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34 / 161
3巻
3-2
あ、心なしかカタカタと揺れる本棚の音が、大きくなってきている気が……。
でもそれを指摘すると、結構楽しんでいるヒタキはともかく、ヒバリが怖がるだろう。なので口に出すことはせず、ヒバリの問い掛けに考えを巡らせる。
確か、8組のPTが同じクエストを受けているはずだが、今まで誰とも会わなかったな。
図書館の1階には数え切れないほどの人がいたのに、地下には誰もいない……魔物や動物すら。
おかしいとは思うけど、理由が分からなかった。
「案外、真ん中に落とし穴の仕掛けがあって、皆落ちたのかもな」
「ツグ兄、安直」
「まっさかぁ~」
「……そうだよな」
ぽつりと言った俺の言葉を、2人が小さく笑いながら否定した。
うん、認めよう。今のは素直に謝らないといけないくらい、見当違いの意見だった。
場の雰囲気が明るくなった時、腕に抱いていたリグが飛び出す。
「シュ!」
――ガコンッ。
着地した途端、腹に鈍く響く音が足下から聞こえてきた。
リグは見た目より軽く、13歳の妹達が片手で持てる重さ。だから飛び降りたくらいじゃ、こんな音は出ない。出ても「トンッ」のはず。
顔を見合わせ、ヒバリが戦々恐々と、ヒタキが心なしか楽しげに、交互に言葉を重ねる。
「これは?」
「まさかの」
「フラグ?」
「建築」
「「乙!」」
不味い状況になっているのに、俺の方を向いてドヤ顔を忘れない精神。思わず苦笑が漏れた。
「余裕そうだな」
「そうでも……な、ぃ、よおぉおぉおおぉおぉぉっ!?」
自分がなにをしたか分かっていないリグを抱き上げ、ヒバリに話し掛ければ、彼女の頬がヒクリと引きつる。その瞬間。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ、バッ!
そんな音を響かせて、部屋の底が抜けた。落ちるまで時間の猶予が与えられると、余計に怖いな。
ヒバリの元気な絶叫を聞きながら、重力に従う。
近くに自分より騒ぐ人間がいると冷静でいられる、とは言うが、まさかゲームで実体験することになるとは……。
底は真っ暗で、周囲の様子が窺い知れなかった。
ちなみに【ライト】の魔法は指示しなきゃ動かないので、置いてきぼり。ヒバリが近くにいない場合しばらくしたら消えるので、気を揉む心配はない。ただの光だし。
◆ ◆ ◆
「しっ、死ぬかと思った! 死ぬかと思ったっ!」
「死なない。そもそもゲームだし、ヒバリちゃんが一番HP高い。防御力も高い。死ぬなら紙装甲のツグ兄」
「あ、そっ、そうだねっ!」
暗くて見えないが、落ちた先はポヨンポヨンと触り心地の良いクッションのようになっていた。俺達のHPは損傷せず、リグやメイも無事。
ただしヒバリには心の余裕がないようで、【ライト】の魔法を使うのも忘れているようだ。それを指摘しないヒタキも、少しは動揺しているのかもしれない。
「そうだね、じゃない。ヒバリ、明かりつけてくれるか? なにも見えん」
「あ、ら、【ライト】」
リグとメイの感触を手で確かめながら言うと、ヒバリがそそくさと魔法を発動させた。
俺達を落下から守ってくれたクッションの正体は、どうやら魔物らしい。
ヒタキの推測では、キノコの魔物マッシュルー。暗い場所と湿気を好んで繁殖する、無害な魔物とのこと。正直、ただのキノコにしか見えなかった。
【ライト】を使い天井を調べても、すでに穴は閉じられていた。壁も地面も土で、マッシュルーのせいで部屋はとても狭い。
「さて、落ちたわけだけど……どうするかね」
溜め息を禁じ得ない状況で、俺はぼんやり呟いた。
どうする、と言っても探索するしかない。図書館の地下1階から、地下2階になっただけだ。
一応、部屋の隅からは暗い通路が延びていた。どこに繋がっているのか分からないが……。
「うぅー、行くしかないよね~」
「ん、行く。ずっとここ、さすがに勘弁」
