300年狩られ続けた《禁忌》持ちの令嬢は、三日で処刑を覆す。

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第十九話

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事件から二週間が経った。
あのあと、リュシアンは法廷で裁かれることとなった。
過去に複数の貴族を強迫し、金貨五万枚を脅し取っていたことが判明し、法廷は一時騒然となった。
判事は無期懲役を言い渡し、リュシアンは生きている内は二度と外に出られぬ身となった。
王立魔導書庫は、いつもの静けさを取り戻していた。古い羊皮紙の匂いと、インクの香り。窓から差し込む午後の陽光が、書架の間に柔らかな光の筋を作っている。
私は目録の整理をしながら、穏やかな時間を過ごしていた。
「エリーズ様」
若い書庫職員が、恐縮した様子で声をかけてきた。
「これ、どう配架すればよろしいでしょうか」
「ああ、それはね......」
以前なら「エリーズ」と呼び捨てにされ、仕事を押し付けられていた。今は「様」付けで、丁寧に相談を受けている。
書庫長のエドゥアール卿が通りかかり、穏やかに微笑んだ。
「エリーズ、調子はどうかね」
「はい、順調です」
「それは良かった。君の働きぶりは、王からも高く評価されている。先日も『モンフォール嬢は我が国の宝だ』とおっしゃっていたよ」
頬が熱くなった。
「恐れ多いお言葉です」
「いやいや、事実だよ。君がいてくれて、この書庫は本当に助かっている」
卿は優しく私の肩を叩いて、去っていった。
午後の休憩時間。
応接室でお茶を飲んでいると、老侍従オリバーが現れた。
「エリーズ様、元気そうで何よりです」
「オリバー、お久しぶりです」
老侍従は嬉しそうに笑った。
「フィリシア様から、こちらをお預かりしました」
彼が差し出したのは、美しい刺繍が施された白いハンカチーフだった。
「これは?」
「エリーズ様へのお礼だそうです。『貴女がいなければ、私は今も眠ったままだった』とおっしゃっていた」
胸が温かくなった。
「ありがとうございます」
「ああ、必ず」
オリバーは紅茶を一口飲んで、にやりと笑った。
「それで、アクセル様のことですがね」
「はい?」
「明日、北方へ戻るそうです」
心臓が、跳ねた。
「そう、なんですか」
「ええ、エリーズ様にご挨拶したいと仰ってました。今日の夕方、王宮の応接室で待っているそうです」
私は紅茶を飲み干して、立ち上がった。
「分かりました。行ってきます」
「おや、随分と急いでいらっしゃいますな」
オリバーの言葉に、私は頬を染めた。
「そ、そんなことは......」
「ははは、若いとはいいですねえ」
老侍従の笑い声を背中に聞きながら、私は応接室へ向かった。

***

扉を開けると、アクセルが窓辺に立っていた。
夕陽が彼の黒髪を照らし、輪郭を金色に縁取っている。
「アクセル」
「来たか」
彼は振り返った。
深い蒼の瞳が、私を捉える。
「明日、北方へ戻ると聞きました」
「ああ。領地を空けすぎた。そろそろ戻らないと、仕事が溜まる」
「そうですか......」
胸に、寂しさが広がった。
アクセルは、私の前まで歩いてきた。
「エリーズ」
「はい」
「お前に、渡したいものがある」
彼が差し出したのは、小さな革の袋だった。
「これは......?」
「開けてみろ」
袋を開けると、中から銀色の鎖が現れた。先端には、小さな青い石がついている。
「これ......」
「ラピスラズリだ。北方の鉱山で採れる、魔除けの石だ」
アクセルは私の手からそれを取り、私の首にかけてくれた。
彼の指が、首筋に触れる。
どきり、と心臓が跳ねた。
「お前が持っているサファイアのペンダントと合わせれば、二重の守りになる」
「ありがとうございます......でも、こんな高価なもの......」
「俺がお前に渡したいと思ったから渡す。それ以上の理由はいらない」
アクセルの声は、いつもより低かった。
「アクセル......」
「エリーズ、よく聞け」
彼は私の両肩に手を置いた。
「俺は、お前を守ると誓った。それは今も変わらない」
「はい」
「でも、俺がいつもお前の傍にいられるわけじゃない」
「......はい」
「だから、何かあったらすぐに連絡しろ。どんな小さなことでもいい。お前が困っていると知れば、俺は駆けつける」
「でも、アクセルには領地の仕事が......」
「お前の方が大事だ」
その言葉に、息が止まった。
「え......?」
「俺にとって、お前は特別だ」
アクセルの瞳が、真っ直ぐに私を見つめる。
「お前の母親に誓ったからだけじゃない。俺自身が、お前を守りたいと思っている」
「アクセル......」
「お前は、俺が守りたいと思った初めての人間だ」
胸が、苦しいくらいに高鳴った。
「それは......友人として、ですか?」
私の言葉に、アクセルは少し目を見開いた。
それから、小さく笑った。
「......ああ、そうだな。友人として、だ」
何故だろう。
少しだけ、寂しそうな笑顔に見えた。
「でも、特別な友人だ」
「特別......」
「お前の笑顔を見ると、安心する。お前の涙を見ると、守りたくなる。お前の声を聞くと、心が落ち着く」
アクセルは私の頬に手を添えた。
「それが何なのか、俺にもまだ分からない。でも、一つだけ確かなことがある」
「何ですか」
「お前を失いたくない」
その言葉が、胸に沈んでいく。
「私も、です」
私は素直にそう答えた。
「アクセルを失いたくありません。アクセルは、私の......」
言葉を探した。
友人?
恩人?
どちらも違う気がした。
「......大切な人です」
「大切な人、か」
アクセルは満足そうに微笑んだ。
「ああ、それでいい。お前にとって、俺が大切な人間であれば、それで十分だ」
彼は私の頭に、そっと手を置いた。
「元気でいろよ、エリーズ」
「はい。アクセルも」
「また会いに来る。半年も待たせない」
「待ってます」
アクセルは応接室を出ていった。
扉が閉まる音がして、私は一人残された。
首元のラピスラズリに手を当てる。
まだ、アクセルの体温が残っているような気がした。



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