【完結】理想の女ではないから婚約破棄したいと言っていたのは貴方の方でしたよね?

桐野湊灯

文字の大きさ
11 / 17

11.口紅の色

しおりを挟む
「……エリオット、エリオット!」

「うわっ……!」

 耳障りな音とともに、紅茶のカップが転がり落ちた。テーブルの上に、大きな染みが広がっていく。

「大丈夫? 火傷してないかしら? 」

 ティナは心配そうにエリオットの顔を覗き込んだ。ハンカチで丁寧に拭いてくれるのを手で制す。

「大丈夫だ。ついぼーっとしていた」

「何か心配事でも?」

 こういうとき女性は鋭い。ティナは真っ直ぐにエリオットの瞳を見つめている。

「……別に」

「奥さん、どこへ出掛けたのかしらね」

 やはり分かっていたのだ。冷たい笑みを浮かべたままクッキーを一口齧る。嫌でも分かってしまう、彼女は今とても機嫌が悪い。

「さあ、どこでもいいさ」

 本心では気になって仕方がないが、必死で関心がない振りを装う。だが、それもきっと見透かされているのだろう。

「素敵なドレスだったわ。さすがレーヴ国出身ね、品がある」

「そうだったか、地味ではないか?」

 すーっと、ティナの視線が細くなる。彼女の手前で貶したと言うのに、何か気に障ることを言ったらしい。

「貴方はあれを地味というの? 領主の妻として、落ち着いた服を選んでいるのよ。それでいて、いちいちデザインが凝っているから鼻につく……」

「奥さん、素敵な色の口紅をしていたわね。同じものが欲しい」

「……口紅の色までなんて見ていない」

 毒々しい葡萄の色、いつもは少女のような薄桃色の口紅を差しているのに。

「あれはきっと他国で流行っているものよ、少し噂で聞いたことがあるの。今度のお土産は、」

「うるさい」
 
 思わず口をついて出た言葉に、エリオット自身も驚いていた。ティナは咄嗟のことに頭が追いついていないらしく、ただ呆然と立ち尽くしている。

「少し疲れているんだ。一人にしてくれ」

 そう言って、エリオットは足早に部屋を出て行ってしまった。扉の閉まる音が虚しく響く。

 静かな部屋で一人きり。こうなる日が来ることに怯えていた。いつかは愛人なんて見向きもしなくなる。

ーーいえ、まだ終わりじゃない。

 ティナは大きく息を吸うと、ありったけの大きな声を出した。

「誰かー!」

 部屋の外で待機していた使用人が驚いて駆け付ける。

「どうされました? 」

 丁度いい、彼は使用人の中でも立場が上だ。話が早く済む。

「外商を呼んで頂戴。新しいドレス、靴、宝石、口紅……とにかく何もかも新しいものにしたいの」

「しかし、ティナ様……」

 困ったような表情で視線を彷徨わせている。

「エリオットの許しは貰っているわ、当然でしょう」

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

旦那様から彼女が身籠る間の妻でいて欲しいと言われたのでそうします。

クロユキ
恋愛
「君には悪いけど、彼女が身籠る間の妻でいて欲しい」 平民育ちのセリーヌは母親と二人で住んでいた。 セリーヌは、毎日花売りをしていた…そんなセリーヌの前に毎日花を買う一人の貴族の男性がセリーヌに求婚した。 結婚後の初夜には夫は部屋には来なかった…屋敷内に夫はいるがセリーヌは会えないまま数日が経っていた。 夫から呼び出されたセリーヌは式を上げて久しぶりに夫の顔を見たが隣には知らない女性が一緒にいた。 セリーヌは、この時初めて夫から聞かされた。 夫には愛人がいた。 愛人が身籠ればセリーヌは離婚を言い渡される… 誤字脱字があります。更新が不定期ですが読んで貰えましたら嬉しいです。 よろしくお願いします。

〖完結〗旦那様には出て行っていただきます。どうか平民の愛人とお幸せに·····

藍川みいな
恋愛
「セリアさん、単刀直入に言いますね。ルーカス様と別れてください。」 ……これは一体、どういう事でしょう? いきなり現れたルーカスの愛人に、別れて欲しいと言われたセリア。 ルーカスはセリアと結婚し、スペクター侯爵家に婿入りしたが、セリアとの結婚前から愛人がいて、その愛人と侯爵家を乗っ取るつもりだと愛人は話した…… 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全6話で完結になります。

家出を決行した結果

恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。 デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。 自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。 ※なろうさんにも公開しています。

嘘をありがとう

七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」 おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。 「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」 妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。 「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?

秋月一花
恋愛
 本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。  ……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。  彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?  もう我慢の限界というものです。 「離婚してください」 「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」  白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?  あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。 ※カクヨム様にも投稿しています。

処理中です...