7 / 16
第8話
しおりを挟む
「入れ」
先ほどの金髪青年が休憩室に入ってきた。
「よう、あの酔っ払いは部下に預けてきたぞ」
「ご苦労」
リュカが立ち上がり、金髪の癖っ毛青年を紹介する。
「彼はナタン・クロスフィールド。俺の幼馴染で乳兄弟でもある。今回の任務をともに手伝ってくれる仲間だ」
ナタン。ようやく名前が分かった。
「初めまして、セリア嬢」
ナタンが人懐っこい笑顔を向けてきた。さっきエドワードを締め上げていた時の恐ろしさは微塵も感じられない。
「さっきの論破、見事だったぜ。あんなにスカッとしたのは久しぶりだ」
「あ、ありがとうございます……」
思い返すといささか恥ずかしい気分になる。
「むっ。それはさっき俺が言ったぞ」
「何回褒めてもいいだろ。それとも何か? 嫉妬か? まだまだ若いねえ」
「年は同じだろうが」
むくれるリュカは出会ってから初めてみる。それだけナタンに心を許している証だろう。
くすりと私は笑った。
「お、いい顔だ」
「……ナタン」
「へーへー。器のちっさい男は嫌われるぞ」
「黙れ」
リュカの文句もなんのその、ぷらぷらと手を揺らしながら、ナタンが空いていたソファに腰を下ろした。
泰然と足を組む。
「で? これからどうする? モンフォール家の屋敷を監視してる連中からは、あの女を発見できた報告は上がってきてない。あぶり出すには骨が折れるぞ。あの女狐」
「その件で、さっきまでセリアと話していた」
くるりとリュカが私を見つめた。
「セリア、君の家族は俺たちが守る。その代わり、彼女を捕まえるのを手伝ってほしい」
私は考えた。
セリーヌに従い続けても、いつか破滅が待っている。でも、リュカたちを信じていいのだろうか。
逡巡の末、私は家族のことをリュカたちに話した。
仕立て屋でのできごと、セリーヌに脅されて彼女の身代わりを務めることになったこと全てを白状した。
「あなたたちが家族を守ってくれるのなら」
「ありがとう! まず、今夜のうちに君の家族を俺の屋敷に移す。ここなら安全だ。辺境伯家の手のものを警備に当てる。問題は彼女の目からどうやって逃れるかだが――」
私はハッとした。
「セリーヌなら今夜は屋敷にいないはず。彼女、あなたとの仮面舞踏会の予定を入れて帰ってきたとき、だれかと会うと言っていたわ」
「それは本当か?」
「ええ」
リュカが立ち上がり、ナタンを見る。視線だけでナタンは全てを察したようだった。力強く頷く。
「さっそく手配してくる」
すぐさま休憩室を飛び出していった。
休憩室でまたリュカと二人きりになる。
扉の向こうからかすかに、ワルツの音色が流れてくる。
「セリア」
リュカが手を差し出した。
「俺を信じてくれ。君と君の家族を、必ず守る」
その灰色の瞳には、嘘がなかった。真っ直ぐで、誠実な光。
私は深呼吸をして、その手を取った。
「分かりました。協力します」
温かい手のひらが、私の手を包み込んだ。
家族を保護してもらい、セリーヌ逮捕に協力したら、彼とこうして触れ合うことはもう二度とないだろう。
私は平民、彼は辺境伯家の嫡男。
住む場所が違いすぎる。
そっと私は彼の手から指を遠ざけると、彼は不満げな顔を浮かべた。そっと話題を変える。
「そういえば、セリーヌはどんな悪行を行っていたのですか?」
「ん、ああ……宝物庫から例の首飾り以外にも何点か盗み出しててね」
ことり、とリュカが懐から白い小箱を取り出した。
「これは数週間前、闇市場に流れているのを発見して、苦労して買い戻したものだ」
ビロードの生地が張られた小箱のなかには、美しい銀細工で作られたネックレスだった。中央のペンダントヘッドには淡いオレンジ色のシトリンが花弁としてあしらわれていた。
「セリーヌが盗んだ品の一つだ。二百年前に滅んだエルヴァニア王国出身の妃が持参したものらしい」
「エルヴァニア……魔術師の王国ですか」
私は思わず呟いた。
子供の頃、父から聞いた昔話。魔術で栄えた国が、ある日突然滅びたという。王国で生まれた子供なら一度は必ず聞く話だった。