嫌々ながらもヒバリが腰を上げ、不安定なマッシュルーの上を歩き始める。ヒタキもそれに続き、俺やメイも四苦八苦しながら通路に到達。リグはフードの中へ入ってもらった。迷子対策。
しばらく無言で通路を進むと、より大きな部屋へと行き当たった。
ヒバリの【ライト】で部屋全体を照らすと、一面だけが石煉瓦になっており、俺は首をひねった。
ここに来て建造物? 図書館の基礎部分か? 分からん。
「おぉー。古代遺跡かもしれないね!」
「ダンジョンかも」
「とりあえず、なんの手掛かりもないし調べるか。上に繋がってると良いな」
怪しい場所を調べないと脱出できないのが、ゲームのセオリーである。妹達の受け売りだが。
俺達は石煉瓦の壁に近付き、ペタペタと触れてみる。すると煉瓦の1つがスイッチになっていたようで奥に沈み、壁全体が音を立てて左右に割れていく。
「お、やったね!」
その先には真っ暗な通路があった。まだ先があるのか……と溜め息が出る。
通路は大人が3人は並んで歩けるほどで、石煉瓦が使われていた。心霊現象が無いので元気になったヒバリが先頭を務める。
しばらく進んでいくと、ヒタキの【気配察知】に反応があった。数は1。この奥で待ち構えているらしい。向こうは気配を隠しているようで、種類までは分からない。
まったりした空気が一変し、妹達も武器を構える。
メイの木槌だけはかなり大きいので、この先で出すことにした。リグも起こして張り詰めた緊張感の中を進み、入り口のようなものが見えたころ、その気配の持ち主が現れた。
『嗚呼、ドウシテ人ハ我ヲ放ッテ置イテクレヌノダ。我ハタダ、静カニズット眠ッテイタイダケナノニ。ヤハリ、人ハ我ヲ利用シタクテ堪ラナイノカ』
「あの」
『ソレハ仕方ナイ。我ニハソレダケノ価値ガ……』
そこは、【ライト】の光が隅まで届かない広々とした空間だった。中央に台座があり、直径30センチほどの球体が鎮座している。
それ以外なにも無い殺風景な部屋なので、この球体が話しているのだろう。自分語りに忙しいらしく、全くもって人の話に耳を傾けない。まぁ、そもそも耳が無いけど。
「あの!」
俺が思い切り声を張り上げるとさすがに気付いたようで、不機嫌な声で『ナンダ?』と返された。今までの幽霊事件は、この球体の仕業なのだろうか。
もしそうなら、双方が迷惑しているのだ。こう言うしかない。
「えぇと……こちらとしても、あなたになにかしていただくつもりはございません。こんな場所にあることすら知りませんでしたし。できればまた、寝ていただけませんか?」
あくまで穏便に話しかけたが、素直に聞いてくれる様子はなかった。
『ナ、ナン、ダト……ッ! ワ、我ヲ誰ダト思ッテイル。我ハ希代ノ魔導師、シュヴァルツ・スイートハートガ作リシ最高傑作、『何デモ知ッテル君』ナノダゾ!』
「ダサっ」
『……』
「おっと失礼」
球体が名乗った名前は分かりやすく単純なもので、思わず本音が口から出てしまう。ほら、俺って嘘つけないから。そのお陰だろうか、球体が沈黙して話しやすくなった。
「この上には図書館が建っておりまして、幽霊騒ぎで困ってるんです。多分、あなたのせいですよね?」
『如何ニモ! 我ノ眠リヲ妨ゲル人間ヲ、追イ払ッテイタノダ。シカシ、魔ノ大地ト呼バレテイタコノ地ニ人ガ住マウトハ……感慨深イモノガアルナ』
この『何でも知ってる君』は、製作者自身に危険と指定された魔法道具だそうだ。
石棺に入れられて地中に埋められ、そのまま寝ていたが、最近……といっても数百年前から頭上がうるさくなってきた。しばらく放って置いたけど、静まる気配が無い。
もしや自分を狙う敵なのでは? そう思った『何でも知ってる君』は、追い払うことに決めた。
でも上手くいかない。ならば直接会って言い聞かせよう……っていうのが、事の顛末だ。
随分とのんびりした追い払い方だな。しみじみしている球体には悪いけど、俺達は上に戻らないといけない。さっさと交渉して、帰路を探そう。
口を挟んでこなかった双子に目を向ければ、小さく頷かれる。
「早速ですが、あなたには3つの選択肢がございます。まず1つ目、うるさいことに目を瞑りこのまま眠る。俺的には、この選択肢が一番楽で良いと思います。2つ目、地上に出る。俺達があなたを持ち帰り、図書館もしくはギルドに提出します。これが一番面倒な選択肢です。そして3つ目、俺達にぶっ壊される。できるできないじゃなくて、やります」
「死霊系の魔物、アイテム落とさないことの方が多い。偽装、ばっちり」
俺は指を3本突き出し、指折り数えながら話す。ゲームに精通してる人ならもっと良い案も出せたんだろうけど、俺達を招いたのが運の尽きだと諦めて欲しい。
比較的魔物に詳しいヒタキの援護射撃もあり、球体は苦虫を数十匹噛み潰したような声で唸った。
『ウググッ………………致シ方アルマイ。1ヲ選ブトシヨウ。人間、我ハマタ眠リニツク。此処ノ事ハ他言無用デ頼ム』
溜めに溜めたあと、ようやく球体は決断した。ぶっちゃけ壊すのでも構わなかったんだけど、罠とかも怖いので助かった。一緒に行くとか言われたり、持ち帰りになるのも面倒そう。
これが互いにとって、最良の選択だったと思いたい。
それから少々の沈黙を経て、ヒバリが恐る恐る「ねぇ……」と口を開く。
それは俺も思っていたが、なぜか嫌な予感がして聞かなかったことでもある。
「あの、ここからどうやって地上に出れば良いの?」
『……』
「ま、まさか、落としたは良いけど、帰る術は無いとか言わないでね?」
沈黙する球体に不安を感じたのか、ヒバリは慌てて「ね? ね?」と返事を急かす。
『一応、アル。上カラオ前達ヲ落トシタ場所に、マッシュルーガイタダロウ? ソコニ、歳月ヲカケテ出来タ、天然洞窟ヘノ入リ口ガアル。多分、地上ノドコカニ繋ガッテイルダロウ』
一応、とは言いつつも、答えが得られてヒバリがホッと一息ついた。あのポヨンポヨン魔物がそんなものを隠していたのか……。
少し強引な話し合いも終わったし、あとは地上に戻ってギルドに報告するだけだ。また自分語りを始めそうな球体は放っておき、妹達とメイとUターン。
その際、『エ?』と球体から悲しそうな声が上がったのは、無視の方向で頼む。無視だ無視。
◆ ◆ ◆
「天然洞窟かー……一体、いつになったら私達は地上に戻れるんだろ~」
「ヒバリちゃん、がんば。あと少しだよ」
マッシュルーの元へ戻る道すがら、ヒバリがぼやく。
確かに、結構時間を食ってる感覚があった。
試しにウィンドウを開いて確認すると、図書館に着いたのが6時少し前で、今が9時だから、3時間以上も経ってる。んで、満腹度と給水度は残り3分の2まで減ってるな。
リグは大人しく寝ており、それに苦笑しながら部屋まで行くと、マッシュルーが相も変わらずスペースのほとんどを占めていて、入り口なんて見えなかった。
ちなみにこのマッシュルー、マッシュルームじゃなくて椎茸の姿をしているという謎仕様だ。
「マッシュルー、端から千切って探すか。入り口なら壁にあるだろうし」
「サクッと切れるね~」
ヒバリやヒタキが武器を持ち、早速切り始める。マッシュルーの弱点は傘ではなく軸の部分なので、傘を切っただけならまた生えてくるらしい。なぜかマッシュルーの知識が増えていく……。
しばらく千切っては投げ千切っては投げを繰り返すと、ポカリと空いた穴を見付けることができた。
半分程の大きさになってしまったマッシュルーに別れを告げ、【気配察知】持ちのヒタキを先頭に、穴へ足を踏み入れる。
【ライト】は頭上で自動追尾にしてもらった。明る過ぎると魔物を呼んでしまうが、暗いと動けないからな。ついでに双子に【MP譲渡】もしておく。俺の重要な仕事だ。
若干湿り気を帯びた土の通路を、武器を手にして慎重に歩く。最初は1人がやっと通れる程の道幅だったが、次第に広くなっていき、今では3人が余裕で歩けるくらいになった。
「どんどん道幅が広くなってる。このままなにもなく、上に行ければなぁ~」
「ん、でも、無理。この先、蝙蝠の魔物3匹」
「……ま、まぁ、変な球体の相手より断然マシかな~。レベルも上がれば万々歳だし」
