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第十三話
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相変わらず無表情だが、やわらかい灰色の瞳が私を捉える。その視線には、言葉にならない安堵と、わずかな心配の色が滲んでいた。
「アクセル......!」
声が震えた。ここ数日の不安と孤独が、一気に喉元まで込み上げてくる。
「久しぶりだな」
男は軽く手を上げた。その仕草はいつもと変わらないのに、どこか柔らかさを感じさせる。
「なぜ、ここに......半年後のはずでは......」
息が上がっていた。応接室まで走ってきたせいもあるが、それ以上に、予想外の再会に心臓が激しく打っている。
「予定を変更した」
アクセルは簡潔に答えた。相変わらずの無愛想な口調だが、その深い蒼の瞳には確かな意志が宿っている。
「お前が困っていると聞いてな」
「え......?」
私は目を見開いた。どうして彼が私の窮状を知っているのだろう。
「オリバーから連絡があった。リュシアン・ド・ヴァロワがお前を脅迫していると」
そういえば、昨日の夜、彼が部屋の前を通りかかった時、様子がおかしいと心配してくれた。
私は大丈夫だと笑顔で答えたつもりだったが、あの老練な主席侍従の目は誤魔化せなかったのだろう。
まさか、すぐにアクセルに連絡してくれていたとは。
「三日前に北方を発った。馬を飛ばしてきた」
アクセルは淡々と言ったが、よく見れば彼の旅装には埃が付いており、頬には疲労の色が見える。深い蒼の瞳の下には、うっすらと隈ができていた。三日三晩、ろくに休みも取らずに王都まで駆けてきたのだろう。
「で、詳しく話せ。何があった」
その言葉に、私の目頭が熱くなった。
この人は、私のために三日三晩、馬を走らせてきてくれたのだ。遠く離れた北方の領地から、たった一通の連絡を受けて。
「アクセル......」
声が震えた。涙が溢れそうになる。
「泣くな。話せ」
男は不器用に、私の頭にぽんと手を置いた。大きな手のひらが、優しく髪に触れる。
その優しさに、堰を切ったように全てが溢れ出した。
私は、リュシアンが現れたことを話した。
私の秘密を知っていること。協力を強要されたこと。
三日以内に返事をしなければ異端審問にかけると脅されたこと。
一人で悩み、眠れない夜を過ごしたこと。
アクセルは黙って聞いていた。時折、眉間に皺を寄せ、拳を固く握りしめながら。
彼の怒りが、静かに、しかし確実に募っているのが分かった。
話し終えると、男は深く息を吐いた。応接室の空気が、ひんやりと張り詰める。
「......リュシアン・ド・ヴァロワか」
その名を口にする時、アクセルの声には明確な嫌悪が滲んでいた。
「ご存じなのですか」
「ああ。宮廷で最も危険な男の一人だ」
アクセルの表情が、険しくなった。厳格な顔立ちが、さらに峻厳さを増す。
「あいつは表向き宮廷魔法顧問だが、裏では様々な陰謀に手を染めている。証拠がないから捕まえられないだけで、多くの貴族があいつを恐れている」
私は息を呑んだ。やはり、リュシアンは想像以上に危険な人物なのだ。
「そんな人物が、なぜ私に......」
「お前の力が必要だからだ」
アクセルは窓の外を見た。応接室の窓からは、王宮の中庭が見える。美しく整えられた庭園が、午後の陽光を浴びて輝いていた。その平和な光景が、今は酷く遠いものに思える。
「リュシアンは今、ある計画を進めている。王家に伝わる秘宝『星詠みの鏡《ミロワール・デトワール》』を手に入れようとしているという噂がある」
星詠みの鏡。
聞いたことがある。書庫の古文書にも記述がある、未来を映し出すという伝説の魔法具だ。王家の至宝として、秘宝庫の最深部に厳重に保管されているはずの。
「その鏡は、王家の秘宝庫に厳重に保管されている。だが、最近になって贋作が出回っているという報告がある」
「贋作......」
私は眉をひそめた。あれほどの魔法具の贋作を作れる者など、そうはいないはずだ。
「リュシアンは本物と贋作を入れ替えようとしているのだろう。そして、本物を手に入れた後、それを使って王家を脅迫するか、あるいは他国に売り渡すつもりだ」
アクセルの声は低く、静かだった。だが、その静けさの底には、冷たい怒りが燃えている。
「それで、私の力が必要だと......」
「ああ。お前の『真実ノ眼』があれば、本物と贋作を完璧に見分けられる。リュシアンはそれを利用しようとしている」
なるほど。
だから私を脅迫したのだ。私の秘密を握り、力を利用しようと。
胸に冷たいものが広がる。リュシアンにとって、私はただの道具でしかないのだ。使い捨ての、都合のいい道具。
「どうすればいいんですか」
私は助けを求めるように、アクセルを見た。自分でも情けないと思う。でも、もう一人では抱えきれなかった。
「俺が守る」
男は即答した。深い蒼の瞳が、まっすぐに私を見つめる。
「お前を異端審問にはかけさせない。それに、リュシアンの野望も阻止する」
その声には、揺るぎない決意があった。北方辺境伯としての威厳と、そして――私を守るという、個人的な意志が。
「でも、どうやって......」
リュシアンは宮廷魔法顧問という高位にあり、王家の分家という名門の出だ。証拠もなく動けば、こちらが危険にさらされる。
「逆に利用する」
アクセルの目が、鋭く光った。猛禽類のような、獲物を狙う眼差し。
「お前がリュシアンに協力するふりをして、奴の計画を探る。そして証拠を掴んだら、一気に叩く」
危険な作戦だ。
一歩間違えば、私が本当に異端審問にかけられるかもしれない。リュシアンの罠にはまる可能性もある。
でも、他に道はない。
そして何より――この人が、私を守ると言ってくれている。
私は深く息を吸った。胸の奥で、何かが固まっていく。恐怖はまだある。でも、それ以上に、この人と共に戦いたいという想いが強かった。
「......分かりました。やります」
「アクセル......!」
声が震えた。ここ数日の不安と孤独が、一気に喉元まで込み上げてくる。
「久しぶりだな」
男は軽く手を上げた。その仕草はいつもと変わらないのに、どこか柔らかさを感じさせる。
「なぜ、ここに......半年後のはずでは......」
息が上がっていた。応接室まで走ってきたせいもあるが、それ以上に、予想外の再会に心臓が激しく打っている。
「予定を変更した」
アクセルは簡潔に答えた。相変わらずの無愛想な口調だが、その深い蒼の瞳には確かな意志が宿っている。
「お前が困っていると聞いてな」
「え......?」
私は目を見開いた。どうして彼が私の窮状を知っているのだろう。
「オリバーから連絡があった。リュシアン・ド・ヴァロワがお前を脅迫していると」
そういえば、昨日の夜、彼が部屋の前を通りかかった時、様子がおかしいと心配してくれた。
私は大丈夫だと笑顔で答えたつもりだったが、あの老練な主席侍従の目は誤魔化せなかったのだろう。
まさか、すぐにアクセルに連絡してくれていたとは。
「三日前に北方を発った。馬を飛ばしてきた」
アクセルは淡々と言ったが、よく見れば彼の旅装には埃が付いており、頬には疲労の色が見える。深い蒼の瞳の下には、うっすらと隈ができていた。三日三晩、ろくに休みも取らずに王都まで駆けてきたのだろう。
「で、詳しく話せ。何があった」
その言葉に、私の目頭が熱くなった。
この人は、私のために三日三晩、馬を走らせてきてくれたのだ。遠く離れた北方の領地から、たった一通の連絡を受けて。
「アクセル......」
声が震えた。涙が溢れそうになる。
「泣くな。話せ」
男は不器用に、私の頭にぽんと手を置いた。大きな手のひらが、優しく髪に触れる。
その優しさに、堰を切ったように全てが溢れ出した。
