身代わり令嬢は愛されすぎて逃げられない

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第8話

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「入れ」
先ほどの金髪青年が休憩室に入ってきた。
「よう、あの酔っ払いは部下に預けてきたぞ」
「ご苦労」
リュカが立ち上がり、金髪の癖っ毛青年を紹介する。
「彼はナタン・クロスフィールド。俺の幼馴染で乳兄弟でもある。今回の任務をともに手伝ってくれる仲間だ」
ナタン。ようやく名前が分かった。
「初めまして、セリア嬢」
ナタンが人懐っこい笑顔を向けてきた。さっきエドワードを締め上げていた時の恐ろしさは微塵も感じられない。
「さっきの論破、見事だったぜ。あんなにスカッとしたのは久しぶりだ」
「あ、ありがとうございます……」
思い返すといささか恥ずかしい気分になる。
「むっ。それはさっき俺が言ったぞ」
「何回褒めてもいいだろ。それとも何か? 嫉妬か? まだまだ若いねえ」
「年は同じだろうが」
むくれるリュカは出会ってから初めてみる。それだけナタンに心を許している証だろう。
くすりと私は笑った。
「お、いい顔だ」
「……ナタン」
「へーへー。器のちっさい男は嫌われるぞ」
「黙れ」
リュカの文句もなんのその、ぷらぷらと手を揺らしながら、ナタンが空いていたソファに腰を下ろした。
泰然と足を組む。
「で? これからどうする? モンフォール家の屋敷を監視してる連中からは、あの女を発見できた報告は上がってきてない。あぶり出すには骨が折れるぞ。あの女狐」
「その件で、さっきまでセリアと話していた」
くるりとリュカが私を見つめた。
「セリア、君の家族は俺たちが守る。その代わり、彼女を捕まえるのを手伝ってほしい」
私は考えた。
セリーヌに従い続けても、いつか破滅が待っている。でも、リュカたちを信じていいのだろうか。
逡巡の末、私は家族のことをリュカたちに話した。
仕立て屋でのできごと、セリーヌに脅されて彼女の身代わりを務めることになったこと全てを白状した。
「あなたたちが家族を守ってくれるのなら」
「ありがとう! まず、今夜のうちに君の家族を俺の屋敷に移す。ここなら安全だ。辺境伯家の手のものを警備に当てる。問題は彼女の目からどうやって逃れるかだが――」
私はハッとした。
「セリーヌなら今夜は屋敷にいないはず。彼女、あなたとの仮面舞踏会の予定を入れて帰ってきたとき、だれかと会うと言っていたわ」
「それは本当か?」
「ええ」
リュカが立ち上がり、ナタンを見る。視線だけでナタンは全てを察したようだった。力強く頷く。
「さっそく手配してくる」
すぐさま休憩室を飛び出していった。
休憩室でまたリュカと二人きりになる。
扉の向こうからかすかに、ワルツの音色が流れてくる。
「セリア」
リュカが手を差し出した。
「俺を信じてくれ。君と君の家族を、必ず守る」
その灰色の瞳には、嘘がなかった。真っ直ぐで、誠実な光。
私は深呼吸をして、その手を取った。
「分かりました。協力します」
温かい手のひらが、私の手を包み込んだ。
家族を保護してもらい、セリーヌ逮捕に協力したら、彼とこうして触れ合うことはもう二度とないだろう。
私は平民、彼は辺境伯家の嫡男。
住む場所が違いすぎる。
そっと私は彼の手から指を遠ざけると、彼は不満げな顔を浮かべた。そっと話題を変える。
「そういえば、セリーヌはどんな悪行を行っていたのですか?」
「ん、ああ……宝物庫から例の首飾り以外にも何点か盗み出しててね」
ことり、とリュカが懐から白い小箱を取り出した。
「これは数週間前、闇市場に流れているのを発見して、苦労して買い戻したものだ」
ビロードの生地が張られた小箱のなかには、美しい銀細工で作られたネックレスだった。中央のペンダントヘッドには淡いオレンジ色のシトリンが花弁としてあしらわれていた。
「セリーヌが盗んだ品の一つだ。二百年前に滅んだエルヴァニア王国出身の妃が持参したものらしい」
「エルヴァニア……魔術師の王国ですか」
私は思わず呟いた。
子供の頃、父から聞いた昔話。魔術で栄えた国が、ある日突然滅びたという。王国で生まれた子供なら一度は必ず聞く話だった。
「なんでもその妃は、追跡魔術の使い手で様々な魔術式を残したそうだ。今も解読している学者がいるほどで――」
リュカの言葉を聞きながら、私はネックレスに浮かぶ不思議な文様を眺めていた。
まるでなめらかな筆致で続くその文字は美しく、銀細工のネックレスから螺旋を描くように天井へと伸びていた。
「美しいですね。こんな文字が浮かび上がる銀細工なんて」
光の粒子で描かれた文字は、空中をたゆたっていた。
触れたら今にも消えてしまいそうで、私は眺めるだけに留めていた。
すると突然、リュカに両肩を掴まれた。灰色の瞳とかち合う。
「セリア、君、見えるのか?」
「あ、はい。螺旋みたいにぐるぐる動いて綺麗ですよね。この文字」
「なんてことだ……。こうしてはいられない。すぐ俺の屋敷に向かおう」
リュカが小箱を持ったまま、ソファから立ち上がる。
「でもナタン様が――」
「あいつのことなら心配ない。まさか君があの“文字詠み”だったとは。これであの女狐も捕まえられるぞ」
リュカに満面の笑みで抱きしめられた。
私は彼の背中に手をまわすかどうか、数十秒考えるはめになった。
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