嘘つき同期ドクターの不埒な純愛ラプソディ。【改稿版】

羽村 美海

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#7 寝ても醒めても

#10

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 そこへ、私の心に追い打ちでもかけるようにして、放たれた窪塚の「もうこの話はなし」という言葉に、ズシンとあたかも重たいパンチを食らったときのような衝撃を受け、私のテンションは今日一番の急降下を辿ることとなった。

 このまま地中深くに沈んで再浮上は無理かと思いかけていたところに、窪塚からまたもや予想外な言葉が飛び出してくる。

「悪いけどさぁ。どうにも眠くてしょうがねーから、付き合ってくんねー? 最近、寝付けなくてさぁ。抱き枕になってほしーんだわ。高梨の抱き心地最高だから寝られると思うんだよな。もちろん、嫌ならこのまま送っていく」

 当然このままお開きとなって、伯父の家まで送り届けられるものだと思っていた。

 それなのに、私の心に揺さぶりをかけるようにして、二択の選択肢を放たれてしまい。

 ーーな、なにそれ。本当は私の気持ち知ってて、わざとそんな思わせぶりなこと言ってんじゃないの?

 そう、私が邪推してしまうのもしょうがないと思う。 それでも。

 どうしようもなく嬉しいなんて思ってしまうのだから、どうしようもない。

 ーーそんな風に言われちゃったら、断れないじゃないか。

 どこまでも素直になりきれない私は、どこまでも可愛げのないとを言ってのけることしかできなかった。

「最近、そういうこともしてなかったんだし。別に予定もない暇人だし。そういうことなら、いいわよ別に。暇潰しに付き合ってあげる」

 でもそれは、仕方がないことだと思う。

 だって、私たちはセフレでしかないのだから、一緒に過ごすということは、つまりはそういうことをするってことだ。どうしても恥ずかしさが付き纏ってしまう。

 当然そういうをする前提で言ってるんだと思っていたのに、私の言葉に驚いた様子の窪塚からのこれまた予想外な言葉に、私はまたもや落胆させられることとなった。

「あっ、あー否、今日はそういうことする気分じゃねーから、期待には応えらんねーわ。わりぃ」

 ーーな、何よ。その言い方だと、私だけがそういうことをしたいって思ってたみたいじゃないか。

 否、正直言うと、今日はセミナーで窪塚と逢えたら、少しでもいいから窪塚と話したい、少しでもいいから触れあいたいって、こっそり期待していたから余計にショックだった。

 そうはいっても、窪塚はずっと忙しかったんだし、徹夜だった訳なんだし。

 一刻も早く休ませてあげたい。という気持ちだってある。

 だから私は、自分の邪心を心の奥底に無理くり押しやって。

「……ちょ、ちょっと。誤解しないでよねッ! 別に私はそういうことがしたくて言ったわけじゃないから。言葉の綾だから」

 自分でも少々苦しいとは思いながらも、そうやって言い訳を放つより他に術などなかった。けれど。

「……ん? あっ、ああ。じゃあ、頼むわ」

 徹夜明けだったのと運転中だったせいか、窪塚は私の言葉に一瞬だけ不思議そうにキョトンとしただけで、すぐに納得してくれたことに、私は心底安堵することができたのだった。

 しばらくすると、ほぼ一ヶ月ぶりに目にする、窪塚の住む近代的でスタイリッシュな高層マンションの姿を現して程なくして、車は誘われるようにして地下駐車場へとゆっくりと進んでいく。

 ここに着くまでの間、八月を目前に控えた夏のギラギラとした強い日差しが燦々と降りそそいでいたというのに、それが嘘だったかのように、シンと静まりかえった人気のない駐車スペースはほんのりと蒼白い照明に照らされていて、やけに涼しげだ。

 なんだか別の空間にでも迷い込んでしまったかのような、そんな錯覚に陥りそうになる。

 そのせいか、車内という密室で、窪塚とふたりっきりだということを意識してしまい、途端に、私は妙な緊張感に襲われた。

 そわそわと急に落ち着かなくなってくる。

 とにかく早くこの空間から出ないと。

 なんてことを思い慌ててシートベルトを外そうと金具をカチャカチャさせもたついていると。

「……ん? あー、そんなに焦んなくても。どれ、貸してみ?」

 私とは正反対で腹が立つほど普段通りで、難なくシートベルトを外し終えたらしい窪塚からそんな声が聞こえてきたかと思ったときには、もう既に眼前に窪塚の端正な顔が迫っていた。

 その至近距離に、たちまち私の心臓は早鐘を打ちはじめる。

 私は知らず知らずのうちに、いつもの如く瞼をギュッと力任せに閉ざしてしまっていた。

 ーーお願い。はやく離れて。そうじゃないと心臓がもたない。それに顔が赤くなっちゃうじゃないか。

 ここに来るまでの間にも、酷使してしまっている心臓と熱くなってきた顔のことを懸念する私の願いも虚しく。

「……お前、そんなに意識しなくても……。今日は何もしないって言っただろう?」

 すぐ傍で、ふっと柔らかな笑みを零した窪塚から、私の心の中などお見通しだとでもいうように、そんな言葉が聞こえてきて。

「だ、だったら、さっさと離れなさいよッ」

 恥ずかしいやら悔しいやらで、瞼は閉ざしたままで、なんとか放った私の言葉も、いつもの強引さを発揮してきた窪塚によって完全にスルーされて離れてはもらえなかった。

 そればかりか、私のシートベルトを解錠させると同時。

「俺も、そうしたいんだけどさぁ。なんか今日のお前、いつもと違うっていうかなんつーか……」

 訳の分からないことを呟くと、何を思ったのか、窪塚はなだれ込むように私の身体に抱きついてきて。

「……あ、ヤバい……」

 そんなことを言ったきり、そのまま力尽きたようにうつ伏せの体勢で私の膝の上にぽすんと崩れ込んでしまった。

 そうして一分もしないうちにスヤスヤと気持ちよさげに穏やかな寝息を立てはじめてしまっている。

 どうやら相当眠かったらしく、とうとう限界を迎えてしまったらしい。

 突然の出来事に、唖然としてしまった私は何がなにやら訳が分からず、しばらくの間、ポカンとしたまま動くこともできないでいた。

 不意にお腹の辺りにふいにモゾモゾと何かが動くような感触がして、視線をやれば、私の腰に抱きつき、お腹に顔を埋めている窪塚の無防備な寝顔が待っていた。

 どうやら無意識に自分の寝心地のいい体勢にするために身動ぎしていたようだ。

  ーーか、可愛い。

 なんだかいつもより幼くて、子供みたいで。もうずーっと見つめていられそうなんだけど。

 そんなことを思ってしまった私の視線は囚われてしまったかのように、窪塚の可愛らしい寝顔に釘づけとなってしまっている。

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