300年狩られ続けた《禁忌》持ちの令嬢は、三日で処刑を覆す。

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第十二話

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その夜、私は自室で一人、膝を抱えて座り込んでいた。
管理官補佐に与えられた部屋は、以前の狭い宿舎とは比べ物にならない広さだった。天井は高く、立派な家具が整然と配置されている。柔らかいベッドには絹のシーツが掛けられ、窓からは王宮の庭園が見える。月明かりに照らされた噴水と、整えられた薔薇園が美しかった。
でも、今の私にはそんな豪華さを楽しむ余裕などなかった。
暖炉の火は消え、部屋は冷え切っている。震える身体を毛布で包んでも、寒さは消えない。それは気温のせいではなく、心の底から湧き上がる恐怖が私を凍えさせていた。
リュシアン・ド・ヴァロワ。
あの男は、私の秘密を知っている。
「真実ノ眼」のことを、知っている。
どうして。どこから情報が漏れたのだろう。
頭の中で、何度も何度も同じ疑問が渦巻く。答えは出ない。出るはずがない。
アクセルが話すはずがない。彼は母との約束を守り、私を助けてくれた。裏切るような人ではない。
オリバーも、母も、誰も知らないはずなのに。
いや、待って。
私は暗闇の中で目を凝らす。記憶を辿る。
母は知っていた。そして母は、アクセルに私のことを話した。
ということは、他にも知っている人間がいる可能性がある。
母の知人。母が信頼していた誰か。
その中に、リュシアンがいたのかもしれない。
あるいは——母が他の誰かに話し、その情報が巡り巡ってリュシアンの耳に入ったのかもしれない。
私は頭を抱えた。爪が頭皮に食い込むほど、強く。
考えれば考えるほど、出口が見えない。
暗い迷路の中を、一人で彷徨っているような感覚。どこを向いても壁しかない。
リュシアンに協力すれば、私は彼の犯罪に加担することになる。宮廷魔法顧問という立場を悪用し、何か不正を働こうとしているに違いない。そんなことに手を貸せば、私の良心が許さない。
拒否すれば、異端審問にかけられる。
火刑台。
拷問。
公開処刑。
三百年前の魔女狩りの記録を、私は書庫で読んだことがある。「真実ノ眼」を持つとされた人々が、どのような運命を辿ったか。その残酷な記述を思い出し、胃が締め付けられる。
どちらを選んでも、破滅しかない。
窓の外を見ると、月が雲に隠れていた。庭園が暗闇に沈み、まるで世界全体が私を見捨てたかのようだった。
「......どうすれば」
声に出して呟いてみる。でも、誰も答えてはくれない。
誰かに相談したい。
この重荷を、一人で背負うのはあまりにも辛い。
でも、誰に?
オリバーは優しいが、この問題は重すぎる。
彼はただの侍従だ。宮廷魔法顧問という権力者に対抗する力はない。
巻き込むわけにはいかない。彼まで危険に晒すことなど、できない。

フィリシア様も、王太子妃候補として多忙だ。
国の行事、社交界の対応、様々な責務を抱えている。
そんな方を、私のような者の問題で煩わせるわけにはいかない。

父は——父は、姉の件以来、私と会おうともしない。
法廷で背を向けて去っていった父の姿が、脳裏に焼き付いている。
「お前はもう私の娘ではない」とオデットに告げた父。
私も同じように見放されるのだろうか。

アクセルは――北方にいる。
遥か遠い、辺境の地に。半年後まで、会えない。
「......アクセル」
名前を呟いた瞬間、涙が溢れてきた。
堰を切ったように、涙が頬を伝い落ちる。嗚咽が漏れ、それを押し殺そうと毛布に顔を埋める。誰にも聞かれたくなかった。誰にも、この弱さを見せたくなかった。
もしあの人がここにいたら。
もしあの人に相談できたら。
あの冷静な判断力と、圧倒的な力で、何か解決策を見出してくれるかもしれない。
でも、アクセルはいない。
長い夜が、永遠に続くかのように感じられた。



翌日、私は書庫での仕事に集中しようとした。
一睡もできなかった夜が明け、鏡に映った自分の顔は青白く、目の下には隈ができていた。だが仕事に行かないわけにはいかない。普段通りを装わなければ。
古文書の修復作業は、心を落ち着かせてくれる——はずだった。
羽根ペンを走らせ、破れたページを丁寧に繋ぎ合わせていく。インクの匂い、羊皮紙の感触。いつもなら心が落ち着く作業が、今日はどうしても集中できない。
手が震える。
文字が滲む。
リュシアンの冷たい笑みが、脳裏に浮かんで消えない。
三日後。
あと二日しかない。
「エリーズ様」
声をかけられて顔を上げると、若い女性職員が立っていた。彼女の表情は、いつもより少し興奮しているように見える。
「お客様です。北方辺境伯、アクセル・フォン・リンドグレン様がお見えになりました」
羽根ペンが、手から滑り落ちた。
インク壺が倒れ、黒いインクが机の上に広がる。でも、それに気づく余裕すらなかった。
「え......アクセルが......?」
信じられなかった。耳を疑う。
「はい。応接室でお待ちです」
半年後のはずだったのに。

なぜ、今?
どうして?

心臓が激しく打ち始める。今度は恐怖ではない。希望だ。
私は慌てて立ち上がり、椅子が倒れる音も気にせず、応接室へと走った。廊下を駆け抜ける。同僚たちが驚いた顔でこちらを見るが、構わない。
息が切れる。胸が苦しい。でも足は止まらない。
応接室の扉の前で、一瞬立ち止まる。
乱れた髪を手で整え、荒い息を整えようとする。でも、待ちきれなかった。
扉を開ける。
そこに、アクセル・フォン・リンドグレンが立っていた。
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