集められるわけがない。お前の力があったからこそだ」
リュシアンは断定した。その声には、一片の疑いもない確信が込められていた。
「そして、『真実ノ眼』は三百年前に根絶されたはずの、禁忌の瞳。つまり――」
男は嗤った。
その笑い声が、書庫の壁に反響する。
「お前は異端者だ」
部屋の空気が、凍りついた。
窓から差し込んでいた午後の陽光すら、その瞬間、冷たく感じられた。
異端者。
その言葉が持つ意味を、私は知っている。火刑台。拷問。公開処刑。
膝が震え始める。このままでは立っていられないかもしれない。
「異端審問にかければ、お前は処刑台直行だ。だが」
リュシアンは私に顔を近づけてきた。その瞳は、爬虫類のように冷たく、感情が読み取れない。
至近距離から見つめられ、息が詰まりそうになる。
「俺に協力すれば、見逃してやってもいい」
「き、協力......?」
かろうじて言葉を絞り出す。
「お前の力を、俺のために使え。俺が指定した文書や物品の真贋を確かめろ。そうすれば、お前の秘密は守ってやる」
つまり、脅迫だ。
この男は私の秘密を握り、私を道具として使おうとしている。まるで、所有物のように。
怒りが込み上げてきた。恐怖の底から、かすかな憤りが湧き上がる。
「お、お断りします」
私は震える声で言った。拳を握りしめ、必死に勇気を振り絞る。
「私は、そのような......」
「ほう」
リュシアンの目が、細くなった。危険な光が、その瞳に宿る。
「では、異端審問にかけられてもいいのか。処刑台で首をはねられても?」
その言葉に、全身が総毛立った。
「それは......」
言葉が続かない。拒絶したい。だが、恐怖が喉を塞ぐ。
「よく考えろ。三日後、また来る。その時までに返事を用意しておけ」
リュシアンはそう言い残して、深紅のローブを翻し、書庫を去っていった。扉が閉まる音が、まるで牢獄の扉が閉じるように響いた。
一人残された書庫で、私は椅子に崩れ込んだ。
膝の力が抜け、立っていられなくなった。
机に突っ伏し、荒い息を整える。心臓が激しく打ち続けている。手は震え、止まらない。
窓の外を見ると、夕陽が沈みかけていた。
赤く染まった空が、まるで不吉な未来を予告しているかのように見えた。
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