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番外編
円満夫婦
「ねぇ、ちょっとアレ取ってくれる?」
「はいどうぞ。あ、俺ソレほしい」
「ん。そういえば先月のアレどうなった?」
「滞りなく。そうだ、ナタリーさんは先週言ってたやつがほしいって」
「ああアレね。了解」
ナイフとフォークを止めずに忙しなく会話する。
食事中に行儀の悪いことだとは解っているが、何せ時間が足りないのだ。
「……キミらあれだな、まるで熟年夫婦だな」
同じ食卓についていた父が、なんとも表現しづらい微妙な顔で言う。
「嫌ですわお父様ったら。まだ結婚して半年ですわよ?」
「だって全部アレとかソレとかで会話進むし。父さんは少し寂しいよ」
そんなこと言われても、幼い頃からの付き合いだから当然だ。
結婚期間はまだ半年未満だけれど、常に一緒にいるようになってからは十年以上。
過ごした時間の長さで言えば、父よりも長いことだろう。
「あなた、ヨシュアが困っています」
「おおすまんな。悪気はないんだ。許してくれ」
「いえそんな。ちゃんとわかってますので」
婿入りした形になるヨシュアは、本来なら立場が弱くなる。
けれど昔から父にも母にも気に入られていたおかげで、むしろ私より大事にされている気さえした。
「仲が良くて何よりだ。イルゼは気が強いから色々と大変だろう」
「そういうところが魅力ですから。ね、イルゼ」
ふいのイルゼ呼びにフォークを取り落とす。
皿に当たってガシャンと大きな音がした。
結婚してからもお嬢呼び継続のくせに、たまに不意打ちしてくるのが心臓に悪い。
案の定おおいに照れて、まともに顔が上げられなかった。
「……やはり新婚で間違いないようだ」
「そうね。イルゼにも可愛げがあるようで安心したわ」
父はニヤニヤと上機嫌に言って、母は澄ました顔で短く嘆息した。
ヨシュアもにこにこと私の表情を見守っている。
やっぱり私の方が立場弱いだろこれ。
ナプキンで口許を拭いながら悔しさに歯噛みする。
対等だなんて、方便もいいところだ。
「そういえば旦那様は、」
「これこれ、私はもうお前の主人ではないのだぞ」
「え、あ、その、……ち、ちちうえ」
困ったように口籠り、顔を赤らめて俯く。
「……なんで頬赤らめて乙女顔なのよ」
私への名前呼びは顔色ひとつ変えないくせに腹の立つ男だ。
「やぁん! だって恥ずかしいんだもんっ!」
両頬に手を当てて、イヤイヤをするように頭を左右に振る。
「あんた……ますます腕を上げて……」
恐ろしい子。
あまりに酷似していてゴクリと喉を鳴らす。
「最近良くやるがそれは誰の真似なんだい? 絶妙にゾワっとするな」
父が嫌そうに顔をしかめて聞いてくる。
「あれよ……トリスタンの……」
「ああ! あの下品な田舎娘!」
「あなた」
父の明け透けな物言いを母がピシャリと嗜めると、父はバツの悪そうな顔で目を眇めた。
やっちゃったとばかりに舌を出してヨシュアにアイコンタクトを送るのがなんとも鬱陶しい。
おまえもウィンクを返すな。
人には熟年とかなんとか言ってくるが、父とヨシュアだってまるで生まれた時から親子のようだ。
うん。
やっぱり私の方が色々と負けているなこれは。
「ヨシュアには一生勝てる気がしないわ」
「ええ? まだそんなこと言ってるの? お嬢って結構負けず嫌いだよね」
二人の自室に戻って、ソファでくつろぎながらそんな話をする。
ヨシュアは慣れたもので、クスクス笑って苦笑するばかりだ。
その視線には慈しむような愛おしむような温かさが含まれていて、それだけで深い幸福を感じてしまう。
うまく丸め込まれて誤魔化されている気がしてなんとなく悔しい。
それでもいいかと思えるのだから、素直に負けてしまえばいいのだけれど。
勢いよく立ち上がって、ヨシュアの膝の上にドカッと腰を下ろす。
びっくりした顔のヨシュアに構わず、横向きに座った状態で両腕を彼の首に緩く絡めて唇を近づける。
「愛してるわ」
耳元で囁くと、顔を真っ赤に染め上げたヨシュアが口許を押さえて俯いた。
「……やっぱり俺の方が負けっぱなしだと思うんだけど」
してやったりだ。
たまにはこういうところを見せてもらわなくては納得がいかない。
「ヨシュアの余裕を崩すのが最近の趣味なの」
にっこり笑って頬にキスをする。
「はいはい。どうせお嬢には一生勝てませんよ」
やけくそのように言って、ヨシュアが唇に噛みつくようなキスをした。
きっと私達はこうやってずっと、勝っただの負けただのくだらない言い争いをして過ごすのだろう。
「はいどうぞ。あ、俺ソレほしい」
「ん。そういえば先月のアレどうなった?」
「滞りなく。そうだ、ナタリーさんは先週言ってたやつがほしいって」
「ああアレね。了解」
ナイフとフォークを止めずに忙しなく会話する。
食事中に行儀の悪いことだとは解っているが、何せ時間が足りないのだ。
「……キミらあれだな、まるで熟年夫婦だな」
同じ食卓についていた父が、なんとも表現しづらい微妙な顔で言う。
「嫌ですわお父様ったら。まだ結婚して半年ですわよ?」
「だって全部アレとかソレとかで会話進むし。父さんは少し寂しいよ」
そんなこと言われても、幼い頃からの付き合いだから当然だ。
結婚期間はまだ半年未満だけれど、常に一緒にいるようになってからは十年以上。
過ごした時間の長さで言えば、父よりも長いことだろう。
「あなた、ヨシュアが困っています」
「おおすまんな。悪気はないんだ。許してくれ」
「いえそんな。ちゃんとわかってますので」
婿入りした形になるヨシュアは、本来なら立場が弱くなる。
けれど昔から父にも母にも気に入られていたおかげで、むしろ私より大事にされている気さえした。
「仲が良くて何よりだ。イルゼは気が強いから色々と大変だろう」
「そういうところが魅力ですから。ね、イルゼ」
ふいのイルゼ呼びにフォークを取り落とす。
皿に当たってガシャンと大きな音がした。
結婚してからもお嬢呼び継続のくせに、たまに不意打ちしてくるのが心臓に悪い。
案の定おおいに照れて、まともに顔が上げられなかった。
「……やはり新婚で間違いないようだ」
「そうね。イルゼにも可愛げがあるようで安心したわ」
父はニヤニヤと上機嫌に言って、母は澄ました顔で短く嘆息した。
ヨシュアもにこにこと私の表情を見守っている。
やっぱり私の方が立場弱いだろこれ。
ナプキンで口許を拭いながら悔しさに歯噛みする。
対等だなんて、方便もいいところだ。
「そういえば旦那様は、」
「これこれ、私はもうお前の主人ではないのだぞ」
「え、あ、その、……ち、ちちうえ」
困ったように口籠り、顔を赤らめて俯く。
「……なんで頬赤らめて乙女顔なのよ」
私への名前呼びは顔色ひとつ変えないくせに腹の立つ男だ。
「やぁん! だって恥ずかしいんだもんっ!」
両頬に手を当てて、イヤイヤをするように頭を左右に振る。
「あんた……ますます腕を上げて……」
恐ろしい子。
あまりに酷似していてゴクリと喉を鳴らす。
「最近良くやるがそれは誰の真似なんだい? 絶妙にゾワっとするな」
父が嫌そうに顔をしかめて聞いてくる。
「あれよ……トリスタンの……」
「ああ! あの下品な田舎娘!」
「あなた」
父の明け透けな物言いを母がピシャリと嗜めると、父はバツの悪そうな顔で目を眇めた。
やっちゃったとばかりに舌を出してヨシュアにアイコンタクトを送るのがなんとも鬱陶しい。
おまえもウィンクを返すな。
人には熟年とかなんとか言ってくるが、父とヨシュアだってまるで生まれた時から親子のようだ。
うん。
やっぱり私の方が色々と負けているなこれは。
「ヨシュアには一生勝てる気がしないわ」
「ええ? まだそんなこと言ってるの? お嬢って結構負けず嫌いだよね」
二人の自室に戻って、ソファでくつろぎながらそんな話をする。
ヨシュアは慣れたもので、クスクス笑って苦笑するばかりだ。
その視線には慈しむような愛おしむような温かさが含まれていて、それだけで深い幸福を感じてしまう。
うまく丸め込まれて誤魔化されている気がしてなんとなく悔しい。
それでもいいかと思えるのだから、素直に負けてしまえばいいのだけれど。
勢いよく立ち上がって、ヨシュアの膝の上にドカッと腰を下ろす。
びっくりした顔のヨシュアに構わず、横向きに座った状態で両腕を彼の首に緩く絡めて唇を近づける。
「愛してるわ」
耳元で囁くと、顔を真っ赤に染め上げたヨシュアが口許を押さえて俯いた。
「……やっぱり俺の方が負けっぱなしだと思うんだけど」
してやったりだ。
たまにはこういうところを見せてもらわなくては納得がいかない。
「ヨシュアの余裕を崩すのが最近の趣味なの」
にっこり笑って頬にキスをする。
「はいはい。どうせお嬢には一生勝てませんよ」
やけくそのように言って、ヨシュアが唇に噛みつくようなキスをした。
きっと私達はこうやってずっと、勝っただの負けただのくだらない言い争いをして過ごすのだろう。
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