【完結】追放令嬢は海賊生活を謳歌する

当麻リコ

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41.陸上生活⑩

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シャワーを浴びて、二階の部屋に向かう。

途中に通った食堂はすっかり片付いて綺麗になっていた。
さっきまであんなに騒がしかったのが嘘みたいに、しんと静まり返っている。

みんなもう夜の街に繰り出しているらしい。

少し寂しいと感じてしまって苦笑する。
なんて我儘なことを思っているのだろう。
私に気遣ってくれた結果だと言うのに。

部屋に戻って、テオがくれた髪飾りで生乾きの髪をくるりとまとめる。
現世で不便を感じたことはあまりなかったが、ドライヤーがないのはちょっと厄介だ。
どれだけ気を付けても、髪の毛は傷んでいく一方だ。
王宮暮らしに散々お手入れしていたあの髪質は、今や見る影もなかった。
それに、濡れたままの髪が首筋にあるのが鬱陶しくて仕方ない。
そう考えると、楽に留められるタイプの髪飾りをチョイスしてくれたテオには感謝しかない。

テオがいるであろう飲み屋街の方面に向かって拝んでいると、ドアがノックされた。

こんな時間に誰だろう、と返事をしつつドアのカギを開けると、扉の向こうにウィルが呆れた顔で立っていた。

「おまえなぁ」
「あれ? どうしてまだいるの?」
「んなこたいいんだよ何開けてんだ馬鹿」
「馬鹿とはなによ自分でノックしたんじゃない」
「馬鹿だろうが確認もせず開けたら鍵の意味ないだろ馬鹿」
「あ」

そういえばそうね、と声を上げた瞬間べちっと額を叩かれた。

「いたい!」
「お仕置きだ馬鹿」
「何度も馬鹿馬鹿言わないでくれる⁉」
「お客さん夜はお静かに願いますよ」

しー、と口許に人差し指を立てながら、部屋に入ってきたウィルが後ろ手にドアを閉める。
確かに声が大きかったと気付いて、慌てて手で口を覆う。

「……さっぱりしたか?」
「うん。おかげさまで。ありがとうねウィル」

言って、ベッドに腰掛けながらウィルに椅子を勧める。

「でもどうしてここに? みんなと飲みに行ったんじゃなかったの?」
「ああ、ちょっと忘れ物してな」
「そうなの? 何忘れたの? お財布?」
「いや、いいんだ。勘違いだった」

椅子をこちらに寄せて、ウィルがドカッと腰を下ろした。
船の自室より広いのにいつもの距離が落ち着くのか、すぐ近くだ。手を伸ばせば触れられる。

「じゃあもう行っちゃうの……?」

言った瞬間、縋るみたいな声だったことを自覚して恥ずかしくなる。
案の定、ウィルが神妙な顔つきになる。いつもはこんなこと言わないから、気持ち悪かったのかもしれない。
私だってこんなこと言うつもりなかった。
さっき寂しいと思ってしまっていたところに、タイミングよくウィルがきたせいだ。
きっとそうに違いない。

「ごめん、さっきまで騒がしかったのが急に静かになっちゃったからつい」

慌てて言い訳するが、ウィルは何も言わなかった。
私もそれ以上何も言えなくなって、沈黙が続いた。
気まずくなって俯く。

いつも船で夜に来てくれるときは、沈黙の時間があっても気まずくなんてならなかった。
波の音が聞こえて、小さな窓から星空が見えて、二人でそれを見ながら静かな時間を過ごすのが好きだった。

ここは何の音もしない。
窓の外も曇っていてよく見えない。

何か別の話を切り出したいのに、上手く言葉が出てこなかった。

「ひゃっ」

前触れもなく手がうなじのあたりに触れて、ビクッ身体が跳ねた。

それはうなじではなく、くるりと髪をまとめた髪飾りに触れているのだと気付く。
過剰反応したのが恥ずかしくて、顔を上げられなかった。

「あ、これ、テオがくれて、」

誤魔化すように言った瞬間、ぱちんと髪飾りが外されて言葉が途切れる。
ばさっと髪がほどけ落ちた。
すぐ近くのサイドテーブルに、コトンと音を立てて髪飾りが置かれる。

「……髪、少し傷んできたな」
「う……ん、少しっていうか、だいぶ、だけど」

髪の先をすくい上げ、静かにウィルが言う。
いつもとは違う調子の声に、少し戸惑った。
心臓のリズムがわずかに狂い始める。

「手入れの道具が必要だな」

サイドの髪をかき上げて耳に掛けながら言う。ぞわぞわと、嫌悪とは別の感覚が首筋を駆け上がる。
冗談めかした感じもなく、真面目な顔のまま言うので茶化すことも出来ない。

指先が耳に触れる。
カツ、と爪が珊瑚のピアスに当たる音がした。

「ピアスはその、アルが、」

仲間って認めてくれたのかなとか心の籠ったプレゼントって嬉しいのねとか。
焦ったようにひとり喋り続けるが、ウィルは笑ってくれない。

無言のまま反応がなくて、すぐに勢いを失う。
結局また何も言えなくなって俯いた。

ウィルの手が器用にピアスを外していく。
触れる場所が燃えるように熱い。
甘い痺れがそこかしこに走って、身体が震えそうになる。
心臓がやけにうるさい。
この静かな空間では、ウィルに聞こえてしまいそうなほどだった。

髪飾りが外され、ピアスも奪われて。
船に乗った初日と重なる光景なのに、湧き上がってくるのはまったく別の感情だ。

髪飾りとピアスはサイドテーブルの引き出しにしまわれて、私の視界から消されてしまった。
せっかくもらったものをどうして、と抗議するべきなのに、ウィルの目を見たら何も言えなくなってしまった。

少し後悔しているような、でもどこか満足げな。

しばらく見つめ合ったまま、何も言わないでいた。
ウィルの手の平が首筋を這う。
ぞくりと肌が粟立った。

すぐにでも手を離してほしいのに、ずっと触れていて欲しいような妙な感覚だ。

「……つけたまんま寝ると怪我すっから」

わかりきったことを言い訳のように言って目を逸らす。自分でも不自然なことをしていると自覚があるのだろう。

「……外で飲んでくる」

誤魔化すように立ち上がって背を向ける。
離れていく手が惜しかった。

何も言えずにいると「鍵を閉めろよ」とだけ言って彼は部屋を出ていった。

人の心を搔き乱すだけ搔き乱して、勝手な男だ。

どうせまた女を抱きに行くのだろう。

そう思うと胸が痛かった。
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