ヒタキがスキルで感知した魔物の襲来を告げたので、俺もリグとメイに声を掛ける。
「リグ、メイ、頼むぞ」
「シュッ」
「めぇ!」
現実世界に吸血蝙蝠は数種しかおらず、ほとんどが花の蜜や果物、昆虫を食べるらしい。
ゲームにはそんなこと関係ないようで、通路から広い部屋に出れば、パタパタと羽ばたく蝙蝠3匹と対峙することに。
いつものように、リグの蜘蛛の糸で蝙蝠を地上に落とし、メイが大木槌を降り下ろす。双子は魔法が使えるので空を飛ぶ敵にも苦戦せず、ヒタキに至っては魔法だけで蝙蝠を倒していた。
戦闘後、【ライト】で辺りを照らすと、遠くまで1本道が続いている。奥へ行くほど天井が高くなり、【ライト】の光が届かなくなった。
【気配察知】が無ければ魔物に奇襲されていたかもしれない。ヒタキ様々だ。
「脇道とか無くて楽だな。あぁでも一応、道は覚えておくよ。任せとけ」
「任せる任せる! 記憶力は九重家でツグ兄ぃが一番だもん。代わりに戦いは任せておきたまえ」
「ん、おきたまえ」
ちょうど良いので、ここでステータスを一度確認しておくか。
【プレイヤー名】
ツグミ
【メイン職業/サブ】
錬金士Lv23/テイマーLv25
【HP】464
【MP】888
【STR】64
【VIT】60
【DEX】115
【AGI】60
【INT】142
【WIS】127
【LUK】95
【スキル8/10】
錬金27/調合32/合成29/料理59/テイム45/服飾34/戦わず16/MPアップ8
【控えスキル】
シンクロ(テ)/視覚共有(テ)/魔力譲渡/神の加護(1)/ステ上昇/固有技・賢者の指先
【装備】
革の鞭/フード付ゴシック調コート/冒険者の服(上下)/テイマーブーツ/女王の飾り毛マフラー
【テイム2/2】
リグLv45/メイLv13
【クエスト達成数】
F21/E10
【プレイヤー名】
ヒバリ
【メイン職業/サブ】
見習い天使Lv27/ファイターLv27
【HP】1183
【MP】548
【STR】144
【VIT】202
【DEX】108
【AGI】109
【INT】111
【WIS】97
【LUK】126
【スキル7/10】
剣術47/盾術54/光魔法36/HPアップ39/VITアップ50/挑発41/STRアップ8
【控えスキル】
カウンター/シンクロ/ステータス変換/重量増加/神の加護(1)/ステ上昇/固有技リトル・サンクチュアリ
【装備】
鉄の剣/バックラー/レースとフリルの着物ドレス/アイアンシューズ/見習い天使の羽/レースとフリルのリボン
【プレイヤー名】
ヒタキ
【メイン職業/サブ】
見習い悪魔Lv26/シーフLv25
【HP】688
【MP】579
【STR】111
【VIT】93
【DEX】172
【AGI】153
【INT】116
【WIS】112
【LUK】113
【スキル7/10】
短剣術41/気配察知74/忍び歩き21/闇魔法39/DEXアップ37/回避48/投擲24
【控えスキル】
身軽/鎧通し/シンクロ/神の加護(1)/木登り上達/ステ上昇/固有技リトル・バンケット
【装備】
鉄の短剣/竹串/レースとフリルの着物ドレス/レザーシューズ/見習い悪魔の羽/始まりの指輪/レースとフリルのリボン
たまに現れる蝙蝠の魔物を倒しながら、歩くこと2時間以上。現実ならもう良いお昼時だ。
久しぶりに分かれ道があったかと思えば、その数がなんと5本。
俺達は顔を見合わせ、一斉に溜め息をついた。天然洞窟は複雑だ、仕方ない。
「う~……ツグ兄ぃ、当てずっぽうで大丈夫?」
「覚える自信はあるけど、どうする?」
「ん、進むしかない。ずっと地下生活は嫌」
ヒバリと首をひねりあっていると、きっぱり断言したヒタキが、さっさと一番端の通路の中に消えてしまう。
俺達が慌てて後を追うと、ちゃんとヒタキは待っててくれた。うん、近年稀に見るグタグタだったな。反省。
しばらく行くと、蝙蝠の群れにお出迎えされただけで行き止まり。群れと言っても焦らず対処すれば問題なかったので、俺達は来た道を戻ることにした。
