婚約破棄されて男装騎士になったら、私を捨てた王子が溺愛してきます。

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第十四話

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宰相邸の書斎は、昼間でも薄暗かった。
分厚いカーテンが窓を覆い、外の光を遮断している。魔法の灯りだけが、室内を青白く照らしていた。
フェリックス・グレイモアは、父の前に立ち、報告を続けた。
「エリアーナ・ハーヴェストの行方は、依然として不明です」
ダルトン・グレイモアは、書類から目を上げることなく答えた。
「無能め」
低く、冷たい声。フェリックスは唇を噛んだ。
「しかし父上、手は尽くしています。ハーヴェスト家の使用人全員に聞き込みを行い、屋敷も調べましたが……」
「言い訳は聞きたくない」
ダルトンは羽根ペンを置き、息子を見据えた。灰色の瞳が、氷のように冷たい。
「あの令嬢が姿を消してから、何日経った?  三週間だぞ。三週間も、たった一人の娘を見つけられんとは」
「申し訳ございません」
フェリックスは頭を下げた。
ダルトンは立ち上がり、窓辺へと歩いた。カーテンの隙間から差し込む光が、宰相の横顔を照らす。
「ハーヴェスト家は何と言っている」
「田舎の別荘で静養中だと......」
「嘘だな」
ダルトンは断言した。
「侯爵家の令嬢が、婚約破棄された直後に、のんびりと静養などするものか。あの令嬢は優秀だ。優秀だからこそ、何かを企んでいる」
フェリックスは喉が渇くのを感じた。エリアーナの顔が、脳裏に浮かぶ。美しく、気高く、そして......遠い。
「父上は、あの令嬢がどこにいると......」
「分からん」
ダルトンは振り返った。
「だが、この王都のどこかにいるはずだ。あの令嬢は賢い。逃げるなら、もっと遠くへ行くだろう。だが行方不明になっただけで、国外へ逃亡したという情報はない」
「では......」
「隠れているのだ。王都のどこかに。目的があって」
ダルトンの目が細められた。
「復讐か。それとも、別の何かか」
フェリックスは拳を握りしめた。胸の奥に、焦りと苛立ちが渦巻く。
「父上、私は......」
「お前は何も言うな」
ダルトンは息子の言葉を遮った。
「お前の役目は一つだけだ。エリアーナ・ハーヴェストを見つけ出すこと。それ以外は考えるな」
「......はい」
ダルトンは書斎の奥から、一枚の紙を取り出した。魔法陣が描かれた設計図。
「戦争の準備は進んでいる。魔法兵器の開発も、最終段階に入った。だが......」
宰相は指で設計図を叩いた。
「結界使いがいなければ、兵器は完成しない。どれほど強力な魔法も、敵国の魔術師による妨害を受ければ無意味だ。味方の魔法を守り、敵の魔法を封じる。結界魔術は、戦争の鍵なのだ」
フェリックスは設計図を見つめた。複雑な魔法陣の中央に、大きな結界の図が描かれている。
「父上、しかし......結界魔術を使えるのは、エリアーナだけではないはずです。他の貴族の中にも......」
「いない」
ダルトンは断言した。
「結界魔術は、古代から王家に伝わる秘術だ。一般の貴族には伝わっていない。レオンハルト殿下の母君が最後の使い手だったが、五年前に病死した」
宰相は設計図を丸めた。
「今、この国で結界魔術を使えるのは、エリアーナ・ハーヴェストただ一人だ。だからこそ、あの令嬢は代わりがいない。必ず見つけ出さねばならん」
フェリックスは唇を噛んだ。エリアーナへの執着、父への恐れ、そして焦燥感。様々な感情が胸の中で渦巻く。
「父上......もし、あの令嬢が見つかったとして、協力を拒否したら......」
「拒否などさせん」
ダルトンの声は、鋼のように硬かった。
「説得するなり、脅迫するなり、家族を人質に取るなり、手段はいくらでもある。最悪の場合は......」
宰相は言葉を切った。
「魔術で意識を操ることも可能だ」
フェリックスの背筋に、冷たいものが走った。
「父上、それは......」
「戦争に勝つためだ」
ダルトンは息子を見据えた。
「お前は甘い。女一人の自由と、国の命運を天秤にかけてどうする。国が滅べば、すべてが終わる。あの令嬢を犠牲にしてでも、国を守らねばならん」
フェリックスは何も言えなかった。父の論理は、いつも正しく聞こえる。だが、心の奥に引っかかるものがあった。
ダルトンは再び書類に目を落とした。
「さて、お前に新しい情報がある」
「新しい情報、ですか」
「レオンハルト殿下の近くに、新しい騎士が配属されたそうだ」
フェリックスは眉をひそめた。
「騎士、ですか」
「ああ。近衛騎士団に、最近合格した新人らしい。名前はエリアス。若く、剣の腕は優秀だが......」
ダルトンは顔を上げた。
「殿下が、妙にその騎士を気に入っているそうだ」
「殿下が......?  」
フェリックスは意外そうな顔をした。レオンハルト殿下は、誰に対しても平等で、特定の人物を贔屓することはない。
「おかしいと思わんか」
ダルトンの目が、鋭く光った。
「殿下は婚約を破棄したばかりだ。女性を遠ざけているはずなのに、新人騎士に特別な関心を示している」
「まさか......」
「調べろ」
ダルトンは命じた。
「エリアスという騎士について、徹底的に調べろ。出自、経歴、容姿、すべてだ。何か隠しているかもしれん」
フェリックスは背筋を伸ばした。
「かしこまりました」
「行け。そして必ず、エリアーナ・ハーヴェストを見つけ出せ。結界使いは、代わりがいないのだ」
フェリックスは一礼し、書斎を後にした。
扉が閉まると、ダルトンは一人、窓の外を見つめた。曇り空の下、王都の街並みが広がっている。
「エリアーナ・ハーヴェスト......お前はどこにいる」
宰相は呟いた。
「早く見つけねば。時間は限られている」
書斎の静寂の中、野望と焦燥が渦巻いていた。
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