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79.過去のこと
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有能だと評判のその青年に、会って話をしてみたいと思っていた。
私はまだ幼かったけれど、もう国のために身を尽くす覚悟は出来ていたから、国の護りの要である海軍の人間と繋ぎを作っておきたかったというのもある。
けれどただ純粋に、私と十歳ほどしか違わない優秀な人間を見てみたかった。
一度パーティで会う機会があったのに、アーヴァイン家と顔を繋ごうと必死な貴族たちを捌ききれず断念したことがある。
結局、海軍の人間が一貴族の小娘なんかに挨拶に来ることもなく、顔を見ることさえ叶わなかった。
覚えているのは女性たちに囲まれた、背の高い男の後ろ姿だけ。
そのわずか半年後に彼は准将となり、その後たった半年でその栄光の道を閉ざした。
許されない大罪を犯したとされ、裁判にかけられることもなく、死刑の烙印を押された。
その大罪の内容も明らかにされず、明らかに異常な処遇を受けたにも関わらず、大したニュースにもならずひっそりと消されてしまった将来有望な若者。
死んでしまったのだと思っていた。
もう二度と会うことは叶わないのだと、そう諦めていた人が今目の前にいる。
「刑は執行されなかった、ということ?」
「ああ。逃がしてくれた人がいた」
淡々と言って、私の髪を梳くように撫でる。
「……なにをしたの」
「なにも」
「なにも?」
「上層部の不正を告発しようとしただけ」
「不正……?」
「海軍は腐りきってた。一部の海賊どもと癒着して、金を貰う代わりに見逃してやっていた。ついでに貴族連中とも繋がってて便宜を図ってやってた」
「そんな……」
「出世したら見えるものが増えた。不自然で汚い金の流れとか怪しい人間の出入りとか」
無表情に語るが、なぜかとても痛々しく見える。
単純な昔話ではない。これは海軍に夢見て邁進した青年の、絶望の話だ。
「海軍は正義だなんて大昔の話だ。胸に正義を刻んだ連中は内側から根腐れ起こしてその腐敗臭を国中にまき散らしてたってわけだ」
自嘲するように言って、短く嘆息する。
「それに気付いて正そうとしたら抹殺された。そらそうなるわ」
「……あなたを助けたのは誰なの」
「とんでもねぇ狸爺がいてな。三人いる大将の一人だ。他二人と同じように自分も悪事に染まっているフリをしながら、そいつらの失脚を着々と狙ってる」
「実は良い人だったってこと?」
「そんな殊勝なタマかよ。俺を逃がしたのだって善意からじゃなく便利な手駒が増えるからってだけだろう」
死刑を免れても無罪になったわけではない。
事実世間ではクローゼ准将は刑を受けて死んだことになったままだ。
死人が街を闊歩するわけにもいかない。身を隠し、闇に紛れ、真っ当に生きることを放棄するしか選択肢がない。
戸籍を無くした彼は、確かに便利に使うことが出来るだろう。
何度も海賊に襲われるのも、商船を襲ったのも、きっとその偉い人からの指示だったのだろう。
「それでウィルは海賊になって外側から海軍を正そうとしているの?」
「そんな大層なもんじゃねぇ。ただムカつくから全部ぶっ潰してってるだけだ」
そう言って笑う彼は確かに正義からはかけ離れた表情をしていた。
凄味のある笑みはどこまでも悪役染みていて、とても正義を貫こうとしている人間には見えなかった。
胸のタトゥーを思い出す。
消された正義の文字は焼け爛れ、火傷の跡を治そうとすらしていない。
彼の正義は海軍としての生を終えた時に死んでしまったのだ。
私はまだ幼かったけれど、もう国のために身を尽くす覚悟は出来ていたから、国の護りの要である海軍の人間と繋ぎを作っておきたかったというのもある。
けれどただ純粋に、私と十歳ほどしか違わない優秀な人間を見てみたかった。
一度パーティで会う機会があったのに、アーヴァイン家と顔を繋ごうと必死な貴族たちを捌ききれず断念したことがある。
結局、海軍の人間が一貴族の小娘なんかに挨拶に来ることもなく、顔を見ることさえ叶わなかった。
覚えているのは女性たちに囲まれた、背の高い男の後ろ姿だけ。
そのわずか半年後に彼は准将となり、その後たった半年でその栄光の道を閉ざした。
許されない大罪を犯したとされ、裁判にかけられることもなく、死刑の烙印を押された。
その大罪の内容も明らかにされず、明らかに異常な処遇を受けたにも関わらず、大したニュースにもならずひっそりと消されてしまった将来有望な若者。
死んでしまったのだと思っていた。
もう二度と会うことは叶わないのだと、そう諦めていた人が今目の前にいる。
「刑は執行されなかった、ということ?」
「ああ。逃がしてくれた人がいた」
淡々と言って、私の髪を梳くように撫でる。
「……なにをしたの」
「なにも」
「なにも?」
「上層部の不正を告発しようとしただけ」
「不正……?」
「海軍は腐りきってた。一部の海賊どもと癒着して、金を貰う代わりに見逃してやっていた。ついでに貴族連中とも繋がってて便宜を図ってやってた」
「そんな……」
「出世したら見えるものが増えた。不自然で汚い金の流れとか怪しい人間の出入りとか」
無表情に語るが、なぜかとても痛々しく見える。
単純な昔話ではない。これは海軍に夢見て邁進した青年の、絶望の話だ。
「海軍は正義だなんて大昔の話だ。胸に正義を刻んだ連中は内側から根腐れ起こしてその腐敗臭を国中にまき散らしてたってわけだ」
自嘲するように言って、短く嘆息する。
「それに気付いて正そうとしたら抹殺された。そらそうなるわ」
「……あなたを助けたのは誰なの」
「とんでもねぇ狸爺がいてな。三人いる大将の一人だ。他二人と同じように自分も悪事に染まっているフリをしながら、そいつらの失脚を着々と狙ってる」
「実は良い人だったってこと?」
「そんな殊勝なタマかよ。俺を逃がしたのだって善意からじゃなく便利な手駒が増えるからってだけだろう」
死刑を免れても無罪になったわけではない。
事実世間ではクローゼ准将は刑を受けて死んだことになったままだ。
死人が街を闊歩するわけにもいかない。身を隠し、闇に紛れ、真っ当に生きることを放棄するしか選択肢がない。
戸籍を無くした彼は、確かに便利に使うことが出来るだろう。
何度も海賊に襲われるのも、商船を襲ったのも、きっとその偉い人からの指示だったのだろう。
「それでウィルは海賊になって外側から海軍を正そうとしているの?」
「そんな大層なもんじゃねぇ。ただムカつくから全部ぶっ潰してってるだけだ」
そう言って笑う彼は確かに正義からはかけ離れた表情をしていた。
凄味のある笑みはどこまでも悪役染みていて、とても正義を貫こうとしている人間には見えなかった。
胸のタトゥーを思い出す。
消された正義の文字は焼け爛れ、火傷の跡を治そうとすらしていない。
彼の正義は海軍としての生を終えた時に死んでしまったのだ。
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