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8.駆け引き
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「……新しいネックレスが欲しいわ、貴方の奥さんのものより大きくて綺麗なものがいい」
ティナは俯いたまま、つまらなそうに呟く。お人形のようなあどけない顔をして、とんでもないことを言い出す。
"貴方の奥さん"という言い方には妙に棘がある。こうして唐突に物をねだる時は機嫌が悪いということだ。
「この前土産に買ってきただろう、あれは気に入らなかったのか?」
それは数ヶ月前のこと。ガーデンパーティーを開くことが決まった日だった。彼女を招待できないことは承知しているようだった。それでも、彼女の機嫌を損ねてしまったのは分かったエリオットは、彼女の碧い瞳と同じ色の大きなサファイアのネックレスを贈った。
「……そうじゃないけど。私に何のお伺いも立てないまま結婚したの、許していないのよ」
「お伺いも何も……どうせ俺たちは結婚できない、そうだろう?」
領民は良くも悪くも昔ながらの考えを持っている。領主として、家柄もきちんとした妻を貰わなければいけない。みんなに少しでも不信感を抱かせてはいけないのだ。そっぽを向かれて、"あんな奴についていけない"なんて思われたらお終いなのだから。
エリオットは領民に好かれている自信があった。今は亡き祖父の功績のおかげだが、それは今でも続いている。領民に寄り添って、誠実でいればこれからも信頼関係を保つことができる。
ティナは結婚してほしいなんて言う女ではなかった。むしろ、身分が違いすぎるから結婚なんて無理ね、としらけたような目で笑うタイプだった。曖昧な関係のまま、どこまでも続いていけそうだった。不確かな関係が怖くなったのはエリオットの方だ。明日は誰の横で眠っているか分からない女を繋ぎ止めておきたくて、屋敷の中の部屋を与えた。
時折宝石やドレスをねだるのは、まだエリオットが自分を愛しているのかどうか確かめる為だろう。そんな駆け引きさえ可愛いと思ってしまう。
「ええ、そうね」
ティナはあっさりと引き下がった。主導権を取られてしまうのが嫌で焦らしてみたが、もう良い頃合いだろう。エリオットは彼女を抱き寄せて、ごめんね、と囁いた。
「君に似合うネックレスを用意しよう。だからそんな顔しないで、いつでも美しい君でいてくれ」
「ありがとう」
少し顔を上げて、にっこりと笑うがその表情にはどこか翳りがある。以前に比べると、ティナはあまり笑わなくなった。いつでも花のように笑う彼女が好きだったのに。
ーー貴方がどこか他の女性と結婚して家庭を持ったとしても、私は何も気にならない。
そう言っていたのはやはり強がりだったのだろうか。そう思うと堪らなく愛しさが込み上げてきた。
彼女を抱き寄せると、薔薇の香りがした。華やかで甘美な香り。
「愛してるよ、ティナ」
ティナは俯いたまま、つまらなそうに呟く。お人形のようなあどけない顔をして、とんでもないことを言い出す。
"貴方の奥さん"という言い方には妙に棘がある。こうして唐突に物をねだる時は機嫌が悪いということだ。
「この前土産に買ってきただろう、あれは気に入らなかったのか?」
それは数ヶ月前のこと。ガーデンパーティーを開くことが決まった日だった。彼女を招待できないことは承知しているようだった。それでも、彼女の機嫌を損ねてしまったのは分かったエリオットは、彼女の碧い瞳と同じ色の大きなサファイアのネックレスを贈った。
「……そうじゃないけど。私に何のお伺いも立てないまま結婚したの、許していないのよ」
「お伺いも何も……どうせ俺たちは結婚できない、そうだろう?」
領民は良くも悪くも昔ながらの考えを持っている。領主として、家柄もきちんとした妻を貰わなければいけない。みんなに少しでも不信感を抱かせてはいけないのだ。そっぽを向かれて、"あんな奴についていけない"なんて思われたらお終いなのだから。
エリオットは領民に好かれている自信があった。今は亡き祖父の功績のおかげだが、それは今でも続いている。領民に寄り添って、誠実でいればこれからも信頼関係を保つことができる。
ティナは結婚してほしいなんて言う女ではなかった。むしろ、身分が違いすぎるから結婚なんて無理ね、としらけたような目で笑うタイプだった。曖昧な関係のまま、どこまでも続いていけそうだった。不確かな関係が怖くなったのはエリオットの方だ。明日は誰の横で眠っているか分からない女を繋ぎ止めておきたくて、屋敷の中の部屋を与えた。
時折宝石やドレスをねだるのは、まだエリオットが自分を愛しているのかどうか確かめる為だろう。そんな駆け引きさえ可愛いと思ってしまう。
「ええ、そうね」
ティナはあっさりと引き下がった。主導権を取られてしまうのが嫌で焦らしてみたが、もう良い頃合いだろう。エリオットは彼女を抱き寄せて、ごめんね、と囁いた。
「君に似合うネックレスを用意しよう。だからそんな顔しないで、いつでも美しい君でいてくれ」
「ありがとう」
少し顔を上げて、にっこりと笑うがその表情にはどこか翳りがある。以前に比べると、ティナはあまり笑わなくなった。いつでも花のように笑う彼女が好きだったのに。
ーー貴方がどこか他の女性と結婚して家庭を持ったとしても、私は何も気にならない。
そう言っていたのはやはり強がりだったのだろうか。そう思うと堪らなく愛しさが込み上げてきた。
彼女を抱き寄せると、薔薇の香りがした。華やかで甘美な香り。
「愛してるよ、ティナ」
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