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12.宝石みたいな

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 リーゼが向かった場所は教会だった。離婚の相談をしたいときは神父様に頼るのが一番だと聞いたことがあるからだ。

「確かこの辺りだったはず……」

 周囲を見渡しても、それらしき建物は見つからない。リーゼは途方に暮れていた。ここで諦めて引き返したくはなかった。

「あら、リーゼ様?」

「ソフィア……!」

 彼女とはガーデンパーティーですっかり打ち解けたが、それ以降はなかなか会えなくなってしまっていた。久しぶりの再会に心が弾む。

「久しぶりね、お元気だった?」

「ええ、もちろん。リーゼ様は……あまりお元気がないみたいだけど大丈夫? もしお時間があるなら庭でもお茶でも飲んでいかない?」

 ソフィアの温かい申し出を、リーゼは喜んで受けることにした。

「ええ、そうさせてもらうわ」



「結婚生活はどう? もう慣れた?」

「ええ、まあ」

 まさか、ちょうど離婚の相談をするために教会に向かっていたとは言えずに曖昧に笑うと、ソフィアもくだけたように笑った。

「広い屋敷を仕切るのは大変でしょう」

 温かい紅茶と、彼女の優しい眼差しが体に沁みる。

「……ここはみんないい人たちばかりだから」

 これはリーゼの本心だった。他国と比べて、ここは領主と領民の距離感が近い。領民は気兼ねなく要望を伝えることができるし、領主に対しても良くしてくれる。常に開かれているようで安心感がある。エリオットのことは腹立たしいが、この信頼関係を築いたままでいられることに関しては尊敬していた。

「みんなリドリー家の、エリオット様のお祖父様には随分とお世話になったのよ」

 聞くと、彼の祖父は領民から無駄に金を巻き上げることのないように、それぞれに仕事とそれに見合った報酬を与えて、皆が安心して暮らせるように努めていたらしい。自身も質素であることを心掛け、人手が足りない現場では進んで手伝うなど、"民と共に"が口癖の男だったという。理不尽な増税などをすることもなく、財政難とは無縁だったそうだ。

 そういえば、エリオットも領民の金に手を出すようなことはしていないようだった。注意深く監視してみても、彼も民を思って日々予算をやりくりしてるようだった。

ーーあんなに愛人に貢いでいるのに?

「おかあさーん」

 はっと振り返ると、よたよたと幼い子が嬉しそうに駆けてくる。母親譲りの柔らかそうな巻毛が愛おしい。

「こんにちは」

 少女は人懐っこい顔でコロコロと笑う。きちんと挨拶も出来て賢そうな子だった。こんにちは、と返すと、照れたように母親の影に隠れてしまった。ソフィアも穏やかな表情で娘を抱き上げた。

「可愛いドレスね。子ども用なんて初めて見たわ」

 娘の着ていたドレスは、レーヴ国で人気のデザイナーが作ったものによく似ていた。背中に大きなリボンがあしらわれている特徴的なシルエット。だが、あれは大人向けのサイズしか流通していないかと思っていたのだが。

「これね、偽物なのよ」

 ソフィアは声をひそめた。
 レーヴ国でもプティット国でも偽物を売るのは犯罪だ。ただし、買う分には問題はない。知らなかった、と言えば済んでしまう。その為、到底手が出せないような本物と比べて、安価で手に入る偽物は需要があるとも言える。

「偽物?」

 よく見ると、生地も大分安価な物が使われているようだった。皺の寄り方も美しくない。だが、子供用であるならそれほど気にはならないかもしれない。どこかの王子様に見初められたい訳でもなく、砂場に気兼ねなく突っ込んでも罪悪感が無い。

「ぱっと見では分からないわね。こういうの、何処で買うの?」

「特定の場所ではないの。ふらっと店を開くのよね。でもこの偽物屋ね、通報されてもいつも上手く逃げてしまうのよ。もっと上の立場の人間が情報を渡しているなんて噂もあるのよ」

「へえ」

 胸元にあしらわれている宝石を模した飾りは、まるで本物のように輝いていた。布地はリーゼにも気付くことが出来た、宝石はわからないかもしれない。

「リーゼ様のところには外商が来るでしょう。彼らは本物しか売らないものね、当たり前か」

 ソフィアは朗らかに、「公爵夫人にこんな話してはだめね」と笑った。

 そうだ、彼らは本物しか売らない。だが、屋敷に外商が呼ばれたのは数回しかなかった。彼はいつも、自らが選んで用意した物を贈った。

 まさか……。

「どうしたの? 大丈夫?」

「ええ……平気よ」

 やっとの思いで返事をすると、ソフィアは心配そうな表情でリーゼの顔を覗き込んだ。

「何処かへ向かう途中だったんでしょう?」

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