20 / 25
20.
しおりを挟む
「……あの、八つ当たりってなんだったの?」
ゆっくりと身体が離れて、ドギマギしながらそう聞いた。
ニコライは苦い顔をして、少し躊躇したあとで口を開いた。
「エイリスは遊び歩いているけど、本命の女性がいる」
「そうなの!?」
来るものは拒まず、去る者は追わないを地で行く人だと思っていた。
実際に彼と関係を持った女性の話によると、一夜限りのお相手ばかりだそうだし、相性が良くて逢瀬を重ねたとしても片手で足りるほどの回数程度で終わりになるらしい。
誰にも執着せず、誰からも本気になられないように遊ぶのが上手いのだという。
「その、女性が、僕のことを好きだと思い込んでるんだ」
「えっ、……ニコライの、ことを……?」
「誤解だ」
エイリスほどの人が本気になる女性。それほどの人が、ニコライを。
ものすごいショックを受けた瞬間、ニコライが強く否定した。
「あいつの勘違いなんだ。確かにその人とは仲が良いけど、本当に全く一切何もない。あっちも全く僕に興味ない」
「でも、もしかしたらってことも」
「ない。だって彼女が好きなのはエイリスだ」
「ええ!? 両想いじゃない! じゃあなんでそんな……」
「いろいろ複雑でね……まぁお互い言葉が足りないんだよ。余計なことはべらべら喋るくせに」
二人の間で苦労しているのか、ニコライが遠い目をした。
「誤解を解いてはあげないの?」
「やだよ。向き合うことから逃げて遊びまくってる奴らが悪い」
「ということはお相手の方も……?」
「貴族の悪癖にどっぷり浸かってる」
「それじゃあ確かに難しいかもしれないわね」
納得して頷く。
ニコライが苦い顔をした。
「……けど、今反省した。ローズを巻き込むくらいなら面倒でも頑張るよ。見当違いの嫉妬でローズと結婚した僕を逆恨みしてるんだ。何故彼女と結婚してやらなかったんだって。あいつもローズを気に入ってくれたと思っていたんだが……」
「たぶん、その女性のために一矢報いてあげたかったんでしょうね」
「おそらく。本当に、兄弟のつまらない揉め事だと思って放置してごめん」
そっと手を取って、辛そうな顔で指先にキスをする。自責の念が伝わって、胸が締め付けられた。
私よりもニコライの方がよっぽどショックを受けているようだった。
「あのねニコライ。すごく謝ってくれるのに申し訳ないんだけど、私、全然怖くなかったの」
安心させるように微笑んで言うと、ニコライが傷付いた顔をした。
たぶん、変な誤解をしている。
「……エイリスを、気に入った?」
捨てられた子猫みたいな顔で言われて、そんな場合ではないのにものすごくときめいてしまう。
「ばかね。違うわ」
破顔して、今度は自分からニコライを抱きしめる。
腕の中で彼の身体が戸惑うように強張った。
「エイリスが揶揄ってるだけだってすぐにわかったの。でもね、もう嘘でも誘い文句に乗るフリができなかった」
今までなら平気だった。強引な男を躱すための手段。誘惑されたフリで距離を詰めて、脈があるように見せかけるために触れるのを許すのだ。そうして調子に乗った相手から、失言を引き出して気分を害したと言って逃げる。
手っ取り早くて簡単な方法だったから、触れられてもなんとも思わなかった。
彼の言葉通り私を揶揄っただけなら、ちょっといじけて見せればエイリスは簡単に解放してくれただろう。
「だってね、」
少し身体を離して、視線を合わせるように顔を上げる。
離れるのは惜しかったけれど、どうしても目を見て話したかった。
「私、あなたを愛しているから。もう他の人に、ううん、自分に。どうしても嘘をつけなかったの。もう自分の身を守るためだとしても、誰にも触られたくないって心から思った。あなたじゃなきゃダメなの」
「ローズ……」
「だから今夜、私、あなたの部屋に行く。だから待っていて。本当の私を、あなただけのものにしてほしいの」
ニコライの目が潤んで、それを見られたくなかったのか強く抱きしめられた。
同じくらいの力で抱き返して、陶然と幸福に酔いしれた。
どこかで鐘の音がする。
まるで私達を祝福してくれているようだ。
そしてハッと気付く。
「大変! ギレン先生に怒られる!」
鐘は午後五時をお知らせする合図だった。
ゆっくりと身体が離れて、ドギマギしながらそう聞いた。
ニコライは苦い顔をして、少し躊躇したあとで口を開いた。
「エイリスは遊び歩いているけど、本命の女性がいる」
「そうなの!?」
来るものは拒まず、去る者は追わないを地で行く人だと思っていた。
実際に彼と関係を持った女性の話によると、一夜限りのお相手ばかりだそうだし、相性が良くて逢瀬を重ねたとしても片手で足りるほどの回数程度で終わりになるらしい。
誰にも執着せず、誰からも本気になられないように遊ぶのが上手いのだという。
「その、女性が、僕のことを好きだと思い込んでるんだ」
「えっ、……ニコライの、ことを……?」
「誤解だ」
エイリスほどの人が本気になる女性。それほどの人が、ニコライを。
ものすごいショックを受けた瞬間、ニコライが強く否定した。
「あいつの勘違いなんだ。確かにその人とは仲が良いけど、本当に全く一切何もない。あっちも全く僕に興味ない」
「でも、もしかしたらってことも」
「ない。だって彼女が好きなのはエイリスだ」
「ええ!? 両想いじゃない! じゃあなんでそんな……」
「いろいろ複雑でね……まぁお互い言葉が足りないんだよ。余計なことはべらべら喋るくせに」
二人の間で苦労しているのか、ニコライが遠い目をした。
「誤解を解いてはあげないの?」
「やだよ。向き合うことから逃げて遊びまくってる奴らが悪い」
「ということはお相手の方も……?」
「貴族の悪癖にどっぷり浸かってる」
「それじゃあ確かに難しいかもしれないわね」
納得して頷く。
ニコライが苦い顔をした。
「……けど、今反省した。ローズを巻き込むくらいなら面倒でも頑張るよ。見当違いの嫉妬でローズと結婚した僕を逆恨みしてるんだ。何故彼女と結婚してやらなかったんだって。あいつもローズを気に入ってくれたと思っていたんだが……」
「たぶん、その女性のために一矢報いてあげたかったんでしょうね」
「おそらく。本当に、兄弟のつまらない揉め事だと思って放置してごめん」
そっと手を取って、辛そうな顔で指先にキスをする。自責の念が伝わって、胸が締め付けられた。
私よりもニコライの方がよっぽどショックを受けているようだった。
「あのねニコライ。すごく謝ってくれるのに申し訳ないんだけど、私、全然怖くなかったの」
安心させるように微笑んで言うと、ニコライが傷付いた顔をした。
たぶん、変な誤解をしている。
「……エイリスを、気に入った?」
捨てられた子猫みたいな顔で言われて、そんな場合ではないのにものすごくときめいてしまう。
「ばかね。違うわ」
破顔して、今度は自分からニコライを抱きしめる。
腕の中で彼の身体が戸惑うように強張った。
「エイリスが揶揄ってるだけだってすぐにわかったの。でもね、もう嘘でも誘い文句に乗るフリができなかった」
今までなら平気だった。強引な男を躱すための手段。誘惑されたフリで距離を詰めて、脈があるように見せかけるために触れるのを許すのだ。そうして調子に乗った相手から、失言を引き出して気分を害したと言って逃げる。
手っ取り早くて簡単な方法だったから、触れられてもなんとも思わなかった。
彼の言葉通り私を揶揄っただけなら、ちょっといじけて見せればエイリスは簡単に解放してくれただろう。
「だってね、」
少し身体を離して、視線を合わせるように顔を上げる。
離れるのは惜しかったけれど、どうしても目を見て話したかった。
「私、あなたを愛しているから。もう他の人に、ううん、自分に。どうしても嘘をつけなかったの。もう自分の身を守るためだとしても、誰にも触られたくないって心から思った。あなたじゃなきゃダメなの」
「ローズ……」
「だから今夜、私、あなたの部屋に行く。だから待っていて。本当の私を、あなただけのものにしてほしいの」
ニコライの目が潤んで、それを見られたくなかったのか強く抱きしめられた。
同じくらいの力で抱き返して、陶然と幸福に酔いしれた。
どこかで鐘の音がする。
まるで私達を祝福してくれているようだ。
そしてハッと気付く。
「大変! ギレン先生に怒られる!」
鐘は午後五時をお知らせする合図だった。
応援ありがとうございます!
5
お気に入りに追加
2,077
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる