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 屋敷の外で、レオは立ち尽くしていた。もうすぐ雨が降り出しそうな空の色をしているのに、なかなか姿が見えない。

 ーーやはり私も町へ下りようか。

「レオ」

 はっと振り返ると、デイジーとレックスがニコニコと笑っている。

「どこから……いや、そんなことより」

 レオはデイジーを引き寄せて、その体をしっかり抱き締めた。その力強さは今までの比では無いほどだった。

「レオ、苦しいわ」

「おかえり、デイジー」

 レオは一切聞く耳を持たずにデイジーを強く抱き締めている。レックスは気を利かせたのか、二人から離れたところに立っていた。

「……ただいま、レオ」

 そういうと、やっと力が緩んだ。体を引き寄せたまま、レオはデイジーの頬を優しく撫でた。

「もう勝手にいなくならないでくれ、心配したぞ」

「あら、手紙を置いていったでしょう」

 そう言うと、レオは分かりやすく傷付いた顔をした。

「ごめんなさい、もうしないわ」

 デイジーはレオのしっかりした胸板に額を寄せた。暖かくて安心する。

「心配かけてごめんなさい」

「……いいんだ、私こそ君が私を守ってくれたことに礼も言わずにいた。すまなかった、本当にありがとう」

「仲直りね」

 デイジーが笑うと、レオも嬉しそうだった。

「……昔ね、言われたことがあるの。顔以外、何の価値も無いって」

 美しい顔だと言ってもらえるのは嬉しかった。子供の頃には果物をおまけしてもらえたり、よくしてもらえた。大人になると、そんな風に良いことばかりではない。この言葉は今でも残酷にデイジーを縛っている。

 デイジーは記憶を遮断するように瞼を閉じた。

「頑固で可愛げもない私だけど、貴方のことを愛している。貴方は私を顔で選んだと言っていたけど……」

 やはり手紙を渡すべきだったか、デイジーはスカートの裾をきつく掴んだ。愛している、とは言えるのに"私のことも愛してほしい"と、どうにも言えない。

「今は違う。デイジー、もう一度やり直させてくれ」

 レオは勢いよくデイジーの手を握った。がっしりと、大きくて力強い手だった。

「デイジー、君を愛してる。私とこれからもずっと一緒にいてほしい」

 跪いて、既に嵌められた薬指の指輪に唇を落とした。ずっと聞きたかった言葉だった。

「もちろんよ、私も貴方とずっと一緒にいたい」

 顔を上げるレオに、デイジーはそっと唇を重ねた。その瞬間の心の底から嬉しそうに笑ったレオの表情は一生忘れられないと思った。
 これから先、また意見を違えることがあっても不安なことがあっても、この笑顔を信じて生きて行ける。

 そんなことを思っていると、体がふわっと宙に浮いた。レオがデイジーの体を抱えると、まるで荷物でも運ぶように肩に担いだ。

「よし! 今すぐ式を挙げよう」



 本気ですぐにでも式を上挙げようとするレオを嗜めて、なんとか式は一ヶ月後に決まった。急なことではあったが、意外にも準備はスムーズに進んだ。


 式は敷地内の森の中で、身内だけで執り行った。デイジーの家族と、ヴァンダー家に仕えているみんな、そしてアッシャー。大切な人だけで行う小さな式を提案したのはデイジーだった。

 レックスは式が始まる前から泣いていた。

 その日は天気も良くて、穏やかに陽が射していた。花は鮮やかに咲き乱れて、心地良い風に揺られている。何もかもが二人を祝福しているようだった。

 レオはデイジーの姿を見ると、はにかむように笑った。

「綺麗だよ、デイジー」

「貴方も素敵よ」

 しっかりと整えられた髪を、照れ臭そうに撫で付けた。

「君を幸せにする」

「私も貴方を幸せにする」

 長いキスのあと、二人は顔を見合わせて笑った。こんな時まで、どちらが"幸せにする"のか譲らない。それでもきっと、二人は幸せになる。そう信じている。

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みんなの感想(2件)

paro
2021.10.25 paro

何度読み返しても、キュンキュンして泣いてます(๑>◡<๑)
紆余曲折あってもお互いを想いあってるくせに、うまく行かない所とか、胸がムズムズしてしまいます(笑)

桐野湊灯
2021.10.26 桐野湊灯

感想ありがとうございます(*´꒳`*)
何度も読み返して頂けるなんて本当に幸せです!そう言って頂けてとても嬉しいです。励みになります。

解除
トドラトス
2021.07.28 トドラトス

とっても素敵なお話でした
結婚後の二人も読んでみたい

桐野湊灯
2021.07.28 桐野湊灯

感想ありがとうございます(*´꒳`*)
そう言って頂けてとても嬉しいです。励みになります。

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