でもそれを指摘すると、結構楽しんでいるヒタキはともかく、ヒバリが怖がるだろう。なので口に出すことはせず、ヒバリの問い掛けに考えを巡らせる。
確か、8組のPTが同じクエストを受けているはずだが、今まで誰とも会わなかったな。
図書館の1階には数え切れないほどの人がいたのに、地下には誰もいない……魔物や動物すら。
おかしいとは思うけど、理由が分からなかった。
「案外、真ん中に落とし穴の仕掛けがあって、皆落ちたのかもな」
「ツグ兄、安直」
「まっさかぁ~」
「……そうだよな」
ぽつりと言った俺の言葉を、2人が小さく笑いながら否定した。
うん、認めよう。今のは素直に謝らないといけないくらい、見当違いの意見だった。
場の雰囲気が明るくなった時、腕に抱いていたリグが飛び出す。
「シュ!」
――ガコンッ。
着地した途端、腹に鈍く響く音が足下から聞こえてきた。
リグは見た目より軽く、13歳の妹達が片手で持てる重さ。だから飛び降りたくらいじゃ、こんな音は出ない。出ても「トンッ」のはず。
顔を見合わせ、ヒバリが戦々恐々と、ヒタキが心なしか楽しげに、交互に言葉を重ねる。
「これは?」
「まさかの」
「フラグ?」
「建築」
「「乙!」」
不味い状況になっているのに、俺の方を向いてドヤ顔を忘れない精神。思わず苦笑が漏れた。
「余裕そうだな」
「そうでも……な、ぃ、よおぉおぉおおぉおぉぉっ!?」
自分がなにをしたか分かっていないリグを抱き上げ、ヒバリに話し掛ければ、彼女の頬がヒクリと引きつる。その瞬間。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ、バッ!
そんな音を響かせて、部屋の底が抜けた。落ちるまで時間の猶予が与えられると、余計に怖いな。
ヒバリの元気な絶叫を聞きながら、重力に従う。
近くに自分より騒ぐ人間がいると冷静でいられる、とは言うが、まさかゲームで実体験することになるとは……。
底は真っ暗で、周囲の様子が窺い知れなかった。
ちなみに【ライト】の魔法は指示しなきゃ動かないので、置いてきぼり。ヒバリが近くにいない場合しばらくしたら消えるので、気を揉む心配はない。ただの光だし。
◆ ◆ ◆
「しっ、死ぬかと思った! 死ぬかと思ったっ!」
「死なない。そもそもゲームだし、ヒバリちゃんが一番HP高い。防御力も高い。死ぬなら紙装甲のツグ兄」
「あ、そっ、そうだねっ!」
暗くて見えないが、落ちた先はポヨンポヨンと触り心地の良いクッションのようになっていた。俺達のHPは損傷せず、リグやメイも無事。
ただしヒバリには心の余裕がないようで、【ライト】の魔法を使うのも忘れているようだ。それを指摘しないヒタキも、少しは動揺しているのかもしれない。
「そうだね、じゃない。ヒバリ、明かりつけてくれるか? なにも見えん」
「あ、ら、【ライト】」
リグとメイの感触を手で確かめながら言うと、ヒバリがそそくさと魔法を発動させた。
俺達を落下から守ってくれたクッションの正体は、どうやら魔物らしい。
ヒタキの推測では、キノコの魔物マッシュルー。暗い場所と湿気を好んで繁殖する、無害な魔物とのこと。正直、ただのキノコにしか見えなかった。
【ライト】を使い天井を調べても、すでに穴は閉じられていた。壁も地面も土で、マッシュルーのせいで部屋はとても狭い。
「さて、落ちたわけだけど……どうするかね」
溜め息を禁じ得ない状況で、俺はぼんやり呟いた。
どうする、と言っても探索するしかない。図書館の地下1階から、地下2階になっただけだ。
一応、部屋の隅からは暗い通路が延びていた。どこに繋がっているのか分からないが……。
「うぅー、行くしかないよね~」
「ん、行く。ずっとここ、さすがに勘弁」
嫌々ながらもヒバリが腰を上げ、不安定なマッシュルーの上を歩き始める。ヒタキもそれに続き、俺やメイも四苦八苦しながら通路に到達。リグはフードの中へ入ってもらった。迷子対策。
しばらく無言で通路を進むと、より大きな部屋へと行き当たった。
ヒバリの【ライト】で部屋全体を照らすと、一面だけが石煉瓦になっており、俺は首をひねった。
ここに来て建造物? 図書館の基礎部分か? 分からん。
「おぉー。古代遺跡かもしれないね!」
「ダンジョンかも」
「とりあえず、なんの手掛かりもないし調べるか。上に繋がってると良いな」
怪しい場所を調べないと脱出できないのが、ゲームのセオリーである。妹達の受け売りだが。
俺達は石煉瓦の壁に近付き、ペタペタと触れてみる。すると煉瓦の1つがスイッチになっていたようで奥に沈み、壁全体が音を立てて左右に割れていく。
「お、やったね!」
その先には真っ暗な通路があった。まだ先があるのか……と溜め息が出る。
通路は大人が3人は並んで歩けるほどで、石煉瓦が使われていた。心霊現象が無いので元気になったヒバリが先頭を務める。
しばらく進んでいくと、ヒタキの【気配察知】に反応があった。数は1。この奥で待ち構えているらしい。向こうは気配を隠しているようで、種類までは分からない。
まったりした空気が一変し、妹達も武器を構える。
メイの木槌だけはかなり大きいので、この先で出すことにした。リグも起こして張り詰めた緊張感の中を進み、入り口のようなものが見えたころ、その気配の持ち主が現れた。
『嗚呼、ドウシテ人ハ我ヲ放ッテ置イテクレヌノダ。我ハタダ、静カニズット眠ッテイタイダケナノニ。ヤハリ、人ハ我ヲ利用シタクテ堪ラナイノカ』
「あの」
『ソレハ仕方ナイ。我ニハソレダケノ価値ガ……』
そこは、【ライト】の光が隅まで届かない広々とした空間だった。中央に台座があり、直径30センチほどの球体が鎮座している。
それ以外なにも無い殺風景な部屋なので、この球体が話しているのだろう。自分語りに忙しいらしく、全くもって人の話に耳を傾けない。まぁ、そもそも耳が無いけど。
「あの!」
俺が思い切り声を張り上げるとさすがに気付いたようで、不機嫌な声で『ナンダ?』と返された。今までの幽霊事件は、この球体の仕業なのだろうか。
もしそうなら、双方が迷惑しているのだ。こう言うしかない。
「えぇと……こちらとしても、あなたになにかしていただくつもりはございません。こんな場所にあることすら知りませんでしたし。できればまた、寝ていただけませんか?」
あくまで穏便に話しかけたが、素直に聞いてくれる様子はなかった。
『ナ、ナン、ダト……ッ! ワ、我ヲ誰ダト思ッテイル。我ハ希代ノ魔導師、シュヴァルツ・スイートハートガ作リシ最高傑作、『何デモ知ッテル君』ナノダゾ!』
「ダサっ」
『……』
「おっと失礼」
球体が名乗った名前は分かりやすく単純なもので、思わず本音が口から出てしまう。ほら、俺って嘘つけないから。そのお陰だろうか、球体が沈黙して話しやすくなった。
「この上には図書館が建っておりまして、幽霊騒ぎで困ってるんです。多分、あなたのせいですよね?」
『如何ニモ! 我ノ眠リヲ妨ゲル人間ヲ、追イ払ッテイタノダ。シカシ、魔ノ大地ト呼バレテイタコノ地ニ人ガ住マウトハ……感慨深イモノガアルナ』
この『何でも知ってる君』は、製作者自身に危険と指定された魔法道具だそうだ。
石棺に入れられて地中に埋められ、そのまま寝ていたが、最近……といっても数百年前から頭上がうるさくなってきた。しばらく放って置いたけど、静まる気配が無い。
もしや自分を狙う敵なのでは? そう思った『何でも知ってる君』は、追い払うことに決めた。
でも上手くいかない。ならば直接会って言い聞かせよう……っていうのが、事の顛末だ。
随分とのんびりした追い払い方だな。しみじみしている球体には悪いけど、俺達は上に戻らないといけない。さっさと交渉して、帰路を探そう。
口を挟んでこなかった双子に目を向ければ、小さく頷かれる。
「早速ですが、あなたには3つの選択肢がございます。まず1つ目、うるさいことに目を瞑りこのまま眠る。俺的には、この選択肢が一番楽で良いと思います。2つ目、地上に出る。俺達があなたを持ち帰り、図書館もしくはギルドに提出します。これが一番面倒な選択肢です。そして3つ目、俺達にぶっ壊される。できるできないじゃなくて、やります」
「死霊系の魔物、アイテム落とさないことの方が多い。偽装、ばっちり」
俺は指を3本突き出し、指折り数えながら話す。ゲームに精通してる人ならもっと良い案も出せたんだろうけど、俺達を招いたのが運の尽きだと諦めて欲しい。
比較的魔物に詳しいヒタキの援護射撃もあり、球体は苦虫を数十匹噛み潰したような声で唸った。
『ウググッ………………致シ方アルマイ。1ヲ選ブトシヨウ。人間、我ハマタ眠リニツク。此処ノ事ハ他言無用デ頼ム』
溜めに溜めたあと、ようやく球体は決断した。ぶっちゃけ壊すのでも構わなかったんだけど、罠とかも怖いので助かった。一緒に行くとか言われたり、持ち帰りになるのも面倒そう。
これが互いにとって、最良の選択だったと思いたい。
それから少々の沈黙を経て、ヒバリが恐る恐る「ねぇ……」と口を開く。
それは俺も思っていたが、なぜか嫌な予感がして聞かなかったことでもある。
「あの、ここからどうやって地上に出れば良いの?」
『……』
「ま、まさか、落としたは良いけど、帰る術は無いとか言わないでね?」
沈黙する球体に不安を感じたのか、ヒバリは慌てて「ね? ね?」と返事を急かす。
『一応、アル。上カラオ前達ヲ落トシタ場所に、マッシュルーガイタダロウ? ソコニ、歳月ヲカケテ出来タ、天然洞窟ヘノ入リ口ガアル。多分、地上ノドコカニ繋ガッテイルダロウ』
一応、とは言いつつも、答えが得られてヒバリがホッと一息ついた。あのポヨンポヨン魔物がそんなものを隠していたのか……。
少し強引な話し合いも終わったし、あとは地上に戻ってギルドに報告するだけだ。また自分語りを始めそうな球体は放っておき、妹達とメイとUターン。
その際、『エ?』と球体から悲しそうな声が上がったのは、無視の方向で頼む。無視だ無視。
◆ ◆ ◆
「天然洞窟かー……一体、いつになったら私達は地上に戻れるんだろ~」
「ヒバリちゃん、がんば。あと少しだよ」
マッシュルーの元へ戻る道すがら、ヒバリがぼやく。
確かに、結構時間を食ってる感覚があった。
試しにウィンドウを開いて確認すると、図書館に着いたのが6時少し前で、今が9時だから、3時間以上も経ってる。んで、満腹度と給水度は残り3分の2まで減ってるな。
リグは大人しく寝ており、それに苦笑しながら部屋まで行くと、マッシュルーが相も変わらずスペースのほとんどを占めていて、入り口なんて見えなかった。
ちなみにこのマッシュルー、マッシュルームじゃなくて椎茸の姿をしているという謎仕様だ。
「マッシュルー、端から千切って探すか。入り口なら壁にあるだろうし」
「サクッと切れるね~」
ヒバリやヒタキが武器を持ち、早速切り始める。マッシュルーの弱点は傘ではなく軸の部分なので、傘を切っただけならまた生えてくるらしい。なぜかマッシュルーの知識が増えていく……。
しばらく千切っては投げ千切っては投げを繰り返すと、ポカリと空いた穴を見付けることができた。
半分程の大きさになってしまったマッシュルーに別れを告げ、【気配察知】持ちのヒタキを先頭に、穴へ足を踏み入れる。
【ライト】は頭上で自動追尾にしてもらった。明る過ぎると魔物を呼んでしまうが、暗いと動けないからな。ついでに双子に【MP譲渡】もしておく。俺の重要な仕事だ。
若干湿り気を帯びた土の通路を、武器を手にして慎重に歩く。最初は1人がやっと通れる程の道幅だったが、次第に広くなっていき、今では3人が余裕で歩けるくらいになった。
「どんどん道幅が広くなってる。このままなにもなく、上に行ければなぁ~」
「ん、でも、無理。この先、蝙蝠の魔物3匹」
「……ま、まぁ、変な球体の相手より断然マシかな~。レベルも上がれば万々歳だし」
ヒタキがスキルで感知した魔物の襲来を告げたので、俺もリグとメイに声を掛ける。
「リグ、メイ、頼むぞ」
「シュッ」
「めぇ!」