「なんでもその妃は、追跡魔術の使い手で様々な魔術式を残したそうだ。今も解読している学者がいるほどで――」
リュカの言葉を聞きながら、私はネックレスに浮かぶ不思議な文様を眺めていた。
まるでなめらかな筆致で続くその文字は美しく、銀細工のネックレスから螺旋を描くように天井へと伸びていた。
「美しいですね。こんな文字が浮かび上がる銀細工なんて」
光の粒子で描かれた文字は、空中をたゆたっていた。
触れたら今にも消えてしまいそうで、私は眺めるだけに留めていた。
すると突然、リュカに両肩を掴まれた。灰色の瞳とかち合う。
「セリア、君、見えるのか?」
「あ、はい。螺旋みたいにぐるぐる動いて綺麗ですよね。この文字」
「なんてことだ……。こうしてはいられない。すぐ俺の屋敷に向かおう」
リュカが小箱を持ったまま、ソファから立ち上がる。
「でもナタン様が――」
「あいつのことなら心配ない。まさか君があの“文字詠み”だったとは。これであの女狐も捕まえられるぞ」
リュカに満面の笑みで抱きしめられた。
私は彼の背中に手をまわすかどうか、数十秒考えるはめになった。
先ほどの金髪青年が休憩室に入ってきた。
「よう、あの酔っ払いは部下に預けてきたぞ」
「ご苦労」
リュカが立ち上がり、金髪の癖っ毛青年を紹介する。
「彼はナタン・クロスフィールド。俺の幼馴染で乳兄弟でもある。今回の任務をともに手伝ってくれる仲間だ」
ナタン。ようやく名前が分かった。
「初めまして、セリア嬢」
ナタンが人懐っこい笑顔を向けてきた。さっきエドワードを締め上げていた時の恐ろしさは微塵も感じられない。
「さっきの論破、見事だったぜ。あんなにスカッとしたのは久しぶりだ」
「あ、ありがとうございます……」
思い返すといささか恥ずかしい気分になる。
「むっ。それはさっき俺が言ったぞ」
「何回褒めてもいいだろ。それとも何か? 嫉妬か? まだまだ若いねえ」
「年は同じだろうが」
むくれるリュカは出会ってから初めてみる。それだけナタンに心を許している証だろう。
くすりと私は笑った。
「お、いい顔だ」
「……ナタン」
「へーへー。器のちっさい男は嫌われるぞ」
「黙れ」
リュカの文句もなんのその、ぷらぷらと手を揺らしながら、ナタンが空いていたソファに腰を下ろした。
泰然と足を組む。
「で? これからどうする? モンフォール家の屋敷を監視してる連中からは、あの女を発見できた報告は上がってきてない。あぶり出すには骨が折れるぞ。あの女狐」
「その件で、さっきまでセリアと話していた」
くるりとリュカが私を見つめた。
「セリア、君の家族は俺たちが守る。その代わり、彼女を捕まえるのを手伝ってほしい」
私は考えた。
セリーヌに従い続けても、いつか破滅が待っている。でも、リュカたちを信じていいのだろうか。
逡巡の末、私は家族のことをリュカたちに話した。
仕立て屋でのできごと、セリーヌに脅されて彼女の身代わりを務めることになったこと全てを白状した。
「あなたたちが家族を守ってくれるのなら」
「ありがとう! まず、今夜のうちに君の家族を俺の屋敷に移す。ここなら安全だ。辺境伯家の手のものを警備に当てる。問題は彼女の目からどうやって逃れるかだが――」
私はハッとした。
「セリーヌなら今夜は屋敷にいないはず。彼女、あなたとの仮面舞踏会の予定を入れて帰ってきたとき、だれかと会うと言っていたわ」
「それは本当か?」
「ええ」
リュカが立ち上がり、ナタンを見る。視線だけでナタンは全てを察したようだった。力強く頷く。
「さっそく手配してくる」
すぐさま休憩室を飛び出していった。
休憩室でまたリュカと二人きりになる。
扉の向こうからかすかに、ワルツの音色が流れてくる。
「セリア」
リュカが手を差し出した。
「俺を信じてくれ。君と君の家族を、必ず守る」
その灰色の瞳には、嘘がなかった。真っ直ぐで、誠実な光。
私は深呼吸をして、その手を取った。
「分かりました。協力します」
温かい手のひらが、私の手を包み込んだ。
家族を保護してもらい、セリーヌ逮捕に協力したら、彼とこうして触れ合うことはもう二度とないだろう。
