300年狩られ続けた《禁忌》持ちの令嬢は、三日で処刑を覆す。

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第十六話

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午前二時。
王宮の北の門は、静寂に包まれていた。
月のない夜。厚い雲が空を覆い、星明りだけが石畳の道を薄く照らしている。風もなく、空気が重く沈んでいる。まるで時が止まったような、不気味な静けさだった。
私は黒いマントを羽織り、門の前で待っていた。心臓が早鐘のように打っている。冷たい夜気が肌を刺すが、額には汗が滲んでいた。
アクセルは近くにいるはずだ。
彼がどこかで見守ってくれている。
その思いだけが、私を支えていた。
「来たか」
闇の中から、リュシアンが現れた。
影が動いたかと思うと、そこに彼の姿があった。まるで闇そのものが形を成したかのように。
彼も黒い外套を纏い、顔の半分をフードで隠している。猛禽類のような鋭い目だけが、暗闇の中で光っていた。
「立ち入り許可証は持っているな」
低く、威圧的な声。
「はい」
私は震える手で巻物を取り出した。できるだけ平静を装うが、声が震えそうになる。
「よし。では行くぞ」
リュシアンは警備兵に手を振った。
兵士は一瞬躊躇したが、リュシアンが何か耳打ちすると、すぐに道を開けた。囁かれた言葉は聞こえなかったが、兵士の表情が硬くなったのが分かった。
買収されているのだろう。あるいは、脅されているのかもしれない。
私たちは王宮の奥深く、秘宝庫のある東棟へと向かった。
長い、長い廊下。壁には歴代の王の肖像画が並んでいる。暗闇の中、その視線が私たちを追っているような錯覚に囚われた。
足音だけが、静寂を破る。コツ、コツ、という音が、異様に大きく響く。
私は胸のポケットに手を当てた。そこには、アクセルから渡された小さな魔力遮断の石が入っている。彼の温もりが残っているような気がして、少しだけ心が落ち着いた。
「エリーズ」
リュシアンが突然、低く囁いた。
私は思わず足を止める。
「お前の力で、本物の『星詠みの鏡』を見つけ出せ。贋作が三つある。その中から本物を選べ」
囁くような声だが、その底には冷たい命令が潜んでいる。従わなければどうなるか、言外に脅しているのだ。
「......分かりました」
私は小さく頷いた。
胸のポケットを、もう一度そっと押さえる。
大丈夫。アクセルがいる。
私は一人じゃない。
やがて、重厚な扉の前に辿り着いた。
扉には複雑な魔法陣が刻まれている。古代文字で書かれた呪文、幾何学的な紋様、守護の印。触れただけで指が焼けそうなほど、強大な魔力を感じる。
「ここが秘宝庫だ」
リュシアンは私に許可証を渡すよう促した。薄い唇が、勝利を確信した笑みを形作る。
私が巻物を扉に翳すと、魔法陣が青白く光り、扉がゆっくりと開いていった。重い石の軋む音が、闇に響く。
中は、想像以上に広大な空間だった。
天井は遥か高く、見上げても端が見えない。無数の宝物が整然と並べられている。黄金の冠、宝剣、魔法の杖、古代の書物。どれもが伝説級の魔法具だ。
空気が濃密で、魔力に満ちている。息をするだけで、肌がちりちりと痺れるようだ。
そして、部屋の奥に――四つの鏡が、大理石の台座の上に置かれていた。
「あれだ」
リュシアンが長い指で指し示す。
四つの鏡は、どれも同じ形をしている。銀の枠に青い宝石が埋め込まれ、繊細な彫刻が施されている。見た目だけでは、まったく区別がつかない。
「この中に、本物が一つと贋作が三つある。お前の力で見分けろ」
リュシアンの声が、秘宝庫に響く。
「はい」
私は震える足で、鏡に近づいた。

一歩、また一歩。
台座の前に立つ。四つの鏡が、私を映している。
息を深く吸い込む。

最初の鏡に、そっと触れた。
「真実ノ眼」が発動した。
視界が歪み、映像が流れ込んでくる。情報の奔流が、脳に直接叩き込まれるような感覚。

――この鏡は三ヶ月前に作られた。
薄暗い職人の工房で、精巧に本物を模倣して作られた贋作。
銀の純度、宝石の配置、彫刻の細部に至るまで完璧に再現されているが、魔力は込められていない。
贋作だ。
手を離し、次の鏡に触れる。

――これも贋作。二ヶ月前に作られた。
同じ工房、同じ職人の手によるもの。
違う。
指先が冷たく痺れる。真実ノ眼を使うたび、体力が削られていくのが分かる。
私は三つ目の鏡に手を伸ばす。

――こちらも贋作。一ヶ月前に作られた。最も新しく、精巧な出来栄え。
だが、やはり魔力を持たない空っぽの器。

三つとも贋作。
ということは、最後の一つが本物のはずだ。

私は四つ目の鏡に、震える手で触れた。
瞬間、視界が真っ白になった。
圧倒的な力が、堰を切ったように私の中に流れ込んでくる。
――これは五百年前、初代王が星の神から授かった鏡。未来を映し出す力を持つ。
所有者の命を削り取るほどの強大な魔力を秘めている。
王家の血を引く者のみが使用を許され、一度覗けば十年の寿命を失うと言われる。

本物だ。

しかし、同時に危険極まりない代物でもある。
使えば、使用者の寿命が縮む。禁忌の魔法具。
だからこそ、厳重に秘宝庫の奥に封じられていたのだ。

「どうだ」
リュシアンが迫ってくる。
その顔には、抑えきれない欲望が浮かんでいた。目が異様に輝き、薄い唇が興奮に震えている。
「......これです」
私は四つ目の鏡を指差した。
リュシアンの目が、貪欲な光を放った。
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