【完結】メンヘラ製造機の侯爵令息様は、愛のない結婚を望んでいる

当麻リコ

文字の大きさ
1 / 35

1.社交界にさようなら

しおりを挟む
「シェリル、キミにはがっかりだ。この婚約はなかったことにしてもらおう」

パーティーの最中だった。
しばらく席を外していた婚約者のリチャードが、戻るなりそんなことを言い出した。

「まさか同性愛者だったなんて……! すっかり騙されていた!」

リチャードはワナワナと震えながら顔を真っ赤にしているけれど、全く心当たりはない。

「一体なんのこと……? 私、あなたを騙したことなんて……」

困惑しながらも、彼を落ち着かせようと腕に触れようとした。
けれど彼は汚いものでも避けるように一歩後ずさった。

「嘘だ! 聞いたんだ! みんなが言っていた!」

段々とヒートアップして声が大きくなっていく。
みんなって誰? と戸惑って周囲を見回すと、クスクスと楽し気にこちらを見物している女性たちが目に入った。

ヴァネッサ・ファイロとその取り巻きたち。

彼女たちのせいかと瞬時に悟って目つきが鋭くなる。
彼が一人になる瞬間を見計らって、彼女たちは近づき進言したのだろう。
社交界デビューを果たして以来、彼女たちはずっと私のことを目の敵にしているから。

誇る気は一切ないが、客観的に見て私の容姿は異様なほどに整っている。
それはもう「絶世の」という形容がつくくらいに。

普通、容姿が優れているというのは本来ならばプラスに作用することが多いのだろうけど、私ほど行き過ぎたものになるとマイナス面が目立つ。

例えば、同性のやっかみを買う、といった方面で。

「どうせ金が目当てで俺を愛してるフリで取り入ってきたんだろう!」

決めつけるように言われて、どう答えるべきか悩む。
取り入るも何も、断ってもしつこくしつこくしつこく交際を迫ってきたのはリチャードだ。
そのしつこさに折れて、婚約を了承したのはつい先日のこと。
言いがかりもいいところだ。

お金には困っていないし、元々結婚願望もない。
パーティーに出席するのは結婚相手を探すためではなく、家の体面を保つためだ。

我がスカーディナ伯爵家はすでに年の離れた兄が継いでいて、領地経営も順調だ。
その足を引っ張らないように、最低限の顔繋ぎをしていただけ。
兄の妻である義姉も含め家族仲も良好だし、さらに言えば「行き遅れたらずっとうちにいればいい」と言われているくらいだ。
確かにリチャードの生家であるホーキンス侯爵家より爵位は下だが、歴史の長さでも財力でも負けていない。
ゆえに縋りついてでも彼と結婚しなければいけない理由なんてない。

「ええとそうね……では、それでよろしくてよ」
「は?」

そんな返答は予期していなかったのか、リチャードが目を白黒させる。
泣いて嫌がるとでも思ったのだろうか。

「婚約は破棄でよろしいと申し上げておりますの」

もう否定するのも面倒くさい。

顔がいいことのマイナス面その2。
言い寄ってくる男性が多すぎて、さばき切れないことにある。
しかも妙に自信がある人ばかりなので性質が悪い。断っても断っても「本当の愛を知らないだけ」「きっと俺を好きにさせてみせる」と強引に迫ってくる人が多いのだ。

そういったことに辟易していたから結婚を決めたようなものだ。
既婚者になってしまえば、さすがに言い寄られることもなくなるだろうと思ったから。
リチャードとの婚約は、しつこく言ってくる人の中でも家柄が釣り合っていることや財力が同程度であるか、年齢が近いかを考慮の上で決めた。
お金目当てではないけれど、彼の言う通り愛はなく打算があったのは確かだ。

「そもそも最初に『あなたへの愛はないけどよろしいですか』と確認をいたしましたわよね?」

少しイライラした口調になってしまうのはご愛敬だ。

「それは、そうだが……照れ隠しだと」

本気か。
呆れてしまう。
何も聞いてくれていなかったのか。
結構真面目に話してきたつもりなんだけどな。
何も言わずに利用するのはフェアじゃないと思ったから、結婚を決めた理由を正直に開示したのにこれか。

それでも構わない大事にする、でもいつか好きになってもらえるように頑張らせてと笑った彼に、少なからず心を打たれた。
だから私からも愛そうと努力していたのに。

結局この人は私の外側だけが大切で、それを手に入れるために調子のいいことを言っていたのだ。
だからこんなくだらない噂で。

「馬鹿馬鹿しい」

ため息交じりに吐き捨てる。

だいたい、婚約程度では効果は薄かったのだ。
婚約を発表したあとも言い寄る男性は後を絶たず、リチャードなんてやめて俺にしなよと隙あらば言い寄ってくる。このままでは結婚してからも効果は望めない。
その上で肝心のリチャードすらこの有様なら、この婚約にメリットなんて一切ない。

「言い訳の一つもしたらどうなんだ……!?」

少しも動じない私に、自分が劣勢なことに気付いたのかリチャードの声が上擦り始める。

「そうだと言ったらどうなのです?」
「なんだと!?」

聞き耳を立てていたらしい周囲が一気にざわつき始めた。

男性たちの「どうりでなびかないはずだ……」という、勝手に自信を回復させる囁きに真顔になる。
女性たちの「やけに目が合うと思いましたわ」という自惚れた嘆きも耳に入る。

社交界、ナルシスト多すぎませんか。

「私もあなたにがっかりですわ。婚約者より『みんな』の言うことを信じるのですね」
「そっ、それは仕方ないだろう! 嘘だったらあんなに何人も言うはずがない!」
「全員がグルだとはお考えにならないの?」

強固に言い張るリチャードは、婚約者である私の意見に耳を貸す気はないらしい。

「そんな非常識なことがあるものか! 君に迫られたという女性も何人もいた! 俺の名を使って脅すような真似もしたらしいな!」

ちらりとヴァネッサに視線を向ける。
彼女は美しい顔を意地悪く歪めて、私たちの成り行きを他人事のように見ていた。

彼女は自分の容姿を疎む私とは違い、その美を武器に他の令嬢達を従え、徒党を組んでは自分より目立つ女性を陥れるのを日課としている。
きっとあそこにいる取り巻き以外にも、私が「同性愛者である」という噂を流すのに一役買っている手下がそこかしこにいるのだろう。

そこでハタと気付く。
もしかしたら、リチャードにとっては噂が真実かはもうどうでもいいのかもしれない。そういう噂が立つ女を妻にすることで、自分が悪く言われるのが嫌なのだ。

だとしたら、やはり別れてあげるのが正解だろう。

「確かにそんなひどい女性とは別れるべきね」

視線をリチャードに戻してきっぱりと言う。

「今日限りで終わりにしましょう、リチャード。もう二度と話しかけないから安心してちょうだい」

それを負け惜しみと取ったのか、ヴァネッサたちが声を抑えて笑い合うのが視界の隅に入った。

「本当にそれでいいのか!? 噂が広まれば社交界にはいられなくなるんだぞ!」

望み通りのことを言ってあげたのに、リチャードはなぜか頷いてくれない。

いいのかも何も、公衆の面前で私を侮辱したのはリチャードだ。
まだヴァネッサの周辺にだけ捏造された噂だったのに、彼の手によって今、この場にバラまかれたのだ。

「今この場でそれは嘘だと証明できれば、オレはキミを信じる」

ああなるほど。
『みんな』の間に流れる噂を、払拭する機会を与えてくださったということか。

そうすれば噂は否定され、騙されているという彼への不名誉な噂が発生することもなくなる。
なんなら証明手段次第では、私が彼を愛しているというアピールにもなるのだ。

「まあお優しい方ですこと」

儚げに微笑んで見せれば、リチャードの顔に喜色が満ちた。
私が彼への愛を実演することにしたとでも思ったのだろう。
だけど残念ながらヴァネッサが仕組んだ喜劇のせいで、愛は芽生えるより先に腐り落ちてしまった。

「でも結構ですわ。さようなら、リチャード・ホーキンス様」

深々と頭を下げて、他人行儀に別れを告げる。

顔だけで言い寄ってくる男性たちにも、それに嫉妬丸出しで嫌がらせしてくる女性たちにもうんざりだ。
皮一枚剥がせばみんな同じ肉と骨の塊なのに。

私が同性愛者という噂はあっという間に広がるだろうけど、むしろ望むところだ。

私はもう、見た目重視のこの社交界から遠ざかりたかった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

殿下、私以外の誰かを愛してください。

ハチワレ
恋愛
公爵令嬢ラブリーは、第一王子クロードを誰よりも愛していました。しかし、自分の愛が重すぎて殿下の負担になっている(と勘違いした)彼女は、愛する殿下を自由にするため、あえて「悪役令嬢」として振る舞い、円満に婚約破棄されるという前代未聞の計画を立てる。協力者として男爵令嬢ミリーを「ヒロイン役」に任命し、準備は整った。

『やりたくないからやらないだけ 〜自分のために働かない選択をした元貴族令嬢の静かな失踪〜』

鷹 綾
恋愛
「やりたくないから、やらないだけですわ」 婚約破棄をきっかけに、 貴族としての役割も、評価も、期待も、すべてが“面倒”になった令嬢ファーファ・ノクティス。 彼女が選んだのは、復讐でも、成り上がりでもなく―― 働かないという選択。 爵位と領地、屋敷を手放し、 領民の未来だけは守る形で名領主と契約を結んだのち、 彼女はひっそりと姿を消す。 山の奥で始まるのは、 誰にも評価されず、誰にも感謝せず、 それでも不自由のない、静かな日々。 陰謀も、追手も、劇的な再会もない。 あるのは、契約に基づいて淡々と届く物資と、 「何者にもならなくていい」という確かな安心だけ。 働かない。 争わない。 名を残さない。 それでも―― 自分の人生を、自分のために選び切る。 これは、 頑張らないことを肯定する物語。 静かに失踪した元貴族令嬢が、 誰にも縛られず生きるまでを描いた、 “何もしない”ことを貫いた、静かな完結譚。

遊び人の令嬢が目を付けたのは、私の真面目な婚約者でした

おいどん
恋愛
子爵家の令嬢エリーネと伯爵家の次男のノルトが婚約を結んだのは、半年前だった。 真面目で優秀なノルトに相応しい婚約者であろうとするものの、エリーネには自信がなかった。 ある日、遊び人と噂の令嬢べルティーナとノルトが共にいるところを見てしまう。 「真面目クンは壁さえ破っちゃえばこっちのもんだからね〜」 「きっと、彼女の美しさに嫉妬しているのだわ…」 「…今度は、ちゃんと言葉にするから」

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

誰も愛してくれないと言ったのは、あなたでしょう?〜冷徹家臣と偽りの妻契約〜

山田空
恋愛
王国有数の名家に生まれたエルナは、 幼い頃から“家の役目”を果たすためだけに生きてきた。 父に褒められたことは一度もなく、 婚約者には「君に愛情などない」と言われ、 社交界では「冷たい令嬢」と噂され続けた。 ——ある夜。 唯一の味方だった侍女が「あなたのせいで」と呟いて去っていく。 心が折れかけていたその時、 父の側近であり冷徹で有名な青年・レオンが 淡々と告げた。 「エルナ様、家を出ましょう。  あなたはもう、これ以上傷つく必要がない」 突然の“駆け落ち”に見える提案。 だがその実態は—— 『他家からの縁談に対抗するための“偽装夫婦契約”。 期間は一年、互いに干渉しないこと』 はずだった。 しかし共に暮らし始めてすぐ、 レオンの態度は“契約の冷たさ”とは程遠くなる。 「……触れていいですか」 「無理をしないで。泣きたいなら泣きなさい」 「あなたを愛さないなど、できるはずがない」 彼の優しさは偽りか、それとも——。 一年後、契約の終わりが迫る頃、 エルナの前に姿を見せたのは かつて彼女を切り捨てた婚約者だった。 「戻ってきてくれ。  本当に愛していたのは……君だ」 愛を知らずに生きてきた令嬢が人生で初めて“選ぶ”物語。

婚約破棄されたので公爵令嬢やめます〜私を見下した殿下と元婚約者が膝をつく頃、愛を囁くのは冷酷公爵でした〜

nacat
恋愛
婚約者に裏切られ、蔑まれ、全てを失った公爵令嬢リリアナ。 「あなたのような女、誰が愛すると?」そう言い放った王太子と元友人に嘲られても、彼女は涙を見せなかった。 だが、冷たく美しい隣国の公爵セドリックと出会った瞬間、運命は静かに動き出す。 冷酷と噂された男の腕のなかで、彼女は再び自分を取り戻していく。 そして――彼女を捨てた者たちは、彼女の眩い幸福の前に膝をつく。 「これは、ざまぁを通り越して愛された令嬢の物語。」

【完結】婚約を解消されたら、自由と笑い声と隣国王子がついてきました

ふじの
恋愛
「君を傷つけたくはない。だから、これは“円満な婚約解消”とする。」  公爵家に居場所のないリシェルはどうにか婚約者の王太子レオナルトとの関係を築こうと心を砕いてきた。しかし義母や義妹によって、その婚約者の立場さえを奪われたリシェル。居場所をなくしたはずの彼女に手を差し伸べたのは、隣国の第二王子アレクだった。  留学先のアレクの国で自分らしさを取り戻したリシェルは、アレクへの想いを自覚し、二人の距離が縮まってきた。しかしその矢先、ユリウスやレティシアというライバルの登場や政治的思惑に振り回されてすれ違ってしまう。結ばれる未来のために、リシェルとアレクは奔走する。  ※ヒロインが危機的状況に陥りますが、ハッピーエンドです。 【完結】

【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

処理中です...