私は平民、彼は辺境伯家の嫡男。
住む場所が違いすぎる。
そっと私は彼の手から指を遠ざけると、彼は不満げな顔を浮かべた。そっと話題を変える。
「そういえば、セリーヌはどんな悪行を行っていたのですか?」
「ん、ああ……宝物庫から例の首飾り以外にも何点か盗み出しててね」
ことり、とリュカが懐から白い小箱を取り出した。
「これは数週間前、闇市場に流れているのを発見して、苦労して買い戻したものだ」
ビロードの生地が張られた小箱のなかには、美しい銀細工で作られたネックレスだった。中央のペンダントヘッドには淡いオレンジ色のシトリンが花弁としてあしらわれていた。
「セリーヌが盗んだ品の一つだ。二百年前に滅んだエルヴァニア王国出身の妃が持参したものらしい」
「エルヴァニア……魔術師の王国ですか」
私は思わず呟いた。
子供の頃、父から聞いた昔話。魔術で栄えた国が、ある日突然滅びたという。王国で生まれた子供なら一度は必ず聞く話だった。
「なんでもその妃は、追跡魔術の使い手で様々な魔術式を残したそうだ。今も解読している学者がいるほどで――」
リュカの言葉を聞きながら、私はネックレスに浮かぶ不思議な文様を眺めていた。
まるでなめらかな筆致で続くその文字は美しく、銀細工のネックレスから螺旋を描くように天井へと伸びていた。
「美しいですね。こんな文字が浮かび上がる銀細工なんて」
光の粒子で描かれた文字は、空中をたゆたっていた。
触れたら今にも消えてしまいそうで、私は眺めるだけに留めていた。
すると突然、リュカに両肩を掴まれた。灰色の瞳とかち合う。
「セリア、君、見えるのか?」
「あ、はい。螺旋みたいにぐるぐる動いて綺麗ですよね。この文字」
「なんてことだ……。こうしてはいられない。すぐ俺の屋敷に向かおう」
リュカが小箱を持ったまま、ソファから立ち上がる。
「でもナタン様が――」
「あいつのことなら心配ない。まさか君があの“文字詠み”だったとは。これであの女狐も捕まえられるぞ」
リュカに満面の笑みで抱きしめられた。
私は彼の背中に手をまわすかどうか、数十秒考えるはめになった。
10
あなたにおすすめの小説
元婚約者に捨てられて皇太子に拾われたけど、今さら後悔しても遅いですよ?
exdonuts
恋愛
婚約破棄された日に崖から落ちた。目覚めたら見知らぬ国の皇太子に拾われ、私は皇太子妃候補に。元婚約者は私の死を喜び、新妻と祝杯を挙げていた。だが一年後、国賓として訪れた私は皇太子の腕に抱かれていた。彼の溺愛は国を揺るがすほどで、元婚約者の後悔の叫びなど届かない。ざまぁ、あなたが捨てたこの女が、今世界で一番愛されているのよ。
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件
水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」
結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。
出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。
愛を期待されないのなら、失望させることもない。
契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。
ただ「役に立ちたい」という一心だった。
――その瞬間。
冷酷騎士の情緒が崩壊した。
「君は、自分の価値を分かっていない」
開始一分で愛さない宣言は撤回。
無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。
以後、
寝室は強制統合
常時抱っこ移動
一秒ごとに更新される溺愛
妻を傷つける者には容赦なし宣言
甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。
さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――?
自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。
溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ
婚約破棄された悪役令嬢は、辺境侯に拾われて過保護に愛される
nacat
恋愛
公爵令嬢エリシアは、婚約者である王太子に突然「お前とは結婚できない」と告げられる。
身に覚えのない罪を着せられ、社交界から追放されかけた彼女を救ったのは、冷徹と噂の辺境侯ゼノヴィア。
「俺の城で静かに暮らすといい」――そう言って差し伸べられた手は、思いのほか優しかった。
氷のように無表情だった彼が、次第に見せる愛情はあまりにも熱く、独占的で、息ができないほど。
そして彼女が新しい幸福を手にしたその時、かつて彼女を捨てた者たちが、後悔と嫉妬に塗れた顔で跪く――。
王道ざまぁ×激甘溺愛×救済ロマンス。苦しみの果てに手にした愛は、もう二度と離さない。
花冠の誓いは裏切りに散って ~婚約破棄された令嬢は、冷酷公爵の溺愛に絡め取られる~
nacat
恋愛
婚約破棄の夜、名門令嬢リリアナはすべてを失った。恋人、友人、家族の信頼さえ。
絶望に沈む彼女の前に現れたのは、“氷の公爵”と呼ばれる男。冷たく見えたその瞳が、なぜか彼女にだけは熱を帯びていた。
裏切りの痛みと、新たに芽吹く愛の狭間で、リリアナは自らの誇りを取り戻していく。
――これは、捨てられた令嬢が世界を見返す物語。そして、彼女を決して離さない男の、執着の恋の物語。
【完結】断罪された占星術師は、処刑前夜に星を詠む
佐倉穂波
恋愛
星は、嘘をつかない。嘘をついていたのは——わたし自身だった。
王宮の卜部に勤める十七歳の占星術師リュシア・アストレアは、ある日、王太子妃候補の婚儀に「凶」の星を読んだ。星が告げるままに報告したに過ぎなかったのに、翌朝には牢に入れられていた。罪状は「占星術を用いて王家を惑わせ、王太子暗殺を画策した」こと。
言いがかりだ。
しかし、証明する術がない。
処刑は五日後の朝と告げられ、リュシアは窓もない石の牢に閉じ込められた。
そこで彼女は気づいてしまう。占いが外れ続けていた本当の理由に。
道具も星図もない暗闇の中で、生まれて初めて、星の声を正しく聞いた。
瞼の裏に広がる夜空が、告げる。
【王太子が、明後日の夜に殺される】
処刑前夜に視た予言を、誰が信じるというのか。それでも、若き宰相クラウス・ベルシュタインは深夜の牢へ足を運び、断罪された少女の言葉に耳を傾けた。
二人の出会いは、運命をどう変えていくのかーー。
君は恋人、でもまだ家族じゃない
山田森湖
恋愛
あらすじ
同棲して3年。
毎朝コーヒーを淹れて、彼の寝ぼけた声に微笑んで、
一緒に暮らす当たり前の幸せを噛みしめる——そのはずだった。
彼女は彼を愛している。
彼も自分を愛してくれていると信じている。
それでも、胸の奥には消えない不安がある。
「私たちは、このまま“恋人”で止まってしまうの?」
結婚の話になると、彼はいつも曖昧に笑ってごまかす。
最初は理由をつけていたのに、今では何も言わなくなった。
周囲の友人は次々と結婚し、家族を持ち始めている。
幸せそうな写真を見るたび、彼女の心には
“言えない言葉”だけが増えていく。
愛している。
でも、それだけでは前に進めない。
同棲という甘い日常の裏で、
少しずつ、確かにズレ始めているふたりの未来。
このまま時間に流されるだけの恋なのか、
それとも、家族へと歩き出せる恋なのか——。
彼の寝息を聞きながら、
彼女は初めて「涙が出そうな夜」を迎えていた。
悪役令嬢を断罪したくせに、今さら溺愛とか都合が良すぎますわ!
nacat
恋愛
侯爵令嬢リディアは、無実の罪で婚約者の王太子に断罪された。
冷笑を浮かべ、すべてを捨てて国外へ去った彼女が、数年後、驚くべき姿で帰ってくる。
誰もが羨む天才魔導師として──。
今さら後悔する王太子、ざまぁを噛みしめる貴族令嬢たち。
そして、リディアをひそかに守ってきた公爵の青年が、ようやく想いを告げる時が来た。
これは、不当な断罪を受けた少女が、自分の誇りと愛を取り戻す溺愛系ロマンス。
すべての「裏切られた少女」たちに捧ぐ、痛快で甘く切ない逆転劇。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる