19 / 91
19.船長と海賊初心者
しおりを挟む
海賊船に乗ってから三日が経った。
食事の準備にも少し慣れ、体力にも心にも余裕が出来てきた。
船員たちはフレンドリーで、私を見かけるたびに挨拶や馬鹿話をしてくれる。
船内の構造も覚えつつ、少しでも自分のやれることを増やそうと工夫していた。
「明日は雨になる。少し荒れるから酔い覚まし使うなら早めにな」
一日の仕事を終え、私の部屋に様子を見に来たウィルが言った。
置きっぱなしの椅子に座り、長い足を組む。
「わかるの?」
「あん?」
「雨が降るって。まだ星が見えているわ」
丸窓から見える空はキラキラと輝いていて、とても雨が降るとは思えない。それなのにウィルは確信を持った口調だった。
「ああ。それくらいずっと海にいりゃわかる」
「本当に? 船長って海賊になってどれくらいなの?」
「ウィルでいい。数えちゃいねーが海自体はガキの頃からずっとだ」
「子供の時から? 実家が漁師さんとかなの?」
「似たようなもんだな。天気くらいなら風でわかる」
「すごい! どんな感じなら雨なの? 湿っぽい感じもしないのに」
「肌感覚とでもいうのか……説明は難しいな」
職人の域に達すると分かる世界みたいなものだろうか。
私にはまったく理解できない感覚に、しきりに感心しながら質問責めにしていると、ウィルが苦笑した。
うるさくしすぎたかもしれないと少し恥ずかしくなって口を閉じる。
「昔のアランみてぇ」
懐かしそうに眼を細めながら私の頭に優しく手を置いた。
そのまま風呂上がりで乾きかけの髪を撫でられる。
「……子供のころのアランを知っているの?」
「今でもガキだけどな。あいつはミゲルの息子だ」
「そうなの!?」
驚いて思わず大きな声が出る。
ミゲルはこの船の船員だ。全体的に若い船員たちの中で、おそらく最年長だろう。鋭い眼光の持ち主だが、怖い感じはしなかった。
無邪気全開のアランとは似ていないが、言われてみれば確かにアランと同じ髪色をしている。
へーそうだったんだぁ、と思っている間にも、頭は撫でられ続けている。
ちょくちょくされているが、人の頭を撫でるのが好きなのだろうか。それとも子供時代のアランによくしてやっていたのだろうか。
「……いつも思ってたが、綺麗な髪をしているな」
髪の先に指を絡めながらウィルが言う。
テオにも言われたが、妙に改まった態度で言われるとなんだか恥ずかしい。
くるくると指に巻き付けても、柔らかい髪はするりとほどけて落ちていく。
「お手入れの道具がないから、すぐに痛むわ」
「もったいねぇ」
「潮風って髪に悪いんでしょう?」
「だな。あんま甲板出んなよ」
「いやよ。せっかくの海なのに」
今日だけでも何度か船上に出ている。
海の匂いと風が、すっかり気に入ってしまったのだ。
城での息の詰まる生活を、忘れられるくらいに爽快だった。
「じゃあテオに毎日まとめてもらえ。そんでなんかかぶっておけ」
今日もやってもらっていただろう、と何の気なしに言われて驚く。
どうやらとっくにバレていたらしい。
テオは大丈夫だろうか。何か罰を受けていないといいのだけど。
心配になったが、ウィル自身が髪をやってもらえと言うのだから、きっと問題ないのだろう。
それにしても随分過保護だ。しかも私にではなく、私の髪に対して。
「……ウィルって髪フェチなの?」
胡乱な目で見ると、ウィルが盛大に顔をしかめた。
「ちっげーよばーか!」
子供みたいな悪口を言って、ペンと軽く額を叩かれる。
「いったーい!」
ちっとも痛くはなかったが、額を押さえて大袈裟に痛がって見せる。
そんな演技にウィルは騙されることもなく、さらに追い打ちをかけるようにぺちぺちと私を攻撃したあとで、もう一度「ばーか」と言って部屋を出ていった。
なんだあいつ。
呆れつつベッドに潜りこむ。
ウィルは変な男だ。
妙な迫力があって、隙が無くて、いつも楽しそうで、表情の振り幅が大きい。
見ていて飽きない存在だった。
