【完結】追放令嬢は海賊生活を謳歌する

当麻リコ

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78.ヴィルヘルム・クローゼ

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「……心配してくれたの?」
「…………そりゃ、」

ウィルが背を向けたまま不服そうに頷く。
まぁそれはそうか。自覚はないけど生死の境をさまよって一週間が経っているらしい。
私だって船員の誰かがそうなったら絶対に心配する。
そうは思うものの、泊まり込んでまで心配してくれた嬉しさをこっそりと噛みしめる。

「いちばん?」
「……みんなと同じくらい」
「ベッド、わざわざ借りたの?」

からかうように言うと、ウィルが無言で俯いた。

「どれくらいお金払ったらいいよって言ってくれたの」

追い打ちを掛けると、きまり悪そうにちらりとこちらに視線を向けて、観念したようにガシガシと頭を掻いた。
そして無言のまま椅子まで戻ってドカッと腰を下ろした。

「色街、残念だったね」

申し訳ないとは思いつつ、嬉しさを隠しきれずに浮かれた調子で言う。
どうやら性欲には勝てたらしい。
家族というのも案外悪くないかもしれない。

深いため息が聞こえて、調子に乗りすぎたかなと少しだけ反省した。

「……もう二度とあんなことすんなよ」
「えっ、それは約束できないわ」

同じ状況になったらたぶん間違いなく同じことをする。
だってウィルが目の前で死ぬなんて耐えられない。
自分の身が盾になるならば、何度だって喜んで敵の前に飛び出すだろう。

「おまえが命を捨てるほどの価値はねぇ」

価値なんて知らない。
世界中がウィルをいらないと言ったって、私にはウィルが必要なのだから。

「命を捨てるつもりはなかったけど、私の命全部であなたを守りたいと思ってるよ」

素直な気持ちで言うと、苦虫を噛み潰したような顔でウィルが舌打ちをした。
何を言っても曲がらないと悟ってくれたようだ。

「馬鹿で頑固な女だ」
「そのせいで婚約者にも捨てられるしね」

あっけらかんと笑いながら言うと、ウィルが再び深いため息をこぼした。

「んぶっ」

私を説得するのを諦めたのか、黙り込んだウィルが八つ当たりのように私の顔をべちんと叩いた。
今度はたいして痛くなかったが、言い返せないからって暴力に訴えるのはやめてほしい。
抗議の意を込めてジトっと睨むが、ウィルの目はもう穏やかだった。
どうやら怒りは収まったらしい。
そのまま伸び始めた私の髪の先に指を絡めて、遊び始める。
少しくすぐったかったけど、触れられるのが嬉しかったから何も言わなかった。

「……私の名前を呼んだのはあなた?」

曖昧に聞く。
気を失う寸前に聞こえた声。
アルしか知らないはずの私の本当の名前
幻聴だったかもしれない。アルが呼んだのかもしれない。
だけどなぜかウィルが呼んだのだと確信めいたものがあった。

しばらく静かな時間が続いたが、何かを決意したようにウィルが口を開いた。

「……俺は海軍将官だった」

唐突に告げられ言葉を失う。
海軍将官。
元海軍ということはわかっていたが、将官だったとは。
海軍は完全実力社会だと聞いたことがある。年齢は関係なく、能力さえあれば若くとも出世できるのだと。
実際二十代でも大佐以上になった人はいたと聞く。だがそれは完全に異例なことで、歴代でも数えるほどしかいなかったはずだ。

それで思い出す。
海軍学校主席で卒業した青年が鳴り物入りで入隊し、あっという間に出世街道を駆け上がっていった人物がいたと。

そうしてわずか数年で将校の末席に籍を置き、その半年後に重大な規律違反で死刑になった。
その青年の名は。

「大罪人、ヴィルヘルム・クローゼ准将……」
「よく知ってたな」

気恥ずかしそうに眉尻を下げて笑う。
そこには誇示も虚飾もなく、ただ事実を述べているのだとわかった。

ではやはりこの人がそのクローゼ准将なのだ。

子供のころ会いたいと思っていた人が、今目の前にいることに驚きを隠せなかった。
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