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第三話
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母の部屋に呼ばれたのは、あの屈辱から三日後のことだった。
「エリアーナ、少し話があるの」
母の声はいつもより低く、真剣だった。
私は重い足取りで母の私室に入った。
暖炉の火が静かに揺れている。
母は窓辺の椅子に座り、膝の上で何かを撫でていた。
近づくと、それが古い木箱だとわかった。彫刻が施された、見覚えのない箱。
「座って」
母の隣に腰を下ろす。母は箱を開けた。中には、淡い金色の光を放つ水晶が入っていた。
「これは、あなたの祖母の形見よ」
お祖母さま。
私が十歳の時に亡くなった、母方の祖母。
優しくて、いつも笑って私を抱きしめてくれた。
「あなたの結界魔術は、この祖母から受け継いだものなの」
結界魔術。
それは私が持つ、魔法を無効化する力。
幼い頃から無意識に発動していた、この不思議な能力。
「お母様も使えるんですか?」
母は首を横に振った。
「私には才能がなかった。祖母の力は、一代飛ばしであなたに受け継がれたのよ」
箱のなかの水晶が淡く輝いた。
触れると、温かい。
「結界魔術は、数百年に一人しか生まれない稀少な才能なの。魔法全盛のこの時代、それを無効化できる力は、どれだけ貴重か」
母の声に、誇りと、それから――不安が混じっていた。
「だからこそ、あなたの力を狙う者は必ず現れる。祖母は、亡くなる直前、私にこう言い遺したわ」
母は水晶を私の手に握らせた。
「『この力は、自分の信じる道を貫くために使いなさい』と」
信じる道。
「祖母は若い頃、この力で多くの人を守ったわ。戦場で、暗殺から、病魔から。でも、その力ゆえに利用されそうになったことが何度もある。だからお祖母さまは、最後までこう言い続けていたわ。
『力は誰かのためではなく、自分の信じる道のために使え』と」
母の目が、私を見つめる。
「エリアーナ、あなたは今、何を信じている?」
何を信じている、ですって?
私は唇を噛んだ。レオンハルトの冷たい言葉。
社交界の嘲笑。
あの屈辱。そして――あの人の優しかった頃の笑顔。
「……私は」
言葉が、喉から搾り出される。
「殿下を見返すことです」
母の表情が曇る。
「復讐のため?」
「いいえ」
私は水晶を握りしめた。温かい光が指の間からこぼれる。
「ただ逃げるんじゃない。ただ泣いて終わるんじゃない。私は、私の力で、私の道を進む。それを、あの人に見せつけてやりたいんです」
母はしばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと微笑んだ。
「そう。それがあなたの信じる道なのね」
「お母様、怒らないのですか?」
「怒る? どうして?」
母は私の頭を優しく撫でた。
「あなたは、誰かに言われたからではなく、自分の意志で今、決めたの。それこそがお祖母さまの望みよ。たとえそれが復讐であっても、自分の足で立ち、自分の道を歩もうとしているのなら、私もお祖母さまも止めないわ」
涙が溢れそうになったけど、堪えた。
「でも、気をつけて」
母の声が厳しくなった。
「結界魔術は、あなたを守る盾にも、あなたを狙う理由にもなる。この力を知る者は限られているけれど、いずれ知られる日が来る。その時、あなたは覚悟しなければならない」
「覚悟」
「そう。自分の力に、自分の選択に、責任を持つこと。それができるなら、私はあなたを止めないわ」
母は水晶を私の手に握らせたまま、両手で包み込んだ。
「あなたの結界魔術は、防御に特化している。攻撃魔法を無効化し、周囲を守る。それは、祖母が『誰かを傷つけるのではなく、守るために使った』力と同じ。だから私は信じるわ。あなたなら、この力を正しく使えると」
母の信頼が、胸に染み込む。
そうだ。私は、この力で守るんだ。
まず自分を。
そして――レオンハルトの顔が浮かんだ。
あの冷酷な表情と、その奥に見えた孤独。首を振った。
今は考えない。
「ありがとうございます、お母様」
私は立ち上がった。水晶を胸に抱く。
「この力で、私は必ず自分の道を進みます。殿下に、社交界に、そしてこの国に、エリアーナ・ハーヴェストという女がどれだけの存在か、思い知らせてやります」
母は悲しそうに、でも誇らしげに微笑んだ。
「行きなさい。そして、どんな道を選んでも、ここがあなたの帰る場所だということを忘れないで」
私は深く頷いて、部屋を出た。
廊下を歩く。手の中の水晶が、静かに輝き続けている。祖母の遺言。
「――この力は、自分の信じる道を貫くために使いなさい」
私の信じる道、それは、王子を見返すこと?
いいや、違う。それだけじゃない。
私は、私自身の力で、この人生を切り開くのよ。
誰にも屈しない。誰にも利用されない。
結界魔術は私の誇り。私の武器。そして、私の盾。
自室に戻ると、窓から王宮が見えた。あの塔の向こうに、レオンハルトがいる。
「見ていなさい」
私は水晶を握りしめた。金色の光が、部屋を満たす。
「私は、こんなところで終わらないわ」
これは、私の人生を取り戻す戦いだ。
「エリアーナ、少し話があるの」
母の声はいつもより低く、真剣だった。
私は重い足取りで母の私室に入った。
暖炉の火が静かに揺れている。
母は窓辺の椅子に座り、膝の上で何かを撫でていた。
近づくと、それが古い木箱だとわかった。彫刻が施された、見覚えのない箱。
「座って」
母の隣に腰を下ろす。母は箱を開けた。中には、淡い金色の光を放つ水晶が入っていた。
「これは、あなたの祖母の形見よ」
お祖母さま。
私が十歳の時に亡くなった、母方の祖母。
優しくて、いつも笑って私を抱きしめてくれた。
「あなたの結界魔術は、この祖母から受け継いだものなの」
結界魔術。
それは私が持つ、魔法を無効化する力。
幼い頃から無意識に発動していた、この不思議な能力。
「お母様も使えるんですか?」
母は首を横に振った。
「私には才能がなかった。祖母の力は、一代飛ばしであなたに受け継がれたのよ」
箱のなかの水晶が淡く輝いた。
触れると、温かい。
「結界魔術は、数百年に一人しか生まれない稀少な才能なの。魔法全盛のこの時代、それを無効化できる力は、どれだけ貴重か」
母の声に、誇りと、それから――不安が混じっていた。
「だからこそ、あなたの力を狙う者は必ず現れる。祖母は、亡くなる直前、私にこう言い遺したわ」
母は水晶を私の手に握らせた。
「『この力は、自分の信じる道を貫くために使いなさい』と」
信じる道。
「祖母は若い頃、この力で多くの人を守ったわ。戦場で、暗殺から、病魔から。でも、その力ゆえに利用されそうになったことが何度もある。だからお祖母さまは、最後までこう言い続けていたわ。
『力は誰かのためではなく、自分の信じる道のために使え』と」
母の目が、私を見つめる。
「エリアーナ、あなたは今、何を信じている?」
何を信じている、ですって?
私は唇を噛んだ。レオンハルトの冷たい言葉。
社交界の嘲笑。
あの屈辱。そして――あの人の優しかった頃の笑顔。
「……私は」
言葉が、喉から搾り出される。
「殿下を見返すことです」
母の表情が曇る。
「復讐のため?」
「いいえ」
私は水晶を握りしめた。温かい光が指の間からこぼれる。
「ただ逃げるんじゃない。ただ泣いて終わるんじゃない。私は、私の力で、私の道を進む。それを、あの人に見せつけてやりたいんです」
母はしばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと微笑んだ。
「そう。それがあなたの信じる道なのね」
「お母様、怒らないのですか?」
「怒る? どうして?」
母は私の頭を優しく撫でた。
「あなたは、誰かに言われたからではなく、自分の意志で今、決めたの。それこそがお祖母さまの望みよ。たとえそれが復讐であっても、自分の足で立ち、自分の道を歩もうとしているのなら、私もお祖母さまも止めないわ」
涙が溢れそうになったけど、堪えた。
「でも、気をつけて」
母の声が厳しくなった。
「結界魔術は、あなたを守る盾にも、あなたを狙う理由にもなる。この力を知る者は限られているけれど、いずれ知られる日が来る。その時、あなたは覚悟しなければならない」
「覚悟」
「そう。自分の力に、自分の選択に、責任を持つこと。それができるなら、私はあなたを止めないわ」
母は水晶を私の手に握らせたまま、両手で包み込んだ。
「あなたの結界魔術は、防御に特化している。攻撃魔法を無効化し、周囲を守る。それは、祖母が『誰かを傷つけるのではなく、守るために使った』力と同じ。だから私は信じるわ。あなたなら、この力を正しく使えると」
母の信頼が、胸に染み込む。
そうだ。私は、この力で守るんだ。
まず自分を。
そして――レオンハルトの顔が浮かんだ。
あの冷酷な表情と、その奥に見えた孤独。首を振った。
今は考えない。
「ありがとうございます、お母様」
私は立ち上がった。水晶を胸に抱く。
「この力で、私は必ず自分の道を進みます。殿下に、社交界に、そしてこの国に、エリアーナ・ハーヴェストという女がどれだけの存在か、思い知らせてやります」
母は悲しそうに、でも誇らしげに微笑んだ。
「行きなさい。そして、どんな道を選んでも、ここがあなたの帰る場所だということを忘れないで」
私は深く頷いて、部屋を出た。
廊下を歩く。手の中の水晶が、静かに輝き続けている。祖母の遺言。
「――この力は、自分の信じる道を貫くために使いなさい」
私の信じる道、それは、王子を見返すこと?
いいや、違う。それだけじゃない。
私は、私自身の力で、この人生を切り開くのよ。
誰にも屈しない。誰にも利用されない。
結界魔術は私の誇り。私の武器。そして、私の盾。
自室に戻ると、窓から王宮が見えた。あの塔の向こうに、レオンハルトがいる。
「見ていなさい」
私は水晶を握りしめた。金色の光が、部屋を満たす。
「私は、こんなところで終わらないわ」
これは、私の人生を取り戻す戦いだ。
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