食事の準備にも少し慣れ、体力にも心にも余裕が出来てきた。
船員たちはフレンドリーで、私を見かけるたびに挨拶や馬鹿話をしてくれる。
船内の構造も覚えつつ、少しでも自分のやれることを増やそうと工夫していた。
「明日は雨になる。少し荒れるから酔い覚まし使うなら早めにな」
一日の仕事を終え、私の部屋に様子を見に来たウィルが言った。
置きっぱなしの椅子に座り、長い足を組む。
「わかるの?」
「あん?」
「雨が降るって。まだ星が見えているわ」
丸窓から見える空はキラキラと輝いていて、とても雨が降るとは思えない。それなのにウィルは確信を持った口調だった。
「ああ。それくらいずっと海にいりゃわかる」
「本当に? 船長って海賊になってどれくらいなの?」
「ウィルでいい。数えちゃいねーが海自体はガキの頃からずっとだ」
「子供の時から? 実家が漁師さんとかなの?」
「似たようなもんだな。天気くらいなら風でわかる」
「すごい! どんな感じなら雨なの? 湿っぽい感じもしないのに」
「肌感覚とでもいうのか……説明は難しいな」
職人の域に達すると分かる世界みたいなものだろうか。
私にはまったく理解できない感覚に、しきりに感心しながら質問責めにしていると、ウィルが苦笑した。
うるさくしすぎたかもしれないと少し恥ずかしくなって口を閉じる。
「昔のアランみてぇ」
懐かしそうに眼を細めながら私の頭に優しく手を置いた。
そのまま風呂上がりで乾きかけの髪を撫でられる。
「……子供のころのアランを知っているの?」
「今でもガキだけどな。あいつはミゲルの息子だ」
「そうなの!?」
驚いて思わず大きな声が出る。
ミゲルはこの船の船員だ。全体的に若い船員たちの中で、おそらく最年長だろう。鋭い眼光の持ち主だが、怖い感じはしなかった。
無邪気全開のアランとは似ていないが、言われてみれば確かにアランと同じ髪色をしている。
へーそうだったんだぁ、と思っている間にも、頭は撫でられ続けている。
ちょくちょくされているが、人の頭を撫でるのが好きなのだろうか。それとも子供時代のアランによくしてやっていたのだろうか。
「……いつも思ってたが、綺麗な髪をしているな」
髪の先に指を絡めながらウィルが言う。
テオにも言われたが、妙に改まった態度で言われるとなんだか恥ずかしい。
くるくると指に巻き付けても、柔らかい髪はするりとほどけて落ちていく。
「お手入れの道具がないから、すぐに痛むわ」
「もったいねぇ」
「潮風って髪に悪いんでしょう?」
「だな。あんま甲板出んなよ」
「いやよ。せっかくの海なのに」
今日だけでも何度か船上に出ている。
海の匂いと風が、すっかり気に入ってしまったのだ。
城での息の詰まる生活を、忘れられるくらいに爽快だった。
「じゃあテオに毎日まとめてもらえ。そんでなんかかぶっておけ」
今日もやってもらっていただろう、と何の気なしに言われて驚く。
どうやらとっくにバレていたらしい。
テオは大丈夫だろうか。何か罰を受けていないといいのだけど。
心配になったが、ウィル自身が髪をやってもらえと言うのだから、きっと問題ないのだろう。
それにしても随分過保護だ。しかも私にではなく、私の髪に対して。
「……ウィルって髪フェチなの?」
胡乱な目で見ると、ウィルが盛大に顔をしかめた。
「ちっげーよばーか!」
子供みたいな悪口を言って、ペンと軽く額を叩かれる。
「いったーい!」
ちっとも痛くはなかったが、額を押さえて大袈裟に痛がって見せる。
そんな演技にウィルは騙されることもなく、さらに追い打ちをかけるようにぺちぺちと私を攻撃したあとで、もう一度「ばーか」と言って部屋を出ていった。
なんだあいつ。
呆れつつベッドに潜りこむ。
ウィルは変な男だ。
妙な迫力があって、隙が無くて、いつも楽しそうで、表情の振り幅が大きい。
見ていて飽きない存在だった。
20
あなたにおすすめの小説
婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!
柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
「無能」と捨てられた少女は、神の愛し子だった――。 凍てつく北の地で始まる、聖獣たちと冷徹公爵による「世界一過保護な」逆転生活。
秦江湖
恋愛
魔法適性「鑑定」がすべてを決める、黄金の国ルミナリス。 名門ベルグラード公爵家の末娘アデリーンは、十五歳の鑑定式で、前代未聞の『鑑定不能(黒の沈黙)』を叩き出してしまう。
「我が家の恥さらしめ。二度とその顔を見せるな」
第一王子からは婚約破棄を突きつけられ、最愛の三人の兄たちからも冷酷な言葉とともに、極寒の地「ノースガル公国」へ追放を言い渡されたアデリーン。
着の身着のままで雪原に放り出された彼女が出会ったのは、一匹の衰弱した仔狼――それは、人間には決して懐かないはずの『伝説の聖獣』だった。
「鑑定不能」の正体は、魔力ゼロなどではなく、聖獣と心を通わせる唯一の力『調律師』の証。
行き倒れたアデリーンを救ったのは、誰もが恐れる氷の公爵ゼノスで……。
「こんなに尊い存在を捨てるとは、黄金の国の連中は正気か?」
「聖獣も、私も……お前を離すつもりはない」
氷の公爵に拾われ、聖獣たちに囲まれ、これまでの不遇が嘘のような「極上溺愛」を享受するアデリーン。
一方で、彼女を捨てた黄金の国は、聖獣の加護を失い崩壊の危機に直面していた。
慌ててアデリーンを連れ戻そうとする身勝手な王族たち。
しかし、彼らの前には「復讐」の準備を終えたアデリーンの兄たちが立ちはだかる。
「遅いよ。僕らのかわいい妹を泣かせた罪、一生かけて償ってもらうからね」
これは、すべてを失った少女が、真の居場所と愛を見つけるまでの物語。
鉄壁騎士様は奥様が好きすぎる~彼の素顔は元聖女候補のガチファンでした~
二階堂まや♡電書「騎士団長との~」発売中
恋愛
令嬢エミリアは、王太子の花嫁選び━━通称聖女選びに敗れた後、家族の勧めにより王立騎士団長ヴァルタと結婚することとなる。しかし、エミリアは無愛想でどこか冷たい彼のことが苦手であった。結婚後の初夜も呆気なく終わってしまう。
ヴァルタは仕事面では優秀であるものの、縁談を断り続けていたが故、陰で''鉄壁''と呼ばれ女嫌いとすら噂されていた。
しかし彼は、戦争の最中エミリアに助けられており、再会すべく彼女を探していた不器用なただの追っかけだったのだ。内心気にかけていた存在である''彼''がヴァルタだと知り、エミリアは彼との再会を喜ぶ。
そして互いに想いが通じ合った二人は、''三度目''の夜を共にするのだった……。
グリモワールの塔の公爵様【18歳Ver】
屋月 トム伽
恋愛
18歳になり、結婚が近いと思われたプリムローズは、久しぶりに王都の邸にいる婚約者に会いに行っていた。
だけど、義姉クレアと婚約者ジャンのベッドインを目撃してしまい、婚約破棄されてしまったプリムローズ。
プレスコット伯爵家から追い出すための名目で、金持ちの子爵様に売られるも同然の後妻に入ることになったプリムローズ。
そんなある日、夜会で出会ったクライド・レイヴンクロフト次期公爵様から結婚をもうしこまれる。
しかし、クライドにはすでに親の決めた婚約者がおり、第2夫人でいいなら……と、言われる。
後妻に入るよりは、第2夫人のほうがマシかもとか思っていると、約束だ、と頬にキスをされた。
「必ず迎え入れる」と約束をしたのだ。
でも、クライドとのデートの日にプリムローズは来なかった。
約束をすっぽかされたと思ったクライドは、その日から一向にプリムローズと会うことはなかった。
時折出す手紙のやり取り。プリムローズがどうしたいのかわからないクライドは困惑していた。
そして、プレスコット家での現状を知り、クライドはプリムローズをプレスコット伯爵邸から連れ出し、グリモワールの塔に連れて行き……。
最初は、形だけの結婚のつもりかと思っていたのに、公爵様はひどく甘く、独占欲の固まりだった。
※以前投稿してました作品を【18歳Ver】に書き直したものです。
【完結】王子から婚約解消されましたが、次期公爵様と婚約して、みんなから溺愛されています
金峯蓮華
恋愛
ヴィオレッタは幼い頃から婚約していた第2王子から真実の愛を見つけたと言って、婚約を解消された。
大嫌いな第2王子と結婚しなくていいとバンザイ三唱していたら、今度は年の離れた。筆頭公爵家の嫡男と婚約させられた。
のんびり過ごしたかったけど、公爵夫妻と両親は仲良しだし、ヴィオレッタのことも可愛がってくれている。まぁいいかと婚約者生活を過ごしていた。
ヴィオレッタは婚約者がプチヤンデレなことには全く気がついてなかった。
そんな天然気味のヴィオレッタとヴィオレッタ命のプチヤンデレユリウスの緩い恋の物語です。
ゆるふわな設定です。
暢気な主人公がハイスペプチヤンデレ男子に溺愛されます。
R15は保険です。
今宵、薔薇の園で
天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。
しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。
彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。
キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。
そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。
彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる