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#8 奇妙な夢
しおりを挟む狼の子供ーーレオンが来てからと言うもの……。
ただでさえ小妖精のフェアリーとピクシーのお陰で陽気だったルーカスさんの家は、ますます賑やかになった。
それに一月もすれば、治癒魔法の効果で、もうすっかり傷も癒えてきて。
夜の帳が降りて寝付く時間になった頃には、狼の血が騒ぐのか、一丁前に遠吠えしたりする。
元気になってきて力が有り余ってでもいるのだろうか。
昼間になると、家の出入り口の扉を前足の爪でガリガリ引っ掻くようになった。
それらは、外に行きたいから『ここを開けてくれ』のサイン。
私かルーカスさん、もしくは力持ちのピクシーが気づいて開けてやると、一目散に外へと飛び出していく。
そうして、まだまだ子供で遊びたい盛りなのだろうレオンは、飽きるか疲れるまで、外で元気に駆け回れるまでになっている。
元気に駆け回るレオンを尻目に、私たちはそれぞれの仕事に勤しんでいた。
時折、遊び疲れたレオンがすっかり懐いてしまった私の足下に頭や身体を擦り寄せて甘えてくる。
きっと、はぐれてしまった母親の代わりにでもしているのだろう。
そうとは思いつつも、そうやって暇さえあれば甘えてくるレオンのことが可愛くてどうしようもなかった。
異世界に召喚されてから二月余りが経って、こちらの暮らしにもずいぶん慣れてきたとはいえ、まだまだ不慣れなことばかり。
ルーカスさんもフェアリーもピクシーも良くしてくれていても、やっぱり育ってきた環境も風習も何もかもが違う。
ふとしたとき、例えば眠りにつく前とかに、ふとホームシックのようになって、心細さに押し潰されそうになってしまう。
そんな心情をあたかも感じ取ってでもいるように。
私と寝床を共にしているレオンが寂しそうに、『クゥン……クゥン……』と鳴きながら擦り寄ってくる。
そうしてあたかも私のことを慰めるようにして、顔中ペロペロと舐め回すのだった。
それがどうにも擽ったくて、いつしか私は『キャハハ』と笑い転げてレオンとじゃれ合っているうち、心細いなんて考えるようなことも次第と減ってきたように思う。
そういえば、元いた世界には、人の心を癒やしてくれるセラピー犬なんかもいたっけ。
私にとってレオンはセラピー犬かもしれない。
とはいえ、野生の狼であるレオンとこのままずっと一緒に暮らすことなんてできないだろう。
数ヶ月先か、はたまた数日先かはわからないが、お別れの時が来るまで、こうして一緒に過ごせる時間を大事にしなくちゃ。
近頃の私は、心の中でそう何度も自分自身に言い聞かせつつ、レオンの身体をぎゅうと抱き寄せて眠りについていた。
だからだろうか。
レオンの傷が癒えてきた頃から、私は毎晩のように妙な夢を見るようになった。
別に夢の中にレオンが出てくるわけではない。
ただレオンとの別れを惜しむ気持ちがそうさせるのだろう。
その夢には、ここに来る以前の現実世界で片想い中だった、野々宮先輩が登場する。
けれどただ登場するわけではなかった。
どうしてかは知らないが、夢の中で野々宮先輩に抱かれている、というなんともはしたない夢だった。
これまでずっと勉強漬けだった私には、そういう経験なんてあるはずもない。
それなのに妙にリアルというか、生々しいというか。
実際に経験でもしているかのような錯覚に陥ってしまうというか。
兎に角、毎回、そんな妙な感覚を覚えて、吃驚して飛び起きてしまうということを繰り返していた。
けれどそこには当然だが野々宮先輩はいない。
一緒に眠っているレオンがいるだけだ。
その都度、気持ちよさげに穏やかな寝息を立てて眠る無垢なレオンの姿を前に、そんな夢を見てしまう自分のことが酷く穢らわしく思えてならなかった。
ーーもしかして欲求不満なのかな。
それとも、野々宮先輩に告白されるかもなんて期待していたところで、異世界になんて来てしまったせいで、それが叶わなかったことへの悔しさの表れなのだろうか。
いずれにせよ、誰にも相談なんてできないことなので、人知れず悶々とするばかりだった。
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