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#24 楽しい想い出作りのために
しおりを挟む「ねえ、レオン」
「なんでございましょう? お嬢様」
ーーもう、レオンってばすっかり執事気取りなんだから。でももう気にしない気にしない。
こんな風に思ってる時点で、メチャクチャ意識しちゃってるのだが。
それでもこれ以上気にしないためにも、それとなく話題を変えようとしてのことだった。
なにより一番気になっていた、記憶を失っているレオンの現状を把握しておくためにも。
とはいえ、知りたいと思う気持ちと、知りたくないという気持ちとがない交ぜになっているせいで。
「……傷も癒えて、魔力も戻ってきて、所々抜け落ちてしまった記憶はどうなのかなって、思って」
問い掛けた途端に、猛烈に後悔する羽目になっている。
自分の言葉を受け、手綱を操っているレオンの身体が僅かに強張ったような気までしてくる。
ーーあー、やっぱり聞きたくない。
現実逃避するように、ぎゅっと瞼を閉ざすと同時にレオンから、
「……聖女であるノゾミの驚異的な力をもってしても、こればっかりは無理なようだねぇ。現状維持ってところかな」
いつもの飄然とした口調での返答がなされて。
「そ、そう」
レオンには、なんでもないように応えたけれど、内心は穏やかじゃなかった。
何故なら、レオンがまだ記憶を取り戻していないことに、心底安堵してしまったせいだ。
ーー私ってば、最低だ。
今度は罪悪感に苛まれてしまっている。
そこへ、レオンからは思ってもみなかった言葉が投下され。
「えらく、残念そうだね、ノゾミは。そんなに早く僕にいなくなって欲しいの?」
気づいた時には、条件反射的にレオンのいる背後に振り返るなり、
「そんなわけないじゃないッ! どうしてそんな風に言うの?」
そう放ってしまっていた。
なんでもないように装ったせいで、レオンに、そんな風に思われていたのがショックでならなかったからだ。
なのにレオンからは、思わず漏らしてしまったのだろう笑みが聞こえてくる。
そこに続けざまに、耳に流れ込んできたレオンの次の言葉によって。
「ちゃんとわかっているよ。ノゾミがそんなこと思ったりしないってこと。この三ヶ月の間、ずっと傍でノゾミのことを見てきたんだからね」
さっきレオンが放った言葉が私の気持ちを試すものだったことを悟った私は、恥ずかしいやら悔しいやらで思わずレオンに食ってかかるのだった。
「もう、レオンってば信じらんないッ! どうしてカマなんかかけたりするのよッ!」
すると、途端に飄然としたものから気まずそうな表情へと取って代わったレオンから、耳にするだけで胸を締め付けられてしまうほどに、切なげな声音が放たれてしまう。
「そんなの、ノゾミの気持ちを知りたいからに決まってるでしょう? 言ったよね? 僕はノゾミのことが好きだって。こうやってノゾミと一緒にいるだけで僕は幸せなんだ。けど、もうそれだけでは物足りないって言ったら、どうする?」
最後に、心の中を読み取ろうとでもするかのように、真っ直ぐに熱い眼差しで見据えながら問い掛けられてしまった私は、瞬きも忘れてレオンのことを凝視したままでいる。
勿論、それは、まさかそんなことをストレートに訊かれたことにも驚いたけれど。
さっきレオンへの自分の気持ちを確信した際に、願ってしまったのと同じ想いでいてくれたことが、驚きでもあると同時に嬉しかったからだ。
だからといって、レオンの想いに応えるわけにはいかない、という気持ちだってある。
いずれ記憶を取り戻したレオンは隣国に帰ってしまう。
その時にきっと私のことが重荷になってしまう。
だったら今のうちに諦めた方がきっと傷だって浅く済むだろう。
きっとそれがお互いにとっても、一番いい方法に違いない。
溢れ出そうになっていた想いをなんとか胸の奥底に抑え込んだ。そして。
「……レオン、ごめんなさーー」
キッパリと『その気はない』そう伝えようとした私の声は、最後まで聞き届けられることはなかった。
何故なら、苦笑を漏らしたのを皮切りに、いつもの飄然とした姿に様変わりしたレオンから、私の声を封じるようにして、
「あーあー、ノゾミは心根が優しくて素直だから、こうやってすーぐ騙されちゃう。心配だなぁ」
そんな冗談めかした言葉が返ってきたせいだ。
それはおそらく、私が案じているのと同じで、勢いで口に出してしまったものの、これから先のことを思うと、それ以上踏み込んでしまうのが怖くて、躊躇したからに違いない。
それなら私もレオンに合わせて、騙されたことにすればいい。
これからは、レオンとのこの短い旅のなかで、楽しい想い出をいっぱい作ることに専念しよう。
「ーーど、どういうこと?」
「王都の商人は、皆口が達者だから、無用な物まで売りつけられやしないかって、心配だってことだよ」
「え、でも、売りつけられたところで余計なものまで買うようなお金なんてないし。第一、そんなのに引っかかんないし」
「どうだかなぁ」
「もう、大丈夫だってば」
「はい、はい」
「あっ、信じてない」
「そんなことはございませんよ。お嬢様」
「もう、レオンってば。都合が悪くなったらすーぐ執事に戻るんだから」
「そんなことはございませんよ」
さっきのことなど、まるでなかったかのように、お嬢様と執事という設定通りにやり取りを繰り広げていると、不意に視界の隅に黒っぽい何かを捕らえた。
ーーん? なんだろう。
意識を集中させると、それはどうやら道ばたに蹲っている年配の女性の姿のようだ。
「ーーねえ、レオン。あの女性」
「あー、あの者は、乞食ですよ。道行く者に物乞いをしているのですよ。王都の周りでは珍しいことではございません。イチイチ気にしていてはキリがありませんし、相手にせずに、そのまま行きましょう」
レオンの話によると、王都の近くには、通行人にこうして物乞いをする人たちがたくさん集ってくるらしい。
けれども見るからに、体調が悪そうな女性の姿に、生前の祖母の姿が重なってしまう。
いても立ってもいられなくなってくる。
「え? でも、あの人お年寄りみたいだし。それになんか調子も悪そうだし。気になるから様子見てくる」
「過度の施しは無用ですよ。あーいった者は図に乗りますので」
「ちょっと見てくるだけだからっ」
「あっ、お嬢様ッ!」
私はこうなってしまうと、もう何も耳には入ってこなくなってしまうらしい。
精霊の森でレオンのことを救ったとき同様、レオンの止める声など無視して馬から飛び降りた私は、道ばたの女性の元へと一目散に駆け出していた。
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