現実世界に吸血蝙蝠は数種しかおらず、ほとんどが花の蜜や果物、昆虫を食べるらしい。
ゲームにはそんなこと関係ないようで、通路から広い部屋に出れば、パタパタと羽ばたく蝙蝠3匹と対峙することに。
いつものように、リグの蜘蛛の糸で蝙蝠を地上に落とし、メイが大木槌を降り下ろす。双子は魔法が使えるので空を飛ぶ敵にも苦戦せず、ヒタキに至っては魔法だけで蝙蝠を倒していた。
戦闘後、【ライト】で辺りを照らすと、遠くまで1本道が続いている。奥へ行くほど天井が高くなり、【ライト】の光が届かなくなった。
【気配察知】が無ければ魔物に奇襲されていたかもしれない。ヒタキ様々だ。
「脇道とか無くて楽だな。あぁでも一応、道は覚えておくよ。任せとけ」
「任せる任せる! 記憶力は九重家でツグ兄ぃが一番だもん。代わりに戦いは任せておきたまえ」
「ん、おきたまえ」
ちょうど良いので、ここでステータスを一度確認しておくか。
【プレイヤー名】
ツグミ
【メイン職業/サブ】
錬金士Lv23/テイマーLv25
【HP】464
【MP】888
【STR】64
【VIT】60
【DEX】115
【AGI】60
【INT】142
【WIS】127
【LUK】95
【スキル8/10】
錬金27/調合32/合成29/料理59/テイム45/服飾34/戦わず16/MPアップ8
【控えスキル】
シンクロ(テ)/視覚共有(テ)/魔力譲渡/神の加護(1)/ステ上昇/固有技・賢者の指先
【装備】
革の鞭/フード付ゴシック調コート/冒険者の服(上下)/テイマーブーツ/女王の飾り毛マフラー
【テイム2/2】
リグLv45/メイLv13
【クエスト達成数】
F21/E10
【プレイヤー名】
ヒバリ
【メイン職業/サブ】
見習い天使Lv27/ファイターLv27
【HP】1183
【MP】548
【STR】144
【VIT】202
【DEX】108
【AGI】109
【INT】111
【WIS】97
【LUK】126
【スキル7/10】
剣術47/盾術54/光魔法36/HPアップ39/VITアップ50/挑発41/STRアップ8
【控えスキル】
カウンター/シンクロ/ステータス変換/重量増加/神の加護(1)/ステ上昇/固有技リトル・サンクチュアリ
【装備】
鉄の剣/バックラー/レースとフリルの着物ドレス/アイアンシューズ/見習い天使の羽/レースとフリルのリボン
【プレイヤー名】
ヒタキ
【メイン職業/サブ】
見習い悪魔Lv26/シーフLv25
【HP】688
【MP】579
【STR】111
【VIT】93
【DEX】172
【AGI】153
【INT】116
【WIS】112
【LUK】113
【スキル7/10】
短剣術41/気配察知74/忍び歩き21/闇魔法39/DEXアップ37/回避48/投擲24
【控えスキル】
身軽/鎧通し/シンクロ/神の加護(1)/木登り上達/ステ上昇/固有技リトル・バンケット
【装備】
鉄の短剣/竹串/レースとフリルの着物ドレス/レザーシューズ/見習い悪魔の羽/始まりの指輪/レースとフリルのリボン
たまに現れる蝙蝠の魔物を倒しながら、歩くこと2時間以上。現実ならもう良いお昼時だ。
久しぶりに分かれ道があったかと思えば、その数がなんと5本。
俺達は顔を見合わせ、一斉に溜め息をついた。天然洞窟は複雑だ、仕方ない。
「う~……ツグ兄ぃ、当てずっぽうで大丈夫?」
「覚える自信はあるけど、どうする?」
「ん、進むしかない。ずっと地下生活は嫌」
ヒバリと首をひねりあっていると、きっぱり断言したヒタキが、さっさと一番端の通路の中に消えてしまう。
俺達が慌てて後を追うと、ちゃんとヒタキは待っててくれた。うん、近年稀に見るグタグタだったな。反省。
しばらく行くと、蝙蝠の群れにお出迎えされただけで行き止まり。群れと言っても焦らず対処すれば問題なかったので、俺達は来た道を戻ることにした。
感想
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