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9.事実

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 ある晩のことだった。

「エリオット、少し話せるかしら? 」

 ここの所、彼は忙しそうだった。リーゼの部屋に訪れるのも二日に一回、今ではもっと少ないかもしれない。

 今夜はもう会えないかもしれない。そう思っていた矢先に、廊下で偶然エリオットに出会した。

「どうしたんだ? リーゼ」

 エリオットは優しく笑った。

「……今夜も来てくださらないの?」

 女性の方からこんなことを言うのなんて、はしたないことだとは十分に理解している。だが、広い屋敷で一人で眠るのは寂しい。

「ああ、すまない。今夜は……」

「エリオット?」

 ティナが鋭く声を掛けた。

 ーーエリオット、ですって?

 愛人だと言うことは暗黙の了解だった。目の前で軽々しく夫の名前を呼ばれるのは気分が悪い。

「ティナ、戻っていなさい」

 エリオットはこの場を上手く収めたいのか、ティナに部屋へ戻るように促した。

 リーゼはティナの首元に煌めく宝石を見逃さなかった。彼女が僅かに勝ち誇ったような表情をしているのはこの所為か。

 すれ違い様、敬虔な素振りで頭を下げて見せつけてきたのだ。

 数日前にはしていなかったもの。大振りで高価そうだ。

「すまない、リーゼ……」

「待って」

 咄嗟にエリオットの腕を掴む。少し驚いたような表情を浮かべたが、彼は振り解くこともしなかった。優しく、リーゼがその腕を解放するのを待っている。

「……ティナのネックレス素敵ね」

 そう言うと、みるみると彼の表情が蒼ざめていった。あれだけ派手に愛人を甘やかしておいて今更驚くこともないだろう。

「私が何も気付いていないと思っているのかしら?」

 エリオットは度々プレゼントを贈ってくれる。

 機嫌を取る為だとは分かってはいたが、何もないよりはマシだと思っていた。そのまま形だけの夫婦となってもおかしくなかったのだから。

 だが、リーゼが新しいプレゼントを身につける度にティナの装飾品も増える。

 それも、リーゼより大振りで華やかなものを強請っているようだった。この所、それが妙に目に付くようになった。

 いい加減に我慢ならなくなったリーゼはとうとう苦言を呈したのだ。

「領民の血税を愛人に使うなんて……もうおやめになっては?」

「それは君には関係のないことだ」

 エリオットの声は酷く冷めたものだった。

「魅力的な女だったら余所見もしないさ。君も外に愛人でも作って来たらどうだ?まあ、君みたいな地味な女では相手にされないかもしれないが」

 ーーあぁ、こんなにあっさりと認めてしまうのね。

 リーゼは崩れ落ちそうな体を支えて、浅くなる呼吸を整えた。

「ええ、わかりました」

 震える声で告げると、エリオットはリーゼの髪に優しくキスをした。

「妻と恋人は別物だよ、おやすみ」

 愛してる、まるで息をするようにエリオットは愛の言葉を囁いた。


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