私は、リュシアンが現れたことを話した。
私の秘密を知っていること。協力を強要されたこと。
三日以内に返事をしなければ異端審問にかけると脅されたこと。
一人で悩み、眠れない夜を過ごしたこと。
アクセルは黙って聞いていた。時折、眉間に皺を寄せ、拳を固く握りしめながら。
彼の怒りが、静かに、しかし確実に募っているのが分かった。
話し終えると、男は深く息を吐いた。応接室の空気が、ひんやりと張り詰める。
「......リュシアン・ド・ヴァロワか」
その名を口にする時、アクセルの声には明確な嫌悪が滲んでいた。
「ご存じなのですか」
「ああ。宮廷で最も危険な男の一人だ」
アクセルの表情が、険しくなった。厳格な顔立ちが、さらに峻厳さを増す。
「あいつは表向き宮廷魔法顧問だが、裏では様々な陰謀に手を染めている。証拠がないから捕まえられないだけで、多くの貴族があいつを恐れている」
私は息を呑んだ。やはり、リュシアンは想像以上に危険な人物なのだ。
「そんな人物が、なぜ私に......」
「お前の力が必要だからだ」
アクセルは窓の外を見た。応接室の窓からは、王宮の中庭が見える。美しく整えられた庭園が、午後の陽光を浴びて輝いていた。その平和な光景が、今は酷く遠いものに思える。
「リュシアンは今、ある計画を進めている。王家に伝わる秘宝『星詠みの鏡《ミロワール・デトワール》』を手に入れようとしているという噂がある」
星詠みの鏡。
聞いたことがある。書庫の古文書にも記述がある、未来を映し出すという伝説の魔法具だ。王家の至宝として、秘宝庫の最深部に厳重に保管されているはずの。
「その鏡は、王家の秘宝庫に厳重に保管されている。だが、最近になって贋作が出回っているという報告がある」
「贋作......」
私は眉をひそめた。あれほどの魔法具の贋作を作れる者など、そうはいないはずだ。
「リュシアンは本物と贋作を入れ替えようとしているのだろう。そして、本物を手に入れた後、それを使って王家を脅迫するか、あるいは他国に売り渡すつもりだ」
アクセルの声は低く、静かだった。だが、その静けさの底には、冷たい怒りが燃えている。
「それで、私の力が必要だと......」
「ああ。お前の『真実ノ眼』があれば、本物と贋作を完璧に見分けられる。リュシアンはそれを利用しようとしている」
なるほど。
だから私を脅迫したのだ。私の秘密を握り、力を利用しようと。
胸に冷たいものが広がる。リュシアンにとって、私はただの道具でしかないのだ。使い捨ての、都合のいい道具。
「どうすればいいんですか」
私は助けを求めるように、アクセルを見た。自分でも情けないと思う。でも、もう一人では抱えきれなかった。
「俺が守る」
男は即答した。深い蒼の瞳が、まっすぐに私を見つめる。
「お前を異端審問にはかけさせない。それに、リュシアンの野望も阻止する」
その声には、揺るぎない決意があった。北方辺境伯としての威厳と、そして――私を守るという、個人的な意志が。
「でも、どうやって......」
リュシアンは宮廷魔法顧問という高位にあり、王家の分家という名門の出だ。証拠もなく動けば、こちらが危険にさらされる。
「逆に利用する」
アクセルの目が、鋭く光った。猛禽類のような、獲物を狙う眼差し。
「お前がリュシアンに協力するふりをして、奴の計画を探る。そして証拠を掴んだら、一気に叩く」
危険な作戦だ。
一歩間違えば、私が本当に異端審問にかけられるかもしれない。リュシアンの罠にはまる可能性もある。
でも、他に道はない。
そして何より――この人が、私を守ると言ってくれている。
私は深く息を吸った。胸の奥で、何かが固まっていく。恐怖はまだある。でも、それ以上に、この人と共に戦いたいという想いが強かった。
「......分かりました。やります」
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