300年狩られ続けた《禁忌》持ちの令嬢は、三日で処刑を覆す。

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第十八話

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「待て! 俺は宮廷魔法顧問だぞ! 王直属の......!」
リュシアンの声が、秘宝庫の石壁に反響する。先ほどまでの傲慢さは微塵もなく、その声には恐怖と狼狽が滲んでいた。
「だからこそ、罪は重い」
アクセルの声は、氷のように冷たかった。容赦のない蒼い瞳が、床に倒れたリュシアンを見下ろしている。その姿は、まるで神話に登場する裁きの神のようだった。
私は息を呑んで、その光景を見つめていた。先ほどまで私を脅迫し、傲慢に命令していた男が、今は惨めに命乞いをしている。胸の奥で、何かが解けていくような感覚があった。恐怖が、少しずつ薄れていく。
「王への信頼を裏切り、秘宝を盗もうとした。これは死刑に値する」
アクセルの言葉は、判決を告げる裁判官のように明瞭で揺るぎなかった。
リュシアンの顔が、蒼白を通り越して土気色になった。
「し、死刑......?」
その声は震えていた。数日前、私を脅迫していた時の冷酷さはどこにもない。
「当然だろう。お前がやろうとしたことは、国家反逆に等しい」
アクセルの言葉に、リュシアンは絶句した。
完璧だったはずの計画。
権力も、知識も、人脈も、全てを持っていたはずなのに。
王家分家という高貴な血筋も、宮廷魔法顧問という地位も、今この瞬間、何の意味も持たない。
全てが、音を立てて崩れ去った。
私は、その様子をじっと見つめていた。この数日間、私を苦しめ続けた男が、今は床に這いつくばっている。不思議と、憎しみは湧いてこなかった。ただ、ようやく終わったのだという安堵だけが、胸に広がっていく。
「連行しろ」
アクセルの簡潔な命令に、騎士たちが一斉に動いた。
「待て......待ってくれ......!」
リュシアンは必死に叫んだ。深紅のローブは乱れ、いつも完璧に整えられていた髪も乱れている。その姿は、かつての威厳など微塵も感じさせなかった。
「俺には家族がいる! 妻も、子供も......!」
「お前が犯罪に手を染める前に、考えるべきだったな」
アクセルは一片の同情も見せずに、冷徹に告げた。その横顔は厳しく、妥協を許さない強さに満ちていた。
「自業自得だ」
その言葉が、秘宝庫に響く。
騎士たちがリュシアンの両腕を掴み、引き立てた。男の足が床を引きずられ、不快な音を立てる。
「待ってくれ......頼む......! 金なら......地位なら......!」
リュシアンの叫びは、次第に遠ざかっていった。
その断末魔の叫びが、秘宝庫の天井に虚しく響く。高い天井が、男の懇願を何度も反響させた。やがてそれも遠ざかり、重厚な扉が閉まる音がした。
静寂が、戻った。
秘宝庫の中には、私とアクセルだけが残された。無数の宝物が並ぶ広大な空間の中で、私たちは静かに向き合っていた。炎の魔法で灯された光が、周囲の宝物を照らし出している。
「......終わったな」
アクセルが、深く息を吐きながら呟いた。その声には、緊張が解けた安堵が滲んでいた。
「はい」
私も深く息を吐いた。
本当に、終わったのだ。
リュシアンは捕まり、私の秘密も守られた。もう誰も、私を脅すことはできない。
胸の奥で、何かが弾けるような感覚があった。この数日間、押し潰されそうだった恐怖と孤独が、ようやく消えていく。目頭が熱くなるのを感じた。
「エリーズ」
アクセルが私を見た。その蒼い瞳には、さっきまでの冷酷さはなく、穏やかな光が宿っていた。
「お前、さっき短剣を躱したな」
「はい......自分でも驚きました。体が勝手に......」
あの瞬間のことを思い出す。リュシアンの短剣が、まるでスローモーションのように見えた。彼の動きの全てが、手に取るように分かった。そして気づいた時には、私の体は本能的に動いていた。
「『真実ノ眼』は、物の過去だけでなく、未来も視ることができるのかもしれない」
アクセルの目が、真剣になった。その表情は、何か重大なことを考えているようだった。
「お前の力は、俺たちが思っている以上に強大だ。そして、危険でもある」
「危険......」
私は反芻した。その言葉の意味が、胸に重く沈んでいく。
「ああ。もしこの力のことが広まれば、お前を利用しようとする者が後を絶たないだろう。リュシアンのような奴が、何人も現れる」
私は唇を噛んだ。
その通りだ。
今回はアクセルが助けてくれたから良かった。でも、次はどうなるか分からない。もっと権力のある者が、もっと狡猾な方法で、私を追い詰めるかもしれない。
この力は、私にとって祝福であると同時に、呪いでもある。
母も、同じことを感じていたのだろうか。だからこそ、アクセルに私のことを託したのだろうか。
「だから」
アクセルは、私の両肩を掴んだ。
その手の温もりが、薄いドレスの生地越しに伝わってくる。大きな手だった。力強いけれど、決して乱暴ではない。まるで大切なものを扱うような、慎重な優しさがあった。
「俺が、お前を守る」
「アクセル......」
私は、彼を見上げた。
灰色......いや、深い蒼の瞳が、真っ直ぐに私を見つめていた。その瞳には、迷いも嘘もなかった。
「お前の母親に誓った。お前を守ると。そして、俺自身もお前を守りたいと思っている」
その言葉に、胸が詰まった。
アクセルは、母との約束だけで動いているのではない。彼自身の意志で、私を守ると言ってくれている。
それが、どれほど嬉しいことか。
「これからも、何かあったら俺を頼れ。お前は一人じゃない」
その言葉を聞いた瞬間、堪えていたものが溢れ出た。
涙が、止まらなかった。
「ありがとうございます......アクセル」
私は声を震わせながら、必死にそう言った。視界が滲んで、彼の顔がよく見えない。
「泣くな」
アクセルは不器用に、私の涙を拭った。
彼の大きな手が、私の頬に触れる。その手は温かくて、少しだけ硬かった。きっと剣を握り続けてきた手なのだろう。戦いの手が、今は優しく私の涙を拭っている。
その不器用な仕草に、また涙が溢れた。
「どうしてですか」
「......お前が泣くと、俺が困る」
アクセルは少し眉を寄せて、困ったような表情を浮かべた。
「どうしてですか」と、もう一度聞きたくなった。でも、その代わりに私は首を傾げた。
「......お前を泣かせた奴を、殴りたくなるからだ」
アクセルは、ぼそりとそう呟いた。
その言葉に込められた、不器用な優しさ。
私は思わず、笑ってしまった。涙が止まらないのに、笑いも止まらない。
「ふふ......アクセルは、本当に不器用ですね」
「ああ、自覚している」
男も小さく笑った。
その笑顔は、いつもの厳格な表情とは全く違っていた。まるで少年のような、無邪気な笑顔。こんな表情をするのだと、私は少し驚いた。
そして、アクセルはぽつりと呟いた。
「でも、お前の前では不器用でもいいと思える」
その言葉に、私の胸が高鳴った。
どくん、と大きく心臓が跳ねる。頬が熱くなるのを感じた。
どうして、こんなに胸が騒ぐのだろう。
きっと、緊張が解けたからだ。命の危険から解放されて、安堵しているからだ。
私はそう自分に言い聞かせながら、アクセルの優しい眼差しから目を逸らすことができなかった。
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